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卑屈令嬢と甘い蜜月〜自己肯定感ゼロの私に、縁切りの神様が夢中です〜  作者: 永久保セツナ


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第1話 卑屈令嬢と縁切りの神様

 葦原(あしはら)コノハの住んでいる葦原神社は、縁切り神社として有名である。彼女は、ここに嫁入りした。旧姓を高天原(たかまがはら)コノハという。


「コノハさん。私はあなたと出逢えたことを、奇跡のように思っているのです」


 白髪に顔の上半分を狐面で覆っている和服の人物。

 彼こそがこの神社の主、葦原ミコトであった。

 その面をそっと外し、コノハの頬に優しく触れる。

 彼女の容貌は火傷でただれていたが、ミコトはまったく気にしていなかった。

 そして、男の顔が、コノハのそれにゆっくりと近づいて、重なる――。

 この二人は夫婦として甘い蜜月を過ごしていた。


 神、あやかし、人間が共存する、大海原にぽつんと浮かぶ小さな島国、桜国(おうこく)

 コノハの元実家、高天原家は、製薬会社として桜国の首都・桜都(おうと)で霊薬を開発・販売し、財を築いた名家であった。

 肌が若返る化粧品や、虫歯からガンまで、あらゆる病を癒す万能薬など、「不可能を可能にする」をキャッチコピーとした摩訶不思議な霊薬の数々は、高天原製薬を一躍巨大企業まで押し上げることになる。


 その高天原家の娘、高天原コノハは、本を読むのが好きな子どもだった。同じ家で下宿をしていた学生に勉強を教えてもらい、「この子はとても頭が良い、ぜひ有名校に進学させるべきです!」と褒められ、照れくさそうにするのは毎度のことである。

 しかし、三つ歳下の妹、高天原サクヤは、学問はどうでもいいが、大嫌いな姉が自分以上に男性にチヤホヤされているのが気に食わない。

 だから、コノハが十歳の頃、寝ている隙をついて、暖炉にあった火かき棒をその顔に押し当てた。

 高天原家の屋敷に響き渡る絶叫。熱さというよりも痛みで顔を押さえてのたうち回るコノハ。サクヤの甲高い笑い声が耳を刺す。火かき棒の形に、線状に焼けただれた、コノハの容貌。火傷の痕は、今日に至るまで完治することはなかった。


 そんな大事件以来、彼女は学校に行かず、家にこもりがちになった。


 家族の誰も、少女を気遣う者はいない。もともとコノハが女のくせに学問をすることに、良い感情を持っていなかった親の愛情は完全に妹に移り、コノハは使用人同然にこき使われた。一部の従僕にもいじめられる始末である。両親は「ようやく生意気で鬱陶しい娘を虐げる理由ができた」とばかりに手酷く扱うようになり、それにサクヤや使用人も乗っかる形だ。特に「特権階級をおとしめる」というこの上ない機会を与えられた召使たちは、それはそれは念入りに、彼女に嫌がらせを繰り返すようになる。バケツの中の汚水を頭からかぶせ、下働きすらやりたがらない仕事を押し付け、腐った残飯を食べさせるなど、その残虐性は枚挙にいとまがない。


 もちろん、最初のうちはこの家から逃げ出そうとした。しかし、部屋を屋根裏に移され、そこから飛び降りれば大怪我をするだろう。

 隙を見て屋敷から脱走しようとしても、使用人に見つかって捕まり、地下に連行された。

 高天原家の屋敷の地下は霊薬の動物実験をするためのスペースだが、コノハ専用の懲罰房もそこに作られたのだ。そこで彼女が何をされたのかは、ご想像におまかせするが、彼女の心を壊すには充分だった、とだけ書いておこう。

「お前は醜い」「何のために存在しているんだ」そんな暴言を投げつけられ、彼女の自尊心は粉々に砕け散った。


「あたくし、お姉様がいてくださって良かったと思っております」


 全ての元凶であるサクヤは、軽やかに告げる。


「だって、あなたみたいな穀潰しのクズがのさばっていらっしゃっても許されるなら、あたくしだって生きててもいいって自信が持てますもの」


 いっそ清々しいほど美しい笑顔で、妹は姉の足を踏みにじるのだ。

 汚水をかぶった髪から雫が点々としたたる中、コノハは涙すら()れ果て、感情は麻痺し、やがて思考も鈍くなっていった。

 そういった数々の『教育』の結果、コノハは二言目には「ごめんなさい」という言葉が飛び出してくるのが口癖になる。ついたあだ名は『卑屈令嬢』。使用人たちが考えてくれた素敵なあだ名であった。そんな不名誉な称号をもらっても、彼女は悲しみすら湧いてこない。逃げ場などない地獄の中で、コノハはただ、早く楽になりたいと願うのみ。


 そんな壮絶な八年間を過ごし、やがて、ある年の二月、十八歳の誕生日になり、少女は父親に呼び出されることになる。

 ――それこそが、彼女の人生の転換点になるとは、このとき、まだ誰も知らなかった。

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