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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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8話 大きくなったな、総一郎2

 ARFからシルバーバレット社への出資の話は、正直揉めに揉めた。


「……何? アルフタワー倒壊で、資金がほとんど残ってない?」


「うん。素寒貧」


 白羽の率直な物言いに、辻とてぽかんと口を開けて呆けるしかなかったようだった。しかしそれも少しの間。「いやいやいやいや、待ってくれ」と眉間を押さえながら、辻は確認してくる。


「そうは言ってもアレだけの建物だ。保険金は天文学的な金額になると踏んでいたんだが」


「あー、うん……。アルフタワーってさ、結構秘密の部屋がガッツリあるって言うか、その関係で保険にその、入れなかったって言うか……」


「そんなことあるのか? じゃあ、何だ。ARFは、……どうなるんだ?」


 具体的に何がどう、と言うレベルまで具体化できなかった辻は、ただ漠然と成り行きを問うばかり。それに白羽は、「いやー、実はねー」とちょっと言いにくそうに切り出す。


「もうここまでの段階でほとんど武力が必要な敵って潰してきちゃったから、正直アルフタワーっていう資金源を失ってもそんなに痛くないんだよね。ほら、武力を使うにはお金がかかるけど、その矛先がないって言うか」


「それは分かるが」


「あとARFって強引に差別撤廃運動を推し進める母体としての面と、亜人にとっての雇用補助組織の面があるんだけど、後者に関しても『元アルフタワー勤めです!』っていう肩書で結構みんな再就職上手くいってるみたいだったし」


 アルフタワーが倒壊した分、そこに集まっていた客も他の店に散っていって、アーカムの経済は妙な好景気状態にあるという。療養中でニュースの届かないところに居た総一郎としては、何と言うか世間からの置いてけぼりが酷い。


「ごめん、白ねぇ。そもそもアルフタワー倒壊が世間からどう扱われてるのか聞かせてもらっていい?」


「え? そりゃもう人権テロリスト(わたしたち)が宗教テロリスト(ノア・オリビア)に襲われてああなったなんて言えないし、買収された先の社長がトチ狂ってタワーを経営破綻させたってカバーストーリー流布したよ。わざわざペーパーカンパニーまで用意してね! 大変だった~」


 白羽の説明によれば、そのお蔭で亜人たちはなるべく信用を落とさず再就職に臨めたのだという。そして差別撤廃運動の公式な動きに関しても、ARFからJVAに母体を移している以上、大きな財源を失ったにしろ特に困っている訳ではないのだとか。


「そんな訳で、一応お金はあるにはあるけど、それは全部JVAとかイッキーおじさんの政治活動資金になるのでルフィナちゃんにはあげられません。政治にもお金がかかるのです」


「なんと……」


 辻、再びの大敗である。恐らく原因は、白羽の本質が活動家であって商人ではなかったという誤解にある。


 が、そこで項垂れるだけでないのもまた辻なのだろう。


「……だが、ARFが実質的な解体状態にあるとしても、君たち自身は場所を変えて戦うのだろう?」


 その問いの矛先、視線の先に居たのは、総一郎だった。青年に片足を突っ込みつつある少年は、少し考えに口をもごつかせてから「そう、だろうね。俺がこれっきり平和に過ごしていけるとは思えないし」と首肯する。


「ならば、その場面はどこになる? 推測するに、JVAのバッチを掲げて警察とぶつかることくらいはありそうなものだと睨んでいるが」


「ああ~……」


 ありそう、と自分でとても思う次第だ。「その辺りどう?」と白羽に目をやると「まず間違いなくあると思う。実際総ちゃんに限らず戦闘要員はイッキーおじに貸し出すつもりだったし」と白羽は腕を組む。


「なら、君たちからお小遣いをねだるのは止めておこう。代わりに、JVAのパイプになってくれないかね。席さえ一つ設けてもらえれば、後はこちらでモノにしよう」


「え、でもあのおじさんヤバいよ。商談で機嫌損ねたらその場で斬られるけど」


 シェリルの半眼でのコメントに、「君たちの交友関係は本当に物騒だな……」と辻は引き気味に漏らした。死の商人が何を言っているのだろう、と総一郎は思った。


「何、だとしてもアルノがいる。アレは私が『能力者』として作り上げたモノの中でも最高傑作だ。私を守って逃げだすくらいのことは、確実にやってくれるとも」


「ちぇっ、つまんないの」とシェリル。恨み骨髄という態度でなくなったのは成長か。


「ふっ、残念だったな、吸血鬼。では、そういうことでいいかね? 白羽君」


「うん。人殺しの道具じゃなかったのは確かだしね。それに、市長選が無事に終わった後での法律の引き締めで、都合よく使わせてもらおうかな」


「それはそれは、恐ろしいことだ」


 何だか白羽の考えが透けて見えるセリフに、総一郎とシェリルはそろって青い顔だ。そんな二人を差し置いて、白羽と辻、二つの組織の長は握手の下に合意した。


「では、これ以降は白羽君と進めるとして――総一郎君、フィアーバレット開発にあたって、私に大いに協力してくれた人物たちがいてね。彼らの報酬の一部が、君との関係を取り持つことなんだ。私の顔を立てると思って、是非会ってもらえないか?」


 瞬間嫌な予感が走った総一郎だ。しかし、そんな風に言われてしまうとむげに断るという事も出来ない。辻にとって総一郎が敵に回したくない相手であるように、総一郎にとっても辻は最低限尊重すべき相手であるが故に。


「……ええ、構いませんよ。いいでしょう。誰が来ようと、会うだけはしましょう」


「随分と苦虫を噛み潰したような顔をしているが―――悪い人たちではない。私が言っても信用できないかもしれないがね」


 そういう訳だ、入って来たまえ。辻が扉に向かって言うと「ありがとうございます」と声が返ってきた。それがローレルの物であったことで、予感は確信に変わる。


「では、失礼します」


 入室してきたのは、ローレルを筆頭とした四人の若者たちと、一人の壮年だった。そのほとんどに見覚えがあって、総一郎はげんなりする。特に、真ん中に立つ人物に。


「お久しぶりです、救世主様。UK本流カバリスト、『薔薇十字団』。ここに参上いたしました」


「……ひとまず、その救世主様っていうのを止めるところから始めようか、ギル」


 ギルバート・ダリル・グレアム二世。数年前に総一郎をイジメ、そしてその責任を取る形で率先して総一郎にボコボコに殴られた少年だった。どこかスカした雰囲気で冷酷に総一郎を迫害した一方で、時折捨て身にも思えるやり方で総一郎にぶつかってきた人物。


 ―――総一郎が、この世に生を受けて初めて憎んだ相手でもある。


「そうかい? なら、以前の通り“イチ”と呼ばせてもらおうか」


 飄々と返してくるギルに、総一郎は目を細めた。「おや、これはこれは……」と怪訝そうな顔で辻が言う。彼女はそっとアルノを呼び寄せて額をくっつけ合い、ルフィナに戻る。


「あら、戻ったという事は――。では、皆様、この辺りで失礼いたしますね。白羽様、これ以降はまた後々」


 アルノ、行きましょう? とルフィナに声をかけられ、人間らしい所作をし始めた執事アルノは「ええ、お嬢様。では皆さま。御機嫌よう」と一礼して出ていった。


 ……ギスギスし始めたのを感じ取って収集つけずに出ていった……。


 総一郎は妙に毒気を抜かれて、とげとげしい気持ちと言うよりただ面倒くささにため息を吐いた。それから、目の前に並ぶカバリストたちを、記憶と照らし合わせながら一人一人確かめていく。


「ローレルに、ギル、君は……アンジェとか言ったかな。ファーガスの後輩の。それに、ワイルドウッド先生。最後の君は……知らないな」


「ほう。流石イチだね、よく覚えているものだ。ではボーフォードから改めて自己紹介を」


 指名を受けて元気に手を挙げるのは、肩口までの黒髪が艶やかにウェーブした少女だ。記憶に比べても悪戯っぽい雰囲気とその美貌は増していて、魔性という言葉が似合う容姿をしている。


 例えばヴィーを魔女のようだとするなら、彼女は小悪魔と形容すべきだろう。事実、今の挨拶とまったく同じテンションで総一郎を騙していたのだから。


「おっ久しぶりですソウ先輩! アンジェラ・ブリジット・ボーフォード! みんなからはアンジェって呼ばれてました! よろしくお願いします!」


 総一郎は目を逸らす。気にせず続いて頭を下げたのは、以前に比べても老け込んだ壮年の男性だ。以前は青年のようにすら見えていたのが嘘のように、しわだらけの肌を晒している。


 だが、薄いという印象は変わらなかった。場に溶け込んで、ともすれば消えてしまいそうな容姿。こんな警戒心を抱かせない雰囲気で、また幼かった総一郎に接近し貴族学園に誘ったのだ、彼は。


「久しぶりだね。このような形で再開するとは思っていなかったが。シーザー・ワイルドウッドだ。もはや教職ではない以上、ただワイルドウッドと呼んでほしい」


 総一郎が万感の想いを込めて睨みつけると、ワイルドウッドは肩を竦めて最後の一人の背中を押した。オレンジ色の髪を三つ編みにした、野暮ったさと素朴さを感じさせる容姿をした少女。


 総一郎の記憶にない彼女とて、どうせろくでもないに決まっている。


「私は初めましてですね。ベルの付き人に近い立場で彼女の監視任務に就いていました。マーガレットと申します。お見知りおきを」


「……」


 ベルの付き人、と言うだけでおおよその事情が知れるというものだった。ベルもああいった裏切りがあった以上敵ではあるが、それ以前に同じ、カバリストの策謀に巻き込まれた被害者仲間でもある。そして、その加害者に収まるのが彼女なのだろう。


 そこまで考えて、ダメだ、と思った。対面しているだけで、鬱屈とした考えが鎌首をもたげる。どうせ、と相手を色眼鏡にかけている自分に気付かないでいられるものか。冷静ではない。


「そして最後に、ギルバート・ダリル・グレアム二世だ。現薔薇十字団の団長を務めている」


 その薄っぺらな笑みに嫌気がさして、総一郎が白羽に助けを求める視線をやると、彼女はにっこりと笑って「総ちゃんがぐったりしてるから、この辺りで収めてもらっていいかな」と彼らを諫めにかかった。我が姉のこういう気遣い能力が本当に愛おしい総一郎だ。


「ええ、自己紹介が出来ただけでも十分です。我々の意図は以前伝えた通りですが、重ねての説明はこのローレル・シルヴェスターに一任します。では、息災で、救世主様」


 ギルは慇懃に白羽に告げ、ローレル以外の三人を連れて退室した。総一郎は大きく息を吸って、吐き出す。拳を固く握りしめ、そして緩めた。


「以前に少し顔合わせしたときに比べれば拒否反応はマシだけど、やっぱりキツイものがあるね。……正直、二度と会いたくない」


「お疲れさまでした、ソー。少し休みますか?」


「……うん」


「では、少し待っていてください。今日は暑いですから、何か温かいものを持ってきます」


「冷たいもの持ってきて?」


 総一郎が突っ込むと、ローレルは小さく舌を出して笑い、部屋を出ていった。少し肩の力が抜けたところで、白羽とシェリルがわざとらしく近くに座り直してくる。


「え、なになに」


「総ちゃんお疲れだから、甘やかしてあげようと思って」


「嫌な相手とバチる大変さが分かっただろうから、甘やかさせてあげようと思ったの」


 何だか似たようで真反対な事を言いながら、総一郎を挟んで牽制し合う二人。仲いいなぁと苦笑しながら「ありがとう。何だか癒されたよ」と告げる。


「そう思うと、不機嫌にこそなってもちゃんとここに来たシェリルは偉いね」


「んふふ。もっと褒めて」


「む。何か私には分からない感情を共有してる。じぇらしー」


「白ねぇはコミュニケーション能力が上限値だから俺たちの苦労は一生分からないだろうね」


「仲間外れ良くない!」


「じゃあ苦手な相手とかいる? ナイみたいなみんなの敵を除いて」


「いない……」


「ほらぁ~」


「んむー!」


 などなど、膝に寝転がって甘えてくるシェリルを撫でたり、気を抜いてじゃれてくる白羽を相手にしていると、人数分の飲み物を持ってきたローレルが帰ってきた。彼女はそれぞれにコップを配膳してから、総一郎の顔を見る。


「ソー、だいぶ落ち着いてきましたか?」


「……ま、少しはね。顔さえ合わせていなければ、問題ないと思う。憎んではいるけど、あいつらが生きていることが許せないとまでは思ってないから」


「それを聞いて安心しました。では、説明しても?」


「うん、お願いしようかな」


 総一郎が促すと、ローレルは居住まいを正して、「では、薔薇十字団を代表して私から、我々の意図を説明申し上げます」と口を開く。


「言うまでもないことでありますが、我々の目標は現状、我々にとって最も大きな脅威である『クリスタベル・アデラ・ダスティンの排除』。そしてもう一つの大きな目標を達成すべく、ソーを頼る形で接近しました」


「もう一つの大きな目標?」


「はい。そちらに関しては、おいおい説明させていただきます。ソーを通さない形で申し訳ないのですが、ARFの幹部の面々とも協議した結果、その目標に関しては両組織で共通する目的である認識する形で合意しています」


 白羽に目をやると、「お姉ちゃんは仕事ができる女」と胸を張る。愛嬌も手際も完璧だなぁと総一郎は肩を竦めて、「分かった。続けて」と促した。


「我々はその目標達成のための足掛かりとしてARFに相互協力を提案し、その第一の結果としてソー及びミスタジェイコブの救出を主導しました。現在、ソーを除いた薔薇十字団とARFの関係性は非常に良好です」


「詰まる話、目的を教え合って同じだねって納得して、お互いに労働力を差し出し合ってるのが現状って話?」


「はい。今のところかなりこき使われていますので、外部組織として協力しているというより、ARFの一部門として薔薇十字団が組み込まれたような形になっています」


「薄々思ってたけど、白ねぇ、やっぱりこき使ってるの?」


「いやー、カバリストはねぇ……いいよぉ。判断間違わないから面倒な意思決定作業をかなりの範囲で任せられて。とっても楽……」


 ご満悦な白羽から総一郎はローレルに視線を移す。対比するように、ちょっと隈が出来ているのに気がついてしまった。よくよく思えば他の薔薇十字団の面々も微妙にやつれていたような気がしないでもない。


「ローレルはもうちょっと休ませてあげて。その分他に仕事回していいから」


「ソー!?」


「おっけい! んじゃハウハウにそうするよう伝えておくね!」


「お姉さま!? いやっ、そのっ、私はあの中でもかなり優遇されている方と言いますか、さすがに申し訳ないというか」


「じゃあローレル、続きどうぞ」


「え、いやだから」


「どうぞ」


「……グレアムたち、すいません。私は無力です」


 強権とはこういうことを言うのである。


「ゴホン。それでその、今のところヒューゴ・イキオベの市長選をサポートする形で活動に従事している、というのが今の我々の状態です」


「あ、そっちなんだ」


「というか、今のARFのメインがそっちって感じかな。一応ノア・オリビア残党の足取りを追ったり、行方不明の副リーダーについて情報収集してたりはするけど、この市長選は亜人差別撤廃運動の要であり決め手だからね」


 なるほどなぁ、と総一郎は納得を示す。多少話が政治的になってきたからか、シェリルがむずがるように総一郎のわき腹を突いてきた。ローレルは苦笑して「シェリルはどこが分からなかったですか?」と尋ねる。


「え? 私にも説明されてたの?」


「それはそうです。シェリルもARFの幹部でしょう? なら、私には説明義務があります」


「あ、うん。そっか。ちょっと待って」


 会話を思い出すように目を瞑り、それからシェリルは「大まかな流れは大丈夫。目的が一致してるから一緒に働いてるよってだけでしょ? それより、さっき追々ってぼかされた、大きな目標について教えて」と核心に切り込んできた。


「……そうですね」


 どこか躊躇いがちに頷いたローレルは、白羽と目配せしてから総一郎とシェリルに向き直った。


「では、説明させていただきます。が、その前に前提を共有させていただきます」


「前提?」


「はい。ソーは無論理解していることだと思いますが、カバラと言うのは数字を介して世の中を“知る”技術です。要するに、見る、聞く、嗅ぐ、触れる、舐める、そういった五感の延長上にある技術でしかありません」


「うん、その辺りは私にも分かるよ。純粋な亜人とかその種族魔法が絡むと計算できない、とかもね」


「ええ、教えていただいたときは驚きました。何事も絶対はない、という良い教訓になりましたね」


 カバラの弱点は純粋な亜人に限りません。とローレルは言う。


「純亜人はカバラの計算式を狂わせる、という意味でカバラの天敵と言えるでしょう。ですが、我々の大きな目標に絡む弱点は、計算式を狂わせないままカバリストを破綻させ得る。それを、皆さんはすでに知っているはずです」


 そんな言われ方をすれば、総一郎の脳裏には自然、一人の小さなままの少女の姿がよぎる。


「狂気、かな。例の神話群は、知る者に狂気を根付かせる。より深い理解には、より深い狂気を。その意味で、カバリストの天敵だ」


「―――ご明察です、ソー。彼らの存在は掴み続けなければ、大きな災害に見舞われることになるでしょう。ですが、その情報を掴めば狂う。下手にカバラの精度が高ければ、その人物が情報を残す前に自殺することさえあったと言います」


 情報災害、とでもいうべき存在に、カバラは非常に脆弱だ。知る能力が抜群に高いが、そこに付随して然るべき“知ってなお平静でいられる能力”をカバリストは有していない。


「じゃあ、その大きな目標って」


 シェリルの呟きに、ローレルは頷いた。


「はい、我々の大目標として設定されているのは、先人たちが突き止め狂気の中残した“滅びの予言”の回避です。そこに記されているのは、ソーがその回避の要になるという事。そして滅びの場所がこの地、アーカムであるという事だけです」


「……」


 総一郎は片手で顔を覆って、重い重い溜息を吐いた。それから一言、断言する。


「ナイじゃん」


「ま、そうだろうね」と白羽。


「そうでしょうね」とローレル。


「うわー……ソウイチ、ファイト」とシェリル。


「君たち揃って他人事みたいに言ってくれちゃってさ」


 総一郎は渋面で腕を組み、それから問いを投げかける。


「数日前にローレルが、ノア・オリビアごとナイとその仲間たちを撃退したのは記憶に新しいけど、あれ以降の情報って入ってる?」


 答えたのは白羽だ。


「何も。ノア・オリビア拠点跡地は地下十メートルに及んで凹んでるし、その表面にあるのはさらに数メートルの厚さの瓦礫層だからね。資金が余分にあるなら土地の権利書を裁判で強引にもぎ取ってショベルカーで掘り返してもよかったけど、アルフタワー倒壊でそれどころじゃなかったから」


「じゃあ、ナイとあの不気味な女の子」


「マザーヒイラギ?」とシェリルの助け舟。


「そうそれ。彼女らはまとめて瓦礫の下のままって事?」


 総一郎の質問に、白羽とローレルは顔を見合わせて難しい顔だ。この感じだと、本当に何も分かっていないのか。


「観測上出てきた形跡はないけど、そのまま瓦礫に埋まって死ぬとは思えないから、私からは断言できない、ってとこだね」


「マーガレットと私で瓦礫周りのアナグラムを計算しましたが、何も痕跡はありませんでした。ただ、やはり」


「ありがとう。ひとまずそれで納得しておくよ。警戒もね」


 要約するに、ナイ問題は総一郎とは切っても切り離せないということだろう。どこまでも厄介な相手だ。総一郎の心に入り込んでいる、という点でも。


「幸い、ソーとの関係性が強ければ強いほど彼女らの未来視に抗えることが分かっていますので、ナイ対抗メンバーはそのような形で見繕ってあります。打って出られない、ということはないかと」


 ローレルの鼓舞するような言葉に、総一郎は「そうだね。頑張っていこう」と微笑んだ。それから軽く伸びをして「今日の話題はこんなとこ?」と確認する。


「うん、お疲れ様、総ちゃん。病み上がりなのに無理させちゃってごめんね。シェリルちゃんも」


「私はトラウマだけで体は健康だし、ソウイチ独占期間のお蔭で回復方向だから気にしなくていーよ。たまにローレルに邪魔されるけど」


「私にだってご褒美は必要ですよ、シェリル」


「分かってますよーだ」


 んべっ、と舌を出すシェリルに、「何ですかナマイキですね」と手をワキワキさせながらローレルは近づいていく。「いつこんなに仲良くなったの?」と意外そうな顔をして耳打ちしてくる白羽に「俺との記憶共有があったから、俺が好きな人を気に入りやすいんじゃないかな」と返した。そして、こう続ける。


「ほら、だから昔に比べて白ねえに気安くなったでしょ? シェリル」


「あ、確か、に」


 納得から白羽は口をつぐみ、少し顔を赤くして、緩い力加減で総一郎にタックルしてくる。総一郎はハハと笑った。


 そんなやり取りを少し続けてから、総一郎は疲れていることを自覚した。体力無くなってるなぁ、と苦笑いする中無人タクシーに乗って図書の家に帰る。


 無音で吹いてくる車内の冷房の風に、総一郎は夏の到来に気が付いた。アーカムは北アメリカにあるだけあって寒冷地気味の気候をしているが、それでも夏はあり、日本よりもカラッとした空気が夏の熱気を運んでくる。


 が、今は車内故に快適なのだった。この涼しさはある意味で夏だけのものだよなぁなどと考えていると、視界の端でアナグラムが乱れた。


「ごめん、止めて」


 総一郎の言葉に、前列の操作席に座っていた白羽が運転停止ボタンを押した。ぴた、と止まるタクシーに総一郎はすかさず扉を開く。


 そして駆け足で今気になった路地に向かい、暗闇の中に進んで、手を伸ばした。


「ぅ、ぁ、だれ……?」


 いつもより腑抜けた語調で、聞きなれた甘ったるい声が上がった。睡蓮の匂いが、触れた手の先から香ってくる。それに伴って、鉄めいた血の臭いも。


「総ちゃん? どうし、え」


「ソー、その方、まさか」


「――ナイ、俺だよ。総一郎だよ、分かる?」


 ナイの腹部に空いた大きな穴を生物魔術で塞ぎながら、総一郎は声をかけた。ナイは虚ろな瞳で総一郎を見上げた後、儚く微笑して意識を落とした。


「……さて、みんな。どうしようか、これ」


 総一郎は、努めて冷静を装いながら、背後の三人に向かって問いかける。白羽とローレルは一様に瞠目して成り行きを見つめていて、遅れてきたシェリルが「え~、なにそれ」と苦笑いしていた。気楽なものだと羨ましくなる。


 だって、普通、考えないだろう。


 殺したって内側から化け物を出して追いかけてくるような敵が、まるで人間みたいに怪我を負って、力なく倒れているなど。


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