7話 死が二人を別つまでⅩⅠ
二次会、というか幹部たちで図書の家に再集合してから、全員でベルとの顔合わせをしていた。
時刻は夕暮れに差し掛かる前といったところ。総一郎はベルの語る昔話を聞いているとどうにも辛くて、喧騒を背に一人ベランダに腰かけ、ぼんやりとしていた。
こうしていると、春の暖かさを実感する。日差しが入って庭の芝が青々とし始めているのを見ると、イースターはこういうものだったなとイギリスのホームステイ時代を思い出す。
あの頃、数年間を共にした家族たちがいた。すべてカバリストか人間に化けた怪物で作られたまがい物だった。死んで総一郎を絶望に誘う材料で、そしてその絶望すら無為となった。
「――イギリスの頃の思い出に、いいものはないね」
楽しければ楽しいほど、奪われたことを思い出して胸が絞め付けられる思いをする。最近あまりにそれらを思い出す出来事が多くて、それらが鮮明であるからこそ、どうしようもなくなった。
後ろを見る。ベルの語る口調は見れば分かるくらいに熱くて、それにアーリなんかが激しく頷いていた。内容は聞くまでもなくファーガスの話だ。ベルは彼を失った痛みを乗り越えるために、復讐の道を選んだ。総一郎は痛みから逃げた結果、今が辛い。
「だからソウに接触して、手伝いを申し出たんだ。ソウは奴らにとってとても重要で、復讐のためには必要不可欠だったから」
「くぅううう! そういうことだったんだな、分かった! アタシも正面衝突するときは任せろ。本家筋の連中、全員ハチの巣にしてやる」
ヒートアップするアーリをありがたそうな目でベルは見ていた。
「ありがとう。何だか、不思議な気持ちだよ。最初はソウを説き伏せて、でもきっと完全な協力は得られないと思っていて……。孤独な戦いになると思っていたんだ。それが、今はARFのみんなとともに居られている」
「ベルベル仕事早いもーん。こんな貴重な戦力、ほっとけるわけないよ」
「シラハは現金だがな」
白羽の軽口に、ベルは皮肉っぽく返す。「まぁまぁ」とウルフマンは首だけで仲裁だ。
「シラハさんはつまり、この協力関係はベルの能力で勝ち取ったものだって言いたいんだ。だって高速飛行のイッちゃんを見失わずに追いかけてまで取り付けたんだろ? おれが昔簡単に追いつかれたアレに」
「君たちが遅いんだよ」
「いやソウイチあの速度あり得ないからね!? ジェットコースターでもあんなの早々ないよほんと!」
「ソウ、私からも言わせてもらうが、君が速すぎるんだぞ。前も話したが、この家から駅まで二十秒と掛からなかっただろう。あの時は君を見失わないので本当に精いっぱいだったんだからな」
茶々を入れると、シェリル、ベルから猛抗議を受けて総一郎は気圧される。その時何かが通じ合ったのか、二人はハッとして見つめあった。すぐにシェリルが顔を逸らしたが。
「でも、聞けば聞くほど厄介だよねぇ、薔薇十字団。総ちゃん救世主とか呼ばれてるんだっけ。うえー、私宗教あんまり好きくないから、ちょっと引いちゃう」
「天使が言うことじゃないね」
総一郎が突っ込むと、場のそれぞれがぷっと吹き出した。それからまた総一郎は春めいた庭へと向かい、考えこんだ。
春。復活。少し前までは冬だった。そこにあったのは濃密な死の匂いだ。ウッドの暴虐に、ラビット――グレゴリーの断罪。ウルフマンの体は失われ、アーリは死者である弟を模り、シェリルはとうに死んでいた姉の幻影に寄りかかっていた。
死。復活。総一郎は不意にルフィナのことを思い出した。もっと正確に言うなら、辻のことを。彼はシェリルの要求である「両親を生き返らせる」というものに首を振った。曰く、「可能だができない」と。
「ミヤさん」
グレゴリーの保護者で、スラム街のお袋的食堂の店主だった。辻の口から彼女の名前が聞けるとは思っていなくて、しかしグレゴリーの保護者という点で何かしら重大な事実を知っていそうだとも思っていた。
だが、記憶に封をしていた。グレゴリーのあまりに苛烈な攻撃が恐ろしくて。あの一振りで空を真っ白に燃え上がらせた拳を忘れたくて。
「……ルフィナと少し話せないかな」
電脳魔術から電話帳を開いて、連絡先を探す。登録された番号に電話を入れると、何コールもしない内に応答があった。
『どうされましたの、ブシガイト様? ARFの方々と違って、あなた様からご連絡いただけるなんて珍しいことです』
「すこし聞きたいことがあってね。時間大丈夫かな」
『え、ええ。ごめんなさい、本日は大切なお客様が――え、はい。そうでございますか。大丈夫とのことですので、伺わせていただきます。少々お待ちになっていただけますか?』
「もちろん」
何やら席を立って移動しているらしい。扉の音が二度聞き取れて、それからぽふすん、とクッションっぽいかすかな音で座ったのが分かった。
『それで、ご用件はどういったものでしょうか』
「その前に、アルノは近くにいる?」
『ええ、ちょうど紅茶を持ってきてくれました』
主人が席を放した瞬間に察知して、休憩用のお茶を入れるのは何とも執事の鑑という気はする。根本有能だよな、と感じつつ、総一郎は言った。
「じゃあ、辻さんに代わってもらえる?」
『はい? 辻とは……』
足早に近づいてくるのはアルノの足音だろう。そして執事の急な接近に驚くルフィナの声、小さな電気の音。ルフィナは咳き込みながら音程を低く合わせる。
あるいは――辻が。
『お電話代わりまして辻が応答する。ブシガイト君、一体どうしたね?』
「やぁ、久しぶり。辻さんに少し聞きたいことがあってね。具体的には――ミヤさんについて」
『なるほど、君も「能力」を気にする余裕が出てきたということか。最近はずいぶんと忙しそうだったが』
「何でそのことを知ってるのさ」
『私には私のネットワークというものがある。それで? ミヤさんの何について聞きたいというんだ』
「ミヤさんの……」
総一郎は僅かに考え込んで、答えた。
「ミヤさんがどこまでその『能力』とやらを知ってるのか、どのくらい強いのか、最近のゾンビ問題についてどう思っているのか、の三つが知りたいかな」
『あいまいな質問ばかりだな。直接聞いた方が早いものがほとんどだ』
「ちょっと直接聞きに行くのが難しい……というか、気の進まない状況でね。辻さんだってシェリルの近況を知る必要があっても、本人からは聞けないでしょ?」
『忌々しい吸血鬼の娘の話はしないで貰いたいものだな。それに、私なら当てつけがてら直接聞くさ』
「あー、そう……。まぁそういうものなんだよ。それに、ルフィナから何となく聞いて『ミヤさんに会えば間違いなく知りたいことが知れる!』って確信が持てれば行くしかなくなるし。つまりその」
『ああ、簡単なあらましを聞いて、自分を決心づかせてくれ、と言う事か。思いのほか面倒な性格をしているね、ブシガイト君』
「いやな言い方だ」
渋面で答えると、辻は少し笑ったようだった。それから、おどけたような声で続ける。
『ふふ、ARFには散々煮え湯を飲まされているからね。これで多少の留飲も下がるというものだ。では一つ一つ答えていこう。しかし無論、それらは私的意見に過ぎないからね。間違っていたとして責任はとれないことを前置きしておくよ』
「構わないよ」
先を促すと、辻の頷いた気配が伝わってくる。それから、彼は語り始めた。
『まず一つ目だが、おそらく知らないことはほとんどないだろう。彼女曰く「この世界で最後の第一人者」とのことだ。むしろ、彼女が知らない知識は失われている、と考えた方が早い』
「あの外見でおばあちゃんを自称しているからね」
『彼女の実年齢と外見年齢の不一致が純粋な人間とは思えないのは、私も同様だ。次にどのくらい強いのか、だが、率直に言って分からないとしか言えない。とはいえ、この街において敵うものはおそらくいまいよ。私がこの街にきてやんちゃしていた時に、デモンストレーションでずいぶんとお灸をすえられた』
「何をされたの?」
『分からない。彼女は何か札を取り出して、気づけば私はその場に過呼吸を起こして倒れていた。バレリーナのようにくるりと回されたのは何となく覚えているよ。しかし、なぜそのように回転させられたのかはついぞ分からなかった』
「……その話だけ聞くと、どこか不気味ではあるけどね。他に指標となるエピソードはあるかな。そのくらいなら俺にもできる。辻さんがミヤさんをして『この街で最も強い』と豪語する理由を教えてほしい」
『そこに関しては、やはりラビットの親という部分だろう。彼はミヤさんが見出し、育てたと聞いている。ずいぶんと痛い目を見たらしいじゃないか、ウッド』
やはりというか、知っていたか。不思議ではなかったが、ここで、とも思う。僅かに意地になったような声音で、総一郎は言った。
「ウッドはもう眠ったよ。ここにいるのは俺――武士垣外総一郎でしかない」
『そうか、失礼した。話がそれたな。つまり、彼女はこの街でもっとも強いヒーローよりも強い可能性がある。それこそ、誰にも敵わないほどに。少なくとも私は彼女に逆らう気は起きないな』
そこまで言って、辻はティーカップを手に取ったらしかった。紅茶を飲む気配がある。音がしないのは、さすがの教養深さといったところか。
『最後に、ゾンビ問題についてだが。これは私にとってどうにも答えがたい質問だ。あれだけ大規模の事件ならば何かしら動きがあるものと思っていたが、ミヤさんは何をするでもなく店を開いている。ゾンビ被害に遭ってもいたようだが、それに対処したのは息子のようだった』
「ラビットの方は直接目撃したよ。それでつまり、ミヤさんはあくまで静観してる……と?」
『私から見ればそうなる。だが実際どうなのかはわからないとしか言えない。彼女は我々「能力者」にとっての監視者にあたる存在だ。動かないと分かれば手を出そうとは思わないのだよ』
「……わかった、ありがとう」
一息つく。多くのことを知れたという手ごたえはあったが、肝心な部分は直接聞くしかなさそうでもあった。そんな風に考えていると、『そうだ』と辻が喜色に満ちた声で告げてきた。
『話は変わるが、やっとシルバーバレット社も新製品が開発できそうだということを君に伝えておこう。差別助長を決してしない製品を所望していたと覚えているが――聞いて驚き給え。新製品が完成すれば、世界の戦争行為が一変するぞ。文字通り世界を変える商品になりそうだ』
「え、どういうこと?」
『詳細は完成し次第報告する。素晴らしいものができるとだけ白羽君に伝えたまえ。では、ここで失礼させてもらうよ。本日のお客様の協力あっての新製品だ』
通話が切れる。総一郎は奇妙な顔をしてから、肩をすくめた。
「どんなお客様さ」
ぼやいてから、総一郎は覚悟を決めた。すなわち、直接あの料理屋に乗り込んで、ミヤさんと話す覚悟を。そして――そのためにグレゴリーを徹底的に避ける覚悟を。
グレゴリーは驚異の補足能力を持っている。
姿を消し、音を遮断し、何なら体温の漏れすら防いだウッドを見つけてボコボコにするのは、アーカム広しとはいえグレゴリーの他には実力が未知数のミヤさん以外にはいないだろう。
だが、それは前提条件に「グレゴリーが追っている」というものがある。つまり、グレゴリーも追っていない相手を意地でも見つけて捕まえる、ということは出来ないのだ。
「……今食堂にいるんだね、おーけーおーけー」
そんなわけで総一郎の作戦はヴィーと仙文に足止めを頼むことだった。仲良く駄弁っているらしい。大変結構なので、そのまましばらく引き付けていてくれ、と願って総一郎はスラムを歩いた。
久しぶりに来たスラムは中央通りに比べて活気がなく、人通りも少なかった。以前と違って、路上で何故か立っていてこちらを睨んでくる住民、というのもほとんど見受けられない。せいぜい、足早に進む人々とすれ違う程度だ。
総一郎はその様子にどこか物足りなさを感じつつも、ミヤさんの料理屋に向かった。到着するとミヤさんがあくびをしながら店の前で掃除をしていた。
「んー、今日もいい天気ね~。そしてお店が閑古鳥鳴いてる」
「そうなんですか?」
「そうなのよ! スラムのみんながゾンビ怖いって引きこもったりスラムから引っ越しちゃったりしてねぇ。って、久しぶりじゃない総一郎」
「はい、お久しぶりです」
挨拶をすると、ミヤさんはかつてと全く変わらない快活な笑みを浮かべた。小さく華奢な体躯と、黒髪のポニーテール。そして達観しながらお母さんチックな雰囲気を醸す人柄は、アーカムの情勢が変わっても変化が見受けられなかった。
「何か前に見た時より元気になったわね。でも色々抱えてそうなのは変わんないわねー。うーん思春期ってのは眩しいわー」
「……はは、どうも」
そしてこの、どこまで見透かしているのか分からない観察眼も。
こんなところで立ち話もなんだから、と店の中に連れ込まれた。何度来ても変わらない、掃除による清潔さとそれでもぬぐい切れなかった汚れの、同居したような内装。古ぼけていながら温かい、前世の実家のような安心感のある雰囲気。
そしていつものように出される大量のポテトに、総一郎は口端が緩むのを抑えられない。
「そーれーでー? 総一郎が私を一人で訪ねてくるって、何か相談事があるんでしょー? ほらほらミヤさんに話してごらんなさいな。長生きしてるだけあって、アドバイスは得意よ?」
総一郎の対面に座って、人心地したミヤさんは微笑みかけてきた。店の温かさは、店主本人の物なのだな、と感じさせられる。
総一郎は少し笑って、世間話は省くことにした。
「あはは。では、少しまじめな話をしてもかまいませんか?」
「話し方かった! そんな子供のくせして堅苦しい話し方しちゃだめよ。もっとフランクに――」
「ミヤさん。ウッドの正体が俺って言ったら、どうしますか」
彼女は黙り込む。初めはキョトンとして、それから総一郎の真剣さを見抜いて、雰囲気を変える。鋭さを内包した、捉えどころのないそれに。
「グレゴリーが息巻いてたわね。ウッドはオレが引導を渡す~って。なるほど? グレゴリーのいないタイミングを狙ってきたってわけね」
「はい。彼がいると、問答無用で戦争になりそうで」
「戦争。ふふっ、懐かしいフレーズ。そりゃあの規模の戦い、誰が見ても戦争としか言えないわよねぇ」
ミヤさんはポテトを取ってカリカリやりつつ、総一郎の質問に答えた。
「グレゴリーの言う通りなら、私からも引導を渡すしかないかしらね。つまり、『能力』で人を殺したなら、ってことだけど」
「俺は、殺されてしまうんでしょうか」
「あはは、分かってて言ってるでしょ」
「バレましたか」
話していて、感じた。ミヤさんは総一郎を殺さないだろう。少なくともこの場では。だが同時に、殺す殺さないという問いをひどく身近にとらえる価値観を、ミヤさんは有してもいると分かった。
「なるほどねぇ……そっかぁ総一郎がウッドだったとは思わなかったわ。盲点だった。でも、ここに来た理由もわかったわ。ルフィナちゃんから教えてもらったの?」
「はい。何もかもお見通しですね」
「そんなことないわよ。私は人より少し長生きだから、多少物事を知ってるってだけ」
それで? とミヤさんは前のめりになって尋ねてくる。お前は何を聞きに来たのかと。
「いろいろと聞きたいことはあります。まず、グレゴリーに殺されかけた理由を――俺の『能力』が何なのか。そもそも、グレゴリーの逆鱗が何なのか。俺が何をしたのか。『能力』って何なのか。ルフィナが言った――『能力』で他人の生死にかかわるとミヤさんを敵に回す、というのはどういうことなのか」
「聞きたいこと盛沢山ね。でもそのほとんどが、私にしか答えらられないことでもある。そうね、じっくり腰を据えて話しましょうか」
穏やかな表情で、ミヤさんはがたつく椅子に座りなおす。それから、「どこから話したものかしらね」とぼやいた。
「ひとまず総一郎個人の質問に答えようかしら。まず、総一郎の『能力』が何か。ふふ、これだけ聞くと総一郎、ラノベの主人公ね?」
「ミヤさんってたまに物凄く古いワード出しますよね」
「それを古いワードだった理解できる時点で、総一郎だって相当よ。あー……そっかその可能性を考慮してなかった。かなり長い話になるわね……時間があればでいいかしら」
「どうしました?」
「こっちからもちょっと聞きたいことがね。それはそれとして答えだけど、グレゴリーの言うことには、ウッドの『能力』はブラックホールだーって」
「ブラックホール……これですか?」
総一郎は『闇』魔法を手に浮かべる。「あー、それそれ」とミヤさんは笑った。それに、総一郎は釈然としない気持ちになる。
「そう、ですか。この『能力』って成長とともに育つとかってあります?」
「え? 発現したらその時点でほぼレベルマックスだけど」
何でそんなことを? とミヤさんは首をかしげる。総一郎は、幼少期のころの話をする。
「父に言われて発現したのが、俺にとって最初の『能力』使用です。その時に父はたやすくこの『闇』魔法を破壊したので、この魔法が『能力』だなんて大層なものだとは思っていなくて」
「……そういえば確認なんだけど、ユウ・ブシガイトって総一郎たちのお父さんよね?」
「え、あ、はい」
戸惑いながらも頷く。何故知っているのかと思って、そういえば父はかつてアーカムで警察をやっていた、とリッジウェイ警部の話を思い出した。アーカムに昔から居る人ほど、父を知っているのかもしれない。
「じゃあ、そういうことよね。総一郎、あなたのお父さんも『能力者』よ。だからブラックホールも壊せたの。ただ、かなりの変わり種ではあるけどね」
「それは、どういう」
「本人の口からききなさい。私から話せる話じゃないわ」
それで何だっけ、グレゴリーの逆鱗? とミヤさんは軌道修正を図る。
「私がグレゴリーから聞いた話によれば、ウッドはその『能力』でヴァンパイア・シスターズを殺そうとしていた。すんでのところで止めたけど、あの様子だととっくに一人は殺していそうだから、引導を渡すことにしたって。どう思う、総一郎?」
「それ冤罪ですよ。俺……というかウッドが初めてこの、『闇』魔法って呼んでるんですけど、このブラックホールで初めて殺そうと思ったのがヴァンパイア・シスターズで、見事阻止されたので誰も殺してません」
「だろうと思った。やってたらもっと拗れてるはずだもの。見れば分かるし、その手遅れっぷりが可哀想だから引導を渡す、っていう根本の理念をイマイチあのバカ息子は理解してないのよね」
「可哀想だから、ですか」
総一郎は気になって復唱する。ミヤさんは頷いて、話をつづけた。
「そうよ。昔からね、必ずそうなるの。たぶん最初は、人間の行動原理的なもので、必然性はなかったと思うんだけどね。そういった積み重ねが、概念となって固定化されて――結果、必ず運命がそうなるように捻じれ始めた」
「……」
必ず運命が、“そう”なるように捻じれ始めた? ――可哀そうに、なるから?
背筋の凍るような恐ろしさを湛えた総一郎の疑問に、ミヤさんは気まずそうに弁明する。
「ごめんなさいね。難しい話しちゃった。ともかく、グレゴリーがウッドを追い詰めたのは勘違いよ。そして、あいつがウッドを追い詰めたのは逆鱗とかそういうのじゃなくて、やっぱり引導なのよね。生きてる方が辛いでしょうって、でも自殺するのも怖いよねって」
「……俺は、自分でいうのもどうかと思うんですが、過酷な人生を送ってきました。日本が転覆してからは外国で孤独に戦って、アーカムでも、その、ウッドとして」
「初めて見た時から、不思議なくらい大人びた子供だって思ってたわ」
「はは、でもいいんです。良い事もいっぱいありましたから……だけどミヤさんの話は、何というか、それ以上の過酷さがある気がするんです。運命が捻じれるとか、生きてる方が辛い、とか」
観念論的だ、というのが第一の感想だ。運命という形のないものに、机やペンなどと同様に明確な役割を見出して、まるでそれに干渉できるような言い方だと。そして、それが可能なら。運命を本当に操れたなら。
「『能力』って何なのかって、総一郎聞いたわよね」
ミヤさんは、静かに確かめてくる。総一郎は首肯した。ミヤさんは背もたれに寄りかかり、深く息をつく。
「少し、長い昔話をする必要があるかもしれないけど、構わないかしら。もしかすると、帰ってきたグレゴリーを交えて話す必要も出てくる。もちろんあいつに手は出させない。けど、ウッドの正体が総一郎だってことは、バラさなきゃいけないかもしれない」
「――――」
「もちろん、総一郎が聞きたくないっていうなら、無理強いはしないわ。だけど、あなたには聞く権利がある。『能力』とだけ曖昧に呼ばれる、この馬鹿げた異能が何なのか。それを語るには、亜人出現以前と以降の話にまで遡る必要があるのだけれど」
総一郎は、つばを飲み込んだ。『能力』。幼少期に父が嗅ぎ取った『闇』魔法の正体。生まれたころから不可思議に思っていた亜人とは何か。ミヤさんは、その真実を知っている。
手が、震えていた。こんなところで、この世界の核心を知る機会に恵まれるなんて思っていなかった。総一郎、ファーガス、グレゴリーにルフィナ。総一郎が知る四人の特別な少年少女たちの秘密を。
総一郎は、迷わなかった。
「お願いします。俺に、その話を教えてください。一体全体、何があったんですか。『能力』って、亜人って何なんですか」
愚直な知識の懇願に、ミヤさんは小さく笑った。それから、見透かしたように言う。
「好奇心旺盛ね、総一郎。その性格は、前世からのものかしら?」




