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24話 夢と現実

 珍しく、私は夢を見ていた。


 必要な分の机と椅子を、ぎゅうぎゅうに詰められた狭い教室。

 中学1年生の私は、大好きな国語の授業を受けている。

 黒板の前に立っているのは、古典担当のユミコ先生。

 

 カッカッカッカッカッ。

 一定のリズムにのった軽快な音が室内に流れていく。

 ユミコ先生が超スピードで黒板に文字を書きつけている音だ。

 板書のしすぎで腱鞘炎を患ったにも関わらず。

 授業のやり方は変えないらしい。


 カッカッカッカッカッ。

 ものすごい板書量。

 そうだ。

 毎度のことながら、必死にノートを取らなければならない……!


 慌てて自分のノートを開いて、シャーペンを握る。

 黒板を見て——、愕然とした。


 どうやら、私は眼鏡を忘れてしまったらしい。

 何ひとつとして、文字の判別ができない。


 クラスメイトが一生懸命、板書をノートに書き写しているなか。

 ひとりで、ただ途方に暮れてしまった。


 周囲から浮いた私の様子に、気がついたのだろうか。

 即座に、ユミコ先生が振り向く。

 鬼のような形相で、私を睨みつけていた。


「わたしの授業でノートを取らないなんて、いい度胸してるわね」


 取りたくても取れないんです!

 切り返そうとしたのに、私の声は声にならない。

 目の前の景色が涙で歪み始めた。

 うつむきながら、じっと耐える。


 次の瞬間。

 すっ、と私の眼鏡が机の上に置かれた。

 驚いて真横を見ると、母の姿がある。


 平日の昼間は仕事へ行っているはずなのに、とか。

 忘れたことに気づいて持ってきてくれたの? とか。

 短い間に、いろいろなことを私は思った。


 でも、せっかく持ってきてくれたけど。

「もう間に合わないよ」

 涙声になりながら、ぽそりと私は呟く。


 それでも、母は満面の笑みを浮かべていた。

「大丈夫。莉帆ならできる」


 たった一言で、失われたはずのやる気が漲ってくる——。

 そのような場面で。


 久しぶりに、夢から覚めた。

 夢とは不思議なもので、現実とは全く異なっている。

 まず、私の視力は悪くない。



 ❇︎❇︎❇︎



 起きてみたら、夜中の1時だった。

 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲みながら。

 大学受験のときに満面の笑みで、勇気づけてくれた母の姿を思い出す。


 忘れていた。

 いつも私のことを本気で応援してくれるのは母だったな、と。

 ぼんやりと思う。


 そんな気持ちを私は無下にしたのか。

 怒られて当然だった。

 母を失望させてしまったかもしれない……。


 洗面所に移動して、顔を洗う。

 最近、やたらと涙もろいのはホルモンバランスが乱れているせいだろうか。

 フェイスタオルで目元を押さえながら。

 妊娠生活って想像以上に大変かもしれないな、と私は思った。

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