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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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6話 決別ⅩⅩⅢ

 白羽を抱いた夜、ローレルの夢を見た。


 イギリスの差別の目を掻い潜りながら、逢瀬を重ねた記憶だった。雨の中で相合傘をした。夜空を二人で眺めた。晴れた日に散歩に出た。


 そして修羅が彼女を飲み込むことを恐れ、突き放した。


 一人。孤独。その差は何だろうか。突き放さなかったとき、本当に修羅と化した手がローレルを飲み込んだのか。飲み込んだなら、どうなった。二人ではなく、一つになったのか。一つ。孤独。孤独ではなかっただろう。ローレルが内側にいるのだから。


「でも、それが、Jのいう『一人』の訳がないじゃないか。そんなおぞましい姿が」


 自分の寝言で、総一郎は目を覚ました。すると向かい合って横になっていた白羽が、目を開けて総一郎を見守っている。


 彼女の細くて白い指が、総一郎の目を拭った。眠りながら、泣いていたのだと知った。


「ダメだなぁ、私。総ちゃん離れなんか、出来る日が来るのかな」


 どこか寂しそうなセリフは、きっとアーリの「弟離れ」に触発して発せられたものだ。総一郎は手を伸ばし、白羽を抱き寄せる。


「俺たちは、どうなるんだろう。何処に行けばいいんだろう」


「分からないよ。こんなに幸せなのに、何でこんなに不安なのかな。姉弟だから? それとも、今この瞬間に襲われてもおかしくない生き方をして来たから?」


 抱きしめる腕を強くする。その分だけ、白羽の息に熱が籠る。


 根源的な答えを、カバラは見つけてくれない。神さえも教えてはくれない。見つけるしかないのだ。その為に、二人は前へと進む。












 出かける準備を整えて、総一郎は家を出た。


 夕方の終わり。日が沈んだ直後だった。まだ夕日の残滓というべき赤々とした色が、空の端に見えている。


 執事アルノの依頼に応える、というのが白羽を始めとしたARF幹部の判断だった。名前も出していない以上、いざとなれば総一郎一人の虚言だった、でも済ますことが出来る。この指摘は総一郎がしたので、Jとアーリはいい顔をしなかったが、白羽だけは頷いた。


 夜道を歩きながら、分かってくる。自分が総一郎、ウッドという二つの顔を持っていたように、白羽もまた、一個人的な彼女と、組織運営をするARFのボスとしての彼女、という二つの顔を有しているのだと。特に後者は、組織全体の為に感情を捨てられるのだと。


 とはいえ、それは総一郎やシェリルのような、別人格めいたものではない。根本にはちゃんと白羽自身が居て、スイッチの様に切り替えているはずだ。


 スイッチが壊れている、総一郎やシェリルとは違う。


「どこ行くの」


 総一郎は背後から掛かった声に驚いて、渋い顔をして振り返った。シェリルの声だというのは、この数日で接してきたからすぐに分かった。しかし本人を目の前にして、言葉を詰まらせる。


「……シェリル、じゃないね。姉の方だ」


「すごいね。分かるんだ」


「はは、そこまで難しくはないよ」


 シェリルはもっとひねくれている。知らない相手には怯えを示し、気を許した相手には幼稚な意地悪をする。姉は違った。そんな妹を引っ張っていくための毅然とした態度と、何処か飄々とした無表情を備えていた。


「何で現れたの? 君はずっと消えていたじゃないか」


「あなたの所為だよ。いや、あなたのお蔭、かな?」


 『姉』はそう言って首を傾げる。それから面白がるように笑って、こう告げた。


「シェリルね、昨日あなたに言われた事ずーっと考えてて、何かね、心配になったみたいなの。でもあの子意気地なしだから、代わりに私が来たってわけ」


「その心配は……俺の事を、ってこと?」


「そうだよ。成り行きとはいえ、他人では一番心を開いてる相手だからね、ソウイチは」


 そう表立って言われると、総一郎としてもむず痒くなってしまう。再び歩き始めつつ、尋ねた。


「君の事は、何て呼べばいいかな」


「お姉様――なーんてね。冗談だよ。そんな目で見ないで?」


「君もシェリルみたく、俺を困らせて面白がるタイプかと思った」


「あながち間違っちゃいないけどね。私がからかうのは、シェリルだよ。あの子、困らせるとね、可愛いの」


 シスターでいいよ、と言う。『ヴァンパイア・シスターズ』の「シスター」と呼べ、と。


「シェリルのお姉さんの実名とかじゃないんだ」


「だって、あの子本物の名前覚えてないもの。物心つく前に、“家出”しちゃったから」


「……家出、か」


 沈黙が下りた。それから息を吐いて、総一郎は問う。


「飛べるよね。この辺りは人気もないし、行ける?」


「うん」


 承諾を得て、総一郎は風、重力魔法で上昇、光魔法で姿を消した。シスターは上昇こそついてきたが、すぐにしかめっ面で総一郎の手を握ってくる。


「私、そういう便利な魔法使えないの。見えなくするのなら、私もやって」


「ああ、了解。じゃあこのままでいて。トバすよ」


 改めて魔法をかけ直す。重力魔法で小枝ほどの軽さになった総一郎たちにとって、ピンポイントで後押しをしてくる突風はジェット推進にも等しい。めまぐるしく変わっていく景色と自身に掛かる圧に、シスターは悲鳴を上げた。


「キャァァァァァアアアアア!?」


「あはは! 君もこういうのは苦手!?」


「得意なのはボスくらいのもので、うぎゅっ」


「口は閉ざしておいた方がいいよ! 舌を噛みたくないだろう!?」


「言うのがおひょい!」


 総一郎は、懐かしさに笑みをこぼしてしまう。ナイと決別する前はこんな風に、一緒にイギリスの空を飛行したものだ。


 指定位置に着陸すると、シスターは総一郎に降ろされた直後千鳥足で壁へと歩いて行き、それから顔を真っ青にうつむいた。吸血鬼など最初から血の気が引いているというのに、そこから更に引いてしまってはまるで死人だ。


「……………ソウイチって、口調と態度だけが紳士的ね」


「それはそれは。シェリルが嫌がりそうな皮肉をどうも」


 背中をさすってやる。「あと、女性に触れるのに抵抗がない」と付け足す彼女に「紳士的だろう?」と返す。小さな拳で殴られたが、さして痛くもない。


 それからシスターが落ち着くまで、総一郎はフェンスを見上げて待っていた。郊外、と言うよりは、ギリギリ都市化範囲内に滑り込めたような立地だ。すぐ隣は森の、街の最西端である。


「カバラで調べてみたけど、なるほど妙だね。アナグラムが、俺以外死んでいると示してる。建物も、その先も、ついでに君も」


「生きてるのは私じゃなくてシェリルだもの。それより、この中で何かが動いてたら、それはロボットかゾンビってこと?」


「アナグラム上はね。驚いたよ。カバラそのものは全能だと思ってたから、まさか対応できない存在があるなんて思わなかったんだ」


「無口な人の使う技術よね。シェリルの為に覚えようとしたら頭痛で何もできなかったの。亜人って損だよね」


 無口な人、とはハウンドの事か。


「シスターは勤勉だね」


 あえて核心には触れず、総一郎は濁して褒める。シスターは嬉しそうなのか不満なのか、判断しがたい目で総一郎を見た。


「ひとまず、この先も光魔法を掛けておくよ。っていうか光魔法って浄化能力なかったっけ。大丈夫?」


「このくらいならヒリヒリするくらいだし、私は問題ないよ」


「そう? じゃあアナグラムをちょっと調整しておこうか」


「ソウイチ、優しくするならちゃんと初めからしてほしいかな」


 総一郎は答えずに光魔法を掛け直した。ついでに音魔法を重ね掛けして、シェリルそっくりな小さな吸血鬼の手を取った。高い塀を物理魔術で飛び上がる。


 その先にあったのは、無味乾燥な、四角く広く造られた建造物群だ。申し訳程度に屋根がついているが、それも飾り気のないもの。それらが区画に区切られて建っていれば、用途は想像がつく。


「工場だね、これは。合点がいったよ。シルバーバレット社といえど、資金源の工場が使えないんじゃ頭を抱えるわけだ」


「ここ壊さない?」


「その話はアーリが首を振ってたね。流石に、完全に警察を無力化するのは考えものだよ」


「ふーん……。シェリルが嫌いそうな難しい話ね」


 建物の間を歩き始めたシスターは、つまらなそうに呟いた。総一郎は小走りで追いかけ、追いついてから周囲を警戒しつつ聞いてみる。


「シェリルってやっぱり、勉強が嫌いだったりする?」


「昔は嫌いじゃなかったよ。天才だったのは、良く知ってるでしょ?」


「……そうだね。俺ほどよく知ってるのも他にいない」


 学ぶことは、一側面においては他者の言葉を鵜呑みにすることと同義だ。それは、シスター以外に心を開かないシェリルには難しかったのだろう。


「つまり、教えられるとしたら俺になるのか」


「今はまだ無理。けど、期待してるよ。ソウイチお兄ちゃん♪」


「含みがあって嫌な言い方だね」


 そこで、二人の足がぴたりと止まった。総一郎はカバラで、シスターは闇夜に自らの影を巡らせて、異常な気配の出所を探る。


「見つかった。生きてないね。でも動いてる」


「どこ? ――あ、見つけた。へー、結構な数。どうする?」


「こういうのは上から監視するに限るよ」


 手をつなぎ、物理魔術で建物の屋根へと飛び上がった。高所を移動し、察知した気配の真上を陣取る。見下ろす先には、有象無象。シスターは汚物を見たような冷酷な顔で、総一郎の背に隠れる。


「私、シェリルと同じでああいうの苦手なの。ソウイチ、何があるのか教えて」


「君がさっき言ったとおりだよ。ロボットじゃない方」


「アメリカ人がもっぱらゲームで殺戮する方ね」


「ああ、その通りだよ」


 蘇った死者、ウォーキングデッド、もっと率直に言うならゾンビ。総一郎は服装を見て、ここの元従業員だったのだろうと推察する。ちらほらと武装したものも混じっているのは、警備員か、ルフィナが差し向けた私兵だろう。


「何でこんなところにゾンビなんかがウヨウヨしてるの? うぇ、悪臭が……鼻が曲がりそう……」


 言いながら細かく総一郎を叩く手は、待遇改善の要望だろう。「自分でやればいいじゃないか」と返すと「紳士なんでしょ。お父様なら何も言わなかった」と恨めしそうな声が上がる。


「わがままだね、まったく」


「甘えん坊って言ってよ。きっとその方が仲良くできるから」


「なるほど。発想の転換だね。頭がいい」


 風魔法で悪臭を退ける。それから、ゾンビたちの様子を注視した。


 基本的にはうめき声をあげ、虚ろな目でどことも知れぬ方向に進むばかりだ。たまにゾンビ同士でぶつかり合うなどしている。軽く音魔法で刺激してみるも、変化はない。


「あのゾンビたちは安全そうだね。襲い掛かる気力がそもそもなさそうだ」


「汚いから嫌だよ」


「そこまでの事は求めないさ。少し降りてみる」


「モノ好き~」


 付いてくる気はさらさら無いらしい。総一郎は落下して、光魔法で自分とはずれた場所に総一郎の姿を転写する。反応なし。仕方ないので魔法で軽く攻撃してみた。それすらされるがままだ。


「……不可解だな。人を襲わないゾンビが、何で存在するんだ?」


 カバラと魔法を組み合わせて分析を始める。このゾンビたちは、どうやら何らかの種族魔法に従って動くらしい。


 その種族魔法が如何なるものか、という事を割り出すには、時間がかかりそうだった。入念に確かめたがやはりこのゾンビたちは生きていないという結論に達したため、多少の良心の呵責はあったものの、全て燃やし尽くした。


 そうしていると、背後から声がかかる。


「ソウイチも派手にやるね」


「降りて来たんだ。悪臭は魔法で追い払ってるにしろ、気味のいいものじゃないよ」


「ううん、そういう事じゃなくて」


 総一郎が首を傾げると、シスターは明後日の方向を見た。


「あの方向。分かる?」


「どのくらい先?」


「一キロはないかな。でもそのくらい。暇だから影の範囲のばしてたら、引っかかったの。多分あっちが最前線だと思う」


「……最前線?」


 総一郎は訝しみながら、風魔法を組み合わせてアナグラム計算を始めた。妙な変動が起きている。十秒とせず、シスターの言う意味が分かった。


「行こう」


「うん」


 手をつなぐ。跳び上がって、屋根伝いに二人は駆けた。過ぎ去っていく建物と、変わらず二人を見守っている月。今日は大きな月だ。まるで見逃したくない何かを見つめる、巨大な瞳のように総一郎の目には映った。


 たどり着いた先に会ったのは、ひときわ大きな工場だった。中から剣戟の音が聞こえてくる。かなり激しいそれだ。


「隠密の魔法を掛け直して、小窓から侵入するよ。戦闘の介入は、極力なしにしよう。いざとなったら逃げて欲しい」


「私だって戦えるよ」


「単純な強さにおさまらない可能性がある。最悪の場合、俺でも逃げるに徹しなきゃならないかもしれない。君が俺より強いっていうなら、話は別だけどね」


「ソウイチにそこまで言わせるって、この中で何が戦ってるの?」


「片方はゾンビと、それを操る何者か。もう片方は……じかに見るまでは、信じたくないものかな」


「分かった。逃げればいいんでしょ。得意分野だよ」


 光、音魔法で隠密を掛けると、我先にとシェリルは小窓から中に入って行ってしまった。カバラで多少何が起こっているかが読めていた総一郎の躊躇いなど、眼中にないらしい。苦笑しつつ、後を追った。


「思い切りがいいのは美徳だね。強制的に勇気づけさせてもらったよ」


「でしょ? それで……何アレ。気持ち悪い」


 工場の部屋近くに通っている鉄骨の上から、二人は地面を見下ろした。そこにいるのは倒れ伏すゾンビたち――先ほど見たものよりも、ずっと武装がしっかりしている――と、それをマジックウェポンで制圧する普段着の人々だった。


 総一郎は、同意を示す。


「そうだね。気持ち悪いし、気味が悪い」


「普段着で、平気な顔で敵を制圧してる……JVAみたい。私ね、初めて見た時からJVA嫌いだったんだ」


「俺は、JVAチックな人たちに助けられたことがあるから批判はしないでおこうかな。けど、あいつらは――」


 アナグラムを何度も計算に掛ける。答えは直接的でなく、だからこそ弁明のしようがない。推測の域を出ないながら、ほぼ確信をもって告げることが出来た。


「……ソウイチ。大丈夫? そんなに顔色が悪くなったあなた、初めて見た」


「気持ち悪いっていう感情には、慣れてないんだ。生理的嫌悪感、みたいなのは、向けられる側だったから」


「辛いことは、思い出さなくていいよ」


「……」


 総一郎は、気遣ってくれるシスターの頭を撫で、大きく深呼吸をし、言った。




「あいつらは、修羅だ。ウッドの同族だ。しかもカバラを習得してる」




「……、……、……えっ」


 シスターは、沈黙を二度変化させた。一つ目は言葉の意味を理解できない故のそれ。二つ目は理解したくないために起こった、恐怖故のそれ。三つ目になってから、やっと戸惑いの声を漏らせるようになったのだ。


 総一郎は沈鬱な表情で、奴らを見つめる。


「――俺だって信じるのは難しいし、信じたくない。俺が言えたことじゃないけど、ウッド一人でアーカムはここまで疲弊させられた。それが、こんなに大量にいるなんて」


 目視できるだけでも、二十人を超えている。散々暴れたウッドを誰よりも理解しているがゆえに、これが手に負えるものでないと総一郎には分かった。


「な、なに、それ。え? 修羅って、そんな。嘘。嘘でしょ? 私たちは、またウッドと戦わなきゃならないの?」


「……今は、勝てる相手じゃない。一応魔法で気付かれないようにはしているけど、奴らはそれでも、“気づけば”俺たちを簡単に見つけ出してしまう」


 すべきことは、とにかく息を殺して、アナグラムに乱れを起こさないことだ。二人の間に緊張が走る。


 それから、総一郎は修羅たちのアナグラムを解析に掛かった。修羅たちは会話無しに意思を通じ合わせているようで、身じろぎ一つでアナグラムを変動させ、その値で応答し合っている。


 こちらに全く気付く様子がないのを確認して、総一郎はシスターに告げた。


「俺達には気づいていないね。ゾンビたちの主について興味津々みたいだ」


「ゾンビたちの主って?」


「ちょっと待って。アナグラム変換は多分二進数だから……女と、獣が一体ずつ、女は手の平に目があり、獣は首がな――」


 アイだ。そして、ウルフマンの体も同行している。


 シスターもその発想に行きついたのか、唾を飲み下した。音魔法で守られているのに、二人は言葉を交わさず強張った表情で見つめ合う。


 それからしばらくしない内に、カバラを使う修羅たちは用事を終えたらしく工場を去っていった。総一郎たちはそれを目で追いながら、ほっと胸をなでおろす。


 シスターがからかうような流し目をしてきた。


「きな臭くなってきたかも。イギリスで、初めてソウイチがカバリストを発見したときみたい」


「止めて欲しいな。あの頃にはすでに手遅れだったんだ」


「なら、今度こそ間に合わせなきゃね」


 微笑む少女に、総一郎はドキリとさせられる。それから微笑み返して、頬を撫でた。


「シスターは成長すれば素晴らしい女性になるね。シェリルにも見習わせたいよ」


「私はシェリルのお姉様だもの。あの子の理想像なの」


 そういうシスターは得意げだ。それから息を吐いて、確認してくる。


「それで、当面の目的を果たしたって感じ? 私たち、あいつらを追い払わなくてもいいのかな」


「そうだね。運がよかった。ゾンビたちもあいつらが倒したので最後みたいだし、十分離れたら焼いて帰ろう」


「……でも」


「そうだね。いずれ戦うことになる」


 ――ナイめ。総一郎は内心で毒づいた。この原因たる候補は、すでに複数思いついている。問題は、そのどれもが最悪の敵になるということだ。


 二人はしばらく待ってから、鉄骨から降りないままゾンビたちの亡骸に向け、火魔法を放った。総一郎の火魔法は特に炭化が早く、済み次第水、風魔法を使って風化させてしまう。


「ARFの死体処理班も驚きの早さ。ソウイチってトコトン裏社会の人間だよね」


「そうだね。少なくともアイドルなんかできっこない。その点ARFの女性陣は向いてるかもね。総じてキレイどころが集まってるしさ」


「え、えへへ、そう?」


 照れた時の笑い声は、シスターもシェリルそっくりだ。無事に帰れば、シェリルはどんな顔をするだろう。心配していたようだが、素直にそう表現しないのは想像がついた。


 総一郎は帰り支度を始め、小窓から屋根を移りつつ言った。


「じゃあ一仕事終えたし、帰るとしよう。にしても、本当に今日は運がよかった。情報は得られたし、苦労なく恩も売れる。これからの事を考えると気分が重いけど、少なくとも今日は大収穫だ」


「そうかね? 私はこれからの君の事を考えると、不憫で仕方ないが」


 小窓を乗り越えた先で、周囲十名から総一郎は銃を突きつけられていた。目の前に立っているのは、見たことのあるしわがれた服だ。リッジウェイ警部。彼とその部隊に、総一郎は囲まれていた。


 視界におさまりきらない銃口の数に、冷や汗が垂れる。咄嗟に『灰』を思い浮かべるが、止めておいた。リッジウェイ警部と目を合わせると、感心したように「ほう!」と声を上げる。


「単独でこんな場所に忍び込み、あまつさえ目を逸らさないとは、随分と勇気ある少年じゃないかね。亜人でないのもとても好ましい。とはいえ、不法侵入は犯罪だ。そうだね?」


 単独、との言葉で、無事シスターが逃げ出したのを確認する。抜け目ない、と文句を言いたくなるが、亜人である彼女の存在がこの場で露見するよりはよっぽどいい。先に小窓から出てきたのが自分でよかった。


「……現行犯逮捕、ってところですか。一応、許可をもらって入ったんですが」


「そうは思えないような場所にいながら、よくも言えたものだ! 肝の据わった少年だな。出会いがこんなところでなければ、ウチの部署に勧誘したいところだったのに」


 しわがれた引き笑いをする警部に、舞台一同は肩を竦めあう。ひとまず乱暴は受けなさそうだ、と総一郎は両手を上げた。


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