8話 大きくなったな、総一郎22
ナイの拘束室、彼女の横たえられたベッドの脇に、備え付けのパイプ椅子を広げて座る。それから、言葉を探した。どう言えばいいか、考えていた。
「総一郎君、ボクの要求からいい?」
「えっ?」
「ボクは君への助言をすでに有している。君から説明する必要もないよ。ずっと考えてきたことだから、今すぐにでも具体的な方法を教えてあげられる。だから、今しか出来ないことをしてほしいんだ」
「……いいよ、何?」
顔のほとんどを隠された、とても窮屈そうな姿のナイは、ひそやかに口元を綻ばせた。
「ボクの顔、触ってくれない? 無機質な食器が口に運ばれてくる意外、変化ってものがあまりになくて、おかしくなりそうなんだ。みんなボクを嫌って会いになんて来ないし、食事は全部ロボットで済ませられちゃうしさ」
人との触れ合いに飢えてるんだ、特に君とのね。ナイはおどけた様子でそう言った。総一郎は少し哀れさに沈黙して、「もちろん、構わないよ」と答える。
そして、要求通りナイの頬に触れた。ナイは心底嬉しそうに「んふ、こしょばゆい」と小さな声で言い、首を傾げてくすぐったがった。触れるように言ってこんな風な態度をとるのだから、何ともあまのじゃくで、愛おしいことか。
「ハァッ、ハァ、……そこまでです」
そして、総一郎は息せき切って現れたローレルの制止に従い、両手を上げてナイとの接触を取りやめた。ナイは「ざーんねん、時間切れかぁ」とため息を吐く。
「ええそうです、ハァ、残念でしたね。ソーに起こった大規模なアナグラムの乱れから、ハァ、ここに足を運ぶことも、ハァ、あなたが悪だくみしているのも全て計算の内です。惜しむらくはもう少し足が早ければ、といったところで、ごほっごほっ」
「ローレル、息切れてるのにそんなに急いで喋るものじゃないよ。ひとまず座って落ち着いて」
総一郎は立ち上がって自分の席を譲ると、ローレルは「すいません、ありがとうございます」とそっと腰を落ち着け、深呼吸だ。
「ふぅ……。ソー、ベルと会ったんですね。どんな状態でしたか?」
「君なら知っていそうなものだけど」
「知ろうと思えば知れると思います。ですが、知った結果心に傷を負っては仕方ありません」
総一郎は、その言い方に納得を示す。あえて知らせない、というのも取り得る一つの手か。
「ひどい有様だったよ。それ以上は、知らなくていい」
「ええ、それで十分です。どうしました?」
「殺したよ。でも、ごく一部だ。まだまだ残ってる。だからこそ俺はまだ人間で居られるんだけど、―――代わりに、ベルの身の安全に希望は潰えた」
「……そうですか」
そこまで簡単に情報を共有すると「もー、総一郎君はボクに会いに来てくれたんだからね。ローレルちゃんじゃ、な、く、て♪」と動けないままのナイが横やりを入れてくる。
「あなたは黙っていなさい、……と言いたいところですが、先ほどソーと取引をして、先に要求を叶えてもらったのでしょう? なら、適切なものを返すべきです。そんな茶々ではなく」
「あは、ローレルちゃんも逞しくなったね。数年前はボクの出したシモベたちに震えあがってたっていうのに」
「昔のことです」
取りつく島のないローレルの態度に、「本当に厄介な子に育ってくれたよ」とナイはニヤと嗤って、息を吐いた。
「じゃあ、そうだね。どうせボクの真似をして、ベルちゃんを遣わして宣戦布告でもしたんだろう? アレはいわば、デモンストレーションのようなものさ。告げるタイミングで驚かせてあげれば、しばらく相手は緊張して守りに入る。つまり、時間が欲しい時の常套手段だね」
――だから、前にボクが総一郎君の夢で宣戦布告したのに、特に対策も打ってこず自分の問題を一つ一つ片付けていったのは、実はちょっと目論見が外れて困ってたんだよね。
ナイのそんなぶっちゃけトークに、総一郎は唖然としてまばたきだ。確かに思い返せば、宣戦布告した割に大きな動きはなかったな、と気づく。途中でちょっとせっついてきたのはそういうことだったらしい。
「だから、言うなれば今が攻め時だよ。多分おっきな隠し種を用意しているところさ。それを潰してあげれば、恐らく君たちなら対処できてしまうんじゃないかな」
「随分簡単に言いますが、肝心のマザーヒイラギがどこにいるか知っているのですか?」」
「目隠しされて耳も塞がれて、なおも君たちよりも情報を握っていられるのなら、ボクはこんなところで窮屈に拘束されっぱなしで居ないよ」
「……そう言われればその通り、と言う気もしますが」
やり込められたローレルに、総一郎は苦笑い。それから、少し考える。
「でもさ、ナイ。それは君がマザーヒイラギの立場だったら、っていう仮定の下話してるよね?」
「え? うん。そうだよ」
「俺はさ、何て言うか、ナイとはもう十年くらいの付き合いだから君についてはその通りなんだろうなって思うんだけど、マザーヒイラギもそうだとはちょっと思えないんだよね」
「そうなの? その理由について、聞かせてもらってもいいかな」
単純に興味本位で、という聞き方で、ナイは総一郎に問い返してくる。ローレルも、興味深そうな目で総一郎を見ていた。
総一郎は、自分なりに理由を述べる。
「だってさ、マザーヒイラギは、ナイを出し抜いて無力化したから今がこうしてある訳じゃないか。つまり、ナイに比べても“人間として”裏をかく能力が高いんじゃないかなって。もっと言うなら、ナイの思考パターンと俺たちとの関係まで理解した上でやってくるんじゃ」
「……総一郎君」
総一郎は、どう言っていいか、少し驚いた。
「それ、あり得る」
ナイが、顔をこわばらせるなんて、そうは見ないことだったから。
「となると、裏をかいてくるってことだから、多分すぐにでも仕掛けてくる。何なら今この瞬間も危ないかもね」
「分かった。ローレル、君は薔薇十字団に連絡を! 俺はARFのみんなに電話をかける」
「分かりました!」
示し合わせて、総一郎とローレルはそれぞれの組織に電話をかけた。総一郎の方は問題ない。白羽、J、シェリル、アーリ、愛見のそれぞれは、数コール以内に電話を取ってくれたため、簡単な説明だけして警戒するよう注意喚起だけで終わった。
だが、それらが終わってローレルを見ると、顔を蒼白にして立ち尽くしていた。
「ローレル、もしかして」
「……ソー」
ローレルは、縋りつくような目で見てくる。それから、口ごもり、俯いて、震えを堪えようと自分の体を抱きしめる。
「私、私、ソーに頼んじゃいけないことを頼もうとしました。厚かましいにもほどがある、あなたにだけは言ってはならないことを、口にしようとしました」
総一郎は、黙りこくる。頭の中に渦巻くは怒り、葛藤、義理、そして愛情。
「ローレル、君に電話をかけて確認しろって言ったのは俺だ。俺の感情とは別のところで、薔薇十字団はもう失えない一要素になってる。それを認められないほど、俺は子供じゃないよ」
「ソー」
―――薔薇十字団を、助けてください。
ローレルの言葉に、総一郎は確かに頷いた。
「どこに行けばいい、案内して」
「ありがとうございます。あなたのことがまた好きになりました――こっちです、ついて来てくださいッ」
笑ったかと思えば、すぐに表情をキリリとさせて駆け出すのだから、淡泊そうに見えてローレルも表情豊かなものだ。総一郎はその後に続こうとする直前で、一度振り返って声をかける。
「ナイ、君に相談してよかった。ありがとう」
「……ずいぶんな余裕だね、そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないかな」
照れてそっぽを向くナイに、くすっと総一郎は相好を崩しつつ、急いでローレルの後に続いた。一応敵の狙いはナイという事だったから、総一郎でも苦戦する黒鉄のスライムこと、NCRでの防御をアーリに固めてもらうように依頼してから。
駆けつけた先は、以前ローレルとアーカムで初めて再会した時に訪れたホテルだった。夕暮れの時間帯は終わり、夜の帳が落ち始めた頃。
総一郎は、目の前に広がる惨状に呆然としていた。
「……何だこれ」
ホテルのロビーは、全滅状態だった。ガラスは割れ、テーブルは真っ二つに砕かれ、ソファの類も綿を露出して四散している。引きずったような血痕がところどころにあることからも、死人が出ているのだろうと推察された。
だからこそ不気味なのが、死体そのものはこの場に一つもないこと。
もちろん、生きている人も。完全な無人状態だった。
「ソー、これ」
「薔薇十字団の連中と連絡は取れる?」
「ソーを共通チャンネルに招きます」
電脳魔術に通知が来たので、素早く参加した。途端、脳内に薔薇十字団の面々の悲鳴が伝わってくる。総一郎は一度深呼吸をしてから、全体通話で声を上げる。
『助力に来た。状況を教えて。加勢する』
『救世主様! あいや、イチ! よく来てくれた、ひとまず28階に上がってきてほし、アンジュ! そこの防御が薄い、サボらないで貰いたいものだね!』
『ちょっ、キャパオーバーですって! いやマジで! ホントに!』
総一郎は騒がしい二人の様子に、まだ余裕がありそうだと判断した。ひとまず集中力を乱されても仕方ないのでミュート。それからエレベーターを探して、28階を押す。すぐにエレベーターが到着したから、ローレルと共に乗り込んだ。その中で、端的に確認する。
「ローレル、君の戦闘能力ってどのくらい?」
「準備があればARFのハウンドさん以上の結果をもたらせます。時間がなければ精々、敵の攻撃を受けず、私の攻撃は必ず当たる、という程度です。威力は保証できませんが」
「分かった。俺が前に出るから、敵の気を引きすぎない程度に援護して」
「アレ、私それなりに強いつもりだったんですが」
「アーリより尖ってるくらいなら、俺が前に出るほうがいくらか安定するよ。特にベルは死なないしね」
どれだけやっても殺さずに済むのなら、総一郎は全力を出せる。逆に、やりすぎれば簡単に死んでしまうような敵を相手取る場合、手加減のため総一郎はかなり弱体化するだろう。
その意味で、ベルは総一郎が全力を出せる数少ない敵、ということだ。エレベーターの到着音が響く。総一郎は目を瞑って一呼吸する。目を開ける。扉が開く。
不定形の修羅が、襲い掛かってきた。
「クリスタベル・アデラ・ダスティンッ!」
「人違いだ」
総一郎は踏み込む。修羅に向けて手のひらを差し出す。脳裏で唱えるは雷魔法。さぁ、爆ぜろ。
「原子分解」
総一郎の手に触れ、修羅は自らの原子同士をつなぎとめていた電子をすべて失い、塵すら残らず霧散した。エレベーターから伸びる廊下に紫電が走る。パチパチと、小さな電気の弾ける音がする。
「……ソーって、本気で戦ったらものすごい強いんですか?」
「一応アーカムに来てから、直接的な戦いで負けたことは一回しかないよ」
「一回あるんですね、安心しました」
ダメ男好きなローレルの一面が垣間見れるコメントだった。余談だが負けた相手はグレゴリーなので、正直アレは仕方がないと思う総一郎だ。
「進もう。さっきのは多分、ベルの分身だ」
「それがベルの名前を叫ぶということは、ナイが言っていたように」
「……多分、話の通りのことが起きたんだ」
ナイの報告。それは、ベルはマザーヒイラギの手によって屈服させられ、今まで修羅にしてきたカバリスト達と“混ぜられてしまうだろう”ということだった。
そんな彼女が、今自身の名前を叫んで襲い来る分身を差し向けて襲い来ているのだとすれば。ベルの頭の中にある地獄を、想像せずにはいられない。
総一郎とローレルは、共に慎重に進む。総一郎は狭い廊下のことを考え、素手で。ローレルは拳銃を手に、マジックウェポンで武装だ。
「よくマジックウェポンなんて手に入ったね。もう生産してないのに」
「貴重な余りをシルバーバレット社より寄付していただいたんです。フィアーバレットが売れる世の中に、マジックウェポンは要らない、とのことで」
「なるほど、ルフィナもいい性格してるよ」
要は、ARF側の人間に都合よく押し付けて、恩を売りつつ在庫処分を目論んだのだろう。そんな辻のしたたかさに呆れながらも、総一郎は音魔法で情報を集めてアナグラムで高精度解析に掛ける。
「そこの廊下の横道から、三体の分身が来る」
「はい。音を感知してきたようですね。サイレンサー対応のマジックウェポンで対処します」
三、二、一。とちょうどカウントの終わりと共に現れた修羅を、ローレルは三発のマジックウェポンで細切れにした。音がしない様子と敵の被害具合から、ウィンドバレットってとこかな、と総一郎は考えながら、音の漏れない空間をカバラと音魔法で作り出し、その中で元に戻ろうとする修羅の細胞たちを原子分解で一つ一つ処理していく。
「ソー、その電気の魔法以外で、ベルの分身に対処する方法ってありますか?」
「火魔法でも同じ効果があるよ」
「ありがとうございます。そこを左です」
礼を言って、ローレルは考え込む。だが道案内は疎かにしない辺り、抜かりのない彼女だ。
そしてたどり着いた部屋は、不思議なことに一体として修羅が群がっていなかった。
「……?」
総一郎は不審に思い、薔薇十字団の全体通話チャンネルのミュートを解除する。ガヤガヤとベルへの防御戦線を保とうとする様子は、先ほどから変わらない。
「ギル、君たちの部屋の前まで来た。でも敵の姿が見えない。どうなってる?」
『イチ、来てくれたんだね! ではそのまま、中に入ってきてくれ! そこで詳しいことを話す!』
「……分かった」
奇妙さを拭えないまま、総一郎はローレルに少し離れた場所に立つよう指示しつつ、扉を開け放った。
途端、通話のやかましさが消え失せる。目の前に広がるはシンと静まり返る暗闇。ホテルの一室は、血の痕こそないままに、暴風雨が起こったかのように荒らされていた。
『ギル』
呼びかける。返答はない。不安に、緊張が張り詰める。前方への注意を保ったまま、後ろに声をかけた。
「ローレル、これ」
「ソー、大丈夫です。中に入ってください」
「でも」
「大丈夫です」
ローレルが、声色を柔らかくして、言葉を重ねる。
「薔薇十字団が何かを目論んでいても、ベルの能力が不気味でも、その全てを私は把握して、あなたの傍に居ます。そんな私を信じてくれれば、嬉しいです」
「……分かった、ローレルを信じる」
足を踏み入れる。人気のないはずの室内が、まるで夜の森が如く、何処にいるかも分からない生命の蠢きに揺らいだ。雰囲気がぞわぞわと脈動する。何かが居る。
「薔薇十字団というものは、厄介極まりありませんわね。だから真っ先に狙ったというのに、それすら見越して騙されているような気がします」
声が上がって初めて、総一郎は縦に倒れた横長のソファの上に人が居ることに気が付いた。少女。雷のような金髪を長く伸ばした彼女は、小高いそこに腰かけ呟く。
「君、マザーヒイラギ、か?」
「マザーの名はお姉さまにご返還いたしましたわ。今のわたくしは、ただのヒイラギです」
闇の中で、嫌らしい笑みが浮かび上がった。窓から差し込む月光が、彼女の姿を照らしだす。
「こうやって敵として相対するのは、もしかしたら初めてのことかもしれませんわね、ナイの愛しい『子供たち』」
「お姉さまって、誰のこと?」
「今のあなたは知らなくていいことです。いずれ、嫌でも知ることになりますもの」
けひ、と嗤って、ヒイラギは不安定なソファから跳ね下りた。それから手を広げて聞いてくる。
「それで、尋ねてもよろしいですかしら。薔薇十字団は、どこに?」
「答える義務が、どこに?」
総一郎がヒイラギの口調を真似て意趣返ししてやると、「けひ、想像していないことをしてくる相手が敵、というのは何ともゾクゾクしてしまいますわね」と身を震わせる。
「では、仕方ないですから―――力づくでも、話していただきま」
総一郎は、それ以上言わせなかった。
肉薄、からの異次元袋からの居合。足を桃の木刀で斬り払われたヒイラギは、大きく体勢を崩して、そのまま返す刃で地面にたたき伏せられた。
「カハッ」
「ローレル!」
ヒイラギの制圧に成功しても、総一郎は気を抜かない。だが、ローレルとてそれは同じようだった。彼女に跳びかかったベルの分身に対して、ローレルは的確にマジックウェポンで迎撃する。
「部屋全体のアナグラムを乱してカモフラージュしようとしたみたいですが、跳ねてる値でバレバレですよ、ベル。もっとも、今のあなたにそれを理解する知能があるのかは疑問ですが」
ローレルが使用したのはファイアバレットだ。修羅とて燃えれば炭になり、灰になる。ベルの体も例にもれず、ファイアバレットに被弾した個所から燃え上がり、全身を火だるまにして、倒れ込んで燃えカスの塊になった。
「さて、勝負もついたところだし、君をどうしてくれようか、ヒイラギ。ナイと違って、君を庇う理由は一つとしてないんだよね。特に君は、俺の大切な人たちを甚振った分の恨みがある」
「ソー! 離れて!」
総一郎は声に従って、間髪入れず飛びのいた。瞬間、ヒイラギの体が爆発し、その体の一部一部がグレネードのように飛散する。
咄嗟の魔法によってその攻撃をかわしたところで、やっと総一郎もまた騙されていたのだと理解した。
『あら、躱されてしまいましたわ。ああ、まさかこんなに読み切れない敵というものが面白いだなんて、想像もしませんでした。けひ、けひひひひひ!』
どこからともなく響く声に、総一郎は頭を掻く。
「やるじゃないか。アナグラムが前に会ったときとほとんど同じだった」
『カバリストを相手取るのですもの。それ相応に対策を取るのは当然ですわ。では、本日の余興はここまでといたしましょう。また近い内に』
「もう二度とこないでください」
ローレルの辛辣な返事には答えず、ヒイラギの気配は消えていった。アナグラムからそれを辿ろうとするも、見つからない。
だが、ローレルは何か勘づいたらしかった。緊張を解くように息を吐きだして、「そもそも最初からこの場には居なかったらしいですね。追いかけようがありません」と言う。
「じゃあ、さっき爆発したのって」
「ベルの常套手段じゃないですか」
「あぁ。それは、躱せてよかった」
油断も隙もない、と安堵に体の力が抜けたタイミングで、拍手しながら現れる影があった。振り向くと、行儀のよい仕立服を着たギルが現れる。
「お疲れ様だったね、イチ、シルヴェスター。おっと! 通信で騙したのは怒らないでくれよ。アレも一つの作戦だったんだ。そして、実験でもあった」
総一郎が睨みつけると、ギルは両手を上げて降参のポーズをとった。そして続く言い訳に、総一郎は奴の筋書き通り、その内容に興味が移ってしまう。
「作戦で、実験?」
「ああ。折角精神魔法という便利な能力を持つ仲間を得たのだからね。それを利用して過去の解明できなかったカバリスト達の記録を読み解いているんだよ。中でも、これは非常に強力な一つだ。まだ確信は持てないがね」
精神魔法に長けた仲間、と言われて、総一郎は誰だろうかと首を捻る。「君のところの吸血鬼さ。本人は慣れていない様子だったが、彼女の催眠で発狂しても戻ってこられることが分かったからね。もちろん、汚染の程度にもよるが」とギルは言った。
「まぁ、無理をしているのが君たちなら俺は何も言わないよ」
「はは。もちろん、救世主様の仲間から犠牲なんて出さないさ。君から敵対されれば、全てが終わりだ」
想像するだけでも血の気が引くね、とギルはお手上げのジェスチャーをした。総一郎はそのうさん臭さに鼻を鳴らして、「それで、何の実験だって?」と質問だ。
「ああ、そちらは単純だよ。まだ我々も信じ切れていないんだが、無貌の神の情報ソースがどこにあるのか、という情報を発掘出来たんだ」
「情報ソース? ナイたちがどうやって情報を仕入れてるかっていうのが、分かったって事? ……それは」
大事じゃないか。総一郎の静かな驚愕に「ただ、やはり実験なんだ。今回は少し試した程度だが、突拍子がなさ過ぎて全面的に信じきることが出来ない。狂人の妄言だと言われても納得できるほどさ。だが、今回は少なくとも効果があった」
確かに、と総一郎は先ほどのヒイラギの言動を思い出す。薔薇十字団は、うまいこと彼女の情報収集を掻い潜って見せたと。
「それは、それはすごい事じゃないか。それで、どうやってナイたちは情報を得てるんだ?」
総一郎の興奮気味の質問に、ギルは総一郎を指さした。
「……え? 俺?」
「いいや、違う。君だが、君がすべてではない。君に落ち度がある訳でもない。事態はとても複雑なんだ。そして、その全てをここで説明できるとも思えない。一つ言えるのだとすれば、この場のどこかに、“観測”があるのだということさ」
――ひとまず、今日は助かったよ。今日は帰ってゆっくり休んでくれ。
ギルの半ば追い払うような物言いに、しかしローレルが手を握ってきたのもあって、「分かったよ。確実なことが分かったら教えてくれ」と言い残して従うことにした。
だが、どうしても考えてしまう。総一郎の体の中には、多くの不純物が混じっている状態なのは事実だ。総一郎の生み出した修羅。ベルに生み込まれた修羅。そのどれもが総一郎から主導権を奪ってしまう可能性を秘めている。盗聴くらいなら、簡単に出来てしまうだろう。
なら、それに見合った動き方があるはずだ。なるべく情報を入れず、大人しく……。そう考えていたところで、ローレルが思考に割り込んでくる。
「ソー、気にしすぎることはありませんよ。まだ仮説段階ですし、それに、ソーが考えるほど単純でもありません。あなたはあなたらしく振る舞えばいい。薔薇十字団はそれに合わせて動きます」
総一郎は言われて、それからローレルのことを抱き寄せた。
「今日は何だか、ローレルに励まされてばっかりだね。君が居ないとダメになっちゃうかもしれないよ」
「はい、ダメになってください。そのときは私が養いますから」
あ、これ本当にダメにされる、と総一郎は誘惑の強さに恐怖し、ローレルから冗談めかして距離を取った。




