第26話 祟り神
「コノハァ……」
「ミコト……様……?」
コノハが疑問を呈したのには理由がある。
その声は間違いなくミコトのものなのに、その姿は異形の者へと変質していた。
白髪は床に届くほど長く伸び、毛先が穢れのように黒く染まりかけている。
狐面をしていない金と赤の目は、白目の部分が黒く染まり、およそ人間のものではなかった。
口からは長い牙が伸び、しゅうしゅうと息を吐いている。
そして、床を引きずるように伸びている蛇のような尾。
ミコトは、醜悪な怪物のような姿へと変貌していた。
「――いかん。祟り神になりかけている」
トウマが思わず眉根を寄せた。彼には祟り神に関する知識もある。その祟り神と呼ばれる存在がいかに危険なものなのかも。
高天原家の面々は、怒り狂っているミコトに戦々恐々としていて、誰も近寄れない。
コノハは、変わり果てた姿のミコトが信じられなかった。
――少し時を遡って。
「大変だ、奥様がさらわれた! 旦那様に知らせなければ!」
「でも出雲に連絡する手段がないぞ! どうするんだ!」
ワーワーと騒いでいる眷属たちのもとに現れた、灰色の鳩。
実はこの鳩こそが、烏丸とは別の、ミコトの本来の使い魔であった。
猫八が白い猫を使って葦原神社を見張っていたように、鳩たちは高天原家を監視し、とある悪事を暴こうと暗躍していたのだ。
そのうちの一羽が神社に戻り、ミコトは鳩を介して事情を把握した。そして、出雲での会合を途中で抜け出して、そのまま高天原家に直接特攻を仕掛けたのである。
ただし、コノハがトウマにさらわれたこと、高天原家に戻されたことによる極度のストレスと怒りによって、祟り神と化してしまった、という経緯であった。
――回想終了。
祟り神化したミコトは、コノハの父の前に立っている。父はガクガクと震えていた。
「な、なん、何の用だ」
「もちろん、私の妻を連れ戻しに」
しゅうしゅうと口から息を吐き、ミコトはコノハの父を見下ろしている。
「そ、それなら早く連れて帰ってくれ。俺も困っていたんだ」
「言うことはそれだけか?」
ミコトは金と赤の目を爛々と光らせて、しかし顔は無表情のままであった。
「お前たち、コノハに何をした?」
彼女の赤く腫れ上がった頬を視界に入れたのであろう。
コノハの父も使用人たちも「ヒッ……」と震え上がる。
「これまでコノハにしてきた仕打ちをすべて調べあげたぞ。サクヤお嬢様は元気か?」
「ま、まさか、サクヤを昏睡させたのもお前か……!?」
サクヤはミコトの魔眼と「眠れ」という命令により、ずっと眠ったままであった。
眷属が彼女を高天原家の屋敷まで運んだが、今日まで目覚めていない。
「ああ、忘れていた。あとで術を解いておこう。とはいえ、目が覚めたときには自分の家が没落していたなど、眠り続けていたほうがまだ幸せかもしれんがな?」
「な、何を……」
コノハの父が疑問を呈する前に、電話が鳴り響いた。彼はビクッと肩を震わせたが、ミコトが「出てもいいぞ」と許可したので、恐る恐る受話器を取る。
「も、もしもし……あ、いつもお世話に……え? そ、そんな、どうして急に……あ、ちょっと!」
父は受話器を手に持ったまま、呆然としていた。
そこへ、部屋の外から使用人が駆けつけてくる。
「旦那様、大変です! 新聞に高天原製薬のことが掲載されています!」
もちろん、それは良いニュースではない。
『高天原製薬、魔薬を悪用!』『高天原製薬、魔薬を廃棄せず、裏社会に密輸』、そんな文字が紙面に躍っている。
コノハの父はみるみる顔色が青ざめていった。
「な……どうして……」
「今度から鳩には気をつけるといい。もっとも、どの鳩が私の使い魔かなど、お前たちには見分けがつくまいが」
使い魔の鳩を通じて得た情報を、魔眼で掌握した妖術師・猫八の操る猫で街中に拡散したのである。




