7話 死が二人を別つまでⅩ
昼頃に集まって、パーティという話だった。
ノア・オリビア攻略戦の前哨戦成功を祝って、そしてこれから始まる本格的な抗争への気合を入れるためという名目で、ベルの顔見せも兼ねた会食だ。ちょうどイースター祭が重なったのもあるだろう。
ARFの面々なら早朝に初めて昼前には終わるだろう、という判断の元、昼過ぎに予定されていた。少々油断しすぎではとも思ったが、帰宅後尋ねれば総一郎、ベルのペアと前後して全ての襲撃班から成功の報告が入っていたらしい。「ARFは人材の宝庫だね」などと言って白羽はニコニコと上機嫌だった。
そんなわけで、総一郎はまたもやスーツに身を包んでアルフタワーに訪れていた。パーティはARF全員で行うものらしく、総一郎はまるで日本のように亜人だらけのパーティ会場で、杯を片手に立ち尽くしていた。
「ARFって、こんなに人がいたんだ」
小規模、という話はどこに行ったのだろうと考えつつ、グラスのジンジャーエールをあおる。そこにベルが現れて、総一郎は軽く手を挙げた。
「流石、大貴族のご令嬢だね。見事な着こなしだ。似合ってるよ、ベル」
ベルは紫を基調とした、大人しめのドレスで現れた。聞けば白羽から借りたものだという。もっと言えば、白羽の経営するこのビルの中のドレス貸し出しサービスに。
マネーパワーってすごい。などとふざけていると、少し嬉しそうにベルは返してくる。
「ありがとう、ソウも似合ってるよ」
「そうでしょ? カバリストは嫌いだけど、カバラ数秘術には頭が上がらないね」
「ふふふ! 君のそういう冗談めかしたところは変わらないね」
ファーガスが気に入るわけだ。ベルは呟いてから、息を吐いた。周囲を見回して尋ねてくる。
「シラハは?」
「白ねえは主賓だからね、奥で挨拶の内容とか考えてるのかも。後で出てくるし、ひとまず幹部たちと顔合わせに行こうか」
「ああ、エスコートは任せたよ」
手を差し出してくる。その手を取って、群衆の中案内した。ウッドが陥落した――あるいは総一郎を救った幹部三人は、それぞれ独特の立ち位置を有しているらしく周囲の人間の反応もそれぞれだ。
まず、ウルフマン。
「おー、Jは首だけになっても人気だね」
「んおっ、イッちゃんじゃんか! ごめんなみんな、ちょっと道作ってもらっていいか?」
ウルフマンの指示で、周囲に集まっていた亜人たちは総一郎たちが近寄れるようにどいてくれる。それに感謝しつつ近寄った。
「やぁ、机の上に飾られて、料理の一種かと思ったよ」
「何言ってんだ、この胸元の蝶ネクタイが見えないのか?」
首だけのウルフマンは、狼の口をにやりとやってバランスを取り、首根っこの蝶ネクタイを見せつけてくる。いやにキラキラしたそれは、どこか芸人臭い。
「っと、みんな聞いてくれ! 後でシラハさんが紹介してくれると思うが、こいつが我らがリーダーの弟、ソウイチロウ・ブシガイトだ! 腕っぷしは幹部を相手取っても物ともしないくらいだから、優男だと思って舐めると痛い目家見るぜ」
「どうも初めまして。白羽の弟の総一郎です。今回の前哨戦では襲撃班の一つを務めさせていただきました。今後ともよろしくお願いします」
周囲に向かって一礼すると、熱心な拍手をもらって恐縮する思いだ。中には握手してきて「ヒルディスさん、アイの不在の中、腕の立つ存在は頼もしい限りだ。頑張ってほしい」と強く祈ってくる者もいた。
複数の亜人的な特徴を有している辺り、彼は日本人で亜人の混血なのだろう。そして、戦闘能力をあまり有さない。日本人とはいえ、魔法で無双できる存在は一握りだ。特に亜人の血が強いと、魔法のいくつかが使えない場合がある。そんな弱者の亜人にとって、ARFは何物にも代えがたい組織なのかもしれない。
「ええ、任せてください」
総一郎も握り返しながら、白羽がどれだけ大きなことをしてきたのかを実感した。守らなければ殺されてしまう。そんな人達を守るということが、どれだけ大切なことか、どれだけ責任の重大なことか。
「それを、白ねえはこんな若さでやってしまうんだ」
「そうだぜ! シラハさんはすげぇんだ!」
ウルフマンたちは、そう言って口々に「ボスに乾杯!」と杯をぶつけ合う。総一郎は、それをほほえましく眺めた。
十代でビルを有するというのもすさまじいことだが、そこに発生する雇用をすべてARFで賄うことでもって、弱者を生活に至るまで保護する。その発想はいくら年をとっても総一郎には出てこないものだろう。
転生者ではあるものの、総一郎はもはや“総一郎”以外の何物でもない。転生者としての経験豊富さが役に立ったのは貴族の学園に入学するまでで、雪山にこもって戦い続ける生活からは何もかもが初めて尽くしだった。
――その中で、上手くいったことなどなかった。何もかも辛うじてこなしてきただけで、いつだって息絶え絶えだった。
いくらか挨拶を交わして、それからウルフマンにベルを紹介する。彼女もまた戦える人だと知れて、周囲の亜人たちは喜びに沸き立った。
総一郎は思う。白羽は、今アーカムにとって最も必要な人間の一人なのだと。自分なんかよりもずっと大切な人で、白羽がいることで幸せになれる人がこんなにもいるのだと。
その一助になりたい、そんな風に感じる自分がいる。それから、総一郎は目を細めた。
白羽は、繁栄の人だ。
その本質は、総一郎からどこまでも遠い。地に這う獣が、太陽に目がくらみ、それを憧れとはき違えているだけだと。
「じゃあJ、俺たちはもう行くよ」
「ん、そうか。じゃあ他の連中にもよろしくな!」
手を振ってウルフマンの集まりから離れていく。彼らはそれぞれ目を輝かせて総一郎たちを見送った。総一郎の手がどれだけ汚れているかも知らずに、ただ強さとその場の人当たりの良さだけを評価して。
「次は誰のところに?」
ベルに聞かれて、少し考える。シェリルはあまり長居してもいい顔をしなさそうだし、白羽の挨拶で中断されそうな最後でいいだろう。
「次はアーリかな。っと、こっちこっち」
「うーっす、そろそろ声かけられそうなアナグラムだったから来てやったぜ」
カバリスト特有の察しの良さは、向こうから来られると少し不思議な気持ちになるものだ。それからアーリは「どうよソウ。人生で初めてドレス着たぜ」と見せつけてくる。
「金髪だと、やっぱり濃い色のドレスは似合うね。銃のモチーフはかなり珍しいけど、アーリらしくて素敵だよ」
「えっへへー、そうだろー? ドレスデザイナーめっちゃ渋ってたけど、アタシなら着こなせると思ってたんだよ~」
総一郎に褒められ、アーリは珍しくデレッデレだ。外見を褒められるよりも、まず有能さを強調される彼女だからこその反応だろう。外見もかなりのものがあるのに、それをしのいで余りある戦果が美貌を褒められる機会を失わせてしまうのだ。
アーリの服装は黒のドレスに、一部白で簡略化された銃のマークが入っているというものだった。ワンポイントなそれはドレスそのものをシックな雰囲気にしつつ、どこか銃撃戦を思わせる激しさを秘めている。例えばその健康的な胸部とかに。
閑話休題。
「君がARFのカバリストか」
質問したのはベルだった。アーリはベルに目を向け、ニッと友好的に笑う。
「聞いてるぜ、本家筋の離反者なんだってな。ここ数か月カバリスト仲間が増えてうれしい限りだ」
――アーリだ、アーリーン・クラーク。――こちらこそよろしくお願いする、クリスタベル・アデラ・ダスティンだ。ベルでいい。と二人は握手を交わした。二人して男勝りの戦闘員だから、握手だけで互いの実力を察し、一気に打ち解けたらしかった。
「アーリ。君は、中々激しくやるらしい」
「そっちもな。アタシ以外でこんなに硬くなった女の手、初めて握ったぜ。ボスとかめっちゃ柔らかいからな。あの人はどっちかと言うと偶像性が大事な役割だからそれでいいんだが」
アーリの言葉に、確かに、と頷きかけて止まる。最近仲良すぎが疑問視される姉弟関係なので、余計なことは言わないに限るのだ。ウルフマンにはバレていたようだが。
「アーリは部下とは話したりしないの?」
ウルフマンとの状況の違いに、総一郎は尋ねた。「あー、それなぁ」とアーリは苦笑する。
「元々はロバート、弟なんだけどな? その後釜で、正体がバレないようバレないようって振舞ってきたからさ、仲のいい部下とか居ないんだよ。一応指示系統は支障ないんだが、ほら、あっちちにいるのがアタシの部下なんだけど」
弟、後釜。ベルが察したらしく瞠目したのを、総一郎は目で制した。言ってはならないと。その細やかなアナグラムにアーリは気づかなかった。自分の話に夢中になっているので、それを邪魔しないよう総一郎は傾聴する。
指さした方角に立つのは、数人の男性たちだ。こう言っては何だが全員がどこか無個性で、だからこそ潜入任務で重用するのだろう。彼らはたまにこちらをチラと見ては、目が合った気まずさにすぐそらしてしまう。
「ま、こういう感じだな。ちっとギクシャクしてんだよ。特にあいつらは男所帯だし、直属のボスのアタシがいきなり『実はボンキュッボンの美少女でした~!』とか」
「確かに」
「おいここ笑うところだろ賛同すんなよ恥ずかしいだろうが!」
胸ぐらを掴まれ「いやいやいや! 俺何も悪くないよね!?」「こっちは笑われる前提で話組んでんだ納得すんなボケ殺し!」と赤面して怒るアーリに総一郎はただただ動揺するばかりだ。
そうしていると、くつくつとベルが笑った。掴み掴まれな二人はキョトンとして彼女を見る。
「あ、いやすまないね。何だか昔を思い出してしまって、おかしくなったんだ」
気の置けない関係というのは、素晴らしいね。ベルはそう言って笑う。彼女が何を思い浮かべているのか、手に取るように分かった。それから、囚われていると思う。
ファーガスにこんな風に突っかかるとしたら、ネルだろう。あるいは、ネルにファーガスが突っかかったか。
そんな風に分かってしまう時点で、総一郎も同類なのかもしれない。そんな考えを気付かず断ち切る形で、アーリは照れ臭そうに腕を組んだ。
「あー、そういう風に改められると、こっちもやりにくいんだけどな、ハハ。っと、そうだ『気の置けない』で思い出した」
アーリは総一郎の手を引っ張って移動を始める。壁際のほうに進み、少し暗がりに入ったところで何となく理解した。ベルが首をかしげているのを見て、総一郎は肩をすくめる。
「最後の幹部だよ、吸血鬼のワガママ姫」
暗がりの奥で、つまらなそうにグラスを揺らす少女がいた。輝かんばかりの金髪もどこか元気がなく、いかにもな不貞腐れ方で笑ってしまう。
「あ、ソウイチ……」
「や、お姉さまがいない寂しい吸血鬼のお嬢様に、食料がやってきたよ」
「何それ」
少し笑うも、元気がない。これはパーティの中で孤独なのが不満、という範疇に収まらない問題かもしれない。
「どうかした? ドレスに飲み物こぼして落ち込んでるの?」
「ソウイチ、私の事馬鹿にしすぎ。そんなことしないもん」
むっとして顔を上げ、ベルに気付いたのかシェリルは肩を跳ねさせた。苦手意識は薄れないらしい。総一郎にとってはずっと前の話だが、シェリルにとっては一か月も立っていない出来事なのだろう。
「先日会った子だね。君も幹部だとは思わなかった。改めて、名乗らせてもらおう――」
「いい、ベル。挨拶はいらない。知ってるから。私はソウイチが言ったよね」
「あ、ああ。シェリルというんだよね。よろしく」
「ん」
ベルが差し出した手を、シェリルは握らなかった。ベルもこの態度には、困り顔で総一郎にヘルプを求めるばかりだ。総一郎は眉根を寄せてシェリルに目線を合わせる。
「シェリル」
「何。言っとくけど、握手はしないから。何度も言うけど、ソウイチはのど元過ぎて熱さを忘れてるだけ。みんなが受け入れても私はそうしない。ARFが一枚岩でいられるのは、そういう思想の自由を許してるからだよ」
総一郎は理論立てられたその反論に、ただ怒っているのではないと解釈した。ベルに振り向いて「ごめん、意志は固そうだ。根はいい子だから、嫌わないでもらえると嬉しいんだけど」と謝る。
「いや、ソウに落ち度はないよ。それに、新参というものは嫌われることも多い。前にシラハが言っていた通り、地道に認められていくしかない、と考えているよ」
「だってよヴァンプ、お前よりよっぽどできた人間だな」
「無口じゃなくなった人はまた無口に戻るといいよ」
アーリのからかいに唸りつつシェリルは言った。「おーこわ」と姉御肌な彼女は総一郎の後ろに隠れる。それから小声で、総一郎に告げてきた。
「今朝の襲撃で、魔法を使いこなすゾンビと戦ったんだ。無事に勝ちはしたんだが、そのゾンビの正体がヴァンプの父親だった」
総一郎は息をのんでシェリルを見た。小さな吸血鬼はまた所在なさげに俯いて、ゆるゆると血の入っているらしいグラスを揺らした。
「……無口じゃなくなった人は、ほんとその軽い口、どうにかしたほうがいいと思う。いずれ機密をぽろっとこぼしちゃうんじゃない?」
「情報と恩は高く売れる時に売るもんだぜ。その点、アタシは最高価格で売ったと思うが」
「ああ言えばこう言う……」
忌々しそうにつぶやくシェリルの手を、総一郎は優しく包み込んだ。その手は握ってはじめて分かるくらい微細な震えの中にあって、感情をずっと殺してここに佇んでいたのだと分かった。
慰めるべきか、と考え、総一郎はその案を捨てる。この小さな吸血鬼は姉との別れ以来ずっと頑張っているのだ。なら、言うべきことは一つだろう。
「シェリル、頑張ったね」
その言葉が、感情の堤防を決壊させた。シェリルは息をのんで、間髪入れずに総一郎の腹部に顔を突っ込んだ。何かと思えば、服越しに独特の震えが伝わる。嗚咽を押し殺した号泣。総一郎はただその背中を優しくたたいた。
「おと、お父さんを、わた、私、この手で、この手でっ……!」
「うん、永い眠りについていたのに、無理に起こされたお父さんをまた眠らせてあげたんだね。シェリルは偉いよ。すべきことをした」
音魔法でこの場の声が会場に響かないように細工する。「思い切り泣いていいよ。誰も気にしないようにしたから」と言うと、叫ぶように声を張り上げた。
それが落ち着いてきて、ぐしゃぐしゃになったシェリルの顔をハンカチで拭っていると、アーリは聞きづらそうに質問してきた。
「それで、ソウにベル、二人ともアタシに何か隠してやがるだろ。言えよ。隠すな」
口調こそ勇ましいが、表情は怯えそのものだ。語気でもって己の退路を図っているのだとすぐに分かった。どれほどしり込みしていても自分が動かざるを得ないように状況を作るのは、カバリストらしいと総一郎は悲しくなる。
「うん、ごめん。言うようなことじゃないと思ったんだ。隠し通せなくてごめん」
「アタシ達の案件と、そっちの案件に共通項があるんだ。いずれ分かることだった」
それで十分だった。アーリの弟であるロバートがゾンビになって襲ってきたから殺した、などと明確に言う必要はなかった。アーリは近くの壁にもたれて、上を向く。
「また、眠らせてくれたんだよな」
「うん。後処理班に言って、灰をまた墓の下に戻してもらうことになったよ。今度お墓参りに行こうか。忙しい時期を乗り切ったら」
「そうだな。……そうしよう」
アーリは手で目を覆う。シェリルの手を引きつつ、ベルを見た。彼女は首肯して、三人でその場を離れた。
「目に包帯の人、何でこんなことするのかな」
シェリルの言葉に、総一郎は答えない。
「確か、あの人も家族死んでたよね。自分もひどい目に遭って、何で人の古傷を抉れるんだろう。痛みを知ってるから、ARFは立ち上がったんじゃないの? 私、……私」
「調べてみるしかない」
シェリルが見上げた。総一郎ではない。その言ったのはベルだった。
「理由が分からないなら、調べてみるしかないんだ。話して、その理由を明かすしかない。そうしてから、判断すべきだ。共感できる理由がそこに会ったのなら、罰と許しを。そうでなければ、復讐と根絶を」
シェリルは少し戸惑ってから、躊躇いがちに告げる。
「私はベルの事を受け入れたりしないけど、その考え方はすっぱりしてて好きかも」
「おや、それは光栄だね」
険悪だった二人の関係が少しほぐれ、総一郎はシェリルにニヤリと。「なっ、何!」と怒る彼女の頭をポンポンと撫でたところで、照明が落ちた。「始まるぜ、中央に行こう」とアーリに導かれる。
次いでスポットライトが中央の階段を照らす。そこから現れたのは、白羽とイキオベさんだった。喝采が上がる。亜人たちはそろって熱狂的に白羽の登場に浮かれ、白羽は慣れた様子で穏やかに手を振った。
だが不思議なことに、静かになるのもすぐだった。誰もが三秒程度全身で喜びの声と拍手をしてから、黙りこくる。総一郎は行動が洗練されすぎだろうと驚愕した。これがメンバーの誰もが一枚岩を自称するARFか、と。
会場は静まり返り、白羽は話し出す。
「みんながまた無事にパーティに集まってきてくれてうれしいよ。今日は敵組織ノア・オリビアに一撃入れた祝うべき日。相手の下部組織は大概教会だったから、イースターの朝から目にもの見せてやったね。まずは、そこを祝いたいと思います」
拳を掲げる。それに誰もが拳を挙げて勝鬨を挙げた。手が下がると、また静かに。
「それから、今回は二人のVIPを呼びました。まず、JVAのトップこと飛悟・五百旗頭さんです! 拍手ー!」
割れんばかりの拍手に、イキオベさんも慣れた所作で頭を下げる。自然と静かになって、話し始めた。
「ご紹介に預かった、ヒューゴ・イキオベと申すものです。普段はJVAの会長を務めています。今回は再誕祭にパーティにお招きいただいて、感謝の限りです」
「聞いての通り、私たちARFとJVAはとうとう同盟関係を結べることになりました! JVAとARFを掛け持ちしてる人も多いことだし、そういうメンツはほっとしたんじゃない? ともかく、私たちはこれで晴れて、日本人に明確に認められる組織になりました。けどまだリークしちゃだめだよ! しかるべきタイミングで発表するから、それまで待つように」
白羽の号令に、それぞれが胸を叩いて了承の意思を示す。白羽は頷いて続きを述べた。
「そんなMr.イキオベだけど、今回は彼についての発表がメインの一つです。みんな、そろそろ始まる市長選のことは知ってるね? そう、私たち幹部全員で縊り殺したあの憎き前市長の次に、誰がその席に収まるのか。私たちにとって、とっても重要なことです」
白羽はイキオベさんの肩を叩いた。マイクを口元に運んで、おじさんは話し出す。
「それにあたって、私が出馬することになりました。狙いはもちろん、亜人に対する悪法の数々の撤廃です。亜人差別に苦しむ時代は、もう終わりにしましょう」
今度はイキオベおじさんが拳を掲げた。ARFの面々はそれに従い、拳と喜びの声を上げる。
「ふふ、ここまで反応がいいとしゃべっていて楽しいね」
「でしょー? ARFのみんなは陽気で、ノリがいいんだよ。そうでしょみんなー!」
白羽がマイクをこちらに向けると、『もちろーん!』とそれそれが息を合わせた。総一郎は「みんな元気だね、シェリル」と困惑を共有しようとして「ARFのパーティは根暗を陽気にするからね」と切り捨てられる。それもうコンサートか何かでは。
「じゃあ次のVIP紹介でーす! へいスポットライト!」
白羽を照らしていた光が消え、総一郎たちを照らした。注目がいきなり集まって、総一郎はびくりとする。
「こちらの少年、みんなが会いたい会いたいと騒いでいた、私の弟、総一郎・武士垣外でーす! ハイみんな拍手―! 総ちゃんはこっちおいで~」
喝采に自分に向くという現象にキョドりつつ、総一郎は一人で白羽の元へ移動した。それからマイクを渡され、挨拶をする。
「えっと、こちらもご紹介に預かりました、総一郎です。皆さん、破天荒な姉がいつもお世話になっております」
腰を折ると「世話になってるのはこっちだー!」とか「いいぞー! 礼儀正しいタイプは貴重だー!」などと温かい声援をもらう。
「さて! 身内だからこうやって特別扱いとか思ってる奴がいるのは、リーダーの私には分かっちゃうからね! こうやって紹介したのには、もちろん理由があるよ! すなわち――」
一呼吸、白羽は言ってのける。
「総ちゃんは、多分この場の誰よりも強い。何せあのウッドと並ぶ実力の持ち主だからね。しかも私にウルフマン、ハウンドを解放した張本人、いわばヒーローなんだよ!」
これまでにない歓声が上がる。「嘘だろあのウッドからシラハさんたちを取り戻したのって弟くんなのか!?」「すげぇ! いやマジですげぇ! やっぱリーダーの弟なだけあるぜ! あんなに物腰穏やかなナリしといてよ!」「ウッドの奴をどう倒したのか、後で聞かせてくれよ!」とそれぞれが大盛り上がりだ。
総一郎は小声で白羽に耳打ちする。
「よく言うよ。本当のこと知られたら刺されそう」
「嘘は言ってないもん。バレないよ」
白羽がほくそ笑むのに渋い顔をすると、肩を叩かれた。イキオベさんだ。「そうだったのか。墓場の一件も部下たちの拘束を解くだけなら簡単だっただろうね。気を遣わせて申し訳なかった」と遺憾そうな顔をしている。
「あは、は。あの時はいろいろと大変でしたね」
適当なことを言ってお茶を濁す。その辺りで歓声も収まってきて、白羽はまたしゃべりだす。
「というわけで、今回のVIPはこの二人! みんな後で話しかけてあげてね! ――で、ここからはよくない話」
声のトーンを落とす。それだけで、場の雰囲気が熱を失ったような錯覚を覚えた。
「最近ゾンビ事件が多発しているのは、みんなも承知のことだと思う。その中でよく聞くのは、昔失った家族に襲われたとかいう話」
心当たりがあるのだろう。所々で怒気が沸いたのが見て取れた。先ほどだって、シェリルにアーリが身内のゾンビに心を揺るがされたばかりだ。
「すでに遭遇した人もいると思う。拉致被害からは腕の立つメンバーが守ってくれたと思うけど、思い出したくない辛い過去を思い出させられた人とかっているよね」
白羽は冷たい視線で会場全体を睥睨した。それから、感情を露わにする。
「私はね、この事件にとても憤ってるよ。だってムカつく。イースターっていう再誕祭に合わせたシャレなのかどうかもわかんないけど、相手が私たちの事馬鹿にしてるのは確かなことだと思う」
――それが、私たちの敵対する「ノア・オリビア」。白羽の宣言に、会場全体がハッとした。
「みんな、許せる? 私は許せない。家族をゾンビにされるのは、家族の死の尊厳を奪い去ること。その死は悲しいものだったかもしれない。辛いことだったかもしれない。けど、弔って墓をたてることで最後の尊厳は保てた――その尊厳を、私たちは奪われている」
語りながら、白羽は階段を下りてきた。誰もが白羽に道を譲り、彼女は静かに中央に立った。
「許せることじゃない。絶対に、許すことはできない!」
白羽の背中から、漆黒の翼が広がった。スポットライトの光が艶やかに羽の一つ一つを照らし出す。
「敵はどういう訳か無差別にアーカムの人々を攫ってる。それも、私たちが最も傷つく方法で! これは私たちに対する宣戦布告。なら受けてたとうよ。それから、目にものを見せてやろう!」
マイクの持っていない手で、白羽はグラスを取った。それを掲げて、声高に言い切る。
「この再誕祭は、ゾンビの再誕を認めるものじゃない。私たちの闘志をもう一度盛り上がらせ、再び敵に立ち向かうためのもの! 私をはじめとした幹部たちがウッドにさらわれていた時、確かにARFは死んだのかもしれない。けど、ここに再誕した。私たちはまたここに集まり、復活した!」
誰もが手に持っていたグラスを掲げる。そして、白羽は音頭を取った。
「みんな、ここで食べ、飲み、そしてまた敵に立ち向かおう! 私たちは一つになってこの社会を覆す! そのための英気を養うために――乾杯!」
『乾杯!』
怒気と意気に満ち満ちた声が上がった。誰もが手に持っていた飲み物を一気に飲み干し、そして歓談を始める。
総一郎はただ、圧倒されていた。白羽のすごさは知っていたつもりだった。だが、多くの人々を前にすればするほど、その力は、感情の伝播は力を増す。
「始まったようだね。まったく、白羽ちゃんはすさまじいな。昔から求心力のある子だと思っていたが、ここまでとは」
イキオベさんの言葉に我に返る。するとみんなの中央で、白羽はこっちに笑顔を向けて手を振っていた。
愛おしいと思う。手を振り返す。すると総一郎にARFの幹部たちがこぞって目を向けて、こちらへ来いと手招きしてくる。温かい、そう感じた。
それから総一郎は感じてしまった。
やはり、不釣り合いだと。




