第20話 夫と妹の逢い引き
九月、葦原神社では観月祭の時期である。
観月祭とは、簡単に言えばお月見のことだ。
月見団子などをお供えして、中秋の名月を祝う。
そして、そのお供え物は昼の時点でかなりの量になっていた。
「いやぁ、食べ物に困らないのはいいのですが、いささか量が多いですね。これはこれで『食べ物に困っている』状態なのでしょうか」
ミコトは、そんな胡乱なことを言いながら、団子の数を数えている。
「眷属の皆さんにもおすそ分けしたほうがよろしそうですね」
ミコトの隣でお供え物を眺めていたコノハがそう返した。
「ああ、それはいい考えです」ミコトはうなずくと、従者たちを呼んで団子を分け与える。
まずは子どもの姿をした配下から、年齢が若い順に団子を渡していく。
従僕たちは甘味に大喜びであった。
「今夜は良い満月が見られるといいですね」
「ええ、コノハさんと庭の名月を眺めながらお茶と月見団子をいただくのが楽しみです」
コノハもミコトも、顔を見合わせてにっこりと笑い合っている。
しかし、そんな夫婦水入らずの雰囲気をぶち壊す異物が入り込んできたことに、コノハの肩に乗っていた烏丸が最初に気づく。
「コノハ、旦那、嫌な感じがするぞ」
それを聞きつけ、同じく神社の境内に入り込んだ異分子に気づいた従者が「見てまいります」と玄関に駆け寄ろうとした。
しかし、時すでに遅し。
「お前、また来たのか! 帰れ! 塩まくぞ!」
眷属が騒いでいる不穏な空気を察して、ミコトは「コノハさん、部屋に下がったほうが……」と彼女を腕でかばう。
しかし、コノハは「いいえ、私も行きます」と首を横に振って、毅然とした態度を保った。
すでに彼女には、招かれざる客の正体に察しがついている。
「ごきげんよう、ミコト様」
やはり異物――高天原サクヤが、にっこりと優雅にほほえんでいた。
以前、鴉の群れから泣いて逃げ出した女と同一人物とは思えない。
「サクヤ、何しに来たの」
「ミコト様と逢い引きをしに」
彼女は、妻の目の前でそう言い放った。
逢い引き。いわゆる、デートである。
ミコトは口をへの字に曲げて、うんざりした様子で「コノハさん、眷属の皆さんに任せて、戻りましょうか」とコノハの手を取ろうとした。
「お待ちになって、ミコト様」
そこへ、サクヤがまた彼に腕を絡めてくる。ミコトは心の底から嫌悪感を顔に表した。
「あの、妻がいる男にそうやって色目を使うのは、はしたないのでは? それにあなた、旦那もいらっしゃるでしょう」
「あんな旦那、どうだっていいわ。それより――」
サクヤはミコトの耳元に唇を近づけ、何事かをささやく。
コノハはそんな姿を見て、内心穏やかではいられない。
ミコトは「ふぅむ」とうなって、考え込むようなポーズをした。
「そういうことでしたら、いいでしょう。コノハさん、私は少し出かけてきます」
「え……」
絶句するコノハに、ミコトは「少し話をしてくるだけです、ご心配なさらず」と安心させるように軽く肩を叩くが、一切安心できる要素がない。後ろではサクヤがニヤニヤ笑っている。
「それでは、お姉様。おうちでごゆっくり」
妹は姉の夫に腕を絡め、神社を出ていってしまった。
「旦那様は何を考えておられるのだ!」
「奥様の前で、あんな女とイチャイチャと!」
憤慨する眷属たちであったが、コノハは「きっと、ミコト様にもなにかお考えがあるのでしょう」となだめる。
彼女とて、不安がないわけではないのだが、もう二度と彼を疑わないと決めたのだ。
そうして、平穏を取り戻した葦原神社では、再び塩がまかれたのだった。




