声立て笑う夏の午後(千文字物語)
むかしむかあし
アラビアンナイトのお姫さま
ヴェールでお顔を隠しておりました
美しい瞳でラジャーを見つめます
珈琲香油 魔法の呪文
あのお方に届けと
ベラドンナの秘薬を一滴
瞳に落として視線を向ける
千夜一夜の星空に
貴方を想い願いを唱える
むかしむかあし
声を魔女に渡した人魚姫
海の色した瞳で
恋しい王子を見つめます
命を掛けて見つめます
くるくるくるくる
剣の痛みに耐えながら
笑顔で舞う人魚姫
恋しい王子は気付きません
可愛い拾いものと思ってた
人魚姫の想いは届かない
気付いてやれよ 王子様
むかあしむかあし
時は平安 十二単のおひいさま
きれいな扇でお顔を隠しておりました
御簾の奥深くに座っておりました
大人になれば周りが用意した
結婚相手と三日夜の餅を
食べるものだと夢見てた
しかし、そうは問屋は下ろさない
ある日都に疫病神が舞い降りた
父上母上亡くなれば
たちまち人も物も去って行く
諸行無常の世の中
金の切れ目は人の切れ目
この世は金の亡者の世の中か
下人達はすたこらさっさと
金目の物を持ち出して
出ていった
塀は崩れて草茫茫
そこから牛飼い入って
牛がもぐもぐと草を喰む
かつては池には蛍がチラチラ
いまでは池には鬼火がひゅぅ
食っていけぬわ!このままじゃ
伝を頼っておひいさま
おっとり刀で女房勤め
慣れぬうちは奥深く
慣れれば表へと
場を広げて勤めます
萌黄紅梅、桜に松葉葵の公達
御簾越し近く目にする男
奥深く座っていた時には
知らぬ生き物そこにいる。
貴方の香が私の心を染めている
そんな意味の歌を鳥の子紙にしたためて
すっと扇に乗せて差し出されたのは
一度や二度ではありません
ある日夜が明け白い光が満ちる頃
今日も暑くなりそうな日のこと
庭には朝顔の青い花
庭には南天の白の花
それらを徒然に見ながら
しずしず廊下を歩いていると
庭にひっそり男の姿
お顔をひと目見たいと忍んでる
元ひいさま扇で勿論、隠しているが
ふと悪戯に、ふと思いつき
少しばかり扇をずらして流し目おくる
今宵
文を頂いた女房勤めのひいさま
残念でしたわ
わたくしたち女房は
お部屋は皆で使ってますの
ですから来られても、にっこり笑顔で筆を取る
今宵の余白に、さらりとひと言、したためた
関所は封をしておりますの
まあ!ひどい事!くすくすと同僚が声立て笑う
暑い暑い蒸せる都。仕える姫様が
嵯峨野に避暑に行きましょう
女房達は只今、荷物をまとめるのに大忙し
熱い肌を合わせたい、そんな熱い男の事など
うっちゃって、心は涼風吹き抜ける
緑深き山の中へと向かっていた。




