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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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5話 三匹の猟犬Ⅻ

「なぁ、おい。聞いたことあるか?」


「いきなり何だよ」


「リッジウェイ警部が唯一苦手とする相手ってのがいるらしいって、こっちで話してたんだよ」


 警察署の休憩室にて、警官たちは雑談を交わしていた。話しかけられた巡査が眉をひそめて問いかける。


「一体全体、何でそんな話になった」


「いやな、こいつがついさっき、リッジウェイ警部が珍しく機嫌悪そうに外回りに出ていくのを見たとかでさ。ほら、あの人いつも笑ってるだろ。穏やかか攻撃的かは置いておいて」


「あぁ……、確かになぁ」


 巡査は思い出すようにして頷いている。上司としてのリッジウェイと、亜人を前にした時のリッジウェイ。どちらがどちらなのかは言うまでもないだろう。


「なのにさ」と話を主導する警官が続けた。


「今日に限って機嫌が悪い。となればその原因があるわけだけど、心当たりあるかって話をしたら、何でもリッジウェイ警部が苦手な奴がいるとかって話になったんだ」


「へぇえ……。あの人に苦手な人ねぇ。想像できないけどな。というかそんな人がいたらすぐ話題になってそうなもんだが」


「そう思うよな? でも何故か誰なのかを誰も知らないんだ」


「そりゃ、社長だよ」


「あ、警部補。お疲れ様です」


「あい、お疲れさん」


 手を挙げて挨拶をしながら入ってくる警部補に、巡査たちがこぞって質問する。


「社長ってのはどういうことですか?」


「だから、リッジウェイ警部が唯一苦手としている相手だろ? 社長だよ。シルバーバレット社の社長。基本一人で会いに行くから、知ってる人間がそもそも少ないんだろ。だから広まらない」


「ウチに銃を卸してる会社と個人的につながってるんですか!? 流石警部……」


「そもそも、独占契約を取り付けたのがリッジウェイ警部だからな。市場に流れたら犯罪の拡大につながるっつって上層部を説得して、シルバーバレット社からの武器を言い値で買い付けてる。まぁそれだけじゃあっちも商売あがったりだから、普通の銃なんかをちょっと強化してガンショップで捌いてはいるそうだが」


「警部補詳しいですね」


「一応、リッジウェイ警部がハウンドなんて呼ばれてる頃からの付き合いだからな」


 言いながら、警部補は電子タバコを加えてスイッチを付けた。最新式の電子タバコは煙の全てが喫煙者の体内に吸収されるため、近くの禁煙者が不快な思いを全くしないで済むように設計されている。


「ハウンド? というと……ARFではなく」


「あっちは三年前から自分でそう名乗り始めたんだ。ご丁寧にカードまで作って喧伝して。そのお蔭でリッジウェイ警部は嘆いてたよ。子犬に名前を奪われたってな」


「あのハウンドを子犬って……。警部怖いものなしですね」


「実際三年前の時点では、ARFのハウンドはガキも良いところだったんだ。だがいつの間にか一端の戦争屋になってやがった。本当なぁ……ほら、先日あいつの使ってる武器って地味にマジックウェポンだろ?」


「あ、はい。……あれ? シルバーバレット社は市場に武器を流さないんじゃ……」


「そのことについて言及するために、リッジウェイ警部は本社に向かったんだよ。だが相性悪いからなぁ……。嫌味を言ってくるような相手に会いに行かなきゃならないってだけでも、億劫なのは分かるだろ」


「あのリッジウェイ警部に嫌味を言って大丈夫とか、シルバーバレット社の社長って何者なんですか……!?」


 巡査たちの動揺に、ふっと遠い目で警部補は笑った。


「お姫様」


「……はい?」


「いや、お嬢様って言った方がしっくりくるか。姫にするには冷淡すぎるし頭が切れすぎる。ロシア系の移民なんだけどな。莫大な富を携えてやってきて、いつの間にかマジックウェポンを開発してたのが、あの嬢ちゃんの引き連れるセレブリャコフ家だった。来たばっかりの時は、厄介なロシアンマフィアがまた増えたとしか思わなかったんだがな」


 電子タバコの先端がちかちか点滅し始める。警部補はカードリッジを変えて再び大きく煙を吸った。


「体に悪いですよ」


「今日のはニコチン入ってない奴だからいいんだよ」


 もはや煙草の時代は終わり、細々と電子タバコが愛煙家に吸われているのが現状なのだろう。警部補の口ぶりは理解を求めないマイノリティーのそれだ。


「で、問題起こされる前にちょいと探ったら、当時すでにセレブリャコフの当主はあのお嬢ちゃんだった。ロシアで両親が死んでたんだな。ちっちぇえガキのお守りを大の大人が大変だなと同情してたんだが、違かった。あの当時から、既に嬢ちゃんが全部回してやがった」


「何ですかその話。ガキんちょがシルバーバレット社を回してるって、一体どういう……」


「シルバーバレット社の社長は、深淵の令嬢の皮を被った老獪な狐って話さ。しばらく大人しくして警察のマークから外れた途端に、マジックウェポン持って亜人と人間の均衡をぶち破った。それからはウチの警察署は半分以上あそこのいいなりだ。汚職ってんじゃないがね、随分いろいろやらされ――」


「すまないな、少し失礼するよ」


 聞きなれない声の乱入に、その場の全員がキョトンとした。直後、通気口で金属のへし折れるような音がする。視線が集まったと同時、そこから這い出てくる者がある。


「あ、ウッドじゃん。どうしたよそんな変なところから」


「ウッ、ウッド……ッ!?」


 数人が親し気に首を傾げ、残る全員が戦慄した。ウッドは通気口から出て着地したのち、警察官たちの様子を見て「ああ」と得心いったかのように頷く。


「まだ精神魔法が残っている奴がいるのか。まぁアレはどうせ時間経過でなくなるものではあるし、利用できるうちはそうしようか。と、そんなことは良い。勤勉なる警察官諸君。お前たちは即刻この部屋から出るべきだと進言しよう」


「な、何を言っている! クソッ、不法侵入でしょっ引いて」


「ウッドがそう言うってことは、ここは危険なのか?」


「その通りだ。いやはや全く、率直に愚痴らせてもらうがな」


 ウッドは警察官たちに肩を竦めて、ため息を吐いた。


「ここの警備、万全すぎやしないか?」


 轟音と黒い洪水。通気口から飛び出してきたものに、ウッド以外の全員が忘我した。ウッドはすでに用意していた呪文から、黒きスライムの大軍を打ち破る。


「原子分解」


 接触からの電子の強制排出。NCRを個体として保っていた電子は雷撃として放たれ、休憩室の壁の表面を走り抜ける。本来ならば、この攻撃を食らって無事なものはない。――そのはずだった。


 休憩室の壁の一部が開かれ、その中から奇妙な形の突起が姿を現す。それが計七つほど。ウッドは突起目掛けて魔法を飛ばそうとするも、遅い。


 突起は部屋に電撃を放ち、ウッドの魔法より早く引っ込んでいく。放たれた電撃はウッドを攻撃するものではない。空気中に舞うNCRの残骸を、再形成させるための電気信号の役目を持っていた。


「……何度やってもこうなってしまうんだ。面倒を通り越してゲンナリしてしまう。諸君らの中に誰か――」


 失った電子を取り戻し、NCRは立ち上がる。黒鉄の体をスライムのように蠢かせ、徐々に獰猛な獣の形をとっていく。それはひとえに、外敵たるウッドを排除するため。


「誰か、このロボットの弱点を知っている者はいないか?」


 答えるものはない。警官たちはただ、最近実装された最新警備システムの強力さに戦くばかりだった。






 ウッドの考える警察機関の崩壊。それは武器の喪失だった。


 そもそも、運営しているのは魔法もロクに扱えないアメリカ人である。彼らがいかに訓練されていようと、その手にマジックウェポンが握られていなければ脅威ではない。であれば殺す必要性はなく、データと武器を処分した後は適当に片っ端から精神魔法でも使っていいように扱ってやろうという腹積もりだった。


「そうだなぁ……。それでもな、ほら、リッジウェイ警部とか最近お前とやり合ってたハウンドは例外として、俺たちただの警察官の銃はウッドにダメージを与えたことないだろ? だからその辺りは見逃してほしいんだが」


「ああ、それもそうだな。なら、ヘリコプターなり特殊車両なりだけ壊させてもらおうか」


「それも困るんだがな。ここで抵抗しても俺が殺されるだけだし、勝手にしてくれ」


「ああ、ではな」


 洗脳済みの警察官と手を振りあって別れ、ウッドは堂々と入り口から警察署に侵入した。まるで我が家に戻ったかのような足取りで、受付から関係者以外立ち入り禁止の場所まで進んでいく。


「待て。ここから先は」


「そう固いことを言うなよ」


 言葉にアナグラムを混ぜて精神魔法に帯びさせる。独特の声調に、止めに入った警官はしばし静止して「そうだな、済まなかった」と退いてしまった。「気にするな」とウッドは鷹揚な態度で通り過ぎる。


「さて……先ほどの警官に聞いた限り、機動力の高そうなものは全て車庫に入っているのだったか?」


 車庫までの道のりは、すでに先日の下見で割り出している。階段を最後まで下りた、地下に置かれているのだ。故にウッドは廊下を悠々とした歩調で進んでいった。止めに入る警察など、問題にはなり得ない。


 しかし、まだ警察署そのものが争闘の気配に包まれていないという側面も確かにあった。ウッドがそう仕向けているが、場合によっては手に余る相手が出てくる可能性は十分にある。


 リッジウェイは当然。ハウンドも察知して襲い掛かってくるかもしれない。それ以外の脅威だって、有り得ないという事はないのだ。


「とはいえ、気付かれなければどうという事もない」


 ウッドは何の障害もなく車庫にたどり着いた。厳重な電子セキュリティで守られていたが、カバラに掛かれば物の数ではない。


 電磁カードキーを雷魔法、パスワードをアナグラム、声紋、指紋認証は得意の肉体変化で乗り越えると、解錠の電子音が鳴った。重厚なシャッターが、軽量さを感じさせる音と共に縦横と開かれていく。


 その向こうにあったのは、林立する設置型ディスプレイ群だった。近づいて分析するに、これを操作して兵器を出すのだろう。事実地面には、四角く線が走っている。


 ウッドは雷魔法とカバラを用いて片っ端からディスプレイを作動させた。地面の仕切りが開かれ、兵器の数々が機械によって上昇し、続々と姿を現す。全長何十メートルもある巨大ヘリコプター。砲撃を食らってもびくともしなさそうな、ごつごつとした戦闘車両。そうしたものを始めとして、いくつもの鎮圧兵器が広い地下車庫に所狭しと並んだ。


「船はないか。恐らくミスカトニック川付近にあるのだろうな。あるいはほかの警察署から引っ張って来たか……。――ともかく、この場の全てを破壊すれば地上でのハウンドの武器は半減する」


 指を鳴らし、瞬時にあまたの攻撃魔法を展開する。簡単な作業だったと内心で落胆のため息を吐くと同時、放った。ウッドの背後に現れた無数の魔法弾が、一つ一つ的確に兵器類に砲火される。


 その瞬間、兵器類の隙間の中で、何かが跳梁跋扈した。


 魔法の大半は効果を発揮し兵器を全壊させていく。火魔法が引火して爆発を起こし、電気中枢を氷、雷、金属魔法が復元不可能なまでに崩壊させる。その中で、しかし、魔法を弾き飛ばすような硬質な金属音が確かに響いた。


「……何だ?」


 ウッドは目を凝らす。魔法の豪雨が終わり、かつて兵器だったものの残骸で車庫が溢れかえる。その中で、黒く流動する巨大なものがあった。


 そしてウッドには、それに覚えがある。


「確かアレは、図書にぃが作っていたNCRとかいうロボッ、」


 そこまで言った所で、襲い来る衝撃があった。見れば胴体部分を貫通する黒黒しい棘。何だと握ったところで、巻き付いた。体中をうねり、荒らしまわる。


「……ロボットが自らのパーツの一部を飛ばしたのか。危なかった。人間だったなら、即死だったろう」


 しかしウッドは違う。体内をめぐるロボットの動きをうまく誘導して、腕から体外に輩出した。するとNCRが戻って来ようとしたので、原子分解でトドメを刺す。


 それから、大きく背後に跳び退った。間一髪で、ウッドを丸ごと飲み込もうとするNCR本体の一撃を避ける。


「以前戦った時と変わらない凄まじい機動力だな。一息で数十メートルの距離を詰めるとは。……だからこそ残念だ。すでに俺は、お前の弱点を知っている」


 回避からの着地から、すかさずウッドはNCRに掌打を入れた。これ自体に意味はない。だが原子分解という一撃必殺の魔法は、触れることから効果を発揮する。


「さぁ、爆ぜろ」


 轟音、光の洪水。太い紫電の束がNCRから放たれ、NRCに守られて生き残った兵器を他の残骸ごと焼き焦がした。それはつまり、NCRという流動型ロボットそのものの終焉も意味する。


 残ったのは重機械の成れの果てだった。どれもこれもバラバラになって、その断面は溶け落ち醜く赤熱している。この分ならハウンドも利用しようとはすまい。車庫の入り口でウッドは満足して、脱出に踵を返す。


 そこで、ウッドの危機察知能力が警鐘を鳴らした。本能に近しいところで、飛び込むように前転する。直後聞こえる破壊音。振り向くと、地面を抉る、消し飛んだはずのNCRの姿があった。


「……ああ、そういえば」


 ウッドは思い出す。


「サラ・ワグナー博士は、俺の原子分解を見てNCRの改良に努めたんだったか」


 黒いスライムを思わせる流動型ロボット、NCRが上から横から迫り来る。ウッドは思わず、期待に嗤いながら逃げ出した。


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