第25話 魔薬
「何事なんです? どうしてお義父さんがコノハを……!」
「トウマくん、君には関係ない。これは我が家の話だ。部屋に戻りたまえ」
「そうはいきません。僕は高天原家に婿入りした人間です。僕にも知る権利がある。この家で何が起こったのか教えて下さい」
トウマの真摯な態度を、しかしコノハの父は冷笑に付した。
「何も知らない中國のせがれが、俺に意見するんじゃない! おい、コノハを地下に閉じ込めておけ。今後のことを考えなければならん」
父が使用人に命令して、コノハを立ち上がらせる。トウマは「待ってください」とそれを押さえようとした。
「どういうことなのか、きちんとした説明を求めます。僕にはコノハを守る義務がある。先ほどの話をおうかがいするに、あのミコトとかいう神様が、コノハに火傷を負わせたわけではないのですか?」
火傷の話を持ち込まれて、コノハの父は厄介だと言いたげにうなる。
「トウマくん、わきまえたまえ。君はあくまで婿でしかない。我が家の事情に首を突っ込まないでもらいたい」
「なぜですか? 婿であっても僕は高天原家の一員だ。この家のことは知っておくべき――」
「ああもう、うるさいな! お前も地下にぶちこまれたいのか!」
殺気立ったコノハの父に呼応するように、使用人たちがトウマの周りを囲んだ。
トウマは「どうやら、この家にはよほど隠しておきたい秘密があるようだ」と肩をすくめる。
「例えば――『魔薬』、とか」
「……なんだと?」
トウマのつぶやきに、コノハの父は耳を疑った。
魔薬。霊薬と対を成すものとして存在する薬。
霊薬が人を癒すものであるならば、魔薬は逆に、人を害するもの、人を蝕む毒薬である。
主に霊薬を精製する際の副産物であり、本来は産業廃棄物として廃棄すべきものであるが――。
「……トウマくん。どうやら君は知りすぎてしまったようだね。コノハと一緒に地下に入ってもらおう。そんなにうちの娘が気に入ったのなら、しばらく一緒にいると良い」
「やはり、精製の過程で生み出された魔薬を廃棄せず、別ルートで横流ししているのは事実なのですか?」
トウマの質問に、父は答えない。
「コノハは葦原命主に気付かれる前になんとか葦原神社に戻さなければならないのだが、君は一生を地下で過ごすことになるだろうな」
トウマの周囲にいる使用人たちは、目をギラギラさせて彼を見つめている。トウマが少しでも抵抗の意思を示せば、すぐにでも襲いかかるだろう。
コノハも召使の一人に身体を拘束されており、そもそも彼女のちからでは、この状況を覆すことは叶わない。トウマだけでもなんとか逃がせないか……危機を覚えた、そのときだった。
何かが破壊される音がする。
「コノハ! どこだ!」
何かが砕けたり割れたりする音とともに、愛しの旦那様の声が聞こえた。
「ミコト様……!?」
彼はたしか、神様の会合のために出雲へ出かけたのではなかったか。
その場にいた誰もがありえないと驚愕している間に、コノハの父の部屋まで破壊音が到達し、扉が破られた。




