45話 玉森くんは墓まで持っていかない。
心の内ではアオイくんのことを、ずっと超絶なイケメンと呼んできた気がする。
でも、本人に直接「超絶なイケメンですね」と伝えたことはなかった。
思考を垂れ流してしまったことが気恥ずかしくなって、私は押し黙る。
どこか気遣うような口調で、彼が言った。
「……開けてくれる?」
慌てて玄関へ向かう。
見事に何もない部屋にも関わらず、転びそうになった。
落ち着いて。
深呼吸をしてから、私はドアを細く開ける。
そっと、超絶なイケメンの表情を伺う。
満更でもなさそうな顔をしているのが、すごく意外だ。
「意外だね」と、思わず私の口から台詞が滑り出た。
浮かんだ言葉が、外へ出ていくのが早すぎる。
さっきから何を言ってるの? 私? という状態。
自分の発言に、自分が追いつけていない。
引っ越しが不安すぎて、実は思考回路に異常をきたしているのかもしれない。
しかしながら、いつも通り。
アオイくんは穏やかに笑っていた。
「意外だと思うけど、嬉しいよ」
「てっきり、言われ慣れてるかと思ったのに」
「超絶なイケメン?」
「………」
「1回も言われたことないよ」
くっくっ、と珍しく彼が喉で笑い始める。
比例するように私の顔が熱くなった。
何これ、恥ずかしい。
普通は言わないものなのかもしれない。
思えば、「超絶なイケメンですね」なんて。
人生のなかで1度も口にしたことのない言葉だ。
心の内では何度も彼のことを玉森くんと呼んでいるのは、絶対に秘密である。
墓まで持っていこう。
いや、墓は同じかもしれないからダメか……。
玄関のドアを広く開けながら、急に私は意識し始めてしまった。
今日から新婚生活のスタート。
仮面夫婦を通り越した演劇夫婦ではあるのだけれども!
「荷物を運ぶね」
ひとしきり笑い終えてから。
フローリングの床が広く見渡せるワンルームに、彼は入っていく。
そして、部屋の一角にある少ない私の荷物を見たのだろう。
驚きの声が聞こえてきた。
「これだけ!?」
「これだけ」
ドアストッパーを挟みながら、私は淡々と返事をする。
こちらを振り返ると、彼は気遣うような口調で言った。
「2往復くらいするつもりだったんだけど」
努めて明るく、私は笑う。
「本当に必要なものを残してみたら、これだけだったんだよ」




