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卑屈令嬢と甘い蜜月〜自己肯定感ゼロの私に、縁切りの神様が夢中です〜  作者: 永久保セツナ


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第22話 さらわれた令嬢

 ――時は流れて、十月。

 別名「神無月」とも呼ばれ、全国の神様が出雲大社に集合し、会議をする月なのだという。

 ミコトも例に漏れず、出雲へ向かわなければならないとのことだった。


「そういうわけで、一ヶ月、この神社を留守にします。わからないことがあれば、眷属の皆さんに聞いて下さいね」


「かしこまりました。いってらっしゃいませ、お気をつけて」


 カチカチ、と火打ち石を鳴らし、コノハは夫を見送る。

 ――さて、彼女は彼女で、やるべきことはあった。

 いい加減、心の傷も癒えてきて、花嫁はもう二言目に「ごめんなさい」を言うことは滅多になくなった。

 ならば、次にするべきことは、神社についての学習だ。

 今日も従者たちに、葦原神社の歴史や、神社での決まり事などを習うことになっている。

 彼女は、小さい頃から勉強をすることを苦に感じない。自分の知らない知識を吸収するのが好きだった。本を読み、実際に外に出て調べるという幼少期の経験が、彼女の知性の基盤を作っている。それを家族は受け入れず、家庭の中での異端として扱われていたけれど。


 ふと、外がにわかに騒がしくなったことに気づいた。


「何かしら?」


「奥様、お下がりください」


 警戒した眷属が、令嬢を住居の奥に押し込もうとする。

 が、一歩遅かった。


「コノハ! コノハはどこだ!」


 聞き覚えのある男性の声が聞こえ、彼女は玄関から外を覗き込んでしまう。


「トウマさん?」


「ああ、コノハ! そこにいたのか」


 コノハは、息を呑んだ。

 トウマの周りには、血に濡れて倒れている葦原の従僕たち。

 彼の手には軍刀が握られており、服装も軍服であった。

 初恋の人の他にも同じく軍服姿の男たちがおり、配下たちと戦闘を繰り広げているではないか。


「と、トウマさん……これは、どういう」


「さあ、あの神様が戻ってこないうちに、ここを脱出しよう。コノハ、おいで」


 返り血を浴びたトウマが、ほほえみながらコノハに手を差し伸べる様子は、一種異様なものであった。彼女は恐怖から後ずさる。住居の中にいた従者たちが、「奥様、お逃げください!」と彼女をかばおうとした。


「ま、待って!」


 コノハは瞬時に判断する。

 このまま自分が逃げ出したら、この神社の従僕たちは皆殺しにされるだろう。

 トウマやその取り巻きは、人ならざる眷属たちを制圧するほどの武力を持っているのだ。

 ミコトやコノハが大切にしている配下たちをこれ以上傷つけられるのは、我慢ならない。


「トウマさん、どうしてこんなことを」


「もちろん、君を助け出すためだよ」


 彼は、それに何の疑問も持っていない。あやかしは人外として粛清すべき対象なのだ。


「私は、別にミコト様に無理やりここに閉じ込められているわけじゃない。私は私の意志でここにいるの」


「何を言っているんだ。そんなひどい火傷を負わされて、脅されているんだね。もう大丈夫だよ。僕が君を助けてあげる。一緒にここを出よう」


 彼は口調とは裏腹に、有無を言わさずコノハの腕を引いた。

 彼女の周りはいつの間にか軍服姿の男たちに囲まれ、葦原の従僕たちは彼らに突き飛ばされる。


「奥様!」


「お願い、ミコト様にこのことを――」


 コノハがすべてを言い切る前に、トウマがハンカチーフに染み込ませた鎮静用の霊薬を嗅がせた。彼女の意識はフッと途切れ、崩れ落ちた身体をトウマが抱きかかえる。そして、取り巻きと一緒に車に乗って去っていった。

 その後の葦原神社は大騒ぎである。


「た、大変だ! 奥様が!」


「旦那様に知らせないと!」


「でも、出雲に連絡する手段がないぞ!」


 傷つけられた仲間を手当しながら、眷属たちはどうしようと話し合っていた。

 そこへ、「ポポッ」と鳥の鳴き声が聞こえる。

 配下の一人が声のしたほうを見やると、窓辺に灰色の鳩が止まっていた……。


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