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18話 学業が本分です。

 産婦人科の受診により妊娠が確定した日から、とても簡単に1週間と数日が経とうとしていた。

 あれから、アオイくんとは具体的な話し合いもないまま。

 通話さえ、ろくにしていない。


 結婚する約束をしたのに、そんなんでいいのか! と思わなくもないが。

 たぶん、向こうも卒論が大詰めで忙しくしているのだ。

 何としてでも卒業してもらわないと私が困るので、おとなしく待つことにする。


 演劇専攻の学生が卒論で何を書くのか。

 以前、気になって聞いてみたことがある。

 多種多様らしいが、アオイくんは『舞台芸術論』を書くのだそう。


 ちなみに、私は文学部なので『村下春樹の表現特性』という題で卒論を書くことに決めていた。

 村下春樹を初めて読んだのは大学1年生のとき。

 不思議な作風に衝撃を受けて以来、ずっとファンである。


 好きなことについて研究するのは楽しい。

 大学の図書館へ入ると、しばしば私は時間を忘れた。

 日常の雑音とは隔絶された空間。

 図書館の地下2階まで降りていくと、人の気配さえも感じない。


 こうしていると、妊娠したことも何かの間違いのような気がしてくる。

 本当に妊娠しました?

 私は普通の勤勉な大学生なのですよ、と 。


 一方で、ちゃんと妊娠のことを理解している自分もいた。

 自然に流産しないかな。

 最低なことを考えながら、生理用品をお守りがわりに持ち歩いているような自分である。


 全妊娠のなかの流産の確率は約20%。

 そのうちの約85%は、妊娠12週までに起こる。

 この世に生まれ出てきた瞬間から女性が内包している数多の卵子。

 そのうちの約7割から8割は無事に出産までたどり着かない。


 元気な赤ちゃんが生まれてくる確率なんて、天文学的な数値。

 奇跡的な出来事。

 神のみわざ。

 何が悲しくて、仮面夫婦を通り越した演劇夫婦のもとに愛らしい天使は舞い降りてこなければならないのか……?


『完璧な妊娠などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね』

 ふざけたことを頭に思い浮かべながらも、私の卒業論文は手堅く仕上がりつつあった。


 しかし、現実逃避も長くは続かない。

 10月25日金曜日の午前中は足音を立てることなく、着実に背後から忍び寄ってきていた。

 エンゼルレディースクリニックの次の受診日が、刻一刻と迫っていたのである。

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