エピローグ1 月桂冠をあなたに2
翌日、JVAの道場に顔を出した総一郎は、イキオベさんに歓迎を受けていた。
「おお、よく来たね、総一郎君。今日は頼むよ」
「はい、市長」
「はは。君にそう呼ばれると、何だかむず痒いね。あの時の尽力を、私は生涯忘れないよ」
「大変でしたね、あの時は……」
あんまり思い出したくないくらい大変だった時期だ。まさか自分が世界を救うことになるとは思うまい。実際にメインを張ったのは大統領やミヤさんで、総一郎はフィナーレに花を添えた、という程度のものだが。
そんな世界救済の立役者の一人こと、父が背後から現れた。「精が出るな、総一郎」と声をかけられる。
「はい。父さんも、俺同様に稽古を?」
「いいや、私は少し様子を見に来ただけだ」
お前のように、後進を育てようなどという余力はない。と首を振る。総一郎は苦笑して「俺より年上の方が多いのに、後進を育てるなんておこがましいことは考えてませんよ」と首を振る。
「ははは。総一郎君、謙遜はいいが、君がしているのはそういう事だ。正しく技術を伝えたまえよ。自分の教えがアーカムの秩序を守っていく。そういう意識で臨みなさい」
「はい。心得ております」
首肯を返すと、イキオベさんは「うむ。精進するといい」と満足げに頷いた。何となく流れで父を見ると「私はこのまま帰るところだ」と言われる。
「そうですか。良ければ稽古の補助でもしていただければ、と思ったのですが」
「必要ないだろう。お前は自分の好きなように、ことを為せばいい」
「放任ですね」
「信頼というのだ、これは」
構ってくれない寂しさから皮肉を言うと、正面から父に告げられ、総一郎は面食らってしまった。「は、はい」と受け止める。すると父は微笑して、「総一郎、私はお前のことで心配することはない」と言う。
一見どこか、冷たい響きを持った言葉だ。だが、父のそれは違った。信頼。総一郎には、何だかそれがむず痒い。気恥ずかしさから、二人に会釈をして、総一郎は足早に道場に向かった。
それから二人とは完全に別れて、一人道場へと足を踏み入れた。すると日米亜人問わず、様々な新警察隊の所員たちが総一郎に直り、「こんにちは!」と腰を折る。
「こんにちは! 本日もよろしくお願いします」
「はい! よろしくお願いします」
お互いに腰を低く礼を交わしてから、総一郎は定刻を確認して「では、今回の戦闘教練を開始します。みなさん、そこに並んでください」と指示を出す。
総一郎は、謝礼を貰って新アーカム警察の教官として、週に何度か訓練を付けることになっていた。それは単なる体術というのではない。
アーカムに存在しうる手練れ。例えば強力な亜人。例えば優秀なカバリスト。例えば苛烈な魔法使い。そういった仮想敵が現れた時に、確実に拘束するのには知識と訓練が必要だ。だが、それを教えられる人間は少ない。
ならば、とそのすべてに該当する総一郎が、教官という重大な役目に名乗りを挙げたのだ。最初は訝しげな生徒たちだったが、今ではこうして受け入れてくれている。
もちろん生活費の足しになる、という打算がなかったわけではない。カバラで大儲けしてもいいが、出来れば人の役に立ってお金を得たいというものなのだ。
「では、今日の仮想敵はカバリストとします。カバリストが敵に回る場合、想定されるのはどんな他パターンでしょうか。では、あなた」
「はい。組織だったテロ集団、ないし個人的にカバラを利用して悪事を働く悪漢です」
「正解です。その通り、組織的な動きをする敵、個人の敵にはっきり分かれます。非カバリストとの混合、ということは考えにくいのがカバリストの特徴ですね。集団にカバリストが居た場合、指揮の役割を担う形になりがちのため、現場で戦闘になることは少ないためです」
本日は、個人のカバリストを仮想敵として、私と模擬戦を行っていただきます。総一郎がそう言うと、生徒たちに緊張が入る。
「では、列ごとに模擬戦を行いましょう。観戦中も、集中して見てくださいね。種族魔法以外の行動を取ればとるほど、戦況がカバリスト側に傾きます。それを見て理解できれば、間違えることはありません」
アンドロイドに命じて、依り代戦の準備をさせる。ついでに、総一郎はカバリストが持っていそうな武器を手に取った。フィアーバレットが装填されたSMGを二丁。カバリストは目的が果たされれば、後はそこまで被害を出したがらない。それは『目的のみを最高効率で果たす』というカバリストらしい美学故か。
総一郎はSMGのアナグラムに異常がないか確かめてから、戦闘領域内に足を踏み出した。後続が四人。総一郎を中央に、その四人が総一郎を囲うように立った。総一郎は鋭く息を吐きだし、アンドロイドに勝負開始カウントダウンを始めさせる。
「3、2、1」
開始、の声と同時、総一郎は重心を落とす。
襲い掛かってきたのは日本人の亜人ハーフと、アーカム在住の純亜人だった。
一方、カバラを少しかじった残る二人のアメリカ人は、片隅に移動してから注意深く総一郎を見つめている。手には拳銃。込められている弾は、『種族魔法式フィアーバレット』か。
「すごいです。初動は完璧に近い」
言いながら、総一郎は落とした重心のままに攻撃を回避し、フィアーバレットをばらまいた。亜人二人は種族魔法で回避する。上手い。咄嗟に単純な魔法を使う人も居なかった。訓練はよほど真面目に行われているのだろう、と推測できる。
総一郎はアナグラムを拾いながら、相変わらず計算の成り立たなさに笑ってしまう。これなら大抵カバリストなら混乱するだろう。だが、そうでないカバリストもいるかもしれない。
だから総一郎は、最適化された行動で生徒の一人を足場に駆けあがり、地上三メートルの高さから宙返りのフィアーバレット絨毯爆撃を行う。
「ッ! ファーメーションD!」
日本人の生徒が金属魔法で平べったい鉄板を生成し、フィアーバレットに対処した。その下に純亜人生徒も避難だ。「うまい」と総一郎が評価する横で、離れていた二人の純アメリカ人から射撃を受ける。まるで銃弾の挟み撃ち。
総一郎本人としては魔法で良ければいいだけだが、カバリストには無理だろう。大人しく食らう。依り代が破壊される。
模擬戦終了ブザーが鳴った。総一郎は軽やかに着地してから、拍手する。
「お疲れ様でした。30秒。素晴らしいです。この速度感なら民間人に負傷者は出さないかと思います」
「あ、ありがとうございます!」
息絶え絶えの四人が、必死の声を上げて礼を言った。あまり動いていないはずの純アメリカ人たちを分析すると、どうやら緊張感がかなりあったらしい。どうやら、フィアーバレットもなしに畏れられているようだ。
「……怖がられるようなこと、してないはずなんだけどなぁ」
ううむ、と考えつつ、「次の列の方! おいでください!」と呼ぶ。今までの四人が勝ち誇ったような顔で「いやぁヤバかった。お前らも頑張れ」と言い、「ハードル上げんなよクソッ」と毒づきながら、次の四人が入場する。
「じゃあ、行きましようか。カウントダウンを」
総一郎は再び、次の模擬戦を開始する。
模擬戦終了後、総一郎は模擬戦での動きの解説をしていた。
「個人で動くカバリストというのは、完全な戦術特化カバリストになります。ですから、意表をついてアナグラムを乱してくる。そこから勝機を見出す、という意図で、曲芸めいた動きをすることはままあります。要は、驚かせる、というアプローチから勝負を決めに来るんですね。私が途中空中に上がって上から銃撃したのも、そういうことです」
へろへろの組がほとんどだなぁ、と思いつつ、総一郎はそのように説明した。最初チームは流石に疲れも取れていて「はい教官。質問良いですか」と手を挙げて聞いてくる。
「はい。何でしょうか?」
「教官なら、仮想敵のカバリストをどのくらいの時間で倒せますか? 俺たちは四人がかりだったけど、教官なら一人で行けますよね」
「ああ、そうですね。行けると思います。時間は……どうかな」
余程先ほどのタイム、30秒が誇らしかったのだろう。自分ならどうかな、と考えて、総一郎は指折り数えてみる。
「私の場合だと、カバラの読み合いで普通に勝てるのと、種族魔法をいくつか使えるので、かなり優位から始められます」
『灰』は特に、一発でカバリストの混乱を招ける代物だ。再現性がないため秘匿している点もあり、確実に感情的なアナグラムで優位に立てる。
「種族魔法でカバリストの混乱を招くのに1秒。魔法で高速接近するのに0.25秒。至近距離の戦闘で詰めるのに0.5~2秒。早ければ1.75秒、長いと3.25秒での勝利になると思います。敵のリアクションを考えなくていいので」
「……ありがとうございました」
あ、と総一郎はリップサービスし損ねたことに気が付いて、慌てる。「いや、えっと、その」と言い訳を始めた。
「カバラを長年実践下で経験している、というのが大きいので、皆さんも難しい数字ではないですよ。現存しているカバリストってほとんどはぐれというか、野良が多いので、体系だって学べばすぐに追い抜かせられると思います。数年やってた俺が、トップ3に入れるくらいの業界なので」
「え、教官ってトップじゃないんですか、カバラ」
「え、はい。逆立ちしても敵わないのが一人。まだ実力的に及ばないだろう、というのが一人います」
ほーっ、と生徒たちが感心に声を上げる。話題は逸らせたが、何となく居心地が悪くなってしまって、「じゃあ、今日は早いですが、こんなところで」と総一郎は道場を後にした。
それからシャワーを浴びようか迷って、汗をほとんど流していないことに気付き、そのまま出ることにした。借りていたSMGや備品を返却してから、玄関口をくぐる。
「君に実力を認められていたとは、驚きだったね。君の奥さんには逆立ちしても敵わないのは同意だが、カバラにおいてぼくが上と見るか」
声をかけられ、総一郎は立ち止った。ギル。道場入り口真横に背中を預けて、彼は立っていた。
「……珍しいね。市長選以来、ローレル以外の薔薇十字は見なくなったのに」
「大半はUKに帰って祖国の復興に尽力することになったからね。薔薇十字の再建もか。体系だって学ぶのは大切だとも。だからぼくらも、そうしているのさ」
「用件は?」
「つれないね。近くに寄ったから、友人の顔を見たくなったんだ。いけないかい?」
―――まだ帰るには早い時間だ。お茶でもどうかな。
総一郎はギルから読み取れるアナグラムを解析に掛ける。嘘は言っていない。どんなに怪しくとも、真偽レベルの簡単なアナグラムは、ある程度実力あるカバリスト同士では偽れない。
ならば、総一郎から告げる言葉は一つだけだ
「友人? いつの話かな」
「……」
「用がそれだけなら、俺は行くよ。ローレル、妊娠してからもう十か月は過ぎてるんだ。近日中には生まれる。傍に居なくちゃ」
じゃあね。と総一郎が立ち去ろうとすると「そうだね。回りくどい言い方や、気取った話し方をする必要はもうないんだ。ぼくが言うべき言葉は、ただ一つだね」とギルが言う。何かと思って振り返ると、彼は深く深く頭を下げていた。
「すまなかった。君の人生を、暗い方向へと変えてしまった。辛い記憶を植え付けた。ぼくの意思じゃなかったなんて言い訳はしない。ぼくの責任だ。恨まれるべきはぼくだ」
謝らせてほしい。本当にすまなかった。ギルの謝罪はただまっすぐで、総一郎は呆気に取られてしまった。
「……は?」
「気が済むまで殴ってくれ。君がUKを去る時にしこたま殴られたけれど、ぼくはあの程度で足りるなんて思っていない。ぼくが君にしたことは、あんなものじゃなかった。……殺したいなら、そうしてくれていい。もうぼくを殺して、君に降りかかる不利益はない。ぼくの死後処理も、薔薇十字が行うだろう」
「……」
総一郎は、どう反応して良いか分からなかった。だからひとまず、その場で浮かんだ疑問を口にする。
「薔薇十字は、それでいいの? 君は、団長だったはずだ」
「ぼくはもう団長じゃない。この数年で、後進を育てた。彼に団長は譲ったし、厳密に言うならもう薔薇十字は薔薇十字じゃない」
「ああ、団長が変わる度に名前が変わるんだっけ。今は?」
「フリーメイソン」
「へぇ。君たちにぴったりだな」
嫌みを言う。人通りの中でずっと頭を下げたままのギルに、じわじわ視線が集まっていく。総一郎は頭を掻いて、言った。
「頭を下げ続けるのは、一種の脅迫だよ。“これだけ謝ってるんだから早く許せよ”っていうね。それでもなお許したくない相手の意思を無視してる」
「……許されたいわけじゃない。罪悪感なんて、とっくにふりきってぼくらは進んできた」
ギルは顔を上げる。そこには、人生の酸いも苦いもかみ分けた、大人の顔があった。
「ただ、申し訳ないんだ。許されたとしても、それでよかったと思えるほど馬鹿じゃない。ぼくは、……ぼくは、どうしてもらいたいんだろうね」
あるいは、どうしたいのか。ギルは、斜め下を見て、考え込んでいた。総一郎は、沈黙を挟んで話し出す。
「俺は、許されない罪を犯した。今はこうやって前向きに生きてるけど、それはいつか復讐されるその時を、そのままの意味で納得できたからだ。許されないまま生きていく。この荷物を、生涯奪いに来る誰かのために取っておく。そうやって生きることに決めた」
君はどうだ。とギルに問う。
「俺に比べたら、些細なものかもしれない。君個人という小さな範囲で見るなら、君はしょせん、少年時代に一人をいじめただけだ。大量虐殺も、多くの人の人生を狂わせたりも、していない」
でも、性質そのものは同じだよ。総一郎は言った。
「君の罪は、他人の生涯をゆがめるものだった。それは許されない領域の罪だ。許されたくて謝るのなら、止めてくれ。殴ろうが、殺そうが、俺は君を許さない」
「……そう、か。いや、ありがとう。ぼくの謝罪に向かい合ってくれて。―――それで十分だ」
では、とギルが踵を返す。だからその背中に、総一郎は「何で帰ろうとするのさ」と問いを投げかけた。
「え? だって」
「お茶でもどうかって誘ったのは君だ。今からローレルが大丈夫そうかナイに確かめる。問題なさそうなら、俺の悩みでも聞いていきなよ」




