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卑屈令嬢と甘い蜜月〜自己肯定感ゼロの私に、縁切りの神様が夢中です〜  作者: 永久保セツナ


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第10話 仮面の下の素顔

 ――そして、夜。

 花嫁は敷かれた布団の上で、正座をして待っている。

 すでに湯浴みも済ませ、寝間着の姿の彼女はどくどくと心臓の鼓動が抑えられない。

 とうとう、三ヶ月遅れで初夜を済ませるのだろうと思うと、頭が沸騰しそうなほど熱い。


「お待たせしました」


 スッと障子が開くと、同じく寝間着姿のミコトが自室に入ってきた。

 二人は布団の上で正座をして向かい合う。


「まず、コノハさんの疑問にお答えします」


 このまま初夜に突入すると思っていた彼女は、拍子抜けしながらも、うなずいた。


「結論から申し上げますと、神と人とのあいだに、子どもは成せます。ただ、神には個体差がありまして、私はあまり欲がないほうと申しますか……。子孫を残すことに意義を感じないのです。ほら、五百年ほど生きておりますから」


 たしかに、不死の身体であれば、次世代の子どもを作るということに意味はないのかもしれない。

 納得した妻に、ミコトは逆に質問を投げかけてくる。


「ご両親に孫の顔を見せたいということでしたが、あなたを売った親でも、孫の顔をわざわざ見せたいと思うものなのですか? 人間の感情の機微(きび)にうといもので、申し訳ない」


 コノハは、返答に(きゅう)して言葉に詰まった。

 言われてみれば、自分を見捨てた親に、孫ができた報告をするというのもおかしい気がする。

 そもそも、孫に会ってくれるのかどうかも微妙なところだ。せいぜい門前払いが関の山だろう。

 あるいは――想像したくないが、孫だけ取り上げられる可能性もなくはない。孫が魔眼のちからを継承すれば、いくらでも利用しがいがありそうだ。高天原家は、そういう家である。


「それらをご承知いただいたうえで、それでも初夜は済ませておきたいですか?」


「……私は、子を成すことも、葦原家には必要だと思っています。それはそれとして、子を成せなくてもミコト様に愛されたいと思っております」


 コノハは真っ直ぐに、ミコトの狐面の奥に隠された目を見つめようと視線を向けた。

 その目には、嫁入りしたばかりの頃の、周囲に対して怯えていた色はない。


「私はこんな焼けただれた醜い女ですし、魅力もないかもしれません。だとしても、あなた様に愛されるよう、努力していきたいと思います」


 そんな決意表明をする花嫁に、夫はキョトンと首をかしげていたのである。


「……あの、なにかおかしなこと言ったでしょうか。ごめんなさい」


「そうですね、おかしいですね」


 率直な感想を述べるミコトに、コノハは「ぐうう……」と唇を噛み締めた。

 やはり、自分のような女には、旦那様に愛されるなど土台無理な話なのか――。


「私は最初から、あなたを『かけがえのない人』と散々お伝えしてきたはずなのですが、ここまで伝わってないことありますか?」


「え……」


 彼は怒っているわけでも失望しているわけでもない。ただただ、心の底から不思議そうに首をかしげている。

 そして、己の狐面に手を伸ばした。


「実は、これまで初夜に至れなかった原因には、私の魔眼も関係しておりまして」


 そっと面を外すと、その容貌があらわになる。

 右目は金色、左目は赤色。瞳孔は爬虫類のように細長く、およそ人のものではない。


「この目を見られると、人間の皆さんはたいそう驚かれるものですから、普段は隠しているのです」


 夫は蛇を思わせるような目を、スッと細めて妻を見つめた。


「初夜を済ませるならば、面を外さないわけにはいかない。しかし……私の目、怖いでしょう?」


「怖くは……ないと言ったら嘘になりますが。それ以上に、宝石のように綺麗です」


 それが彼女の本心だ。金と赤に輝く目は、彼の美しい容貌をさらに引き立てるようだった。

 そう、ミコトは爺などではない。五百年生きながらえていても、その美貌は健在である。

 それを考えると、彼の髪は白髪というよりも銀髪に近いのかもしれない。


「魔眼を持っていても、私の愛する旦那様は、とても優しいお方だと存じておりますから」


 そんな言葉を妻からもらって、神様はほんのりと頬が赤くなった。

 花嫁は「この人、仮面で隠していたけれど、意外と表情は多彩なのだな」と考える。


「コノハさんには、愛される努力など必要ありません。最初から大事に想っておりますから」


 ミコトはコノハの手を取ると、指先にそっと口付けをした。

 それから彼女を抱き寄せ、頬に手を伸ばす。


「コノハさん……あなたが傍にいてくださることで、私がどんなに幸せか……どうか、その身で実感していただきたい」


 言葉で表せない想いを接吻(せっぷん)で表現しているようだった。

 しばらく抱き合い、(むつ)み合う夫婦を、白い猫が見ている。

 やがて、猫は歩いて夜闇へ消えていった。


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