宰相閣下の名前
部屋でのんびりと持って帰って来た料理本を読んでみる。
料理本とは言っても代々の料理長が書き留めたレシピノートのような物。
フランス料理とかイタリア料理とかそんなのに近いイメージだが残念な事に儂そんな洒落た店に行く事は無かったので正確な物は知らん。
そもそもが魚介よりも肉が好きだし、なんなら甲殻類アレルギーで魚卵アレルギーだ。
魚卵は好きだから少量は食うけども。勿論アレルギー反応は出る、出ても食う。好きだから!
本を読む限りでは突出してなんじゃこりゃって料理は無いように思うが、なんせ大雑把な作り方しか載っていない。その時々の料理長が創意工夫を凝らして精進しろという事なんだろうけど。
でもさ、基本中の基本は乗せておいて欲しかった。
岩塩も胡椒もスーパーみたいに砕いた物を扱ってる訳でもないし、コンソメだのブイヨンだのも顆粒やキューブであるわけでもない。
骨で出汁を取る。野菜で出汁を取る。
だけ? どの料理には何のガラを使うとかどの野菜を使うとか、ハーブや薬味も加えるとかさ。もちぃとばかりヒントつーか詳しくてもよくね?
とは言え誰も加筆してないなら疑問にすら思わなくて作ってたて事なんかな。
あ・・・ よく日本人は味にうるさいだの舌が肥えているとか言われるのってこういう事か?
まぁこの国の人がいいってんなら儂が口出す事じゃないし。
さっきのスープはつい口出したけども・・・
獣騎士団に引っ越せば自炊するしな!
そうそう獣騎士団と言えば、城外にあるのかと思ってたら城内だったらしい。
どんだけ広い敷地持ってるんだよ。
獣騎士団以外にもいくつか騎士団はあるらしいけど関わる事はない・・・いやあったわ。
儂の護衛兼案内役として1人の騎士殿が付いているんだよね。たぶんこの騎士殿が護衛とか城内警護とかを担当する騎士団の所属なんだろうと思う。
もっとも城内に滞在する間だけだろうけど。
広い敷地内だから移動は馬車かあの虫:モファームを利用する。女性はほぼ馬車だと聞いて少しばかり殺意が湧いた。儂も馬車でよかったんじゃね?とダルクくんを問い詰めれば・・・
「閣下のご希望でしたので」
と答えが返って来た。閣下の希望・・・。あの獣舎での様子みたら・・・仕方が無いかと納得してしまった。本当にあの時の閣下は無邪気な子供みたいだったんだよ。
コンコンッ
ノックが聞こえたのでどうぞと返事を返すとダルクくんが入室してきた。
「どうした?」
なんで眉毛が八の字に下がってるんだ、嫌な予感がするんだが。
「あと数日で住いの準備が整うのですが」
が? そこで途切れるなよ、ホント嫌な予感しかしねぇ。
「陛下に知られてしまいまして」
「げっ・・・まさか内装がキラキラヒラヒラになったとか?」
「いえ、それは阻止しました。ええそりゃもう必死に。
陛下や妃殿下好みのヒラヒラメルヘンになった暁には
私がマォ殿にどつかれる未来が見えましたので」
いやさすがにそんくらいじゃどつかんよ。
「じゃあなんで八の字眉になってんだよ」
「八の字眉ですか?それはまた後で教えてください。
閣下がですね、浮かれすぎて仮眠部屋の話をぽろっと殿下に自慢しまして」
してんじゃねぇよ!浮かれすぎだろ!
「陛下がズルイと言い出し
妃殿下までも自分も部屋が欲しいとか言い出しやがりま・・・ゴホンッ
それは勘弁していただきたいと交渉の末・・・大変申し訳ありませんが
マォ殿の住いに隣接してティールームを作る事で納得していただきました」
ダルクくん今 言い出しやがりましたとか言いそうになった?
そんだけ駄々捏ねたんかな、あの夫婦・・・ 子供かっ!
「1つ聞いていいかな?」
「なんでしょう?」
「この国の王や王妃って政務とかどうなの?暇なの?」
少しばかり呆れ声になったのは許して欲しい。
「いえ・・・多忙のハズなんですがね。
そもそも閣下も閣下なんですよ。
確かに閣下は優秀で執務も手際よく終わらせています、いますけどね?
いくら陛下と幼馴染の再従兄弟だからって人が必死に誤魔化してる案件で
ちょいちょい自慢を入れないでいただきたいんですよ。
私まだ未婚なんですよ?
それなのに私の毛髪が寂しい事になったらどうしてくれるんですか!
そうでなくとも父の頭髪を見ていると心配になるのに。
解ります?私のこの気苦労!」
ダルクくんもストレスたまってるのか・・・
うーん・・・
確かバナナがストレス緩和によかったような。
ストレスを和らげるトリプトファンだったかが含まれてるんだよね。
薄毛や脱毛はストレスが大敵だし。
今度バナナケーキでも作って差し入れしよう、そうしよう。
閣下もそういや気にしてたな頭頂部・・・閣下にも差し入れしとこう。
後陛下と妃殿下にも釘を刺しておかないとな。頻繁に来られても困るんだよ。
せいぜい月1とかにして貰おう。と言うかティールームとか要るか?
結局は嫌だいやだと駄々をこねる陛下と王妃殿下に対して
「側近だの配下の者だのを困らせる人にはオヤツ抜き!!」
と餌で釣る事に成功し月1でのティータイムで納得させた。
さりげなく隣の机で政務をこなしていた王太子くんのスピードが上がったのは気のせいだと思いたい。
「王太子殿下の書類捌きが手早くなりましたね、殿下も来る気なんでしょうねぇ」
やっぱり? でもそれは聞きたくなかったよダルクくん。
そう言えばダルクくんの役職はなんなのだろう。今更だが気になった。
「私ですか?宰相補佐官ですね。まぁ秘書官のような事もしてますが。
そう言えば・・・
マォ殿は閣下と騎士団長の事とかお聞きになりませんね。
皆さんすぐに聞きたがるものですが」
そりゃ気にはなるだろうなぁ。儂だって気にはなるけど。
「気にならない訳じゃないが。
気が向いたら本人が話してくるんじゃね?
それまでは別にいいかなぁ。無理に聞き出そうとも思わんし。
誰だって話したくない事の1つ2つはあるだろ?
そもそもが儂、閣下の名前すら知らんしな」
ハハハと笑えば唖然とされた。
「確かに無理に聞き出すのは感心しませんが
せめて名前くらいは知っておいて下さいよ。
ルーク・ウォーカー。それが閣下の名前です」
ルーク・○○〇ウォーカー。真っ先に浮かんだのは某有名SF映画のキャラだった。
その内ベ〇ダー卿とか出てきたら笑う。
「さてそろそろ私も仕事に戻ります。お茶をご馳走様でした。
数日・・・そうですね4~5日以内には引っ越せると思いますので
そのつもりでお願いします」
「了解」
ダルク君が出て行った扉を見ながら思う。
儂に閣下と騎士団長の事が気にならないのかと言うけども
君等だって儂の事何も聞かないようにしてくれてるだろ。
儂の過去とか元の世界での暮らしとか気になってるだろうに。
特に隠す事も無いと思うけど・・・いやどうだろう。
人より少し変わった人生だったかも?今となっては単にネタだと思ってるんだがな儂的には。
いつか機会があれば、話してみてもいいかな。
読んで下さりありがとうございます。




