表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
201/332

7話 死が二人を別つまでⅢ

 慣れないスーツに四苦八苦していると、ベッドに転がるJが「しっかし」と難しい顔をした。


「ウッド時代に何かうろちょろしてるあの女の子、そんなヤバい奴だったとはなぁ。それに、イッちゃんをあれだけ苦しめたカバリストもアーカムに居るんだろ? 首だけの今の状態だと、なす術もねぇな」


 言って、カラカラと笑う。総一郎は、苦笑するしかない。


「結構悩みの種ではあったんだけどね。信じてはいたけど、そこまで簡単に受け入れられるとは考えてなかったよ」


「そりゃあ、おれたちだって相当に修羅場はくぐってるからよ。アーリはちょいと青ざめてたけど、持ち前の精神力で乗り切ってたし。むしろヴァンプが平気そうにしてるのが意外だったというか」


「初めに言ったじゃないか。シェリルはすでに記憶を共有済みだったんだよ。精神魔法の事故でね。あのときは大変だった」


 雑談半分に、総一郎は首をかしげながらネクタイを締める。どうにも上手くいかない。電脳魔術で調べて、ネクタイの結び方の立体レクチャー映像を脳内転写の後再生した。


「ああ、こうやって……、んむ。あれー?」


「イッちゃん珍しく不器用だな。っていうかそれ、レジメンタルタイだよな? これからフォーマルな会食って言うなら、避けた方がいいんじゃないか?」


「……何さレジメンタルタイって」


「その柄のネクタイだよ。柄でどこの大学か分かるんだ。ただフォーマルな場所だと、高学歴ひけらかしやがって、って反感を買いやすい」


「アメリカだとそんな罠があるのか……。でも多分大丈夫だと思うよ。今日の相手は日本人だし。問題があるようなら白ねえが先に注意するでしょ」


「確かにいろいろとマナーで痛い目見まくってるらしいからな。いっちゃん厳しいシラハさんが何も言わなかったなら問題ねぇか」


 そこまで話すと、軽くノック音が扉から。「どうぞー」と答えると、黒を基調としたシックなドレスに身を包んだ白羽が現れた。


「おぉ、流石白ねえ。フォーマルドレスが最高に似合ってるよ」


「ありがと、総ちゃんもキマってるよ。着せられてる感がとっても可愛い。ネクタイが締められないの?」


「最終的にアナグラム合わせれば似合うからいいんだよ」


「なるほど、デートの時にピシッとしてた理由が分かった。蝶ネクタイだった理由もね。結んであげるからこっち来て」


 訳知り顔でおいでおいでされて、総一郎は不服な顔で近づく。白羽は総一郎の面倒をみるのが楽しくて仕方ない、という顔でネクタイを結び始めた。


「二人を見てると、やっぱ姉弟なんだなって思うぜ。イッちゃんもシラハさんには頭が上がらないってか」


「いっつもピッシリしてる小生意気な弟だよ総ちゃんは。だからたまに甘えてきたり、不器用だったりすると嬉しいんだ」


「……まぁ、何ていうか、最後に頼る人ではあるよ。白ねえは」


 総一郎の不貞腐れた返答に、白羽もJもくつくつと笑った。「ハイ完成」と白羽はネクタイの結び目をスルスルと上へもっていき、最後にぽんと軽く叩いた。


「ネクタイ以外は出来るよね。あと五分あるから、整えて玄関まで下りてきて。無人タクシーは呼んであるから」


「実は無人タクシー乗ったことないんだよね。乗るときは大抵人が運転してるから」


「ルフィナさんとこの執事さんみたいにね。運転手はブルジョワの装飾品みたいな職業だから、普通は居ないんだよ?」


 軽く手を振って、白羽は部屋から出ていった。総一郎は肩をすくめて、姿見の前に立つ。


 昨今、ハウンドのように速度違反上等な乗り方でもない限り、車の免許は特殊免許の一つとして扱われている。車を用意することそのものが単純に高価なのもあるし、現在の免許の獲得には、AIの知識も必要になるからだ。


 というのも、昨今の交通状態は大抵無人タクシーで賄われている。つまりAIで支配されているため、渋滞なんて自体はそう起こらない。起こるとしたらそれは人間の運転手のせいで、今ではその辺りの知識も学んで、渋滞発生で違反切符を切られないようにする必要があるそうだ。


 AIに取られる仕事もあれば、そのお蔭で高級化する仕事もある。世は無常、と総一郎は適当なことを考えながら、鏡越しにスーツ周りのアナグラムを合わせ、着せられている感を頑張って消した。ちょっと気を緩めるのがいいようだ。あと胸を張る。


「お、そんなもんじゃね。スーツはしっかりしてるのに着せられてる感は消えたぜ」


「普段から着慣れてなくても何とかなるっていうのは、カバラのいいところだね。じゃあ行ってくるよ」


 転がる狼の頭をもっさもっさ撫でつけて、総一郎は部屋を出た。「とうとうおれもイッちゃんに撫でられ始めたか……」という謎の感慨深そうなセリフに、総一郎は難しい顔で自分の手のひらを見つめる。











 無人タクシーは無駄のない動きで目的地まで総一郎たちを運んでくれた。白羽の所有するビルだ。最近アルフタワーと呼ぶのを知った。


 一階のロビーに進むと、慌てた様子の女性社員が近寄ってきて、「すでにお待ちです」と白羽に耳打ちする。「えっ、時間よりだいぶ前だよね?」と驚く白羽は、少し考えて「大丈夫、多分時間とか全然気にしてないと思うから。でも暇そうにしてたら、時間まで相手してあげてもらえる?」と指示を出した。


「えっと、会食相手の、JVAのトップの人の話だよね」


「うん。五百旗頭 飛悟さん――イッキーおじさんの話。で、そうだね。一旦私たちは裏に入ろっか」


 白羽に連れられ、STAFF ONLYの扉をくぐる。それから従業員用のエレベーターで上昇しつつ、手短に白羽の話を聞いた。


「先に言っておくね。イッキーおじさんは、実は総ちゃん初対面じゃないんだ」


「そうなの? 俺は会ったことないはずだけど」


「会ってない、っていうか記憶に残ってないんだよ。あったのは総ちゃん生まれて数ヶ月だったし」


「……うん?」


 総一郎は首をかしげる。それからかみ砕いて、確認した。


「もしかして、お父さんかお母さんの知り合い?」


「そういうこと。お父さんの恩師らしいよ。総ちゃんは赤ちゃん時代に寝てる間に会ってた人って感じ。だからその、対応としては『覚えてないけどお久しぶりです』みたいな風でよろしく」


「な、なるほど」


 単なる初対面の目上の方、よりも難しくなった感があった。


「で、ここからが本題。イッキーおじさんに対して、総ちゃんのイメージはどんな感じ?」


「ハキハキした人だなって、JVAの声明みて思ったよ。頼もしい人だな、とも」


「うん、大概はそれでいいよ。そこに『“あの”お父さんの恩師』で、かつ『頭のてっぺんから足の先まで叩き上げ』って付け加えれば完璧」


「今物凄くハードルが高くなった気がする」


 総一郎の腰が引ける気持ちに、白羽はずいと顔を近づけて言った。


「いい? 総ちゃん。マナーとかにはうるさくない人だから、そこは安心しても大丈夫。でもね、かわりに気を付けて欲しいのは、油断しない事。総ちゃんの腕が立つのは分かってるけど、あの人は“日本人として”とても強い。その事をよく覚えておいて」


「アレ。俺ってこれから戦いに行くんだっけ?」


 会食前の注意事項とはとても思えない忠告に、総一郎は目をパチクリさせる。白羽は遠い目で「会えば分かるよ」と。それは恐らく、会わなければ分からない、の間違いではなかろうか。


「俺からもいいかな。白ねえはどのくらいその、イッキーおじさんと面識があるの?」


「アーカムに来たばっかりの頃は、私も身寄りのない子どもって立場だったからね。結局ずっちんが面倒見てくれるようになったけど、公的な保護者は今でもイッキーおじさんなんだ。名簿から見つけてくれたみたいで」


 会うのは久しぶりなんだけど、と白羽ははにかむ。こうして考えると、白羽も顔が広い。


 エレベーターが開き、出ると長耳の従業員が駆け寄ってきた。アメリカに住んでいると、エルフという人間との差が分からないような亜人との接触すら少ない。その為少し珍しい思いをする。


「イキオベ様を貴賓席にお連れして、AR-AIと歓談していただくよう手配しました。ご準備はいかがしますか?」


「うん、問題ないよ。向かうから案内してもらえる?」


「分かりました。こちらへどうぞ」


 従業員エリアまではそのエルフに、出てからは人間に案内を受けつつ、総一郎は白羽に「AR-AIって何?」と耳打ちした。「拡張現実人工知能」と短く返され、つまりお話ロボットだなと納得する。


 しばらく歩き、高級レストランのVIP個室の扉を押した。するとホログラムの女性が「いらっしゃったようです。では、ごきげんよう」と目の前の初老の男性に告げて消えた。


 それを受けて、初老の男性はこちらを見た。改めて見ると、穏やかで真面目そうな顔立ちである。髪には白髪が混じっているが豊かで、ふさふさとしたそれをオールバックにしている。それに、総一郎でも一目見ただけで分かる高級のスーツ。武官というよりも、政治家らしさを感じた。


 画面越しに見た像より、ずっと温かな印象を受ける人だった。これが、JVAのトップか。五百旗頭、飛悟。映像で見た苛烈さを、完全に内に秘めている人物。父、武士垣外優の恩師たる人。


 イキオベさんは目を細めて笑い、再会を祝ってくれた。


「おお、よく来たね二人とも。白羽ちゃんの方は久しぶり。総一郎君の方は、覚えていないだろう、初めましてと言っておこうか」


「いえ、小さなころに会ったと聞きました。お久しぶりです、と述べさせていただきます」


「おやおや。アレだけ小さかったのが、立派になったものだ」


 席に着きながら、和やかに談笑する。大人らしい大人だ、と思った。今世よりも、前世でいくらか相手をした手合いだ。


「お互い日本から逃げるときは災難だった。よく無事でいてくれた。と言われても、そちらには実感がないだろうね。ひとまずは、乾杯しよう」


 イキオベさんはすでに据えられていた杯を持ち上げ、乾杯の催促をしてくる。気付けば総一郎と白羽の前にジュースが給仕されていたから、持ち上げて乾杯に杯を上げようとした。


 直後に殺気がきて、総一郎はコップを持たない手で『灰』を記す。イキオベさんはにこやかなまま杯を揺らしていたが、白羽は反射的に飛びのいていた。


 汗。総一郎は張り詰めた緊張に、深く息を吐く。イキオベさんは笑みを消して、杯をテーブルに置いた。


「まず、謝罪しよう。試すような真似をしてしまったことを、許して欲しい。次に賛辞を。白羽ちゃんは相変わらず素早い反応だ。アーカムという物騒な街で、頑張っているだけのことはある。そして最後に聞かせて欲しい――総一郎君、その技術は何だね?」


「……仙術に類するものです。自分をこの世のあらゆるものから、一時的に切り離す効果があります」


「それはそれは。流石は優の息子というだけのことはある。一瞬、殺気に反応も出来ない、という判断をしてしまった私を許してくれ。浅学なもので、日本式の魔法以外を知らないんだ」


 再び穏やかな笑みを浮かべるイキオベさんに、総一郎は強張った笑いを返す。凄まじい殺気だった。ここにいたのがウッドだったなら、そのまま殺し合いになっていただろう。


 指に息を吹きかけて『灰』を飛ばす。その前後に明確の差を見出したのか、イキオベさんはやっと得心いったらしい声を漏らした。


「ああ、比べてみれば確かに違う。しかし、とても平和な術だね。こう言っては語弊を生むが、優の息子とは思えない温厚さだ」


「いいえ、似すぎたと父も自分も思っているくらいですよ。だから、少しでも緩衝材として働く術を身に着けたんです」


「なるほど、なるほど。君もまた苦労をして来たらしい。驚かせて済まなかったね。では改めて乾杯しよう」


 白羽が微妙な顔つきで席に戻るのを待ち、コップを合わせて乾杯を一つ。くいと呷ってから、コップを置く。


「すまないね。失礼なこととは思ったが、優の面影に堪えきれなかった。総一郎君は、どうやら数々の修羅場をくぐっていそうだ。聞いてもいいかね」


「イッキーおじさん、本題に入ってもいいですか」


 白羽はにこやかに言った。これは怒ってる顔だ、と総一郎は開きかけた口を閉ざす。


「あ、ああ、そうだね。そういった話はまた後にしよう」


「じゃあ本題に入りますね。単刀直入に言うと、イッキーおじさん、アーカムの市長になるつもりはない?」


 丁寧なんだか砕けているんだか分からない英語で、白羽はJVAのトップに問いかけた。イッキーおじさんはキョトンとしてから肩をすくめる。


「わざわざこんな高そうな席を用意されて、丁寧な接客をされると思ったら、こういう事かね。アーカムに来てからたまに会う教え子の子どもが、いつの間にやら権謀術数とは」


 おじさんは白髪交じりの髪を撫でつけ、身を乗り出した。


「どういった目的のために、どういった立場から、君はものを言っているのかな。見たところ、この席を用意したのも君にとってさしたる支出ではないようだ。白羽ちゃん、君は一体何者になったんだ?」


「……」


 白羽はコップを持ち上げ、焦らすようにゆっくりと飲み込んだ。静寂。コップを置く音すらはっきりと聞き取れる静かさがそこにあった。


 白羽はまっすぐにイキオベさんを見つめ、言う。


「明かす前に、確認させてください。イッキーおじさんは、亜人差別をどう思いますか?」


「……今すぐにでも、どうにかしたい問題の一つだ。私の使命は、アーカムの地で亜人差別をなくすことにあると考えている」


「では、その為ならどこまで出来ますか?」


「どこまで、とは? はっきり言ってもらわねば分からないな」


「私からは言えません。イキオベさんの思う範囲で、何処まで出来るか答えてください」


「……」


 イキオベさんは、考える。腕を組んで、真剣に。それから、刀を抜くように言った。


「犯罪以外の、すべてをしよう。余力を残して死ぬなど、考えたくもないからね」


「犯罪以外、ですね。ではアーカムの司法についてどう思いますか? アレが正しい法だとお考えですか」


「正しい、とは思わない。だが、悪法もまた法だ。見て見ぬふりをするほかない」


「では、その悪法に、イキオベさんの大切な誰かが殺されたとしたら?」


 また、沈黙が下りた。イキオベさんはさらに深くまで考え込む。それから、言った。


「白羽ちゃん。君はどうやら、私の口から犯罪を正当化させたいようだね。ならば君は犯罪組織の人間か? 亜人差別にこだわるというのならば――ARF」


「総ちゃん、守って」


 間髪入れず、総一郎は白羽と自らに『灰』を記した。イキオベさんが二人に向けて一撃を放つ、コンマ一秒前のことだった。


 白刃の軌跡が総一郎と白羽を通過する。机は両断されて二つに倒れる。初老の紳士の手から伸びる一振りの刀が、電灯の光を受けてギラリと光った。


 寸前までは、存在しなかった刀だ。恐らく、無詠唱魔法によって生み出したものだろう。


「……仙術、か。発動があまりに早いな」


「我々に攻撃の意思はありません。仙術は、その証拠として使わせていただきました。この技術は、こちらからもあなたへ干渉できなくなります」


 総一郎がそのように説明するも、イキオベさんは聞く耳を持たない。


「この分だと、総一郎君もまたARFに浅からず関わっているらしいな。全く嘆かわしいことだ。優の子供たちがどちらも犯罪に手を染めるとは」


「総ちゃん、色々と考えてたつもりなんだけど、やっぱりこうなっちゃったや。手助けしてくれる?」


「目標は?」


「逃がさず倒さず。“犯罪者だとしても、会話するに値する実力者だ”って理解してもらえるくらいで」


「それが一番難しいんだけどね」


 総一郎は自分の『灰』を吹き飛ばし、異次元袋から木刀を抜いた。イキオベさんは感嘆に声をあげる。


「私が優に教えた桃の木刀か。随分と黒く染めたものだ。どれだけの血で汚した」


「たくさんです。たくさん斬られて、その血で染まりました」


「……」


 イキオベさんは目を細めた。そこに滲む感情を、総一郎は解析しない。相対。少し前にも、剣を持った相手と相対した。シェリルが用意した、幻術のアルノ。彼は記憶上の存在でありながら、ひどく強かったのを覚えている。


 下段に構えた。防御に特化した剣の構えだ。イキオベさんは正眼。侮られてはいないらしい。


「きれいな構えだな。だが、教えられただけという風もない。穏やかな構えだ。……総一郎君、君は優に似ていないな。あるいは、似た部分を切り捨てたか」


「切り捨てるなんて、出来ません。父は俺の半分です。でも、もう半分は俺自身ですから」


「穏やかなのが自分だと?」


「いいえ、父から優しさを受け継ぎました。俺は、争いばかりです」


「……」


「……」


 小さく笑って、イキオベさんは手元から剣を消した。塵以下の粒に風化して、空気に溶けだし無くなった。


「白羽ちゃん。ここは総一郎君に免じて、再び席に着こう。代わりに、いくらか総一郎君と話させてもらいたい。――ここまでは、君の狙い通りなんだろう?」


「うん。イッキーおじさんなら、絶対に総ちゃんを気に入るだろうなって思ったんだ。それには、言葉を交わすより剣を構えた方が早いかもって」


「食えない子だ、まったく」


 イキオベさんが手を振ると、二つに切られた机が浮いて、自発的にくっついた。久しく魔法が達者な人物に会っていなかったから、総一郎は何だか新鮮な気持ちでその光景を見つめる。


 それぞれ席に着き直りながら、イキオベさんは尋ねてきた。


「それで、いったんハッキリさせておきたい。君たちはARFか?」


「うん、リーダーのブラックウィングこと、武士垣外白羽です」


「リーダーとは。総一郎君は?」


「俺は特に役職とかはないです。ただ幹部のみんなと仲良くなる機会があって、手伝うようになりました」


「なるほど。それで、私が市長になる、というのはどういう目的かな」


「亜人差別を嫌う人間が市長になる、というのは権限的にも大きいんだけど、それ以上に象徴になるんだよ。民意が亜人差別を憎んでいる、となれば大きくその勢いをそげるって」


「ふむ、納得はできる。ふむ……」


 再び、イキオベさんは考え込んだ。思慮深い人だ、と思う。深く考えると、こちらの考えからさらに一歩踏み込んで深層に至れる。それは数字を介しないカバラのようなものだ。超人めいている、と感じさせられる。


「そうだね。確かにその手法は効果的だ。その上で聞きたい。君たちはどの程度、私を支援する?」


「金銭的には目途を付けないつもりでいるよ。現状このビルを見ればわかる通り、あくどいことをしてないから変に足元をすくわれることもない。それ以外は、まだ計画段階かな」


「金、か。いくらあっても困らない支援だね。他が未定というなら、演説要員に一人適任を知っている。白羽ちゃんと同じ、公的な私の娘の一人だ。ただ、いくらか問題があってね。その点を何とかしてくれたら、出馬しよう」


「イキオベさんに解決が難しい問題、ですか」


 総一郎の問いに、イキオベさんは少し疲れた目になった。


「反抗期でね……。碌に口をきいてくれないんだ」


「……なるほど」


 とっても世間のお父さんチックな悩みだった。


「イッキーおじさん、実子が居ないから根本的に養子に甘いんだよ。だから一部に舐められがちっていうか」


「それは悲しいですね」


「血のつながりがないから、どうしてもその、何処まで踏み込んでいいものか測りあぐねてしまってね。その点白羽ちゃんはオープンというか、誰に対しても一定に明るいだろう?」


「全然会わないけど一番仲いい娘だよねー」


 ねー、と二人して言い合う。確かに仲良しだなと思う。思うが、殺し合いをした直後の空気感じゃない。どちらもどこかタガが外れていると感じてしまう。


「それで、その娘さんの話を聞かせてもらっても?」


「あ、総ちゃんちょっと嫉妬してるから、イッキーおじさんとじゃれる時間はここまでだよ。その反抗期の子の話に入ってもらえる?」


「ん、あ、ああ。……なるほど舐められるというのはこういう……」


 出来る上に苛烈な人なのに、可哀そうなお父さんのイメージが他の要素を駆逐していく一言だった。というか嫉妬してないし。


「そうだね、その辺りから整理していこう。私はね、白羽ちゃんを始めとして、日本からアーカムに移ってきた身寄りのない子供たちの、戸籍上の保護者を一手に担っているんだ。幸い養育費程度の支出には困らなかったからね。現状彼らはJVAの共同設立した孤児院に居るか、白羽ちゃんのように信頼できる大人に身を寄せて暮らしている。ここまではいいかな」


「はい。JVAってそこまで手広くやってるんですね」


「やれることをやれないと、母国の子らがひどい目に遭うのは分かっていたからね。事実、分かりやすく亜人らしい外見の子の命が、何十名もこの世から失われた。そういった反省があって、色々と制度整備に努めたよ。日本に定期的に船を出して、かつて救助できなかった人々を改めてアーカムに誘致したりね」


 問題の子、というのは最近こちらに渡ってきた子なんだ。イキオベさんは語る。


「まず厄介なのが、記憶喪失状態にあってね。名前さえ分からない状態にある。次にその厄介さを加速させるのが、彼女の種族魔法だ」


「種族魔法、っていうと、私の天使の奴みたいな?」


「前市長を殺したARFの映像は衝撃だったよ。痛快ではあったがね」


 前市長憎まれすぎでは。


「彼女はね、どうやら他者に命令を下す能力を有しているらしいんだ。精神魔法で強固に防御していれば会話くらいできるんだが、それを御すことができないため私でも長時間は話せない」


「そんな子が、反抗期ですか」


「というか、自分の能力で迷惑をかけることを嫌がって、人と会おうとしないんだね。だから引きこもっている。扉越しに話しかけても『入ってこないで!』と言われれば、魔法的にも教育的にも難しい。ただでさえ血のつながった娘という訳ではないのだから」


「うわー、めっちゃ厄介な子だ。総ちゃんには負けるけど」


「はーい白ねえお口にチャック」


 隣り合う席で軽く揉みあう姉弟を見て「君たちは実に仲がいいな。見ていて和むよ」とイキオベさんは笑う。


「と、こんなものかな。演説向きというのも何となくわかってもらえたかと思うが」


「人に命令できる種族魔法、っていうのは中々だね。うーん、今は立て込んでるからちょっと難しいんだけど、しばらくしたらまた連絡させてもらっていい?」


「ああ、構わないよ」


 白羽が手を差し出し、イキオベさんが握る。この話はいったんの決着を得た、という事なのだろう。


 握手を終え、イキオベさんは視線を横へスライドさせる。つまり、総一郎へと。


「さて、ではここからは個人的に総一郎君と話させてもらってもいいかな」


「あ、はい」


「じゃあついでにお料理も運んできてもらおっか」


 白羽が呼び鈴を鳴らす。すると即座に前菜が運ばれてきた。準備がいいな、と驚くが、この辺りもなにかしら未来的ギミックが働いているのだろうか。


「そうだね。じゃあまず、君がどんな修羅場をくぐってきたのかから聞かせてもらっていかな」


 先ほどと一変して、目をキラキラと輝かせて問うてくる。白羽に目配せすると、ウッドバレしない程度に話してあげて、とのことだった。


 食事に手を付けながら、つらつらと話し始める。勘のいい人だから多少話しづらい部分もあったが、武人同士有意義な話が出来た一晩だった。








 その帰り、お酒が飲めずに不満そうにする白羽をなだめて家に帰ると、塀にもたれかかる影があった。息荒く、しかしぐったりと脱力する人物。アーリと気づくのに、時間はかからなかった。


「どうしたの。誰にやられた?」


 こういうとき、白羽以上に迅速な対応ができる人間は少ない。気づけば傍でアーリの体勢を横たえて楽にし、光魔法で頭の傷を癒し始める。


 慌てて総一郎が生物魔術で補助に掛かる。作業がスムーズに行くように照らすと、頭や四肢から多くの血を流していることに気づいた。


 アーリは咳き込む。「無理ならいいよ、あとで落ち着いてから」と白羽が言うも、アーリは首を振って総一郎の手を掴む。


 強い力。だが、不安がにじんでいた。アナグラムが訴えてくる。“信じさせてくれ”と。


「ぐっ。……ウッド、だ」


 白羽の手が止まる。総一郎が瞠目する。


「アタシを襲ったのは、ウッド、だ。ウッドに、こ、殺されかけた」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=199524081&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ