第28話 さようなら、初恋の人
しかし、高天原家を断罪しても、祟り神になりかけているミコトの暴走は止まらない。
蛇の尾を振り回し、コノハの父の部屋を荒らし回っていた。
「ミコト様!」
使用人の拘束がゆるみ、たまらずコノハはミコトに駆け寄る。
トウマが「ダメだ、コノハ! 祟り神に近寄ると危ない!」と叫んでも、まったく聞こえていなかった。
ミコトはコノハの存在を確認すると、その両肩に手を置いて、がばっと口を開ける。
「コノハァ……私とひとつになろう。もうあなたを悲しませない。私が食べてやるから、もうどこにも行かないで……」
それはまるで懇願だった。悲しませないと言っている本人が一番悲しそうな顔をしている。
コノハがミコトに頭から呑み込まれようとした、その瞬間。
「めっ」
コノハが、ミコトの額をぺしっと軽く叩いた。
祟り神は、口を閉じてキョトンとしている。
「ミコト様、私を食べたら、きっと寂しくなっちゃいますよ。だから、ダメです」
そして、彼女は夫に「あなた様が祟り神になるのを自分は望んでいない」と強く説得した。
ミコトも話を聞いているうちに落ち着いたようで、黒く変色していた白目がもとに戻り、蛇の尾も縮んで見えなくなっていく。
「祟り神化が、止まった……?」
トウマは唖然としていた。通常、祟り神になったものは不可逆的に元に戻れないと論文に書いてあったのだが、まだ途中で踏みとどまれたのか。
コノハは腰を抜かしたままの父の前に立ち、彼を見下ろした。
「今後この家とは絶縁させていただきます。もう私たちに関わらないでください」
そして、サクヤのほうを向くと、「そういうわけだから、もう今後葦原神社に来ないで。あなたとは、ここでさようなら」と告げる。サクヤはじっとりとした目でにらみ、しかし何も言わず唇を噛み締めた。
「トウマさん、もう会うことはないかもしれないけれど、お元気で。やり方は良くなかったけど、私を心配してくれたのは嬉しかったです」
「ああ、僕の方こそすまなかった。何も知らずに高天原家に振り回された、僕が一番の道化だったようだ」
トウマは軍刀を鞘におさめると、葦原夫婦を玄関まで案内する。
「見送りはここまでだ。僕は婿としてやるべき仕事をしてから、この家と縁を切ろうと思う。……さようなら、コノハ」
「さようなら、トウマさん」
コノハは、寂しげなほほえみを浮かべて、初恋の人に別れを告げる。
こうして夫婦は、無事に葦原神社に帰還した。
……のだが、ミコトは神様の会合を途中で抜け出したことから、他の神様からたいへんお叱りを受けたという。




