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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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5話 三匹の猟犬Ⅸ

 ニュース速報で、上空から撮影したらしい橋の倒壊映像が流されていた。その最中ヘリコプターやいくつもの船が爆発し、ミスカトニック川に沈んでいく。そこにはもはやハウンドの姿はなく、ウッドだけがアップで、かつ素顔を晒してしまった。


「……ど、ドンマイドンマイ! 結局無傷で帰って来たんだしさ! 次があるよ、次が!」


 ちょっと焦った風に声を上げたのはアーリだ。黙り込んだままでいるウッドが、傷ついていると勘違いをしているのだろう。しかし、違う。ウッドはもともと失敗で傷つくような心の造りをしていないし、黙りこくっているのは全く別の理由だ。


 ウッドはちらと目をやってから、アーリに語り掛ける。


「一度戦って、ハウンドがどういう敵なのか考えてみた。いまから、俺なりにまとめた答えを挙げていく。それについて、アーリの意見を聞かせて欲しい」


「お、おう……」


「まず、俺が戦って感じたのは、ハウンドというたった一個人にはさしたる戦闘能力はない事」


「……うん、その通りだ」


 切り出したばかりの時に目立ったアーリの困惑は、さらなる具体性に帯びた瞬間掻き消えた。目に鋭い光を灯し、前のめりで聞き入り始めている。


「しかし、ウルフマンを遥かに上回る脅威として、現状俺の前に立ちはだかっている。これは、ハウンドの特性だ。周囲のあらゆるものを味方につける。不利になる行動を全て避ける。都合のいいように盤面を動かし続ける。この能力に関して言えば、ハウンドは天才的だ」


「……うん」


「つまり、ハウンドの強みは非常に人間的という事だ。個体では野生でも下から数えた方が早そうなくせに、ここまで自然を征服してしまった特異な生物。人間がここまで発展したのは、彼らが道具を持ったから。これはハウンドにも当てはまる。――逆に言おう。ハウンドは、丸裸になった時弱々しい人間に成り下がる」


 一拍置いて、ウッドは結論付けた。


「武装し、状況を弄り、絶え間なく情報をかき集めているからこそハウンドは猟犬たり得ている。であれば、奴の武装を、コネクションを、情報収集能力を破壊してやれば、ハウンドはもはや脅威ではない。俺はそのように考えた」


 アーリはどう思う、と結ぶ。僅かな沈黙。少女は、首肯する。


「ウッドの考えで、問題はないと思う。あいつは、ハウンドは一皮むけばただの人間だ。だから、腹が立つんだ。自分を強力な亜人みたいに偽って、あんな……」


 首を振る。アーリは「悪い」と言って、無理やりに笑った。感情を殺せる人材は良い。目の前で感情的になられて、ウッドは思わず殺してしまわない自信がない。


「じゃあ、それを踏まえたうえでハウンドをどうするかって話だよな。んで、何か考えはあるのかよ」


「ふむ。色々考えたが、一番早いのはアーカムを滅ぼすことだろうな」


「……は?」


 アーリは硬直する。あまりの暴論に、頭がついて来ていないようだ。ウッドはそんな彼女に解説してやる。


「ハウンドの使う武器も、つながりも、情報も、全てアーカム由来だ。アーカムで作られた武器を使い、アーカムで築いた人間関係の下、アーカムのコンピューターをハッキングした情報をもとに俺に肉薄している。ならば、アーカムを滅ぼしたときハウンドはただの人間だ。あるいは、アーカムでのみハウンドは猟犬へと進化する」


「い、いやいや、ちょっと、ちょっと待ってくれよ。滅ぼすって、……ううん、具体的にはどうするつもりなんだ?」


「核爆弾でも落せれば楽だとは思うな」


「……」


 ウッドのすることの大概は否定しないつもりだったアーリと言えど、これには思わず絶句した。しかしそこで、ウッドはククッと笑って肩を竦める。


「冗談だ。確かに出来れば楽ではあるが、俺とて巻き込まれて無事では済まないだろうしな。そもそも、手段として用意が出来ない」


「出来るんだったらやれるみたいな言い方止めてくれよ……」


 アーリは憔悴したような口調で項垂れた。相当心的に負荷が掛かったのだろう。


「だが、方針としては間違ったことは言っていないと自負しているぞ、俺は。ハウンドの武器はアーカムそのもので、それを剥げばいいという考えのもとに動こうと思っている」


「……そういうことなら、アタシにも案がある」


 感情を極めて殺した表情で、アーリは顔を上げた。金髪の前髪の向こうで、鋭く眼光が輝く。


「まず潰すべき施設は警察だ。アタシがウッドなら、いの一番に警察署をぶっ壊す」


「……ほう? 随分と強い口調で言うじゃないか。ならば、その根拠は教えてもらおうか」


「一つは」


 アーリは、言いながら、アーリはテーブルの上に置かれていた小さなデバイスを引き寄せた。スイッチを入れると、電磁ヴィジョンが空中に描かれる。どうやらアーリの頭の中のコンピュータと同期しているらしい。


「ハウンドの策略に頻繁に利用されるのが警察だからだ。っていうのも、あいつは普通のARFとは違う。構成員の中でも珍しい、幹部じゃ唯一の純粋な人間だからな。警察を裏から上手く操作して敵対勢力制圧の手掛かりにしようなんていうのはハウンド独特だ。だからこそ、逆説的に言えば大掛かりな作戦ほど警察に頼りがちな節がある」


「しかし、ハウンドは指名手配されているんじゃないのか?」


「もちろんされてるけど、犯罪者逮捕のとっかかりにはなってるから、現状よほど邪魔だったり隙だらけだったりしない限り見逃されがちだな。現役警察官に知合い作って聞きだしたんだけど、『ARFってことに目を瞑ればなかなかいい協力者だ』っていう認識らしい」


「……ふむ、確かに橋での攻防でも警察が随分と動員されていたな」


「それは単純に、ウッドのネームバリューだろ。他の殺人犯程度じゃああはならないっての」


 アーリはちょっと呆れた風に言った。ウッドは「そんなものか」と曖昧に頷いている。


「では、そうだな。次はハウンドを無視して警察を襲うのも手か。ハウンドなら嗅ぎ付けてきそうな気もするしな。しかし――このまま流れ襲撃と言うのも芸がない。その辺りの情報は、何処で手に入れるべきか……」


 ウッドは思案に手を口元に運ぶ。ちょっとして、立ち上がった。絨毯の上でごろごろ転がりながら眠りこけているウルフマンを掴み上げ、テーブルに投げ出した。


「痛ってぇ!? うわ何だ何があった!?」


「おい、ウルフマン。お前はARFで、警察を敵視していたな?」


「……へ?」


「あまり寝ぼけていると、強制的に目覚めさせるぞ」


「お、おい、待て待て。今その台詞で目が覚めたから変なことするのは止めてくれよ」


 引きつった顔で気持ち首を振るウルフマン。ウッドは確かに起きたようだと、手の内で爆ぜさせていた紫電を消した。


「で、どうなんだ」


「え? あー……っと、警察が何だっけ、敵視とか言ってたか?」


「ああ。端的に言うなら、ARFが集めた警察の情報が欲しい。設備なり警備なり、持っている情報はこの場で吐け」


「ああ、そういう……。そうだな、おれが知ってる事なんて、正直ハウンドの一部でしかないと思うぞ。というか、多分ARFで一番警察に精通してるのはハウンドだ。何せあいつ、部下を警察に潜り込ませてるくらいだからな。最古参の奴で数年ってくらい入念に」


「ほう。いや、今の言葉だけで随分と有益そうなのは分かった。気兼ねせず存分に話してくれ」


「お、おお……。じゃあ、そうだな、何から話そうか……。警察官の武器は全部マジックウェポンだから、ウッドにもダメージが通るとかそんな感じか?」


「他には」


「他には……、リッジウェイ警部は実は既婚だとか。いやそれを聞いたときARF全体に衝撃が走ってさ! あのものぐさの亜人殺しジャンキーに嫁さんッ!? つって! しかも子供もいたとかでさ!」


「それはどうでもいい」


「えっ、いやだって、面白くないか? あのリッジウェイだぜ?」


「他には」


「……ぅぅ。他には、他には……」


 ウッドのあまりに冷めた言葉に、ウルフマンはちょっとしょげ気味だ。しかしウルフマンが持っていた情報はリッジウェイのゴシップ系に偏っていたらしく、ちょくちょく「リッジ……」まで言ってうんうんと唸りだしてしまう。


「何であのクソ刑事がそんなに人気なんだ……?」


 アーリのつぶやきに、「まぁ、長年の敵だからな。リッジウェイ憎し過ぎて、どんな情報でもおれたちにとっては関心の的なんだよ」とウルフマンは無い肩を竦める。とりあえずそんな顔をつくっていた。


「……ふーん……」


 アーリは複雑そうに相槌を打ってから、「あ、ごめんなウッド、話の腰を折っちゃって」とはにかんで笑った。ウッドはウッドで、「いや、構わない。すでに情報も出尽くしたようだったしな」とウルフマンの頭を、テーブルの上でごろごろ転がし始める。


「うわやめ、めが、目が回るぅぅぅううう……」


「ふむ……反応がありきたりでつまらないな。しなければ良かった」


「いやウッドお前ふざけ、ぐぁぁぁああああ……」


「……ぷっ」


 アーリは思わずと言った風に噴き出した。金髪のツインテールが、笑いに連動して空中を跳ねている。


「ふむ。ひとまず集められる情報はこんなものか。では準備を整え次第襲撃してみるとしよう。奴らは総一郎の情報も持っているしな。手早く潰しておくに越したことはない」


 結論付けて、ウッドはウルフマンで本格的に遊び始める。具体的にはお手玉を始める始末だ。対する狼の頭は奇声を上げるしかやることがない。


「あ、そういやウッド」


「ん? 何だアーリ」


 ウッドがウルフマンを両手に握りなおして答えると、アーリはニヤリとして人差し指を立てる。


「実はさ、警察署の近くに新しくイタリアンの店がオープンしたらしいんだ。情報収集がてら行かないか?」


「ほぉ、悪くないアイデアだ。是非ともご相伴に預からせてもらおう」


「えっ、マジで! いやーおれ結構イタリアンに目がなくてさぁ」


 ウルフマンの歓声に空気が凍った。


「……流石ウルフマンだ。生首だけでよくもイタリアンに堂々と行けるなどと思えたものだ。すさまじいクソ度胸だな。ここまでくると天晴としか言いようがない」


「あっ、……そうじゃん忘れてた……。じゃあ仕方ないな。仲良し二人だけでしっぽり行ってきてくれ」


「いやあの、擬音がおかしいだろ。何だしっぽりって。アタシとウッドがイタリアン帰りにヤるってか」


「済まないアーリ。お前は女性として魅力的だとは思うのだが、今の俺の琴線には触れないからちょっと難しい話になる」


「ウッドもふざけてんなよ? アタシの何が不満だってんだ! 見ろこの健康的な美巨乳を! クラブ行くとこれ目当てで男どもが寄り付いて面倒くさいんだからな!」


「待て待て待て。何の話だ。俺とアーリでイタリアンに行くという話ではなかったのか」


「それはもう終わった話だっつーの。ほら言えよ。アタシの何が不満だ。ああ?」


「分かった。ならばはっきり言おう」


「……おう」


 きっぱりとウッドが宣言すると、ちょっと緊張した面持ちでアーリは座りなおした。


 木面の怪人は語り始める。


「この冬初めて雪が降った日の事を覚えているか?」


「あ、ああ……。……何となく」


「あの日に俺は姉であるブラック・ウィングをARFから攫い出したのだがな、どういう訳かその日から不能になってしまったらしい」


「……は?」


「要は勃たない」


「……何てことだよ……!」


 アーリは顔を真っ青にして立ち上がった。どうやら彼女の価値観からすると大事件だったらしい。男の気持ちを理解しすぎという気もする。


 それで言えば、ウッドが白羽を攫い出した日は言い換えれば総一郎の命日でもあるわけだから、ごく単純なEDで片づけられる問題でもないのだが、生憎とそこで関連付けがなされているとは夢にも思わない二人。


 一方放置されがちで睡眠が趣味になりつつあるウルフマンは、すでに二人を差し置いて趣味に没頭していた。すぴーすぴーと気持ちよさそうな呼吸である。鼻提灯まで膨らませて呑気なものだ。


「という訳で、アーリには何ら責任はないと分かってもらえたか? 恐らくだが俺は特定の思い入れのある相手でしか欲情はしないし、恐らく欲情しても歪んだ形になる。俺に人を愛すなどという高等なことは出来そうにないからな」


「……重苦しいことを、平気な顔で言うんだな」


「重苦しいなどというのは人の価値観だ。俺からしてみればただの事実で、だからそんな顔をするなよ。殺したくなる」


「そう……か。分かった。じゃあ、もっとフラットに行くよ」


 アーリは沈鬱な表情を薄っぺらな微笑に変えた。「それでいい」とウッドは言う。


「アーリ。お前は対ハウンドで役に立つ。だからこそ、衝動的に殺すなどという勿体ないことはしたくない。同情してくれるなよ。したとしても表に出すな。そうでなければ、俺はきっと何処かで我慢できずに殺してしまう」


「分かったよ。分かってる。何となくその要領は掴んだから、とりあえず飯食いに行こうぜ」


「ああそうしよう。落ち着いて警察署を探る時間は、長ければ長いほどいい」


 アーリが立ち上がると、ウッドも支度を始める。共同生活の中で、二人は互いの領分を着々と掴み始めていた。


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