無理だろ
「駄目か」
「駄目ですね」
「どうしても駄目か」
「どうしても駄目ですね」
「無理かー」
「無理でしょうねー」
うぬぬと顔をしかめる国王と呆れて溜息をつく宰相。
そんな2人を眺めながら深い溜息をつくアルノー。
人払いをし魔道具で遮音してある国王の政務室で3人は膝を突き合わせている。
何も知らない人が見れば政の話が難航しているのかとでも思う様な光景である。
だが実際はと言うと・・・
「陛下少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「どうした宰相。珍しいな先触れの通達もなく。急ぎか?」
「私個人の意見で言うならば急ぎの案件ですね」
「ふむ、よかろう。皆席を外してくれ」
政務官や事務官、侍従に護衛すべてが部屋から出て行くのを確認し遮音の魔道具を発動させる。
「これでよかろう、個人の意見で、と言うのであればマォ殿の事か」
「左様です。閣下まず落ち着いて聞いてくださいね。
マォ殿はこの状況での生活が精神的に限界を迎えたようです。
【元の世界に戻すか、城と言う名の檻から解放するか選べ。
儂いい加減ぶちキレて暴れるぞ】だそうですよ」
ガタガタッと座っていたソファから滑り落ちた国王。
「今なんと申した・・・
城が檻だと・・・」
「おや陛下はご存じありませんでしたかな?」
宰相とアルノーの2人でマォが今置かれている状況と古参貴族たちが騒いでいる案件について説明する。
「そのような報告私には上がってきておらんぞ」
「おかしいですね、私からこちらに上げていたはずですが」
国王はよろよろと立ち上がり未読書類の入った箱をガザガサと漁る。
だがそれらしき書類はみあたらない。これはいったいどういう事か。
「侍従の中に古参貴族達の手の者が紛れているのか・・・」
このような対立する意見の書類が妨害されぬよう侍従や側近には無派閥と呼ばれる者達を選んでいたはずだった。
「陛下、この際ですからついでに申し上げます。
陛下は常日頃から身分や種族の差無く実力のある物は取り立ててこられました。
それは今後を見据えれば素晴らしい事だと思います。
ですがそれだけでは駄目なのですよ。
古参の者達へのフォローも必要なのです。
それがおざなりになってはおられませんでしたかな?
なんのフォローもなさっておられなければ反感は強まるばかりです。
そしてその反感の矛先は弱者へと向けられるのですよ」
うぅむ、と腕組みをし顔を曇らせて行く国王。
本人としてはおざなりにしたつもりはない。
古参ならではの伝手ややり方。反論であろうが批判であろうが意見は聞いて来たつもりであった。だがあくまでもつもりであったのだ。
古い者の考え方をすべて否定するのはよくない、新しい考え方をいれればよいと言う訳でもないのだ。古い者ほど新しい考えを受け入れるには時間が掛かる。事をせいては仕損じる、である。
「義母の考えですと
不要だと言うのならば彼等の力無しでやってみればいい、だそうですよ。
自分もそう思いますね。
実際にダンジョンやスタンピードを経験してみればよいのです。
どうしても無理だ、相容れない
そういう事は何処でもあるそうで無理に関わる必要もない。
なのに彼らは自ら揉め事を起こしたがるのですから
物理的に距離を取るのが一番でしょう。
いざとなって助けてくれ力を貸してくれと泣きついても知りませんがね」
まだ短い期間だとは言えマォの身近で騎獣や獣人を見て来たアルノーは辺境出身だった事もあり、彼等に対して偏見や差別意識は無かった。むしろ口は悪くとも心根は優しく、貴族の様に裏表がある訳でもなく付き合いやすい存在だ。最初こそマォと揉めはしたが自分達が【人族】というだけでマォに先入観を持って居た事を悔やみ反省もしていたし、それらは態度で示してくれていた。
アルノーにとって獣人はよき友でありよき仲間であり同士なのだ。その仲間がコケにされて黙っているつもりはなかった。むしろそんな事をすればマォの鉄槌が飛んできそうだ。
「うぅむ・・・
ならばなんとか城に留まり改革に手を貸してもらう事はできないであろうか
マォ殿の考えや知恵は貴重だと思うのだが。」
「マォ殿にこれ以上ここに留まれと?
これ以上自由を奪い軟禁生活を強いて国の為に手を貸せと?
彼女にそんな義務も義理もありませんし、させたくもありませんよ我々は。
お忘れですか、彼女はただの被害者なんですよ。
彼女は家族も友人も人生のすべてを奪われて此処に連れて来られているのです。
もっとも私もつい忘れそうになってしまいましたが」
ルークは前向きにあり続けようとするマォの姿につい忘れそうになってしまっていた自分に怒りを覚える。いくらマォ本人が気にしないと言っても気にしない訳がない。大切な家族を仲間をすべてを失っているのだから。あの笑顔に隠されていた悲しみに何故気付けなかったのか、彼女か抱える心の傷になぜ寄り添えなかったのか。マォが上手く隠して表に出していなかったと言えばそれまでだ。だかそんな事にも気付けずにいてなにが惚れていると言えようか。
今度こそは間違えない、彼女の自由を、人生を守りたい。守って見せる。ルークはそう決意した。
「確かに、すっかり馴染んでいるように見えていた故私も忘れていたな。
すまない・・・
わかった、古参貴族達に口も手も出させはしない。
だが此の事が他には漏れ伝わらぬよう細心の注意が必要だな」
エルフィンは自分の考えが甘かったのと、周囲に信を置きすぎたのを反省した。この反省を生かすも殺すも自分次第である。と同時に何故もっとマォに注視し気を配れなかったのか後悔した。
これでは古参貴族と同じ口先だけの謝罪ではないか。閉じ込めるのではなく自由にしていても守れる方法を考えるべきであった。短い会話しか交わす機会がなかった。しかも数回程度だ。それでも自分が自分でいられ一時だけでも自由になれた気がしていた。素で話すマォとの時間は楽しくもあり自由が感じられたのだ。そのマォの自由を奪っていたなど・・・城の息苦しさは自分が一番解っていたはずなのに・・・
「例え王妃殿下であろうと、王太子殿下であろうとお話にならないでください」
「王妃もか」
「どこでどう漏れ伝わるかなどわかりません」
「解った、はぁ・・・王妃に恨まれるのであろうな私は」
「ある意味自業自得かと・・・」
「で、いつ出立するつもりだ」
「明後日です」
「はぁぁぁぁ?! あ、あ、あ、明後日だと?!」
「本当は今日にでも出て行くつもりだったのを
必死に明後日まで伸ばしたんですよこれでも!」
「明日・・・明日・・・
明日だと引継ぎが間に合わぬではないか!」
「いえ私の方はすでに準備は済みましたので大丈夫です。
元々年齢的にも後進に譲る準備はしておりましたしね」
「そうじゃない!俺だ俺!1日では王位継承が終わる訳なかろう!」
つい素の俺が出てしまっている国王である。
「は? 何を寝言を言ってらっしゃるのですか」
「どうせお前達も付いていくのだろう?
俺だって付いて行きたい!!」
本音モロ出しの国王である。今更感満載ではあるが。
「「 いや無理だろ! あんた国王だろ!! 」」
敬語もなにもかも吹っ飛ばして突っ込む2人でだった。
そして冒頭の会話になった訳である。
その後はもうお互いが素を出し話し合い、なんとか収拾を付けたのだった。
帰路につくモファームの上でルークとアルノーは疲労困憊で語り合う。
「俺 陛下があんな駄々っ子だとは思いませんでしたよ」
「アルノー、今更敬語はいらん。お互い素で行こう、素で。
閣下は昔から素を出すとああなる。幼い頃より自由が無かったからな」
「陛下は末っ子長男でしたっけ」
「ああ、だから王位を継ぐ事は決まっていたしその為の教育で多忙だったからな。
子供時代を子供らしく過ごせなかった事には同情する。
だがな?国王ともあろう者が今このタイミングで駄々を捏ねるんじゃない!
私の様にさっさと後進を育ててそれから自由を謳歌すればいいだろう!」
「閣下・・・大声は控えてくださいよ」
「はっ すまん。マォ殿にはどう伝えようなぁ」
「結論だけでよいのでは? 陛下の承諾得ましただけで」
「んむ、そうだなそうしよう。私も疲れたし正直めんどくさくなってきた」
「解ります・・・俺も疲れてめんどくさいです色々と」
そうして家に辿り着きドアを開ければ
マォの手料理が待っていて歓喜する2人であった。
読んで下さりありがとうございます。




