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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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4話 『おばあちゃんの爪は、どうしてそんなに鋭いの?』Ⅵ

 思わず飛びのいていた。そして、訳が分からなくなった。自分は確かにウッドを攻撃した。だが、いつの間にか入れ替わっていた。魔法による幻覚を疑ったが、ピッグを見る限り彼は真実の一部始終を見ていたらしい表情で、ウルフマンとウッドの間で視線を右往左往している。


「う、ウルフマン、どうしたんだ? 何故アイを攻撃した!」


「ち、違う! おれはウッドに騙されて」


「光魔法も何もなかっただろうが! ――そうか、お前……ウッドと通じていたな? だからこんな真似をしたんだ!」


「ピッグ! 何でそんな!」


 その時、ピッグは瞼を奇妙な具合に開閉させた。そこで、気づく。ピッグは今ブラフを使っているのだ。


 ならば、このままの調子で演技を続ければいい。


「おれは! おれはそんな事していない! 信じてくれ、ピッグ!」


「いいや、お前なぞ信用できたものじゃない。今ここを持って、ウルフマンをARFより除名する! とっとと消え失せろ!」


「……そん、な……」


 傷ついたフリをし、感極まったようにその場を逃げ出した。ウルフマンは、自分が頭脳労働に向いていないことを自覚している。だから、出来ないことに時間をかけない。そのためのARFという組織なのだ。


 そうして、その場からウルフマンが消え、ニタニタと笑う木の面をかぶったウッドと、アイ、ピッグ率いる小隊だけが残される。愉快そうに、木面の怪人は言った。


「嘘がうまいな、ピッグ。ARFは亜人の組織だ。そこまで腹芸をこなす輩がいるとは思っていなかった」


「何言ってやがる! お前が企んだことだろうが!」


「先に言っておくがな、お前の精神魔法は穴が多い。俺の加護数の十分の一もない癖に粋がるなよ。お前の考えくらい筒抜けだ」


「……チッ、それを先に言いやがれってんだ」


 悪びれもせず、ピッグは手のひらを返した。アイだけは精神魔法の親和性がない上に、ウルフマンとのアイコンタクトも見逃したようで僅かに挙動不審だったが、それでも声を上げて疑問を呈するほど空気が読めないわけでもない。


「しかし、お前、何をどうしたらあんな事ができる。光魔法、闇魔法では個人を指定して幻覚を見せることなどできない。精神魔法でそれをなすにも、ウルフマンが幻覚にかかったその瞬間、お前はまさにアイとやりあっていた。精神魔法だって不可視じゃねぇ。そして魔法ってのは即効性のあるもので、時限爆弾みたいなことは出来ない。……こりゃあ、一体全体どういうことだ」


「お前は亜人とは思えないほど狡猾だな、ピッグ。『しかし』と空気と緩ませ、雑談のように敵から情報を引き出そうとする。思わず話したくなってしまったぞ。心理学にでも心得があるのか? 魔法の親和力を言葉でカバーしようとする亜人など見たことがない」


「……お前にだけは言われなくねぇな、ウッド」


 高度な心理、情報戦を持ちかけるピッグに、それをことごとく明らかにして突っぱねるウッド。アイは状況の判断に長けれども、ここまでの探り合いに挑むには経験が足りない。


「けれど、まぁ、隠すほどの事でもない。時限爆弾のような真似はしていないというだけ。単純な話なのだ。問題は、『何故ウルフマンにのみ幻覚がかかったのか』ということ」


 ウッドは、両手を広げて喋りだした。


「ウルフマンにのみ当てはまり、それ以外の人間には当てはまらないこと。俺がたびたび用いる俺だけの妙技。ヒントはこれで十分だろう」


「……おい、それってまさか」


「え、何です? もう分かったんですかピッグ」


「あ、ああ、だが、これは――ッ! 待ちやがれ、ウッド!」


 ピッグが声を上げたとき、すでにウッドは遠く離れた建物の上でこちらを見下ろしていた。追おうとするが、五つ、六つの属性の魔法弾が飛んできて、それをはじくのに意識が行ってしまう。


「ふはははは! では、また明日会おうARF! お前らと年を越すのも悪くない! 今日のような事件を起こしたくなければ、夜はすぐに来られるよう準備をしておけ!」


 そう言って、哄笑を上げながらふらりと消えてしまう。魔法単のすべてをはじいてから建物の上にそれぞれ移動するも、すでに奴は、影も形もなくなっているのだ。


「クソッ、今回も、手も足も出なかった!」


 地団太を踏むピッグに、それをなだめる部下たち。それを横目に見ながら、アイは「ああ」とつぶやいた。


「……そういえば、忙しすぎて忘れてました。クリスマスもとっくに終わって、もう、大晦日だったんですね」


 ぽつりと漏らした一言が、空にほどけて解けていく。年明けまでに問題を解決するには、あまりにも時間が足りなかった。







 本拠地に戻ると、ジェイコブが所在なさげに廊下をうろうろしていた。


「……J君?」


「あっ、ま、マナさん……」


 少女を見つけて、長身な黒人少年は、体躯に合わずしょんぼりと項垂れた。


 見れば、その手は震えている。強く握り詰められ、悔しさに振動していた。愛見は、ためらわずに近づく。そして握った。包み込むように、許すように。


「J君のせいじゃないですよ~。あれは、……すべて、彼の仕業なんですから……」


「マナ、さん……!」


 自らを包み込む手を逆に握りこんで、顔をくしゃくしゃにして涙をこぼした。歯を食いしばり、自らの不甲斐なさに泣いていた。


 そこに、新しく巨大な影が現れる。


「……坊ちゃん、いや、……ウルフマン」


「……ヒルディスさん」


 彼は、人の姿でそこに居た。厳しい表情で、ジェイコブを見つめている。しばし黙りこくった後で、絞り出すように言った。


「ウルフマン、お前を、……お前を、ウッド対策部隊から外す。これだけは、最初に伝えておきたかった」


「……まぁ、そうですよね。おれはイッちゃ、……奴の術中にはまった。もう奴とはやりあえません」


「詳しい話がしたい。場所を変えよう」


「はい」


 二人は示し合わせて、その場を後にしようとした。それについていこうとする愛見に、「そうだ」とヒルディスは指示を出す。


「アイは控えていてくれ。ハウンドを呼んでおいてくれると助かる」


「……。――あの、増援の方はどうしましょう……」


「ギャングに依頼しても、ウッドがARFと認めなければ犬死が関の山だ。それに、この辺りで奴らとも潮時だろう。最後に利用して捨てる算段を立てておく。頼んだぞ」


 ヒルディスは愛見にそう告げて、ジェイコブと共に会議室に移動した。広めの部屋の中心にある、細長い円卓が目立つ部屋取り。そして、その真ん中。楕円卓の腹の部分で向き合い、ピッグは重苦しく言う。


「……ウッドはヒントだのなんだのと言って迂遠なことを言ったが、おそらく俺の推測で間違いはないだろうと思いま、思う」


 一度咳払いして、続けた。


「ウルフマン。お前はウッドの攻撃を受けたな?」


「あ、ああ。だけど、多かれ少なかれ全員じゃないか? おれに限った話じゃ……」


「ああ、言葉が少なかったな。ウッドの、『変身攻撃』を、だ」


 それを聞いて、ジェイコブは眉をひそめた。思い至る節がないわけではない。


「あの、腕をでっかくしたり飛ばしたりするアレか」


「ああ、それであってる。お前はそれを受け、あまつさえそれで負傷した。違うか?」


「いいや、違いない」


「なら、そういうことだ」


 ヒルディスは、給仕として給金を与えている非力な亜人から飲み物を受け取って、一飲みにしてから言った。


「奴は、死体を剣にする。生者に干渉した件は今のところ例がないが、おそらくその唯一の例がお前なんだろう、ウルフマン。お前はおそらく、ウッドの支配下にある。先ほどはアイの前だから言葉を柔らかくしたが――お前には、しばらく拘束状態を強いることになる。暴れださない、今のうちにな」


「ッ―――……。……はい」


 ジェイコブは動揺を堪えて返事をした。対するヒルディスはまっすぐにジェイコブを見つめている。彼は、どこまでも組織の長だった。組織のためには、非情な選択もできる。誰よりも、現実を見ていた。


 ジェイコブは、そんなヒルディスだからこそ信じられた。昔から、よく仕えてくれた父親の配下。出自こそ謎に包まれていたが、それ以外にケチのつけようもない慧眼持ちだ。


「副リーダーが、そう判断したんだ。おれは従うよ」


「……すいません、坊ちゃん」


「だから、坊ちゃんは止めてくれって」


 沈んだ空気を打ち払うように、ジェイコブは笑う。「ただ」と一つだけ彼に頼んだ。


「ただ、家のばあちゃんが心配だから、その世話だけお願いできませんか」







『――そのため、ウッドと巷で称されるこの人物の出自はいまだ謎に包まれており――』


『――アーカムにお住いの皆様は、外出する際くれぐれもご注意を。木の面を被った怪人物が現れたら、刺激せずに逃げることを強くお勧めします――』


「……死んだ人、ギャングも含めて数えたら、もう三桁なんだ……」


 ニュースを見て、白羽は静かに息を吐く。昨日の夜、ウッドに殺された人々。大半は、JVAだった。魔法を使ってウッドを打ちのめそうとした。しかし、一人残らず殺されたという。そして、遺体も残っていない、と。


 彼の起こした残虐な事件を見るたびに思う。――ウッドは、ウッドだ。もはや、総一郎とは決して呼べない。それは自他ともに認める事実でもある。だが、白羽はニュースなり速報なりを見ていて、やはりどこか引っかかるのを感じていた。違和感、というと少し違う。文字通り、喉まで言葉は来ているのに。


 届かない。


 ウッドは、総一郎ではない。だが、かつて総一郎だったものであることにも、間違いはないのだ。ウッドとは何者か。何が目的なのか。何のために動いているのか。白羽は、理解したい。それが総一郎の救済になると、直観していたから。


「しかーし、白羽ちゃんはいまだウッドを理解することは出来ないのでーす。な、ぜ、な、ら、ウッドは人でないから。『人』でないから、ね」


 背後から首元に抱き着いてくる小柄な少女。無貌の神、這い寄る混沌、その化身の一つ。通称、ナイ。彼女はいつもの通り、白羽をからかうべく抽象的な真実を口にする。


「どういうこと?」


「自分で考えなきゃ、『人』は成長しないよ?」


「私、これでも天使なんだけど。あ、違った堕天使だったや」


「最初から教えてもらえるとも思ってない癖に。そういうところ、総一郎君と似てるよね。段々ボクになれて、ボクの言葉を流し始めるの。先に言っておくけど僕はかなり核心をついたこと言ってるんだからね! まったく、ボク会話の中で三回もヒント出したんだよ?」


「……もう一回さっきのニュース再生しよ」


「姉弟そろってこのスルースキルの高さ。やんなっちゃうよ、もう」


 怒ったようなふりをしてくるくる回りながら、白羽の隣の腰かけるナイ。ソファがぼすんと埃を舞わせた。白羽は息を止めて口元でパタパタと手を扇ぐ。


 自動記録機能で保存された、先ほどのニュースを再び流す。ウッドが現れた場所。どんな戦闘が行われたか。その映像。検証。結局戦いが終わるとウッドがカメラをすべて破壊してしまい、それ以降の事は分からずじまいなのだが、白羽だけはその後の事、いや、本当の目的であるところのARFとの戦闘の事を知っている。


「……惜しむらくは、その映像がないってことなんだよね」


「ARF戦? ……見せてあげよっか」


「気持ちだけ受け取っておくね」


「つれないなぁ。一つだけお願い聞いてくれればすぐに見せてあげるのに」


「お断り。私だって数年越しの付き合いになれば慣れるよ」


 言いながら、目は画面にくぎ付けだった。襲い来るJVAの魔法に、ケタケタと仮面を笑わせながら相性のいい魔法をぶつけて相殺していくウッド。氷なら火、水なら木、風なら土、木なら火、金属でも火。


「火が多いのは何なんだろう。金属は確かに火が強いけど、わざわざ帳消しにするよりも避けた方が効率いいはず。木もそうだよ。何でこんなことを……」


「キャー、がんばれ息子ー!」


 隣でナイが五月蠅い。


 打ち消した後、ウッドは姿を消した。途端JVAの人たちが首を中心に急所をかき切られ、血を噴出して倒れていった。光魔法だろう。光魔法は加護持ちの亜人が少ないため、このような光学迷彩的な使い方をされると破れる人間が少ないのだ。


 だが、途中で光魔法を解いて、妙な魔法を使い始める。魔法というものは混ぜられるものでない、というのが定説だ。だが、生まれながらのカバリスト、つまり天使である白羽は、不可能でないことを知っている。


「……ウッド、カバラを使えるの……?」


 しきりに首をかしげながら、ウッドは混合魔法によってJVAを全滅させた。そして視線が画面越しに白羽を貫き――砂嵐が走ったところで、ニュース映像に戻る。


「……検証。うん、ウッドは、試してるんだ。自分に何ができるのか。カバラが使えるなら、絶対そう。まず単体での魔法を使って、次に混合魔法を使った。……でも、その意図が見えない」


「へぇ……白羽ちゃん、熱心だねぇ」


「……」


 考え込みながら、ナイを警戒した。含みのある言葉が来たとき、彼女は何かをやらかす。それはたいてい、聞く者の心をかき乱す言葉だ。だから、立ち上がってその場を離れようとした。けれど、外見に似合わない強い力で引き留められる。


 そして、言うのだ。


「じゃあ、そんな熱心な白羽ちゃんに教えてあげよう。ウッドはね、思い出そうとしているんだよ」


「……離して」


「話して? ああ勿論構わないよ! やっとボクの話を聞いてくれるんだね!? こんな嬉しいことはないよ!」


「違うっ、やめっ」


「……何をしている?」


 その場にそぐわない、低い声。仮面をつけている時とは逆に、過去の面影ある鉄面皮でウッドは現れた。「ウッド!」と彼に駆け寄って抱きつくナイ。解放された、と白羽は胸をなでおろすと同時、肝を冷やすような声がかかった。


「それで……ブラック・ウィング。お前は一定何を見ていた?」


「え、あ……」


 ウッドについてのニュースの再生が、まだ続いていた。背筋に冷たいものが下りる感覚。血の気が引いたのだと、遠い気持ちで思った。


「……俺の、ニュースか」


 テレビに近づいて、半眼でそれを眺めている。彼が指を鳴らすと、勝手に映像が巻き戻り始めた。やはりカバラを使っている。それも、計算速度が速すぎる。


「俺とJVAが戦っているな……。ああ、ふふ、ナイ、お前は俺が何をしようとしているのかわかるか?」


「地獄の作り方の研究とか?」


「……うん? お前はたまに訳の分からないことを言うな」


「過程すっ飛ばして言ってるし。――うーん、分からないなぁ、教えてよ、ウッド」


 外見年齢に到底似合わない媚を含んだ笑みで、ナイはウッドを見上げた。そして、ちらと白羽を盗み見る。僅かにいら立つ。


「はは、白々しい。だが、教えてやる。これは――ウルフマンの捕獲方法を考えているのだ」


 白羽は、目に見えて硬直した。ウッドはそんな彼女に視線をやって、にたりと笑う。


「近日中に、一人目を届けてやる。楽しみに待っていろ、ブラックウィング」


 くつくつと肩を揺らすウッドに、「ウッドが楽しそうだとボクも楽しいよ」と追従の嬌声を上げるナイ。


 白羽はその場にいるのが耐え切れなくなり、思わず自室へと駆け出していた。


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