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卑屈令嬢と甘い蜜月〜自己肯定感ゼロの私に、縁切りの神様が夢中です〜  作者: 永久保セツナ


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第17話 何も知らない正義の味方

 中國トウマ。

 かつて高天原家で下宿をしていた学生の男である。

 コノハとサクヤ、姉妹の初恋の相手であり――姉のコノハが顔に火傷を負う悲劇の発端となった人物。

 とはいえ、当の本人は自分が元凶だと自覚していないし、彼女が美貌を失った際に、高天原家が事実を隠蔽するために中國家に戻されたことから、彼は事件の真相を何も知らない。

 だから、コノハが顔に火傷を負っていることも、当然知らない。


「どうして、顔を見せてくれないんだ。僕のことを忘れてしまったのか」


「違うんです、トウマさん――」


「私の妻に気安く触れるな」


 ミコトはトウマに対して、殺気立っている。

 トウマも、ミコトに対して、不審感を抱いているようだった。


「あなたは、何者ですか? 人――ではありませんよね」


 コノハは息を呑む。

 夫が自分から名乗らないうちに、彼の正体を見破る人物など、そう多くはない。

 そういえば、トウマは霊薬の精製のために神やあやかしの研究もしていたと不意に思い出した。霊薬の材料としてあやかしや神の死体、あるいは生きた身体の一部を使用するとか。

 彼の神に対する知識は豊富で、「神というのは不老不死で無敵に見えるが、理論を知ってさえいれば僕でも倒せる、知識は力だ」と豪語していたことがある。

 実際、彼は軍人として徴兵され、人に仇なす悪しきあやかしや、人に恨みを抱き、祟り神と成り果ててしまった神を討ち倒す役目を負っていた。

 トウマはコノハを奪い取るように抱き寄せようとする。


「コノハの旦那とか言うが、怪しいやつだ。その風貌、もしや良くない類のあやかしではないのか。コノハ、危ないからこっちに来るんだ」


「私の妻に、触れるなと言っている」


 ミコトの圧が、ますます強くなっていく。彼の魔眼のちからなのか、神格が出せる圧なのか、よくわからない。

 そんな押し問答をしているうちに、トウマの指がコノハの面に引っ掛かり、地面に落ちた。

 彼女は咄嗟に顔を手で隠すが、トウマがそうはさせない。

 彼は、コノハの手首を押さえて、その容貌を見た途端、絶句した。


「その、顔は――」


「見ないで!」


 コノハは目に涙をためて、手を振りほどこうとトウマに抵抗する。

 見られたくなかった。初恋の人には、きれいな顔のままの自分を記憶に残してほしかったのに。

 トウマはわなわなと怒りに震え、コノハから手を離すと、そのままミコトの胸ぐらに掴みかかった。


「貴様、コノハに何をした!?」


 どうやら、彼はミコトがコノハに危害を加えたと思いこんでいるようだ。

 夫はそんな彼を無表情で見つめている。おそらく狐面の下の顔は、冷ややかな目をしているに違いない。


「滑稽だな」


「……なんだと?」


「何も知らないくせに、正義の味方を気取るな、小僧」


「貴様――」


 逆上したトウマだが、そこへ「何の騒ぎだ!」と警官がやってきた。

 彼はハッとした顔でミコトの胸ぐらを掴んでいた手を離し、(きびす)を返す。


「コノハ、絶対に君を迎えに行く。絶対に助けるから」


 そうして、誤解が解けないまま、トウマは祭り会場の中へ飛び込み、立ち去っていった。

「ふぅむ」とミコトがうなる。「面倒なことになりそうですね」

 コノハは心臓の鼓動が耳の中で大きく早鐘を打っているのを感じている。

 トウマとの思いがけない再会、彼に顔を見られたこと、そしてトウマがミコトを敵視していること。

 その全てが彼女の心を乱して、鼓動が耳の中で響いて静まらない。

 魔眼でそれを察した旦那様は、「コノハさん、神への挨拶は取りやめて、家に帰りましょう」と彼女の身体を支えた。

 結局、せっかくの祭りの半分も楽しめなかったのである。


 その夜、花嫁は夢を見た。

 八歳の頃、家族の中で唯一優しくしてくれた祖母が亡くなり、彼女はわぁわぁと泣いている。

 そんな彼女が泣き止むまで、いつまでも寄り添ってくれたのが、当時十五歳のトウマだった。


「コノハ、僕はずっと一緒にいる。だから、どうか泣かないでくれ」


 トウマは「目をこすってはいけないよ、腫れ上がってしまうから」とハンカチーフにコノハの涙を染み込ませて、静かに拭う。涙はあとからあとから溢れて、ハンケチはあっという間にぐっしょり濡れてしまった。

 彼は小さな令嬢をそっと抱きしめ、後頭部をなでて、「優しいおばあさまだったね、いなくなってつらいね」と慰めてくれる。


「僕はいつでも、君の味方だ。どんなことがあっても、君を助ける。君が望むなら――」


 ああ、これは過去の自分の記憶だ、とコノハは認識した。

 夢から覚める間際、トウマの声が頭に響く。


「――君が望むなら、僕はどんな相手でも討ち倒そう」


 トウマはまるで冒険小説に出てくる、白馬の王子様のようだった、と当時のコノハは思っていた。彼は剣術を習っており、屋敷にいた頃は毎朝、庭で木刀の素振りをしていたのが記憶に残っている。

 彼にとってはコノハもサクヤも妹分のようなものだったけれど、その愛情はたしかなものだ。

 目が覚めたコノハは、トウマとの温かい思い出と、彼がミコトに向ける敵意に改めて戸惑うのであった。


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