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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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6話 決別ⅩⅠ

 総一郎は、思い切り土下座をかましていた。


「ごめん、許されないことをしたと思う。本当に済まなかった。……本当に」


 リビング。白羽の胸で泣きはらして、落ち着いてからすぐの早朝。目の前にいたのは、ウルフマン、そして知性を取り戻したアーリだ。


「あー、いや、そんな地面に額こすりつける事のほどじゃねぇんじゃねーかな。だってほら、アタシとしてはついさっきまでウッドとバトってて、負けて頭に何かビリッとしたー! ってなった次の瞬間な訳だし――っつーか」


 取り繕うような薄っぺらい笑みはそこで崩れ、泣き笑いで総一郎の肩を掴んでくる。


「顔……顔、見せてくれ」


「う、うん」


 頭を上げると、アーリはハッと胸を突かれたように言葉を失った。肩に触れる手は震え、かと思えば強く抱きしめられる。


「うわっ、ぷ」


「よく、よく戻ってくれた……! アタシとしてはウッドの方が接した時間は長いけどさ、でも、嬉しいよ……! リーダーも、ありがとう。アタシたちのやった事、ちゃんと実らせてくれた」


「うん、うん。私からも、ありがとうね、ハウハウ。あなたが居なければ、私は総ちゃんに再会できなかった……!」


 姉二人はそれぞれ、お互い涙ながらのハグを交わした。それを嬉しそうに見守る、ブラックジョークのようなマスコットが一人。


「ハウンド……いや、違和感あるから、やっぱアーリって呼ばせてもらうけどよ。アーリを元に戻してくれてありがとうな、イッちゃん」


「ううん、当然の義務だよJ」


「いいや、ウッドからよく戻ってくれたよ。じゃあイッちゃん、次はおれを頼むぜ」


 首だけのウルフマンは、そう快活に笑っていた。「勿論」と答えて、総一郎は空間魔法の除去に取り掛かる。


 ――総一郎が白羽の胸で泣き疲れて、それから真っ先に思いついたのがこの二人に対する謝罪だった。何十分と泣いて、呼吸も収まってきて、我に返り息を呑んだのだ。それから駆け出して、普段彼らが眠る清の部屋の扉をたたいた。


 眠たげに目をこする清に両手謝りを繰り返しながら、白羽と協力してウルフマンとアーリをリビングまで運び出した総一郎。まず二人を並べ、アーリの意識を取り戻してから佇まいを正して礼をした、というのがこの騒動の顛末だ。


「ったく。やっとこの頭だけの状態にも慣れて来たっていうのによー」


 笑いながら嘯くウルフマンに、「なら、もうちょっとこのままでいる?」なんて意地悪に総一郎は口端を歪める。「冗談だよ! 早く戻してくれ!」と騒ぎ立てるウルフマンに、とうとう大笑いを堪えきれなかった。


「だけどさ、何か……ああ、これがイッちゃんなんだなぁ、って。話してて思うぜ。ウッドとの会話って、やっぱり根底では『おれの事どうとも思ってねぇんだろうなぁ』って感じさせられるっていうかさ」


「そりゃ俺は愛にあふれた人間だからね、ウッドみたいな修羅と一緒にされちゃあ困るよ」


「ハハ。愛、ねぇ。ならおれの事も愛してるってか?」


「愛してるぜ親友」


「アッハッハッハ! なるほどな、これがおれ達が取り戻したかったイッちゃんか!」


 ウルフマンに体があったなら、ここでガツンと拳をぶつけ合ったところだったが。それもこれからだ、と総一郎はウルフマンの首に引っ付いた空間魔法に触れる。


 寸前で、アーリによる突撃を受けた。


「ソウ~!」


「おわぁっ!?」


「ウルフマンなんて放っといてアタシの寂しさを癒してくれよ~! 冷静になったらアタシの弟死んでるって発覚したばっかじゃん~! ロバートぉおおおおおお、何でアタシを置いてったんだよぉおおお!」


 口調は冗談めかしているが、流す涙は本物だ。これを自分の都合で突き放すなんて総一郎には出来なくて、結果アーリの豊満な双丘に溺れることになる。


 しかし、総一郎は困惑に目を回す思いだ。ウッドの時かなり深い話をして、結果的にウッドを揺るがされたのは何となく覚えているけれど、こんな風に肉体言語的な感じで愛情を示されたことなどあっただろうか。


 見とがめたのは白羽だった。


「ちょっ、ちょっとハウハウ!? え、何やってんの!? 流石に親しすぎないッ?」


「アーリ邸でも割とこんなもんでしたよ。ウッドは何かガン無視でしたけど」


「あ、ああ……、修羅の性質って奴ね……。う、うう、だとしても、だとしても総ちゃんは私の弟なの! ほら返して上司命令!」


「ああー! うぅううぅぅぅぅロバートぉ。ロバートぉぉぉぉおおおおおおおおお」


 地面に突っ伏すアーリの姿は、奪われた側の総一郎からしても哀れだ。結わえられた金髪のツインテールが、力なく地面に垂れて波をうっている。


「う、……そ、そんなに落ち込まないでよハウハウ……。悪いことしたみたいな気持ちになっちゃうじゃん」


「じゃあリーダー、ソウ貸してくれ」


「い、今は嫌」


「じゃあ、いつ」


「わ、私だって総ちゃんと再会して間もないの! しばらくは我慢してよ! 満足したらその、貸してあげるから……」


『満足したらその、貸してあげるから……』


「えっ」


 アーリはEVフォンを操作して、白羽の言葉を再生する。


「言質取ったかんな! いつか絶対貸してもらうぞリーダー!」


「ああ……そうだハウハウってこういう人だったね……。アーリとして話してるから忘れかけてた……」


 恨めしそうに白羽が歯ぎしりをし始めたので、もういいだろうと割り込む形で「じゃあJ、これ治そうか」と彼の頭を持つ。


「おう! 頼むぜイッちゃん」


 こんな風に割と雑に扱われても笑っていられるのだから、彼の精神も出会った頃より遥かに強くなっているのだと思ってしまう。


 ウッドはあのように冷たい存在だったのに、そこから総一郎の影を見つけて、自分の為に動いてくれた人たちが居た。


 これからはそれに報いていかなければならない。それだけじゃない。償いきれないほどの罪に、出来得る限りのことをする。これがその一歩だと総一郎は改めてウルフマンの首の断面に触れた。


 そして、どうにも出来ないことが分かった。


「……。……やべっ」


「ん、おいちょっと今不穏なセリフが聞こえた気がするんだけどさ、気のせいだよなイッちゃん」


「え、うん、ちょっ、ちょっと待って。え? は? 何が起こってこれ――痛ッ!? 危な! 噛み千切られるところだった!」


「何!? おれの首の下で一体何が起こってるってんだよ! おれが一番怖ぇよ!」


 男二人でぎゃーすか言っていると、ARF女性組が様子を伺わしげに尋ねてくる。


「どうしたの総ちゃん? 何か問題発生?」


「Jの首の下が魔境と化してる。少なくとも今は戻せない」


「……マジで?」


 ウルフマン、凍り付くような声色だった。


「ごめんJ。今回ばかりはマジ。俺たちの与り知らないところで、Jの胴体部分が何者かによって良いようにされてる――多分、マナさんに」


「えっ、ちょっと待ってそれどういう事?」


「おいおい、アイがどうしたってんだよ」


 食いついてくる二人に、言葉を失って目を剥くウルフマン。総一郎は三人をそれ初め見てから、「落ち着いて聞いてね」と釘を刺して話し始めた。


 それは、ウッドさえも困惑を覚えた多くの謎の話だ。ピッグ、アイの二人の不穏な動き。アイについては、ウルフマンの胴体らしきものを引き連れていたと。だがそれだけでなく、心当たりのない『ウッドの部下募集』の情報。総一郎の素性を押さえて近づいてきたシルバーバレット社の御令嬢と、得体のしれないその執事。グレゴリーというかつてない最強の敵に、消えた『ハッピーニューイヤー事件』被害者たち。


「他にもあったかも分からないけど、最近ではこんな感じ。今までウッドはアーカムの主な動きをだいたい把握していたけど、ここ数週間で一気に分からなくなったんだ」


「……そう。そっか。通りで端末から連絡入れても返信がなかったんだ。てっきり拗ねられてるのかと思ってたけど、それだけじゃなかったんだね」


 低く小さな声で白羽は言い、唐突に自分の両頬を叩いた。


「おし、仕切りなおそう。総ちゃんの帰還を喜ぶ会はこれにて終了。これからは仮設ARF幹部会の開催とします」


「はい?」









 五分の準備時間が与えられた。総一郎は何のこっちゃと呆然としていたが、ARFの幹部たちは自分が何をすべきなのかを理解していた。


 白羽はその場を離れ、洗面台に向かった。水音が聞こえ、顔を洗っているのだろうと推測できた。アーリはリボルバーを取り出し、三回ほど銃弾を籠めたり取り出したりを繰り返した。ウルフマンは総一郎に「テーブルの上に置いてくれねぇか?」と頼んで、移動させられた後にきっかり五分だけ寝た。


 それから全員集まってきて着席した。総一郎はいつもの席に座るのみだったが、白羽は上座、他はそれぞれ上座近くに着いた。


「総員、礼!」


 白羽は言う。大声ではなかった。だが身を引き締められた。それぞれが目を伏せて軽く頭を下げるのを見て、白羽は言葉を続ける。総一郎もアーリの礼に倣ってから、少々の驚きと共に静聴した。


「では今回の議題を提示する。今回我々ARFにとってもっとも重大なのは、幹部である『ファイアーピッグ』及び『アイ』の行方が分からなくなっていることと、現在持つ情報から、心神喪失状態で野に放たれていることが推察されるという二つ。他の情報は各自余裕があるときにのみ調査するよう。ただし以上に挙げた二つに深くかかわるならば、順次指示を出すので従う事」


「了解だぜ、リーダー」


「分かりました、シラハさん」


「りょ、了解」


「ではこれから個別に指示を出すのでよく聞いて。まずハウンド。あなたは回復したばかりだから、ひとまず体調の確認を。それが終わって単独行動が出来るようなら、二人の情報収集に走って。ただしアイの噂にはきな臭いものがあるから、危険を感じたら逃げなさい。第一優先はあなた自身の安全。それを常に確保した状態で、出来得る限りの情報を集めて。出来るよね?」


「勿論だ。舐めてもらっちゃ困る……が、今はちょっと体にガタが来てるからリハビリ期間をくれ。ウッドの眠らされてた間ロクに動けなかったのが痛いな。力も出ないし、関節も凝り固まってる」


「分かった。じゃあしばらくの間療養期間を上げるから、その間に調整しておいて。一週間あれば足りる?」


「ああ、十分だ。その間はこの家にお邪魔させてもらってもいいよな?」


「この家の家主、般若図書さんへの説得はやっておく。じゃあハウンドに関してはこれで解決とします。いいね?」


「ああ」


「では次。ウルフマン」


 こんなハキハキとした白羽を見たことがなくて、総一郎はただただ呆気に取られている。


「あなたは現状、自発的にできることがあまりに少ない。でもあなたの姿を見れば安心するっていうメンバーは多いから、幹部の居なくなったARFの本部確認のとき付き添ってもらうよ。アイの安否に関しては、私と同じ。我慢するしかない。情報もなくあてずっぽうに動けば、以前のインスマウスの魚人を相手取った時みたいに痛い目を見るばかりなのは理解しておいて」


「分かってます。シラハさんと同じ。一緒に我慢してくれるってんなら、待てます」


「ありがとう。ではウルフマンについてもこれで解決。じゃあ最後、総ちゃん」


「は、はい」


 どんな指示が飛んでくるのか。アーリに比べてもそれなりに動ける総一郎だ。もしかしたら、これをいい機会とこき使われるのでは。そんな被害妄想じみた考えは、次の一言で払われた。


「デートしよ?」


「……えっ?」


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