8話 大きくなったな、総一郎50
一度安全な部屋を確保して、その中で戦略を立てよう、という事になった。
そのため、ティンバーたちは小部屋が無人であることを確かめてから侵入し、内側から閉鎖する形を取った。それぞれがリッジウェイ警部の激しい攻撃に疲弊している中、少しでも体を休めようと深く椅子に座って、背もたれに体重を預けている。
「流石。強敵だね、警部は」
『一トン近いNCRが奴の指示通りに動く、と考えると当然の評価だろうな』
「え? あれで一トンもあったの?」
『いいや、署内すべてのものを合わせると、だ。あれそのものは数百キロ分程度だろう。余剰分は他の場所で暴れまわってるはずだ』
「……それ、マズくない?」
上体を起こして絶句するウィッチに、ティンバーは首を振る。
「今回の攻勢はJVAが大勢参加してるから、そんなに気にしなくていいよ。一トン分を即時に四散させられるレベルで原子分解の魔法を使える人は少ないかもしれないけど、人数が多いだけあって苦労もしないんじゃないかな」
アーカム警察襲撃に際して、真っ先に対処講習を行ったNCRだ。一人ならばティンバーでも苦戦するが、数人のチームで全員が原子分解を使えるのであれば、予備電流で復活するNCRといえども、疲弊も少なく押さえつけておくことは出来る。
「……要するに、私たちがその『原子分解』を使えれば、リッジウェイの奴を今頃倒せてたって事?」
「ううん、JVAのメンバーが警部の前に立ったらただの一人も太刀打ちできないで終わったはずだよ。ここのメンバーは、少なくとも『戦闘経験豊富なカバリストであるか、自身をいかなる場面でも守り抜ける能力を有する』っていう条件をクリアしてる人だけだから」
「あ、だから私ここに居るのね」
『自覚なかったのか』
ハウンドの指摘に、ウィッチはウィンクをして誤魔化した。ハウンドモードに入った彼女は冷静そのものだったのもあって、ウィッチの誤魔化しを黙殺して説明する。
『端的に言うなら、リッジウェイはそれだけの実力者、ということだ。単なる非カバリストなら奴に殺されて終わり。カバラで情報処理の効かない種族魔法に長けていても、奴は対亜人の経験も豊富だ。となると、同じ土俵の自分か、そもそも攻撃の効かないウィッチか、その両方の資質を持つティンバーか、ということになる』
「やっぱティンバーって聞けば聞くほど反則よね。何かズルでもした?」
「おかしなことに全部苦労して得た技術なんだよねぇ。と思ったけど『灰』ってどこで手に入れたっけ……?」
何故か記憶にない。全くもって記憶にない。気付いたら使えるようになっていた技術だ。仙術にまつわる、という事しか分からない。何だろうかこれ。怖い。
「やっぱりズルしてるじゃない」
「いやいやいやいや」
と、軽い調子でやり取りして、空気がほぐれるのが分かった。ティンバーたちはお互いに顔を見合わせて、前のめりに会議を再開する。
「狙撃手を封じよう」
ティンバーが言うと、二人はただ深く頷いた。それから『方法は』とハウンドが尋ねてくる。
「人員を分けよう。狙撃手さえ封じれば、警部は俺たちで相手取れる。ただ、ここで言う俺たちっていうのは、つまり」
『自分を除いた二人、ということだな』
「そうね。ハウンドはここでは役に立てないと思うわ。能力的に同じところが多すぎるって言うか、リッジウェイの下位互換だもの」
ハウンドが潔く認めたのに乗じて、ウィッチが言い過ぎなほどの評価を下した。ティンバーが微妙な目つきでウィッチを見つめるが、ウィッチはどこ吹く風だ。
一方、ハウンドはあまりに素直に首肯した。
『ウィッチの指摘の通りだ。リッジウェイを相手取るのに、自分今回不向きだ。奴の手札にブラックボックスが多すぎる。解析と情報収集が前提の自分では、今回のような電撃戦では役に立てない』
ずいぶん強気な無能宣告だ、とティンバーは苦笑だ。それから、こう告げた。
「ハウンド、君には狙撃手を抑えにかかってもらいたい。署内でARFのメンバーがひとしきり暴れまわったところだと思うし、欲しいメンツを付けるよ。誰が欲しい?」
『ファイアーピッグを。彼の部隊もだ。あの狙撃からはカバリスト特有の精密さがあった。対抗するには、指示に忠実に従ってくれる部下が欲しい』
「ちょっと、人の父親気軽に持っていかないでくれる?」
ウィッチの言葉に、ハウンドは視線を向けた。ウィッチは小生意気に「何よ。私、おかしなことでも言ったかしら?」と挑発だ。ティンバーは仮面の下で奇妙な顔をして、ウィッチの言動を不思議がる。
「ウィッチは何で噛みつくのさ」
「別に、理由なんてないわ。ただ気にくわないだけ」
「ハウンド、君ウィッチに嫌われるようなことした?」
『まさか』
首を振るハウンドに、フンと鼻を鳴らすウィッチ。相性が悪いのか、と疑いつつ、ティンバーは答える。
「いいよ、彼らは適任だ。君の指揮で最強の部隊に仕上げてほしい」
『任せろ』
「ちょっとティンバー! 勝手に決めないでくれる?」
「……ウィッチ」
ティンバーは、声のトーンを落として、こう語り掛ける。
「それは出来ない。何故なら、俺はリーダーだからだ。この攻略戦に責任を持つ以上、君の意思を優先して失敗するリスクは犯せない。だから、君の意見は吟味した上で勝手に無視した。他に何か異論はある?」
「うっ。……何よ、みんな勝手におとなぶっちゃって。子どもなのは私だけってこと?」
悔しげに呟くウィッチに、ティンバーは立ち上がった。それから、何となく思う。ウィッチが噛みついたのはハウンドだけでなく、この場の全員になのだと。
「ウィッチ、もう一度行こう。順当に考えて、警部がそうポンポンと俺たちの防御を破る方法を思いつくとは思えない。となれば、持久戦だ。粘って、少しでも疲弊させよう。気楽なゲームだよ。俺も原子分解を何連続だせるのか、とかやってみようかな」
指示すると、ウィッチは「……分かったわ。そのゲーム、私も付き合う」と立ち上がった。指示に従う気があるのなら十分だ。それから、ティンバーはハウンドに向かい、軽く頭を下げた。
「狙撃手は頼んだよ、ハウンド。俺たちと警部の戦闘は、お互いに打開策を持ってないから間違いなく千日手の泥仕合になる。けどあの様子なら、狙撃手を押さえられれば警部にも付け入る隙があるはずだ。となれば、君たちが今回の攻略戦の要になる」
ハウンドは、深く頷いて一人部屋を飛び出していった。ティンバーはウィッチに目配せをして、再び厄介な警部へと挑みに行く。
人目のつかない廊下の窓からハウンドが静かに素早く脱出すると、そこにはローレル・シルヴェスターが立っていた。
「お待ちしていましたよ、ハウンド」
「……」
以前ARFの窮地を救った、本家筋のカバリスト達こと薔薇十字団。かつてソウを虐げた者たちの黒幕で、ベルを修羅にまで追い立てた冷酷な組織。
ローレル・シルヴェスターは、ソウを深く愛する恋人であると同時、冷酷な薔薇十字団のエースだという。
その為、深く関わったARFのボスことシラハや、ソウの記憶を共有したヴァンプ以外は、その矛盾したプロフィールに「どこまで信頼を置いていいものか」と懐疑的に見ていた。
今回に当たっても、その傾向は強い。これまでの準備期間では彼らに指示を出す役目だったからこそ知っているが、カバリストとして、彼らは本当に優秀だった。冷静で、忠実で、かなりの難事をタスクとして投げても事なげに処理して戻ってくる。
その過程で、たとえ善良な市民を犠牲にしても、顔色一つ変えずに。
『お前が現れたという事は、手はずは整っているのだろう。早く案内しろ』
「ええ。ではこちらへ」
シルヴェスターは踵を返し、足早に案内を始めた。署の裏手から近隣の建物の塀、ベランダ、屋上へとスムーズに登っていき、そこから一度大きな跳躍を経て他の建物へ。そこから塀に降り、少し走ってやっと地面に足をつけると、適切なメンバーの全員が集まっていた。
「おう、来たな。お前も少し見ない内にこれだけのグループを指揮するようになったか。何だか嬉しいじゃねぇの」
ハウンドが到着するなり褒めてきたのは、ファイアーピッグ改めヒルディスの旦那だった。旦那は警察からの目を欺くため人間形態で変装している。彼の部下も同様に変装して集まっていた。
それに加えて、今回署への攻撃の情報提供を行ったハウンドの部下が数人。そしてシルヴェスターともう一人、強めにウェーブする黒髪の薔薇十字団が立っていた。
「こっんにっちはー! 今回光栄にも抜擢されました、アンジェラ・ブリジット・ボーフォードでっす! 気軽にアンジェって呼んでくださいね!」
「アンジェ、静かに。あなたのことですから計画に支障の出ない声量を計算して言っているんでしょうが、今回のメンバー達の神経を逆なでするデメリットを考えてください」
「あはは! ローラ先輩は真面目ですねぇ。でも、良いんですよ。憎まれ役の一人くらい居ないと、ね」
ニヤリと笑って面々を見るアンジュに刺激され、ハウンドの部下たちやヒルディスの部下たちは、眉をひそめて目配せをした。ただヒルディスの旦那だけが「は、元気のいいことだ」と余裕げに笑う。
ハウンドは通知を確認し、その情報とこの場のメンツが合致していることを確認して号令をかけた。
『傾聴。今回集まったメンバーは自分、ハウンド部隊とファイアーピッグ部隊の混合チームだ。補助として急遽薔薇十字団から精鋭が二人参戦する。ボーフォードは名乗ったため、シルヴェスター』
「ローレル・シルヴェスターです。戦闘そのものにはさほど長けませんが、カバリストとしては誰よりも優れる自信があります。ハウンドさんの補佐として動きますので、よろしくお願いいたします」
『ということだ。彼女は以前のティンバー奪還作戦の指揮者でもある。カバリストとして、邪神すら欺いて見せるほどの実力者だ。彼女には自分同等の権限を今回委任する。指示があれば従うように』
ハウンドの部下たちが、言葉少なく「ハッ」と了解の礼を取った。ファイアーピッグ部隊の面々は「ティンバー奪還……? つまり何か? あのティンバーを誘拐るほどのやべぇのを、このちんまいお嬢さんが出し抜いたって?」と半笑いで疑っている。
「ハウンド」
名前を呼んできたのはファイアーピッグだった。『何だ』と返すと、彼は自らの部下たちを一瞥してから、こう言う。
「どうもウチの脳筋どもは、そのお嬢さんが手練れだとは思えないらしい。何か説得材料はあるか? この侮りは事故の元になる」
ファイアーピッグに言われ、コソコソ言い合っていた部下たちは少しバツの悪そうな顔になった。ハウンドが『何かあるか?』と聞きながらシルヴェスターを見ると、彼女はいつしか消えていた。
「これでいいですか?」
声が上がった方向を見ると、ファイアーピッグ部隊の最後尾の部下が一人、シルヴェスターに組み伏せられ頭頂部に銃口を突き付けられていた。ファイアーピッグ部隊の面々が色めき立つ中、シルヴェスターはこともなげに銃口を外して言う。
「あ、ご安心を。この中に入っているのはフィアーバレットです。人殺しはしない主義ですので」
沈黙がおりる。だが、シルヴェスターはその沈黙をも読み切ったように平然としていた。フィアーピッグが「おいッ! 何小娘に手玉に取られてやがる!」と一喝すると「違います! 油断はしてません!」と組み伏せられたまま、ピッグの部下は弁明を始める。
「気づいたら背後を取られてて、触れられたと思った瞬間には拘束されて地面に突っ伏してたんですッ。こんなことが出来る奴相手に、正面から向かっても勝てやしません!」
「自分事ですが一つ補足をしますと、彼に限らずアンジュ以外のこの場の全員が、私の移動に気が付いていませんでした。話題の渦中である私が、数メートル移動して誰かの背後に回ったことを、ただの一人も、です」
実力の証明になりませんか? と問われ、ピッグの部下たちは絶句し、ピッグは苦渋の面持ちで頭を掻いた。ハウンドはと言うと、ここまででシルヴェスターが構築したアナグラムの数学的な美しさに見惚れるばかり。
「ま、ローラ先輩がちっこくてお可愛い人だからついナメてかかる気持ちは分かりますけどね。その人、かつて数百人規模だった薔薇十字の中でも、ずっと成績トップであり続けたマジのエースなんで」
「ハウンド、お前の目から見てどうだ?」
ボーフォードの言葉を受け流して、ピッグの旦那はハウンドに意見を求めた。ハウンドは素直に評したくない気持ちで言葉を選び抜き、なお褒めるしかないと認めた。
『カバラだけなら、リッジウェイにも勝る』
「……ハハッ。それは、頼もしいな。こんな小さなお嬢さんが……」
乾いた笑いを漏らしてから、ピッグの旦那は溜息を吐いた。そして「分かった」と顔つきを変える。
「となれば、アンタのことは相応に扱おう、シルヴェスター。本名で呼んじまってるが、大丈夫か?」
「ええ。私たちの名前は、知られたくない相手には知られません。知られることを望まなければそうできる、それがカバラですから」
「ハッ、恐ろしいねぇ。まぁいい。案内、してくれるんだろ?」
「はい。こちらです」
薔薇十字の二人が案内する道には、驚くほど人の気配がなかった。少し離れた署では激しい戦闘が行われているというのに、離れた先で怒号が上がることもあるのに、不思議に自分たちは無関係なのだと理解できた。
戦闘能力という第二の刃を身につけることなく、ただカバラのみを修め万物の昇華させた連中。それが薔薇十字で、アーカムのカバリストとの違いだった。
故に薔薇十字は先の先まで読み切って、短期的な敗北を軽やかに切り捨てて進む。アーカムのカバリストは常に短期的な勝利を重ねる。薔薇十字は現時点で善良な市民であろうと、これから敵になる相手を容赦なく排除する。アーカムのカバリストは、その論理が分からない。
「……」
合理性の塊。それゆえに彼らは時としてあまりに冷酷だ。それを恐れる気持ちは、彼らの論理が未知の中にあるからか。だが薔薇十字はその恐怖さえも数字にして計算する。邪魔ならば解消するし、利用価値があるなら残すだろう。
かつて、ウッドの感情を分析し、正面からぶつかったハウンド自身のように。
「……」
やめよう、と思った。考えても詮無きことだ。自分より熟練のカバリストなど、敵でもないのに疑ってかかるものではない。考えるだけで、私はあなた達にとって危険分子になり得る存在です、と自己紹介をしているのに等しい。
それよりも、とハウンドは聞くべきことを聞くべく、速足でシルヴェスターに並んで歩く。
『いくつか話しておくこと、聞きたいことがある。いいか』
「ヒアリングですね。ええ、構いませんよ」
『ここに来るまでで多少情報がまとまっているとは思うが、追加で推測を加えたい。まず、恐らくだが標的となる狙撃手はカバリストだ。ティンバーの銃撃をいなして狙撃を続けてきた。腕がいいだけの狙撃手なら、カバリストと銃撃戦はできない』
「そうですね。私もその推測は妥当と考えます」
「ハウンドさ~ん。そういう前提情報みたいなの、カバリストには要らないでしょー。本題、入ってくださいよ」
ボーフォードが挑発するように横やりを入れてきたから、ハウンドはネックウォーマーを鼻の上に掛け直して告げた。
『リッジウェイは部下にカバリスト教育を行っていない。だから、狙撃手は「居ないはずの誰か」だ』
「……すいません、煽り過ぎました。もっと解説ください」
ボーフォードは縮こまって首を垂れた。一方シルヴェスターは視線を斜め上にやって、こうかみ砕く。
「状況に矛盾が生じている、ということですか。リッジウェイ警部がカバラを伝授した同僚たちからことごとく逃げられている、という事は存じています。それ以来、誰かにカバラを伝授することもなくなったことも。つまり、状況として存在するはずのない誰かが、リッジウェイ警部に助力している、と」
「相変わらずキモイ理解力ですよねローラ先輩……。救世主様にキモがられたりしてません?」
「ソーがこの程度のことで狼狽えるような器の持ち主だって言いたいんですか?」
「すいませんアタシのお口が考え無しでした」
ボーフォードはお口にチャックのジェスチャーを挟んで反省の構えだ。一瞬ものすごい目をしていたシルヴェスターも実際の所慣れっこなのか、スムーズに思考をハウンドの推測に戻す。
「ハウンドさん。あなたの言い分は理解しました。そして、十分に危惧して然るべきであることも。今回は用心して進みましょう。アンジュ、狙撃手との戦いですが、ハウンドさんの盾を担ってください」
「かっしこまりましたー! って訳で、到着ですね」
物騒な役目を二つ返事で受け入れて、ボーフォードは立ち止まり踵を返した。彼女は一行を見つめて、立てた人差し指で静かにジェスチャーをする。
「さて、では行きましょうかみなさん。ここからはアタシすら騒ぐのを躊躇う死線です。くれぐれも、ご勝手なさらぬよう……」
なーんて、とオチをつけて、ボーフォードは再び振り返り、建物を見上げる。それは塔。ハウンドにとっては思い出深き、ウッドと対決したあの場所だった。




