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卑屈令嬢と甘い蜜月〜自己肯定感ゼロの私に、縁切りの神様が夢中です〜  作者: 永久保セツナ


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第8話 恩返し作戦

 葦原コノハは、夫であるミコトに恩返しがしたいと思い立ち、厨房へと赴いた。

 そこで料理番をしている従者たちに経緯を説明し、台所を貸してほしいとお願いすると、眷属たちは快く了承したばかりでなく、「自分たちも手伝いたい」と申し出てくれたのである。


「奥様が旦那様に贈り物を!」


「これは我々も手を貸さなければ!」


 そして、花嫁と従僕たちは敬愛する旦那様への恩返しに料理を作ろうという話になったのだ。

 配下たちの話では、「旦那様はお供え物以外のご自分への贈り物はお受け取りにならないが、奥様からの贈り物であれば受け取っていただけるかもしれない」とのことだった。


「お供え物……お仕事と個人的な贈り物は分けて考えているということかしら」


「どうでしょうねえ、どうにも我々から見ると、旦那様は他人からの施しを拒否しているように感じられるのですが」


「我々からの贈り物も受け取らない徹底ぶりですから」


 そう聞くとコノハは気後れしてしまうのだが、一度贈り物をすると決めた手前、ここで退くわけにもいかない。

 眷属たちは「今ここにある食材で何が作れる?」「ないものは買い出しにでも行くか」と話し合っていた。


「奥様の得意料理はなんですか?」


 そんな質問に、卑屈令嬢は控えめに答える。


「実は料理の腕には自信がないの。でも、私がプレゼントを選んでも、きっとセンスが良くないから、形に残らないものがいい」


 高天原家にいた頃は使用人に混ざって雑用をさせられていたので、調理技術もそこで仕込まれた。

 しかし、家族は彼女の作った食事に口をつけず、皿ごとゴミに捨てていたので、味見はしているが他人が食べて美味しいかどうかはわからない。

 だから、料理が上手いという自負があるかと問われれば、「ない」になる。


 そんな話を聞かされた従者たちは、しばらく絶句した後、おいおいと泣き出した。


「え、あの、なんで泣いているの」


「すみません、奥様があまりにもおかわいそうで……」


「高天原家の奴らは呪われればいいんだ」


「むしろ我々が(たた)ってやってもいい」


 怒りに燃える眷属たちに、令嬢は「あの、それより料理を……」となだめて、どうにか軌道修正させる。

 その後、彼らは厨房にこもってあれやこれやと食事を作り始めた。

 それが完成した頃には、日もとっぷりと暮れていたのである。


「ミコト様、お夕食の準備ができました」


「今日はコノハさんが作ってくださったのですね」


 食堂に呼ばれた夫は妻の姿を認めてほほえむ。

 食卓につくと、花嫁は旦那様の前にコトリと食器を置いた。


「旬の鯛めしを作ってみました」


「おお、豪華ですね」


「いつもお世話になっておりますので、こちらは感謝を込めてお作りいたしました」


 そう話している間にも、眷属たちが次々とごちそうを運んでくる。

 新玉ねぎの肉詰め、たけのことワカメのスープ、粉ふきいも、その他もろもろ……。

 ホカホカと湯気を上げた料理の数々は、食堂をかぐわしい香りで満たした。


「お口に合うとよいのですが……」


「早速いただきます」


 ミコトが食事を口に入れてくれたことにまずは安心する。いや、彼が皿ごと捨てるわけがないのはわかっているつもりだが、日常的に受けていた虐待は、卑屈令嬢を臆病にさせていた。

 おかずを噛み締めながら、鯛めしを口に含み、しばらくもぐもぐと口を動かす夫。それを緊張しながら、彼女は見つめている……。


「うん、美味しいですね」


「よ、……よかった……」


 思わず床にへたり込みそうになる令嬢を、「奥様、しっかり!」と眷属が支えた。

 それを見て、旦那様は思わず笑ってしまう。


「すみません、実は魔眼でコノハさんが料理を作ると決めたのも緊張しているのもすべて視えてしまっていたのですが」


「ですよね!」


 葦原ミコトの魔眼は、見つめた者の心を読み取ってしまう。

 彼が意識して発動を制御できるわけではないらしく、意図しないところまで読んでしまうようだ。

 それを彼はあえて口にしないだけである。


「ですが、コノハさんの、私に贈り物をしたい、恩返しをしたいという気持ちは素晴らしい。久々に純度百パーセントの善意を視ました」


 そこまでべた褒めされると逆に気後れしてしまう。

 たしかに今回は夫に媚を売ったつもりはない。

 だが、完全に純粋な厚意と言われると照れくさくなってしまう。


「コノハさんが、お料理をしていて楽しかったこと、眷属の皆さんと一緒に味見をして、美味しくできたと喜んだこと、私に喜んでほしいと思った気持ち、全部この魔眼を通して流れ込んできます。なんと心地の良い感情でしょう」


 ミコトは、まるでその心遣いそのものが最高のごちそうだというように、感慨深い口調で胸を押さえていた。


「コノハさん、本当にありがとう。ごちそうさまでした」


 妻の料理をすべて平らげた夫は、深々と礼をする。

 彼女は慌てて「ミコト様、どうかお顔をお上げください」と懇願した。

 旦那様に頭を下げさせるなど、恐れ多い。


「私は本当に……日頃の感謝をお伝えして、恩返しがしたかっただけで……」


「ええ、それは充分に伝わりました。あなたも少しだけ、自分を受け入れることができたようだ」


 たしかに、彼女は自分の料理を味見し、眷属たちにも確認してもらって「自分でもこんなに美味しい食事が作れる」と確信し、実際に旦那様に食べてもらえたことで自信にも繋がった。

 いわゆる「自己肯定感」が上がった状態だ。

 彼女が嫁入りしてから二ヶ月あまり、ミコトはコノハの自己肯定感を上げ続けている。

 亀よりも遅い、ノロノロとした速度ではあるが、彼女は着実に己を受け入れつつあった。


「あなたはそのままのあなたでもいいし、もしも自分を高めたいと思うのなら、私もそれに協力は惜しみません。どうか高天原家でのことは忘れて、あなたを受け入れる私とともに生きてほしい」


 卑屈な令嬢は戸惑う。そんなことを言われたのは初めてだった。

 なんと返したらいいか分からず、ひとまず「ありがとうございます」と伝える。

 食器の片付けや厨房の掃除は眷属たちがやると言って聞かないので、彼女は自室に戻った。

 布団に仰向けになりながら、「そうか、私はこのままでもいいのか」と一人考える。

 この神社には、嫁を虐げる者はいない。かつて住んでいた生まれの家を忘れ、このまま幸せに暮らせる。

 どうか、この平穏な生活がいつまでも続きますように。


 ――そういえば、孫の顔は見せなくていいのだろうか。

 結局、高天原家の家族の顔を思い浮かべたのを最後に、花嫁の意識は夢へと旅立った。


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