8話 大きくなったな、総一郎17
実のところ、総一郎はあんまりSNSが得意ではない。
ここで注目すべきは、好きや嫌いなのではなく、得意ではない、という点だ。もっと言うなら苦手。苦手意識、というのが最も正しいかもしれない。
何故かといえば。
「うお、あったあった。おいソウ! これか?」
「あー、うわー……それだよそれ」
アーリがサルベージしてようやく見つけたSNSの文字データに、総一郎は渋い顔になる。それは、ウッドだった時、アーリ――ハウンドに仮面を剥されてネットで拡散されたときのこと。総一郎の素顔が露呈して、散々叩かれたデータだった。
あの時は修羅としての精神性だったからよかったものの、顔も知らないネットの民に自分のことをあーだこーだ憶測でモノを言われることが、不快でない訳がない。
が、それがいいアナグラムの材料となると言われては、仕方ないとサルベージに賛同するしかなかった。
「おーおー、好きかって書いてあんなぁ。ハハッ、ソウから政権叩きしてる奴もいるぜおい。世も末っつーかお前らの書き込みが世も末だっつーの」
声が響くのは、新ARFのアーリの作業室である。ワグナー博士ほどではないにしろ、機械と武器に満ちたその内装は人の生活空間というより倉庫に近い。
嘲り半分に言いながら、アーリはホログラムデバイスに表示された文字のすべてをアナグラム変換してスーパーコンピューターに転送する。その数値を眺めながら「あー、やっぱ信用スコアが可視化されてるSNSは計算しやすくっていいわ」とアーリは笑った。
「どんな塩梅?」
「んー? まぁ何てことねぇよ。バズるにはターゲットに影響力あるインフルエンサーの興味を引く形にして、インフルエンサーに届けなきゃなってだけだ。あとは全部あっちでやってくれる」
となると、と言いながら、アーリはホログラムデバイスに文書アプリケーションを表示させ、目を瞑って集中し始める。一拍おいて、アーリの思考を読み取って前世の打鍵よりもよほど早く文章が打ち込まれていった。
「おぉ……。アーリと一緒にいると頻繁に未来を感じられていいね」
「はは、何だよ褒めても何にも出ないぜ。つーか思念型の文書アプリなんか今時珍しくもないだろ」
ラグもあるしな、と言いながら、出来た文書をまたアナグラム変換してスパコンに投げると、読みやすく微調整されたものが一瞬で返ってくる。ついでに文章量も五倍くらいに増えていた。いったい何が起こったのだろうか。
「こんなもんかねぇ。ミスターイキオベのバズ計画のシナリオが出来たけど読むか?」
「あ、これ直接SNSにあげるんじゃなくてイベントの進行計画書みたいな感じなんだね」
電脳魔術に届いた文書を開封すると、今の一瞬で出来たとは到底思えないような文章量が目の前に開示された。うわ、と思うが、前半にまとめがあったので親切だなぁと思いつつ目を通す。
通して、正気を疑った。
「……これ、本当にやるの? いや、納得できない部分がある訳ではないんだけど、ちょっと突飛じゃない?」
「やるぞ。こういうのは驚きと納得だ。まずあっと言わせて、それから深い納得で心を掴むってこった」
ニヤと笑うアーリは実に悪そうだ。そんな彼女に、総一郎は質問だ。
「でもこれ、アーリもやるんだよね?」
「……それを失念してた」
「だろうと思ったよ……」
総一郎は肩を落としつつも安堵の息。これでアーリも考え直してくれるだろう、と考えた瞬間だった。
「一番恥ずかしくない配役ってどれだと思う?」
「まさかとは思うけどこれ決行する気?」
「だから言ったろ? これ自体はカバラで作り出した完璧な案だ。やるのは確定。問題は、アタシがどれだけダメージを抑えられるか、だ」
ダメだ保身への走り方に理性が見える。
総一郎はあくまでもやる気のアーリを渋面で見つめて、それから極めて苦しい顔で電脳魔術の文書を矯めつ眇めつ読み返す。
「俺この決行日に風邪ひくかも」
「おいおい、そんなつまらないサボタージュないだろ。つーかソウは幹部の中でも一番休暇貰ってんだからこんな時くらい働け」
「俺の休暇は仕事の難易度的と引き換えのものじゃないか! というかなし崩しで幹部扱い受けてるけど、本当に俺が幹部でいいのか、みたいな会議とかやったの?」
「やったぞ。武力的にソウを上回る奴が一人もいなかったから幹部会議は即決だった」
「えぇ」
総一郎は困惑に額に手を当てる。そんな様子を見て「つーかよ、ソウ」とアーリは居住まいを正した。
「ARFの幹部って言葉通りの幹部だとは思ってないよな? ヴァンプなんて実年齢はさておき、あんなちんちくりんだぜ? 前にも駄々こねるから仕方なく~、みたいな説明をしたが、あいつが幹部に数えられてる時点でちょっと意味合いが違うのは分かってただろ?」
「それは、察してはいたけどさ」
歯切れ悪く総一郎は肯定し、アーリを見返す。彼女は「アタシよりもボスが言う方がいいんだろうけどよ」と前置きして説明した。
「ARFの幹部ってのは、危険を伴う仕事を進んで請け負ってでもこの差別をどうにかしたい奴らの集まりなんだよ。だからARFの武力ってのは根本的に幹部に偏ってるだろ? 逆に下の人間になるほど、単純にアルフタワーで働いてるだけ、みたいなのが多かった」
「つまり、矢面に立つ面々を幹部としていた、っていうこと?」
「ああ、そうだ。何せヒルディスの旦那除けば全員ティーンエイジャーだぜ。それでもカバラとかボスの直感とか旦那の経験があったから何とか回ってたけどな」
要するにさ、とアーリは言う。
「ARFの幹部ってのは、力と情熱が全てなんだよ。そして、その二つを兼ね備えてるってみんなが認めたからソウは幹部に即決されたんだ。即決過ぎてまさか連絡が行ってないとは思ってなかったが」
「それそのものは不備が過ぎるよね」
「正直すまんかった……」
と、文句を付けつつも、そう言われては総一郎も覚悟を決めるべきだろうか、という気持ちになってくる。ARFのみんなからの信頼を裏切るというのは、総一郎にとっても本意ではないから。
「っていう感情をカバラで引き起こしてるのは分かってるんだけどね」
「バレてたか」
「バレてるよ。カバラそのものは多分アーリの方が長年やってるだろうけど、対カバリストなら俺の方が長い」
が、そう分かっていてもだからやらない、という結論には至らない。
「いいよ、やるよ。やってやろうじゃないか。嫌な予感しかしないけど、やればいいんでしょやれば」
「やりぃ! んじゃ配役は一番目立つ奴な! ソウ結構顔がいいし出来る限り目立っとけ!」
「待って」
じゃあこれボスに届けてくる! とホログラムデバイスを手に取って、アーリは言い捨てるように部屋を出て行った。総一郎は追いかける手を中途半端に伸ばして、閉ざされた扉を前に所在なさげに腕を下ろすばかり。
「……目立つ役、ってことはこれかな。練習しないと……」
ため息を一つ。だがこれも経験か、と呑み込んで、ならば戦闘の絡む余地が少ないことを喜ぼうと思うのだった。
総一郎はその日、人通りの多い広場に面したカフェのテラスで、アイスコーヒーを啜っていた。
暑い日だった。雲の少ないカンカン照りで、これで湿度が高くてセミが鳴いていたりしたら、日本と区別がつかないだろう。
だがここはアーカムで、湿度は低く、セミも鳴いていないのだった。自然も街路樹のような意図的に植えられた少しのものばかりで、日本のように里山がドンとあるようなことはない。
というのは、田舎出身者の価値観か、と独り言ちる。日本だって、都会ならばあって街路樹くらいのものだろう。
向かいに座るのは、シェリルだった。最近白羽、ローレルばかり優先していて、ズルいと駄々をこねたのだ。そして何のかんのといってシェリルには甘い総一郎である。つい要求を通してしまったのが顛末だった。
「あー、日の光で溶けそう」
「昼間のイベントなんだから無理せず寝てればよかったのに」
「こんな楽しそうなこと、参加しない訳ないでしょ。ついでにソウイチの隣もゲット。良い事尽くめ~……」
「そりゃよかったね」
そこまで覚悟を決めているなら、総一郎から言うべきことはない。と肩を竦めてコーヒーをまた一口。一方、日光を遮る厚手のコートのフード部分から、シェリルは金髪の端を興味本位で日光に差し出した。
ジュッ、という音と共に、金髪の端が焼けこげて灰になる。シェリルは恐怖したのか興奮したのか、「ふぉおお」と声を上げた。
「シェリル、大丈夫? 熱で脳溶けてない? 行動が正気じゃないよ?」
「ん~……終わった後に取っとこうと思ったんだけど、もう使っちゃお」
机に上半身を投げ出しながら、この小さな吸血鬼はコートにつけられたスイッチらしきものを押した。すると急速にコートの周囲の温度が奪われる。
「涼しい~。あー、だんだん思考がまとまってきたかも。……私日光で髪焼くとか何考えてんの? せっかくお手入れしてたのに荒れちゃうじゃん! バカじゃん!」
「正気に戻ってくれて何よりだよ。それ何?」
「厚底ブーツで身長ごまかしてる人が作ってくれた防日光のコート。最近魔法を込められるようになったらしくって、今ので氷魔法を使ったみたいな感じ?」
「ああ、図書にぃの技術の転用ね」
本人の知らないところで大活躍である。ARF的には多少お金を渡しておいた方がいいのではないか、と思うが、白羽に言わせればそんな金はないのだろう。
「っていうかアーリのこと厚底ブーツって呼ぶの絶対よした方がいいと思うよ。マジックウェポン乱射されるよ」
「え~、ヤンキーの人そんな怖くないよ。とと、ソウイチ、大丈夫?」
言われて時間を確認する。そろそろか、とシェリルに目配せすると、「やっぱり」とだけ短く返答だ。
「じゃあカウントダウンしよ」
シェリルの提案に、「いいね」と総一郎は首を縦に振った。二人で指を三本立てる。
「「三」」
総一郎は一つ数えて指を折る。シェリルも立てる指を二つに減らす。
「「二」」
シェリルが指を一本にする。総一郎もそれに倣う。アナグラム変動が起こる。来るぞ、と口端を上げる。
「「一」」
空に向かって、黒い球状のものが四方八方から打ち上げられた。それはJVAの仕込み人たちが打ち上げた闇魔法。始まる。そう思った瞬間、闇が広場全体を包み込んだ。
「ゼロ。シェリル」
「じゃあ行ってくるね、また後で」
シェリルは闇魔法で日光が自らを焼かないことをいいことに、全身を蝙蝠に変えて広場中に散らばっていく。他方総一郎は、周囲の状況を窺った。
周囲の人々は、暗がりに置かれたことによってざわめき始めていた。そこには不安に色が強い。当然だろう。不安定とされる情勢の中で、急に周囲が暗がりに閉ざされれば不安にもなる。
そこで唯一ライトアップされた少年を見れば、誰もが彼に視線を向けるというもの。
「……?」
どよめきが止まる。それは、困惑の為の無言。ライトアップされた先に居た少年は、顔を抱えてうずくまっていた。彼は「うぅ」とさらに小さく縮こまり、地面に丸まってしまう。
だが、そんな彼に声をかける者は居なかった。何故なら、彼の唸り声は次第に大きく、荒々しいものになり、その肌からは尋常のそれとは思えないほどの体毛が生え始めていたからだ。
「ウゥ、ヴゥゥゥ……」
周囲は一層静まり返り、獣へと変貌していく少年から目を離せない。少年はどんどんと唸り声を大きくしていく。
「ヴウウゥゥ……!」
ゆっくりと立ち上がる様に、何人かが「っ」と息をのんだ。彼は顔を覆う手を退ける。その下から現れたのは狼だった。その血走った目は中空を見つめ、大きく腕を広げ、顔を上げる。
「ヴォォオオオオオオオオオ!」
遠吠えが上がった。誰もが身を竦ませた。同時、彼をライトアップする光が三つに増える。影が散らばる。ノリノリの音楽が鳴り始める。
「!?」
周囲の人々は、そうしてオーディエンスとなった。禍々しさを意識してむしろチープになった笑い声が響き、シェリルの蝙蝠がバサバサと群れを成してオーディエンスの真上を駆けまわる。
狼男ウルフマンが、天を仰ぎ、その鋭い爪の伸びた人差し指を天に掲げる。聴衆がここで意図を理解し始めて歓声を上げた。
さぁ、始まるぞ。総一郎はテラスの塀を軽く乗り越え、ウルフマンの横に転がり出た。そしてウルフマンを強調するようにポーズを決める。ウルフマンを挟んだ反対には、愛見が総一郎の線対称だ。
そのままの姿勢をなるべく保ちながら、足や首だけでリズムを刻んだ。ミュージックはまだ序章。そしてこれから高まっていく。つまりこれは焦らしのターン。溜めて溜めて溜めて。
音楽が爆発する。
体が練習通り弾けた。リリックがくる。白夜ならぬ黒昼に、ライトが様々な色合いに変化しながら目まぐるしく躍動だ。ウルフマンを筆頭に、総一郎たちは統率の取れた動きで踊り狂う。
これは真昼間の仮面舞踏会。出演者は怪人ぞろい。熱狂が闇の中で渦巻きだした。
「Foooooooo!」
ミュージックに合わせて、さらにアーリや蝙蝠から人間の形に戻ったシェリルがダンスに飛び込み合流する。ライトの数がまた増える。色彩豊かに代わる代わる。それは形なきミラーボール。聴衆のワクワクは膨れ上がる一方だ。
「さぁ良ければ踊って! さぁさぁ!」
無関係を装っていたJVAの構成員たちが、ここぞとばかり聴衆たちを刺激する。そしてARFのメインメンバーを囲うように踊り出す。
無秩序状態に突入した広場はダンスホールに様変わり。誰もが満面の笑みで踊っている。総一郎もとっくにハイになって、汗を振り乱しながらARFのみんなとダンシングだ。
そしてクライマックスがやってくる。ダンスはウルフマンから総一郎を主体としたものに移行している。そして総一郎はピタと止まった。他のARFメンバーは、総一郎の前に延びる道があるかのように、そのサイドに片膝をつけて停止する。
その瞬間、一筋の光が差した。ミュージックは神々しい雰囲気の物に変化して、光の指し示す先に現れる影があった。
それは黒翼の天使。真っ白で小柄な少女から、不釣り合いなほど大きな漆黒の翼が広がっている。
彼女は音楽に合わせて、ゆっくりと総一郎の下に飛んできた。それを総一郎は優しく抱きとめて、互いに慈愛の表情を浮かべ――
ミュージックは最後、スタイリッシュに牙をむく。総一郎たちARFも全員ニヤリと悪い笑みを浮かべる。総一郎が掲げる手に輝くは光。それは暗闇になれた聴衆の目を潰すフラッシュ。
注目を集めた総一郎の光魔法は、オーディエンスの目を眩ませた。そして素早くこぞって撤収する。光魔法で中和されて、広場の闇魔法もどこへやらだ。
そして広場に静寂が戻った。踊っていた聴衆は揃ってポカンと呆気に取られている。そんな中に、一人悠然と歩み寄る人が居た。
「皆様、今回の催しはお楽しみいただけましたでしょうか。ご存知の方はありがとうございます。知らない人は初めまして。私は、今回の市長選候補、ヒューゴ・イキオベと申します」
イキオベさんの名乗りに、歓声が上がった。不安に苛まれていた市民にとって、今回のフラッシュモブは良い気晴らしになったのだろう。口笛を鳴らして感謝を示す人が居るほど、この空間はカジュアルだった。
「ご声援ありがとうございます。今回の催しを執り行いましたのは、理由がございます。それは単に私を知ってもらうためだけではございません。――皆様、先ほど最も印象的だったのは一体何だったでしょうか」
大衆が少しずつ静まっていく。彼らの記憶に残ったもの。そんなのは決まっている。
「そう、亜人のダンサーたちだったでしょう。彼らは特に、有名で人気のある某集団によく似た格好をしてもらいました。あえて明言はしませんが、彼らを好む人も多いのではないでしょうか。そして一方で、憎む方も」
一部では歓声が上がり、一部では複雑そうにどよめく大衆。イキオベさんは「どちらでも構いません。ですが、今回の催しは皆様に、『亜人とは人間である』ということを実感していただきたく企画いたしました」と続ける。
「亜人は犯罪者だと思われがちです。ですが、本当にそうなのでしょうか。私はそうは思いません。彼らは立派な人間であり、市民であり、我らの仲間なのです。彼らが踊るダンスは、実に見ていて楽しかった。その気持ちを皆様にも共有していただけたなら本望です」
では、短いですがこれにて。そう〆たイキオベさんに、最後に大きな歓声が上がった。彼は深く大衆に礼をして、その場を退いていく。
向かう先は広場から少し離れた路地に入った、ARFの息がかかった店だ。そこで待機していた総一郎たちARFが、「演説良かったよイキオベさん!」と中継の感想を述べる。
「ありがとう。だがやはり君たちの踊りがすべてだったよ。最高だった。私が説明の役割を担っていなかったら、是非とも混ざりたいところだったとも」
「ハハハ! イッキーおじさんも若いね! でも大成功で良かった~」
最後を持っていった白羽は、短い出番ながらもほっと一息といった様子だ。忙しくて練習の時間が取れない中、それでもARFの印象を植え付けるためにああいった出番となったのである。
「いやー、しっかし……結局ソウノリノリだったじゃねーか」
アーリの追求に、総一郎はギクリとなる。すかさず食いついてきたのは、狼から人間に戻ったJだ。
「そうだよ! イッちゃん、恥ずかしいなぁとか何とか最初嫌がってたくせによ! 一番楽しんでたんじゃねーか!?」
「いや、Jには負けるよ。何さ昔の伝説のオマージュがしたいって。何百年前のスターの真似だよ」
「……確かにおれの方が楽しんでたかもしれん」
滅茶苦茶楽しかったし、と頷くJだ。まぁ総一郎もかなり楽しかったのは事実なので、目を逸らしながらも「はは……」と誤魔化すばかり。
そこで、わざとらしくゆっくりとした調子の拍手が聞こえてきた。何だ、と思って音の源を見てみると、見知らぬ男性が。
浅黒い肌をした、ヒスパニック系の男性。一拍おいて、総一郎は息をのむ。ロレンシオ・コロナード。イキオベさんの対抗馬だ。
「やぁやぁ、こうやって会うのは初めてだね、Mr.イキオベ、並びに支援者の方々」
「これはこれは、コロナードさんではないですか。お初にお目にかかります、ヒューゴ・イキオベです」
「ああ、よく存じているよ。しかし、思い切ったね、まさか政治家があんなやり方で選挙に臨むとは。真面目と言われるジャパニーズが珍しい」
見習いたいくらいだ。そう、くっくと喉でコロナードは笑う。
あまりに敵対心のない登場に、ARFの面々は態度のほどを決めかねていた。が、あくまでも警戒心を解かないでいるのが一人。
アーリ。カバリストである彼女は、決して油断を見せるようなことはなかった。それに、コロナードも気づいていたのだろう。アーリに視線を向けて、「ふふ、なるほど」と凛々しさすらある鷹揚な笑みを浮かべる。
「Mr.イキオベの支援者は多様な人材が揃っているようで、羨ましい限りだ。心配せずとも、これは単なる挨拶だよ。私はこれでもすっかり市長になったつもりでいたからね。こんな派手なことをして話題を掻っ攫う対抗馬なんて、想定していなかった」
しかも、それが真反対の思想の持ち主だとは、ね。そう続けるコロナードに、イキオベさんは「ほう、真反対ですか。後学のためにお聞きしても?」と返す。
「いやいや、語るほどのものではないとも。亜人なんていう厄介者の敵対生命体などのために、どうして労力を割けるのかと不思議なだけさ」
その一言で、その場の空気が一気に張り詰めた。コロナードはそれすらも読み切った上で発言したのだろう。「はっは、ここで手を出さないあたり、躾は行き届いているようだ」と笑う。
「なるほど、わざわざそんなことを言いに来てくださったのですか。時間に恵まれているというのは、まったく羨ましいことですな」
対してイキオベさんは、まるで京都で仕込んできたのかと疑いたくなるような迂遠な皮肉を一つ。
それをコロナードは受け取ったのか否か。「ああ、そうだ最近暇でね」とまた喉でくっくと笑う。
「何せ、昨日の演説で不安を取り除く演説をしたら、君たちが今回の話題作りでは追いつけないほどに支持者を伸ばしてしまったものだからね。市民はまったく、懐が痛まない話が大好きだと実感したものだ。亜人利用の発電所を建設し、その公的運用で税金の低減及び警察への費用増大という話をしたら、随分と関心を示してくれたものだよ」
――君たち亜人が生み出した不安というのも、大きかっただろうな。その言葉は、イキオベさんではなくARFに向けられていた。Jやシェリルなどが言い返そうとしたが、それぞれ愛見やアーリに止められる。
「おや、ここで尻尾掴ませてくれたら、イキオベ候補と犯罪集団ARFは繋がっていた! という話すらでっち上げられたのだがな。流石躾がしっかりしているだけある」
「……コロナードさん。あなたもいい大人なのですから、安い挑発はやめておくべきでしょう」
「はっは。そうだね、Mr.イキオベには何の恨みもない私だ。これ以上あなたの不興を買う前に退散しよう」
終始顔に笑みを貼り付けたコロナードは、足を出口に向けた。スタスタと扉に向かう途中で「ああ、そうだ。亜人の諸君」と振り返る。
「私がリッジウェイのように短絡的でないことを後悔したまえよ。貴様らの性根は知っている。必ずこの市長選での勝利をきっかけに、根絶してやろう」
そう吐き捨てて、コロナードは扉を開け出て行く。総一郎たちは、最後に見せたコロナードの、リッジウェイに負けない狂気を見せつけられ、言葉を失った。
しかし、それでも意気消沈しない者が二人。
「ふん、見たみんな? あのおっさん、悔しくって嫌み言いに来たんだよ。つっまんない大人だね」
「まさしく、白羽ちゃんの言う通りだ。君たち、あんな大人になってはいけないぞ。いや、ここにいるみんなは、命を賭して亜人のために戦ういい子ばかりだったな。言うまでもないことか」
白羽とイキオベさんは、そう言って笑いあう。その姿を見ていると、何だか、先ほど気圧されたことが何でもないように感じるのだから不思議なものだった。




