第24話 『ごめんなさい』なんて言わない
「お嬢様、旦那様がお呼びでございます」
その召使は、かつて卑屈な令嬢を虐げていた者の一人である。その冷ややかな目は「何をしにノコノコ戻ってきたんだ」と言いたげだった。
コノハは、心臓に鳥肌が立つような心持ちで、恐る恐る父の部屋へと向かう。
「久しぶりだな、コノハ」
父は仏頂面で、とても歓迎している雰囲気ではない。
おおかた、トウマがまったく言うことを聞いてくれないので、再びコノハを卑屈令嬢に戻して、トウマに何も言わず、この家を自主的に出ていくことを期待しているのだろう。
「中國のせがれが勝手にやらかしたこととはいえ、まさかお前が帰ってきてしまうとは……どうしたものか……」
わざとらしく「はぁ〜あ」と大きなため息をつき、椅子に背中を預けて、眉間のシワを指で伸ばす仕草を見ると、コノハは不意に腹が立ってきた。
「言いたいことはそれだけですか、お父様」
「あん? しばらく見ないうちにずいぶんと小生意気なことを言うようになったな」
それから父はずっとコノハを言葉で責め続ける。
「相変わらずの不細工だな」「お前みたいなのを愛する神様とやらの感性を疑う」「少しは女らしく振る舞えるようになったか」などと、彼女を侮蔑する言葉を並べた。
彼女は黙って目を閉じ、それらの暴言を聞いている。
今までの卑屈だったコノハであれば、すぐに心を折られてしまったであろう。
しかし、やがて彼女は背筋をゆっくりと、真っすぐに伸ばした。
「――言わない」
「あ?」
コノハは父をにらみつけ、すうっと大きく息を吸って、大声できっぱりと侮辱の言葉をはねのける。
「あなたたちには、二度と『ごめんなさい』なんて言わない! だって、私、なにも悪くないじゃない! どんなに私に屈辱を与えようとしても無駄よ!」
ミコトとの生活を通して、自己肯定感を育ててもらった彼女はもはや卑屈令嬢などではない。
もうサクヤも使用人も怖くなんかない。そもそも自分が謝らなければならないシーンなど、あの生活の中でどこにもなかったと気づいた。彼女ではなく、この家庭がおかしいのだとやっと自覚することができたのだ。
あんなに恐れていた父の目を、うつむくことなく真正面から見据えている。
しかし、彼女は突然、頬に強い衝撃を受けた。父に引っ叩かれたのだ。勢いで身体が吹っ飛び、壁に叩きつけられる。一瞬、息ができなかった。
「お前とサクヤは大違いだ! 女のくせに男よりも前に出ようとする恥さらしなんぞ、この家には要らん!」
父は顔を真っ赤にして怒鳴る。男よりも優れたものになろうとする女への嫌悪感、嫉妬心をあらわにしていた。頬を押さえたコノハも負けじと怒鳴り返す。
「ええ、それで結構! ならさっさと葦原神社に戻してよ! 私だって人の顔に一生消えない傷を負わせて平然としている、悪魔のような人たちなんかに関わりたくない!」
そこへ、部屋の外で会話を聞いていたらしいトウマが血相を変えてコノハの父の部屋に駆け込んだ。




