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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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6話 決別ⅩⅢ

 唇の感触は、柔らかかった。


 キスをされているのだ、と理解が及ぶまでにしばらくかかった。白羽を疑ったが、僅かな逡巡の後に違うと気付いた。この感触には覚えがある。勘付いた瞬間から、睡蓮の匂いが漂い始めた。


「愛してる。愛してるよ、総一郎君」


 唇が離れる。顔が明らかになる。ナイ。宿敵たる邪神にして、かつて愛した少女でもあった。


「白羽ちゃんやローレルちゃんも君の事を愛しているというけれど、それはきっとボクほどじゃないよ。だってボクには君しかいない。君だけを愛し、君だけと争い、君だけの為に何もかもを狂わせ、そして君だけに滅ぼされる宿命を負っている」


 ナイは総一郎の胸のあたりに顔をうずめた。それから、嫌々をする赤ん坊のように首を振って、切なげな声音で繰り返した。


「愛してるよ、総一郎君。誰よりもボクが、愛してる、ああ……」


 そこまで言って、彼女は少し距離を取った。表情がちゃんと窺える距離まで離れれば、彼女はもう邪まに妖しい蠱惑的な笑みを浮かべている。


 そこで、総一郎は理解が追い付いてくる。何故自分が声も発せず、動けもしないのか。周囲に広がる、この深淵めいた闇が一体何なのか。


「ご明察。これは君の夢さ、総一郎君。君に会えない寂しさが募って、色んなものの幻影を連れて遊びに来ちゃったんだよ」


 クスクスと嘲るような笑い声が闇に広がり溶けて行った。やはり、と納得する。そんな心境もナイは把握しているのだろう。「元気そうだね、何より何より」と呟いて、指揮棒のように指をくるくると振り回す。


「ね、覚えてる? 総一郎君」


 悪戯っぽく、ナイは尋ねてきた。


「聡明な総一郎君の事だから、ボクがまさか寂しいというだけで会いに来たわけじゃないことはすでに分かっているとは思う。けれど、そう、けれど君はね、きっと油断していたよ。だってほら、君の意識はこんなにも広い。この闇はただ光がないだけ。緊張して、考えに考え抜いて、そういう意識じゃないよね。ボクを目の前にしながら切羽詰まってない」


 身振り手振りでスペースの大きさをアピールするナイ。総一郎は言葉を発せないながら、首を傾げるような思いでいた。


 その隙をつくように、ナイは告げる。


「今日はね、宣戦布告に来たんだ。総一郎君」


 息がつまった。夢の中でも、そう錯覚した。


「ボクはもう、君をからかって遊ぶのを止めるよ。全部準備した。仕込みは済んだ。ボクは本気で、君を破滅させに行く」


 闇全体に、静電気のようなものが走りだす。目を細めて、ナイは「いい緊張感だね。そうだよ、出会ったばかりに君はこんな風だった」と嗤う。


「……あは、ようやく思い出したみたい。そうだよ、準備は終わったんだ。つい先日の君はとても不安定だったからそれを告げるにとどめたけれど、もう猶予期間はおしまいだよ。ボクは君の大切なもののすべてを壊しに行く。君の尊厳を破壊し、君の人生ぐちゃぐちゃにかき乱し、最後には破滅させてあげる――そうなりたくないなら、ボクを破滅させるしかない。分かるよね?」


 ナイの頬が紅潮して、興奮状態にあるのが分かった。彼女の言葉はだんだんと速度と声量を増していく。


「君はボクと本気で戦いあっても大丈夫なほどに強くなったし、頼もしい仲間だって迎え入れた。自分との向き合い方にも安定感が出て来た。もうね、もう――我慢、出来なくなっちゃったんだ。アメリカではずっと準備していたけれど、それが終わって、その強化も終わって、もううずうずして仕方なくって!」


 見てよ! と背後の深淵を手で示す。するとその中から、有象無象の禍々しい影が浮かび始めた。


「ボクはたった君一人の為の『無貌の神』なんだ。だから、君の今までの人生にまつわる禍根、因縁、心残り、何もかも、そう! 何もかもこの街に集めてあげたよ! それすべてが君に牙をむくんだ。幼少期仲良くしていたのに、もうどうしているかも分からない子、居るよね? 憎くて仕方がなかったのに、結局さして仕返しできなかった子もいるよね? 愛していたが故に離れなければならなかった子だっているし、君が恐れた数少ない子たちも当然!」


 高らかに笑う彼女の背後に浮かび上がる影は、一つとして忘れられる相手が居なかった。十年ぶり以上の相手すら、面影を残していてすぐに閃くほど。


 ナイは、ニタリと嗤う。


「全部だよ。全部、全部、全部集めた。あは! 楽しいね総一郎君! 君の歩んできた壮絶な人生そのものが、再び君を押しつぶすべく集結する! 君はその中でどれだけ足掻けるかな? どれだけ大切なものを守り通すことが出来るかな? 楽しみだなぁ、総一郎君。最後に勝つのは君かボクか。ラスボス気取りのマスコットはもう終わりさ。せいぜい楽しく、やり合おう?」


 クスクスと薄ら寒い笑い声は反響し、だんだんと大きくなって渦になる。その渦に巻き込まれて総一郎は深く呑まれ―――




 飛び起きた。冷や汗を全身に掻いていた。震える。とうとう来た、と実感するよりも先、根源的な孤独に震えた。


「んん……? どうしたの総ちゃん……」


 横で寝ていた白羽が、寝ぼけた口調で尋ねて来た。白い肌を隠すように、彼女は毛布を手繰り寄せる。


「あ、し、白ねぇ」


「……どうしたの」


 白羽の目つきが変わる。飛び込み縋りつくと、受け止められる。呼吸を落ち着けて、吐き出した。


「ナイが、せ、宣戦布告をして来た。いつか、いつか来るとは思ってたけど、けど、今、今なんて、予想もしてなかった。油断してた。俺、俺は、……!」


「大丈夫、大丈夫だからね。落ち着いて、ほら、深呼吸。大丈夫、大丈夫だから」


「ダメだ。心が、弱くなってる。ナイに宣戦布告されただけでこんな、こんな動揺するなんて思ってなかったんだ。殺人すらできなくなったのに、心まで弱くなって、ダメだ。何とかしないと、でも、どうすれば、俺は」


「総ちゃん」


 からかうような声色で名を呼ばれて、キョトンとして顔を上げる。白羽は総一郎の額に軽く口づけをして、質問した。


「もしかして、甘えてる?」


「……。ぁ、ぇ」


「甘えんぼさん。ここぞとばかりにぎゅーってされに来たんでしょ。怖い夢見たから一緒に寝てって言う、ちっちゃい子みたいに」


「……。……ふふ、うん。甘えてる」


 強く抱きしめる。小さな鳴き声を上げ、白羽は「可愛い弟ですね~」と頭を撫でてくる。懐かしさが胸に募った。愛する以上に、愛されることも。


「泣き言いっぱい言ってもいいよ。どんな総ちゃんでも私の可愛い弟だもん」


「弟をたぶらかして、悪いお姉さんだ」


「あ、そういうこと言っちゃう? 意地悪な総ちゃんは、甘やかしてあげないよ?」


「うそ、ごめん。もう少しだけ、このままでいて欲しい。……あと、十分だけ」


「一時間でもいいのに」


「そこまで行くと、耐えられなくなるから。ほら、よく言うじゃないか。男は一枚剥けば狼なのさ」


「それでも良いって言ってるのに」


「あはは、ダメだよ。そういうのは夜になってから」


 殺さない。殺さない。その上で、力を付ける。何をすればいいか。何が出来るのか。ずっと人肌の温かさを感じながら模索していた。思い浮かんだのは、手放して久しい一振りの事だった。










 夜。夕食後の、夜の帳が落ちたころ。総一郎は庭でひっそりと桃の木の木刀を正眼に構え、目をつむっていた。


 アーカムはもう冬の終わりを迎え、春の訪れを待っているという時期に差し掛かっていた。だからか、夜の風に乗ってくる温度が今までと違う。刺すような寒気はとっくに季節外れで、ともすれば温かささえ感じるのだ。


 総一郎は、木刀を静かに上段に持っていく。深呼吸を一つ。ゆっくりと吸い、吐き出し、振り下ろした。


 風断ちの音。庭全体が、びりびりと痺れるようだった。薄く目を開ける。左目から、一滴涙が垂れた。


「……ただいま」


 総一郎は木刀を撫でつける。ずっと地面に突き立てられていた愛刀は、主人の帰還を知っていたかのように屹立と手に納まっていた。


「おいリーダー、アレマジ?」


「シラハさん何ですかアレマジ怖いんですけど」


 そういった感動に、外野が茶々を入れてくる。


「何さ二人して。俺の木刀がそんなに面白い?」


「怖ぇって話してんだよ。いやホント、何で木の棒であんな怖い音出るんだ?」


「音どころじゃねーってアーリ! アレはもう何か、見るからに禍々しいっていうか、超怖い!」


「桃の木で出来た木刀だからねー。別名亜人殺し。亜人も魔法も切るし、人間だってまぁ強く打てば殺せるっていう、このご時世としてはかなりいい武器なんじゃない?」


 アーリ、ウルフマンの発言に、解説を入れる白羽。二人はそれぞれ「あれ魔法切れんの!? はぁ!?」「うっわやっぱりだよ初めて見たときから怖かったんだ!」と絶叫した。


「君たち夜にうるさいよ。もっとボリューム落としなよ」


「いいじゃんイッちゃん! おれたちイッちゃんが帰ってきて嬉しいんだよ! だから騒がせろ!」


「アタシとしてはウッドの方が付き合い長いけどな!」


「……まぁいいけどさ。俺の責任だし」


「うふふ」


 テンションの異様に高い復活ARF幹部の二人に、げんなりする総一郎。そしてそんな総一郎を見て、嬉しくてたまらないという風に微笑する白羽。総一郎は、こんな風になれる日が来たんだ、としみじみ思ってしまう。


 それから何十分が素振りを続けた後、ARF三人の雑談に混ざった。というよりも、相談を持ち掛けたというのが正しい。


「非殺傷武器がほしい、ねぇ」


 アーリの渋い声に、総一郎は頷いた。


「うん。白ねぇに『ヴァンパイア・シスターズ』の事を頼まれた以上、それを成し遂げるための手段がいる。ひとまずは、彼女を捕獲するための」


「あー、おれは助けになれないな。自前の爪以外の武器なんて考えたこともない」


「んー……アタシもまぁ、そうだなぁ……。一応思いつかないでもないけど、殺した方が早いっていう戦い方ばっかりだったからな。あんま詳しくは話せないぜ?」


「それでもいいんだ。俺は魔法に偏ってるから、武器を使いこなすアーリの意見を参考にしたい」


「ふーん、わかった。ならちょいとシャワーで汗流して来いよ。その間にリストアップしとくから」


「ありがとう」


 白羽からタオルを受け取って、そのままシャワー室に向かった。白羽がついてくるのが分かったから、笑顔で制止する。ふくれっ面で離れていく彼女の背中を複雑な表情で見送ってから、ことを済ませてリビングに戻った。


 テーブルの上にはいくつかの銃器や弾丸、総一郎の木刀などなどが並べられていて、食卓を囲っていた頃と比べるとずいぶん物々しくなっていた。


「おおぅ、こうやって見るとなかなかインパクトあるね。図書にぃ何か言ってた?」


「ズシズシ今日は祝杯だとか言って、清ちゃん連れてミヤさんとこ行っちゃったじゃない。お蔭で慣れない料理なんかしちゃった」


「ああ、あの夕飯白ねぇが作った奴だったんだ。通りでコゲが多いと」


「……総ちゃん?」


「何でもないよ」


 話を逸らして席に着く。それから「じゃあ頼むよ」というと、空気が引き締まったのが分かった。門外漢なウルフマンと白羽は、姿勢を正して聞く姿勢。首だけの狼男は、せめて表情だけでもとキリリと眉間を寄せている。


「じゃ、さっそく紹介してくけど、正直アタシが持ってきたものにウッド……じゃないんだ。ソウが使うに値する武器は正直ないと判断した。それを前置きしておくぜ」


「分かった。そのうえで紹介してもらえるかな」


「ああ。まずこれ」


 アーリが手に取ったのは、拳銃と黒く弾力性のある弾丸だ。


「亜人犯罪課以外のサツがもっぱら使ってるゴム弾だな。その辺の武器屋で買える奴。アンチマジック効果はなし。だけどシルバーバレット社の結構売れてる奴ではある」


「ここでもシルバーバレット社か」


「あの会社はアーカムに限定するなら独占企業だぜ? 値段もお手頃、大量購入にも対応してる。完全に亜人を滅ぼすための戦争を起こしに来た武器商人って感じの企業だ」


「そう、なんだ。なるほど、なるほど……」


 ルフィナを思い出す。総一郎の素性を押さえて接近してきた気さくな深窓の令嬢を。まず間違いなく裏がある。問題は、彼女に対しどうアプローチするか、だ。


「他にも色々ある……が、似たようなもんだな。ゴム弾、粘着弾、エトセトラ……ただしどれもアンチマジック効果なし。アタシが製造方法盗み出して製造してる奴はアンチマジック効果があるが、あれは人体に向けて撃つ分にはただの銃弾だ。怪我させるし、殺しちまう」


「アンチマジック効果がないと、やっぱりキツイかな」


「そりゃ亜人か亜人を殺すような奴らを相手取るなら、アンチマジック効果がないとじり貧だぜ。しかも効果がついててもカバラか人海戦術が使えなきゃならない。対応した魔法しか打ち消せないからな」


「目には目を?」


「そう。ファイアバレットと火魔法を潰すなら、アンチファイアバレットで打ち抜くしかない。他のアンチマジック弾じゃダメなんだ」


「カバラで仕組みを解明して、ゴム弾にアンチマジックを付け加えることは出来ないかな」


「出来ないことはないだろうが、時間と人手が足りない。現実的じゃないな」


「難しいね……」


 カバラで制御すれば、使えないことはないだろう。しかしカバラにも欠点がある。万が一はなくとも億が一の可能性はぬぐえないし、グレゴリーのような埒外の相手にはやはり対処できない。


 それに、欲を言うなら銃撃戦に身をさらすのはもう避けたかった。総一郎は人間だ。当然だが怪我をする。生物魔術を使えないこともないが、ウッドのようにその場でスライムよろしく治癒するということは出来ない。


 戦闘そのものを回避する、という考え方も、これからは必要になるかもしれなかった。あるいは、今までの戦闘とは全く違うスタイルを考える必要が。


「ありがとう。確かに俺には扱いが難しいかもしれない。じゃあ、これを踏まえたうえで整理していいかな」


「ああ」


 アーリの頷きに首肯で応えてから、総一郎は白羽、ウルフマンの二人を見る。それぞれから肯定を得て、話を切り出した。


「今までの俺は、もっぱら魔法攻撃に頼ってた。俺は日本人でも稀有なくらい親和力が高いから、それをカバラでスリムアップして物量作戦って感じだね。ウッドの種族魔法も交えてたけど、あれはもう使えないから考慮から外すよ」


「そうだな。ウッドのアレには苦戦させられたぜ」とアーリは遠い目になる。


「カバラってーと……、おれたち普通の亜人には使えないってアレか?」


「うん。カバラさえ使えれば何事も上手く運べる――けど、カバラはカバラで弱点がある。そこについては後で触れるよ。で魔法の問題点は、あの魔法攻撃は一撃一撃に致死性があること。殺してはならない俺にとっては、これからはあまり使いたくない攻撃手段になる」


「つまり、敵を殺さずに無力化する方法が欲しいわけなんだね」


「うん、その通りだよ白ねぇ。もうウッドに体を乗っ取られないためにも、俺は敵を殺さないで無力化する必要がある。ついでに言えば、ウッドに負けないくらいの耐久力、ないし防御能力かな」


 この二つがあれば、単純な戦闘能力においてはウッドに引けを取らないでいられる。総一郎はそう言いながら、簡単に電脳魔法でメモ帳に書きだした。


 電磁ディスプレイに映し出される二項目を全員が把握したところで、ウルフマンが言った。


「それで、そのカバラ? とかいうのの弱点って何なんだ?」


「あっ、そうだよソウ。聞き捨てならねぇな。カバラに弱点があるって言われちゃあアタシだって黙ってられないぜ」


 おどけるように言ったアーリに、総一郎は苦笑を返す。


「じゃあカバラについて整理するけど、カバラっていうのはもともと世界を数字によって完全管理、予測する、神により授けられた秘術なんだよ。ここでいう神は、一神教の、ゴッド、ヤハウェ、そういう風に呼ばれる存在だ」


「私みたいな天使にとっては絶対の君主だよ。めっちゃ眩しくて見えなかったんだけど。だから私もカバラは使えるよ。人間と違って使おうとして使うんじゃないんだけどね」


「クソゴッドに公認で授けられた技術だろ? 欠点なんかあるのかよ」とウルフマンはよくわからなさそうな表情だ。


「クソゴッドて……いいや、ないよ。カバラ自体に欠点はない。けど、使うのが人間である以上、弱点がついて回る。俺が言いたいのはそういう話なんだ」


 そこまで言うと、アーリは納得したように渋い顔つきで何度か頷いた。ウルフマンはキョトンとして尋ねてくる。


「おれにはカバラがどういうものか分からないから何とも言えないんだけどよ、カバラって扱いが難しい武器みたいなもんか?」


「J、それはかなりいい例えだと思う。カバラはほとんど全能で、魔法の原理分解さえ司る。他のあるゆる物事だって数字によって厳格に割り出せる。けど代わりに、要される膨大な計算は、時にスーパーコンピュータに頼らなければならないときもあるくらいなんだ」


「アタシがよく使ってる手じゃん」


「お、おう……マジか」


 ウルフマンは戸惑い顔。カバラを知る人間こと総一郎とアーリは、皮肉っぽく肩をすくめあった。


「それに、さっき言った通りカバラの能力値はあくまで“ほぼ全能”に留まる。つまり、逆立ちしたって勝てない相手には、手も足も出ないのは変わらないんだ。勝てる可能性が一%、いや、〇.一%でもあれば、それを百%に引き上げるのがカバラといってもいい」


「総ちゃん総ちゃん。素朴な疑問なんだけど、カバリスト同士で戦った感想としてはどうだったの? いずれ私たちはリッジウェイとも戦わなきゃだし、聞いておきたいんだけど」


 小さく手を挙げてな白羽の質問スタイルに、総一郎は目を細めて唸りだす。


「ううん……。アレはちょっと複雑で語りつくせないかなぁ」


「いやー、いやアレはマジでカオスだぜリーダー。アタシなんか試合に負けて勝負に勝ったってところあるけど、そこにたどり着くまでに自分を始めとしてウッドもウルフマンも、リーダーだって騙してたようなもんだし」


「計算能力はスパコンの台数に比例して、そこに単純戦力を掛けて……って感じ?」


「相手の分析もかなり物を言うぜ。だからアレだ。相手の情報っていうアナグラム量もかけるべきだと思う」


「あ、なるほど。じゃあアナグラム情報量×スパコンの数×単純戦力だね」


「……何言ってっか分かんねーから話し戻してもらっていいか?」


「あ、ごめん」


 ウルフマンを置いてけぼりにしてしまった。


「要約すると、カバラは僅かな可能性を選び取って確定させてくれるとても便利な技能だけど、不可能を可能には変えてくれないし、可能でも計算が追い付かなければそもそも解明できないこともある。このあたりが弱点になるわけだ」


「なるほどなぁ。それでおれたち亜人には使えない、と」


「厳密には一神教における神の眷属だけが使える、だな。だから人間と天使には使えるが、その他はダメってことになる」


 アーリがそう語るのを聞いて、いつかウッドとして遭遇したリッジウェイ警部の事を思い出した。総一郎は首をかしげる。


「っていうか、本当に使えないのかな。カバラ」


「え?」


「J。ちょっと難しい話するけどいい?」


「お、何だ何だ?」


 軽い計算式と、アナグラムの読み方をウルフマンに伝授する。四則計算が出来れば、超入門編程度のカバラならば使えるはずなのだ。しかし使えないのだと言われているなら、何か原因があるに違いない。


 そんな総一郎の推理は、見事的中した。


「ストップ! だ、ダメだ止めてくれ。それ以上言うな」


 ひどく苦しげな表情で、ウルフマンは総一郎の解説を制止した。続く言葉が途切れて十秒ほどして、彼はやっと顔の筋肉を弛緩させる。


「あぁ……、なるほどよく分かった。こりゃあ亜人には使えないな。キリスト教の神が、おれ達を罰するってわけだ。聖書の読み上げ食らってるのと変わらない」


「えぇと、それは一体」


「おれ達亜人はさ、キリスト教が嫌いなんだよ。っていうのは、あの神様はおれ達に容赦がない。おれみたいな狼男とかももちろん、他の大抵の亜人を浄化すべき悪魔とみなして十字架だったり銀の弾丸だったりで攻撃してくるんだ。吸血鬼は特に嫌われてる」


「何か妙な話になってきたな」


 総一郎は首を傾げる。神が攻撃? わざわざこんなところにまで出張って?


「イッちゃんは天使の血を引いてて、なおかつジャパニーズだから馴染みがないと思うんだが、このアメリカにはキリスト教が幅を利かせてて、奴らの教義でいえば亜人は全員悪魔なんだよ。だから十字架を初めとしたゴッドに関わるものは、亜人のおれ達からすれば痛くって仕方がない。関わるのも嫌なものなんだ」


 で、カバラとかいう技術も同じ。とウルフマンは吐き捨てるように言った。舌を出して、吐き気のジェスチャーだ。総一郎は上司のミスに困る部下のような表情をした、白羽の顔を覗き込む。


「……さてARFリーダーの白羽さん。何かコメントを」


「異教徒は殺すがモットーの神様だから……。今は情勢が変わってきてるんです! って嘆願書出したのを見てくれないって、夢の中で会ったお母さんが愚痴ってたよ」


「うん? え?」


「ああ、お母さんはほら、がっつり天使じゃない? だから日本から大急ぎで逃げ出した時――つまり実家と共に焼かれて死んじゃったタイミングで現世での役目も終えてたらしくって、そのまま神様の下に連れてかれちゃったんだって。そうじゃなきゃ復活してたのに~、とか何とか」


「……えっ。えっ?」


 総一郎は半ばパニックを起こし始める。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って! え? お母さん死んだって」


「いやだから死んだよ。死んだけど、天使ってどこまで行っても神の僕だから、死んでも天界で働きに戻るだけっていう」


「何それ初耳」


「……もしかして、割とトラウマ的な感じになってたり」


「ならない方がおかしいよね。俺お母さんを傷つけた人食い鬼を、小学生で殺したんだよ?」


「ごめん……」


「何でおれたちの雑談はたまに核心的事実が発掘されるんだ?」


「ウッドがコミュ障だったのが悪いんじゃねーかな。リーダーとソウがはっきりと再会だって手を取り合ったの一昨日くらいだし」


「とっ、ともかく! これで今回明らかにすべきかとが分かったね! 総ちゃんがこれから戦っていくために必要なものは、『敵を殺さずに無力化する手段』『ウッドに負けない再生能力、ないし防御能力』。追加でカバラの弱点と、亜人には使えない理由が分かったね! うん! 大進歩!」


 総一郎の恨みがましい視線から顔を背けながら、ひきつった声で白羽は総括した。それからチラリと怯えた目で振り返ってくるから、総一郎はため息を一つ落として「そうだね、総括ありがとう」と礼を言っておく。


「だけど、その方法を見つけるのにも色々と難儀しそうだ。殺さず敵を無力化……精神魔法をウッドの時は使ってたけど、アレは懐に入る必要があるからね」


 強敵には使えない手だ。とすると、と考えると、やっぱり難しい。


 そこで、ふにゃふにゃした口調で「ただいま~」という声が玄関から聞こえて来た。図書が酒を飲んできたのだという事は、カバラに掛けるまでもない。


「珍しいね、千鳥足で。清ちゃんおいで」


「ありがとう総一郎。お兄ちゃんの口がお酒臭くって敵わなかったんだ」


 抱えられた清を受け取って、白羽とアーリが図書の介抱をする。「こんな可愛い女の子二人に世話してもらえるんだから、俺も幸せもんだよなぁ~」などと笑ってから、しゃっくりを一つ。


「ずっちんがこんな風になるなんて中々ないよね。確か祝杯でしょ? ほら吐け! どんな手柄を立てて来たんだ!」


 くすぐりにかかる白羽に「おぇっ」とえずく図書。「止めてそっちの意味では吐かないで!」と抑えると、こっちの気も知らないでカラカラと笑い始める。


「いやぁー、俺の魔法研究が先生に認められたもんで嬉しくってさー。しかもレシピの特許まで取っちったから、NCRほどじゃないにしろ中々実入りがデケーんだ」


 物騒な世の中でも、人殺しなんて嫌だもんなぁ。そんな結び文句に、総一郎は食いつく。


「え、何それ。詳しく教えてよ」


「あぁん? ふっふっふー。そうかぁ総一郎も素直になったじゃねーの……。良いぞぉー教えてやら~この平和主義者め」


「それ余程の状態でもない限り罵倒言葉として働かないよね」


 酔っている、と苦笑い。しかし、渡りに船とはこのことか。そう考えていると、続く言葉に総一郎は硬直する。


「あとさー、アレだアレ。仙文ちゃん……だっけ? 彼女がお前に会いたがってたぜー。ルフィナ? ちゃんの作戦もうまくいかなかったみたいだし、ボクの出番! とか何とか……。羨ましーぜ総一郎ー。仙術っつったら知る人ぞ知る無敵能力……。ぜひ習うんだ、ぞ……」


「え、は!? あ、……寝ちゃった」


 くかー、と暢気に大口を開けて寝てしまった図書に、総一郎は顔を強張らせる。


「は、はは。流石図書にぃ。何かもう色々と、今後俺は図書にぃに頭が上がる気がしないよ」


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