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フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第3章:虚構の王国と洗脳された信者たち

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第32話 毒と薬

 午前6時30分。

 メルセデス・ベンツ G63 AMG 6x6の巨体は、山道を抜け、舗装された県道を疾走していた。

 追っ手の気配はない。


「……ここだ」


 ハンドルを握るグレタ・ヴァイスが、脇道へと車体を滑り込ませる。

 木立の奥に現れたのは、ひっそりと佇むログハウス風の別荘だった。

 佐々木紘子が「緊急時の避難場所」として手配しておいた物件だ。

 表向きは企業の保養所だが、実際には防弾ガラスと独立した自家発電装置を備えた要塞である。


 車が停まると同時に、佐藤任三郎は後部座席のドアを開けた。


「……降りますよ。まずは治療です」


 車内から助け出された田中襟華と渡辺千尋は、満身創痍だった。

 襟華は薬の影響で意識が混濁し、千尋もハイヒールで山中を走ったため足からは血が滲み、疲労困憊している。


「……あー、やっと着いた……。もう一歩も動けない」


 千尋がグレタに肩を借りて降り立つ。


「すぐベッドへ。弥生、頼みます」

「了解! オペ室の準備する!」


 小林弥生が医療ケースを抱えて別荘へと駆け込んだ。


 リビングの一角にある広い寝室が、臨時の処置室となった。

 弥生は手際よく点滴のラインを確保し、二人に輸液を開始する。


「……襟華ちゃんの脱水症状、かなり進んでる」


 弥生は襟華の腕を取り、脈を測る。


「それに、瞳孔の収縮反応が遅い。幻覚剤系の薬物がまだ体内に残ってるわ。拮抗剤を追加投与するね」


 彼女は注射器を手に取り、慎重に薬液を注入した。


「う……ん……」


 襟華がうわ言のように呻く。


「大丈夫だよ。悪いものは全部出しちゃおうね」


 弥生は襟華の額の汗を拭い、体温をチェックする。その表情は、普段の無邪気なものとは違う、命を預かる医師の顔だ。


 一方、隣のベッドで処置を受けていた千尋は、意識ははっきりしていたものの、精神的な消耗が激しかった。


「……酷い場所だったわ」


 千尋は天井を見つめたまま呟く。


「人間が、人間じゃなくなる工場。……私、今までいろんな修羅場を見てきたけど、あんなに気持ち悪い場所は初めてよ」

「今は考えないでください。まずは休息を」


 佐藤が毛布を掛け直す。


「……ありがとう、任三郎。来てくれて」


 千尋は佐藤の手を弱々しく握り、すぐに眠りに落ちた。


 二人が眠りにつき、バイタルが安定したのを確認すると、佐藤は静かに部屋を出た。

 リビングでは、グレタが窓の外を警戒しながら、泥だらけになったブーツを拭いている。


「……さて。食事にしましょう」


 佐藤はキッチンへと向かった。


「腹が減っては、復讐もできませんからね」


 彼が冷蔵庫から取り出したのは、豚肩ロースの塊肉と、トウモロコシの粉だった。

 今夜……いや、今朝のメニューは、メキシコのソウルフード『タコス』だ。

 疲弊した身体には、スパイスと肉、そして炭水化物が必要だ。


 佐藤はまず、生地作りから始める。

 トウモロコシの粉にぬるま湯とラード、塩を加え、耳たぶくらいの硬さになるまで手で捏ねる。

 独特の香ばしい穀物の匂い。

 生地をピンポン玉大に丸め、専用のプレス機で薄く丸く押し潰す。

 熱したフライパンで、油を敷かずに焼く。

 プクッ、と生地が膨らみ、焦げ目がつく。焼き立てのトルティーヤの香りは、それだけで食欲を刺激する。


 具材は『カルニタス。

 豚肉をラードで低温に煮込み、最後に表面をカリッと焼き上げたものだ。

 佐藤は圧力鍋を使い、豚肉をオレンジジュース、コーラ、クミン、オレガノ、ニンニク、玉ねぎと共に加圧調理する。

 短時間でホロホロに崩れるほど柔らかくなった肉を、フォークで裂き、フライパンで表面を焼き付ける。

 カリカリの食感と、ジューシーな脂の旨味。


 さらに、サルサを作る。

 完熟トマト、玉ねぎ、青唐辛子、パクチーを微塵切りにし、ライム果汁と塩で和える『ピコ・デ・ガヨ』。

 アボカドを潰し、ニンニクとライム、少量のクリームチーズを混ぜた濃厚な『ワカモレ』。


「……完成です」


 佐藤は大皿に山盛りのトルティーヤと、カルニタス、各種サルサを並べた。

 そして、飲み物。

 冷蔵庫から取り出したのは、極彩色のペットボトル。


 『ファンタ』だ。


 ワインでもビールでもない。このジャンクでポップな甘さこそが、タコスのスパイシーさと、張り詰めた神経を緩めるのに最適なのだ。


「食事ですよ」


 佐藤が声をかけると、匂いに釣られて弥生とグレタがやってきた。

 さらに、匂いを嗅ぎつけたのか、ふらふらと襟華と千尋も起きてきた。


「……タコス?」


 襟華が目を擦りながら席に着く。


「手巻き寿司のメキシコ版だと思ってください。好きなものを巻いて食べるのです」


 佐藤は手本を見せた。

 温かいトルティーヤに、カルニタスをたっぷり乗せ、ワカモレを塗り、ピコ・デ・ガヨを散らす。仕上げにライムをギュッと搾る。

 口を大きく開けて、ガブリ。

 トウモロコシの素朴な甘み、豚肉の強烈な旨味、そしてサルサの酸味と辛味。

 複雑な味が口の中で爆発する。


「……んんッ! 美味い!」


 襟華が目を見開く。


「なんか、元気出てきたかも」


 彼女はファンタ・グレープをラッパ飲みし、プハーッと息を吐いた。

 炭酸の刺激と人工的な甘さが、薬臭い口の中をリセットしてくれる。


「この豚肉、信じられないくらい柔らかいわね」


 千尋もファンタ・オレンジを片手にタコスを頬張る。


「オレンジとコーラで煮込んだからです。酵素の力ですよ」

「へえ。……毒消しにはちょうどいいわ」


 テーブルを囲み、タコスを巻き、ファンタを飲む。

 無心で食べる行為が、彼女たちの「生」の実感を呼び覚ましていく。

 佐藤は、その様子を静かに見守りながら、自分もタコスを口に運んだ。


 食後。

 リビングのテーブルは片付けられ、再び作戦会議の場となった。

 だが、その空気は先ほどまでとは違い、冷たく鋭いものに変わっていた。


「……分析結果が出たよ」


 小林弥生が、ラップトップの画面を皆に見せる。

 彼女が施設から持ち帰ったスープの残りと、医務室からくすねた薬瓶の成分分析データだ。


「結論から言うと、クロだね」


 弥生は赤いグラフを指差した。


「検出されたのは『LSD類似の幻覚剤』と『強力な鎮静剤』、それに『思考力を低下させる向精神薬』のミックス。……これ、市販の薬を混ぜたレベルじゃない。分子構造がカスタムされてる」


「カスタム?」


 グレタが眉をひそめる。


「うん。特定の効果――『恐怖心の増幅』と『依存性の向上』に特化してデザインされた、未認可のデザイナーズドラッグよ」


 弥生は厳しい顔で続けた。


「そして、この成分配列……以前、私が分析したMIIKAのサプリに含まれていた不純物と、完全に一致するわ」


 全員が息を呑む。


「つまり……出処は同じ」


 佐藤が呟く。


「『バズ・インキュベーション』。……西園寺レオもまた、氷室レイの手駒だったということです」


「それだけじゃないわ」


 渡辺千尋が、ポケットから小さなUSBメモリを取り出した。

 彼女がVIP棟で幹部の男を欺き、隙を見てPCから抜き取ったデータだ。


「中身を見て。……吐き気がするわよ」


 佐藤がUSBをPCに接続し、中身を展開した。

 表示されたのは、膨大な数の「被験者リスト」だった。


 『ミライ・アカデミー』の参加者たちの顔写真、氏名、そして詳細なデータ。

 『投与量:レベル3』『洗脳深度:B』『自我崩壊まで:あと48時間』


「……なんだ、これは」


 襟華が口元を押さえる。


「これはセミナーの参加者リストじゃない。……『人体実験』の記録簿です」


 佐藤が冷徹に読み解く。


「彼らは、若者たちを使って実験をしていたのです。どの程度の薬物投与と精神的ストレスを与えれば、人間の自我が崩壊し、意のままに操れる『ボット』になるのか。……そのデータを収集するために」


 画面には、西園寺レオと氷室レイの間で交わされたメールのログもあった。


 『サンプルの消費が激しい。もっと耐久性のある素材を集めろ』

 『了解しました。次はSNSでのスクリーニング条件を調整します』


 人間を「素材」と呼び、「消費」する。

 そこには、一欠片の倫理も、慈悲も存在しない。

 ただの冷酷な計算と、悪意だけがある。


 バンッ!!

 佐藤が、拳でテーブルを叩いた。

 珍しい感情の爆発に、全員が驚いて彼を見る。

 佐藤の表情は、能面のように静かだった。だが、その瞳には、これまで見たこともないほど暗く、深い炎が燃え上がっていた。


「……許し難い」


 低く、地を這うような声。


「金のために人を騙す詐欺師なら、まだ理解できます。だが、彼らは違う。……人間の『心』そのものを破壊し、弄び、データとして消費している」


 彼はモニターに映る西園寺レオの写真を睨みつけた。


「これは、魂への冒涜です」


 佐藤は立ち上がり、ジャケットを羽織った。

 その背中から放たれる威圧感に、部屋の温度が下がった気がした。


「西園寺レオ。そして氷室レイ」


 佐藤は宣言する。


「彼らには、地獄を見てもらいましょう。……法で裁くなど生温い。彼らが作り上げた『虚構の王国』ごと、灰になるまで焼き尽くしてやります」


「異議なし」


 グレタがナイフを鞘に収める。


「とことん付き合うわよ」


 千尋がワイングラスを掲げる。


「あいつら、絶対許さない」


 襟華が拳を握る。


 タコスとファンタで満たされた腹の底に、どす黒い怒りの炎が宿る。

 チーム「Octogram」の戦いは、ここからが本番だ。

 次なる標的は、東京ドーム。

 西園寺が開催を宣言した大規模イベント『ミライ・フェス』こそが、彼らの処刑台となるだろう。


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