38話 大丈夫が口癖。
妊娠届出書に必要事項を記入する。
職業欄には「学生」と書いた。
公的な書類だから、学生と書くより他にない。
突っ込まれるかもしれない、と思いつつ。
「学生ですが、何か問題でも?」くらいの強い気持ちでいることにした。
大丈夫。
書類を提出して、母子手帳をもらってくるだけ。
すぐに終わるはずだ。
保険センターの場所は、区役所の隣。
バスの時刻表をアプリで確認する。
運転免許証に加えて、マイナンバー通知カードも忘れずに持った。
飴やグミは、鞄の奥に忍ばせておく。
ハイペースで消費しているので、また帰りに買おう。
満腹のときに甘いものを食べなければならないのは、誠に遺憾だけれども仕方がない。
胃が気持ち悪いよりは数倍マシだ。
私は家を出た。
もうちょっと、よく考えてから来れば良かったかもしれない。
そう思ったのは、保険センターで眼鏡をかけた真面目そうな女性にアンケートを手渡されてからである。
妊娠と出産に関するアンケート。
……格段に、攻撃力が高い。
『妊娠を知ったときの気持ちはどうでしたか』
①うれしかった
②驚いたがうれしかった
③予想外でとまどった
④うれしくなかった
⑤特に何とも思わない
個人的な私の気持ちを聞いて、どうしようというのか。
しかも、「うれしかった」と答えなければならない謎のプレッシャーがある。
④や⑤で答えると、不穏な空気が漂ってしまいそうだ。
かなり③が近いけど、②にしておいた。
次に進む。
『パートナーはどうですか』
①うれしそうだった
②とまどっていた
③よくわからない
よくわかりません!
もう彼のことは、私に聞かないでくれ。
そう思った。
婚姻届の写真を撮っておいて、本当に良かった。
アオイくんの本籍地は富山県で、実父母の苗字は違っている。
正確な情報は手元にあっても、事情が謎に包まれているのは別として。
名前とか住所とか生年月日とかの個人情報については、間違わずに記入することができた。
他の部分は、わからないから適当だ。
アレルギーと持病の有無や、1日に何本のタバコを吸うかなどは全く存じ上げない。
少女漫画だったら、「私って、彼のことを何も知らないのね」と落胆する場面かもしれない。
でも、体裁を取り繕うのに私は必死すぎた。
感情が追いついてこない。
アンケート項目は『親から愛情を受けて育ちましたか』『今後についての不安はありますか。当てはまるものに丸をつけてください(複数回答可)』というように続く。
素直に答えると、問題だらけの現状が浮き彫りになってしまいそうだ。
巧妙な質問が並んでいる。
だから、マインドコントロール。
途中からは仲の良い恋人との学生結婚をイメージして、私は回答していった。




