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武士は食わねど高楊枝  作者: 一森 一輝
自由なる大国にて
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2話 ウッドⅣ

 ウッドは、そこに居た。周囲には、ギャングたちの亡骸、あるいは怯えて縮こまるその姿。誰も彼もが、闇に身を包んでいる。


 散らばるは血。腕。足。首。涙を瞳に湛えて、歯が鳴るほど震える数人の生き残り。ウッドはその数人の頭に触れる。それだけで情報は特定され奪われる。


「……今日も、収穫なしか。まぁいい。見つかるまで続けるだけだ」


 スラムに唐突に姿を現し、その場にいた大半の命を奪っていく。それはARFよりも理不尽だった。怪人よりも容赦がなかった。


 旋風が起こる。ギャングたちは目を開けて居られなくなる。そして射出音にも似た音がして、ウッドは姿を消した。


 木の面を付けた死神。ギャングたちにとって最も理不尽な災厄。生き残ったギャングの一人は、消え去ったウッドにまず安堵し、次に周囲に死体に目を向けて涙を流す。


「畜生、畜生……! 俺の仲間をこんなに殺していきやがって……! 殺してやる、ウッド! 畜生、見てろよ。俺は、顔が広いんだ。ARFに依頼できるような奴だって、その中には居るんだからな……!」


 仲間たちの亡骸を泣きながら集めるギャング。だが、その大半はウッドの電撃にやられて、頭すらロクに残っていなかった。それがまた、そのチンピラの惨めさを増している。スラムに局所的に設置された薄暗い電燈が、それを慰めるように血だまりを照らしていた。











 放課後。J、仙文の二人より授業が少し早くに終わって、総一郎は彼らを待っている間の暇つぶしに、少し学外に出てぶらぶらしていた。


 涼しい季節は僅かに傾き始め、少々寒いぐらいになっている。しかしこの時期でも半袖で歩いている人は白人黒人区別なく居て、「凄いな」なんて独り言を漏らしてしまう。イギリスでもおんなじ風だったが、やはり総一郎は長袖で外出だ。


 繁華街に足を踏み入れる。だが中心部へ向かうのではなく、境目を歩いていた。中心は賑やかだが、今は騒がしさを避けたい気分だったのだ。その点、繁華街のはずれは良い。住宅街とも言えないような立地だから、静かな雰囲気の喫茶店がちらほらと見かけられる。


 と、その一つの中に、総一郎は妙なものを見つけて立ちどまった。真っ赤な何か。しかし、見覚えがあった。


「……もしかして」


 産むが易しとばかり、少年はその扉を開けた。カランコロンと、らしい鐘の音が出迎えてくれる。


「いらっしゃいませ。一名様でございましょうか?」


 静かな、しかしよく通る低い声がかかった。目を向けると、白髭を行儀よく口元に蓄えた優雅な黒人男性が、真っ白なカップを磨きながら、穏やかな視線をこちらに向けている。


 ほう、と思わされつつも、総一郎は視線を周囲に巡らせた。案の定の人物を見つけて、「いえ、待ち合わせです。そちらの女性と」と顎で示す。壮年は一瞬目を剥いてから、「そうでございますか。では、ごゆるりと」と言って目を瞑った。


 飴色のテーブルが三つ。シックな調度品が並ぶその店の中を、総一郎は小気味よく歩いた。そして、彼女の目の前に座る。「やぁ」と声をかけた。


「随分いい雰囲気の店じゃないか。教えてくれても良かったのに」


「あら、イッちゃん? 奇遇ね、こんな所で会うなんて」


 そう言って、少し悪い顔で微笑んだのはヴィーである。赤のブロンド髪を長く伸ばした妖艶の少女。大勢で騒ぐとそうはならないのだが、二人きりになると何処か雰囲気が変わるのだ。


「君を見かけて、おっ、と思ってね。今日は一人?」


「それは、どういう意味でかしら」


「……グレゴリーが居ないかって思ってね。ヴィーの元彼なんでしょ?」


「そうね。でも、あなたなら何となく、私たちの関係性も分かってそうだと思ったんだけど」


 勘ぐられるように言われ、ふむ、と思う。前々から、薄々と感じていたことを伝えた。


「元恋人同士っていうより、君たち、幼馴染って奴なのかなとは思ったことあるよ。君、良く彼の世話を焼いてるし」


 そうすると、彼女は破顔して手を合わせる。


「大正解。良く見てるじゃない」


 食べる? とヴィーはケーキを少しフォークに刺して、総一郎に差し出した。微かによぎる記憶。勝気な、金髪の少女の所作。それを思うと、受け取れなかった。


「いいよ、お腹が減ってるわけじゃないんだ。あ、すいません。コーヒーひとつ」


「……空腹かどうかの問題には思えなかったけど、まぁいいわ。その気が無いなら慎ましやかに」


 ぽつりと不思議な一言を置いて、彼女は紅茶を口に運んだ。すると、何処かヴィーの雰囲気が弛緩する。その事で、総一郎は何故か、警戒心をほぐされるような気持になった。耳に、しっとりとしたBGMが流れ込んでくる。


「……いい曲だね」


「そう? 私は趣味が悪いと思うけど」


「……? それは、何で?」


「マスター。この曲の名前、この人に教えてあげてくれる?」


 少々声を張って、ヴィーはそう注文した。マスターは、コーヒーの準備をしながら答える。


「『暗い日曜日』という曲のリメイクです。ここで流しているものは落ち着いた深い愛を強調していますが、原曲は聞いたのち自殺した人が多く、『自殺の聖歌』と呼ばれています」


 間違いなく喫茶店で流す曲じゃなかった。


「……何故その選曲を……」


「原曲は置いておいて、このリメイクが好きなのですよ。原曲はロシアの死と黴の臭いのする、ある意味素晴らしい曲なのですが、アメリカで作られたリメイクは昨今の曲に比べて騒がしすぎず、静かすぎない。いつもは声の無い曲を垂れ流すだけなのですが、今日は少し、音楽に声が欲しくなったのです」


「だからってこれを選ぶことないじゃない。だからこの店は、いつもガランとしているのではないかしら?」


「客足が欲しい時は明るい曲を流します。そうすれば、自然と席は埋まりますから」


 逆に言えば今日は、客足は要らないという訳らしい。店の内装はちゃんと管理が行き届いていて、営業に支障が出ている様子もない。恐らく本当の事なのだろう。


「愛という物は、静かな場所で育まれるものですよ。例えば、落ち着いた雰囲気の喫茶店なんかで、ね」


 にやりと白髭を持ち上げて、総一郎とヴィーの二人を流し眼で見るマスター。しかしこちらも何のその。そこまで初心ではないのだ。


「何を言っているか分からないわね。私たちはただのお友達よ。ねぇ、イッちゃん?」


「そうですよ。俺たちはそろって中古ですから。色恋は大したものじゃないって割り切ってます」


「私中古じゃないわよ!?」


 びっくりしたように机を叩いて、彼女は強く主張する。


「新品? グレゴリーは?」


「なんか真顔で告白してきたから試しにって付き合ったけど、何かそういう雰囲気にならなかったし、デートすら一度もせずに三か月後には自然消滅してたわ」


「……ちなみにグレゴリーって今彼女いるらしいんだけど、それについては」


「どうでもいい。っていうか後釜すぐに見つけやがって、と思うとなんか悔しいわ。アイツ実は結構モテるのよね……。私もそれなりだけど、いいかなって思った人は特にいないから、その辺りがムカつく」


 苛立たしそうにそう呟くヴィーの様は、二人きりのそれではなく皆といる時のそれだ。マスターが会話に入ってきたからなのか。他に誰もいないの時の妖艶な彼女は、ちょっと苦手かもしれない。短時間の間で比較すると、それがはっきりした。


 そんな風な事を考える総一郎に、ヴィーは目を向けて不思議そうに「ふぅん?」と声を上げる。それが気になって「どうしたのさ」と聞くと、「別に? 誰の事を考えてるのかしら、と思っただけよ」と可笑しそうに肩を竦めた。


「いい勘してるよ」


「でしょ?」


 人は、時と場所に応じて顔を変える。総一郎も、そうだ。愛しい人に見せる顔と、敵対者に見せる顔に似通った点などない。そして、目の前の彼女。エルヴィーラは、もっと細かいのだろう。ちょっとした友人、よりも少し踏み込んだ関心が総一郎の中に生まれる。


 それは、好意というより、興味に近い。


「これから、予定ある?」


「あら、デートのお誘い?」


「そんな所かな」


「でも、あの二人、イッちゃんの事待ってるんじゃない?」


「あの二人は、俺が居なくたって仲良くやるさ。俺が遅れた時も、良く笑いながら何かを話していることも多いしね」


 何だか自分が彼女を口説いているような気分になってくる。別にそんなつもりはさらさらないのだが、否定材料を上げられると何故だかそれを退けなければ、という気分にさせられる。やはり、彼女は何処か魔性だ。


「そう。じゃあ……そのお誘い、お受けしようかしら」


 微笑を浮かべての返答。そこに悪戯っぽい色を、総一郎は見出した。もしかしたらこの小洒落た雰囲気の話し言葉は、彼女なりの茶目っ気という奴なのかもしれない。とするなら、この一連の会話は彼女にとってすべて茶番という訳だ。


 その時、「んっ」と彼女は何かに気付いて口元に両手をあてた。上目づかいに総一郎を見て、そこに少し愛嬌を感じさせられる。その後わずかに目を逸らしてから、ぽつりと問われる。


「イッちゃん……、もしかして、気づいた?」


 総一郎は、肩を竦めて剽軽に返す。


「さぁ、何を言ってるか分からないな」


 ぷふっ、とヴィーは嬉しそうに吹き出した。小さく小さく、「合格」と呟いて、彼女は妖艶を装った所作で微笑む。


「なら、まずはこの店でコーヒーブレイクを楽しみましょう? ここのコーヒー、美味しいんだから」




 コーヒーに砂糖を大量に入れて飲んだら、目を丸くしたヴィーが面白かった。


 彼女は無糖派で、対する総一郎は甘党だった。昔、一時期味覚が変だったせいか、美味しい物は美味しいと感じるのだが、自分で味付けという段階になるとやはりどこか変な風になってしまう。


 だが驚いた事に、彼女は真似をして、飲み終わったコーヒーの底にたまった砂糖をスプーンですくって食べると、「あ、結構おいしいかも」と可笑しそうに笑った。「体に悪いよ?」というと、「それ、あなたが言うの?」と言われ、二人で口元を抑え、肩を揺らした。


 外に出ると、ヴィーは強めに手を掴んできて、「それで、何処に連れてってくれるのかしら」と小首を傾げた。愛らしい挙措。しかしその所作は計算づくで、その上計算づくだという事をそこそこわかりやすく示していた。だから、総一郎はこっそりにやっとした。そしてそれを盗み見て、彼女もまたこっそり笑うのだ。


「そうだね、さっきは落ち着いた店だったから、次は少し賑やかな所に行こうか」


「繁華街は嫌よ? あそこは、品性が無いから」


「おっと、それは困ったな」


 会話を一つ交わすたび、二人は少し立ち止まって笑いあった。不可思議で、可笑しい。まるで古い映画の中の会話みたいだ。そんな風に、総一郎は思う。実際、ヴィーもそのように誘導しているのだろう。


「そうね」と彼女は流し目をしながら、人差し指を悪戯っぽく口に当てる。


「なら私、ちょっと心当たりあるかも。付き合ってくれる?」


「もちろん、マドモアゼル」


 眉をきゅっと寄せながら言うと、ヴィーはとうとう堪えきれなくなって大きく噴き出した。体を折って、腹を抱えながら「そ、それ反則……! ぷふっ、あはははは……!」と悶えている。


 歩きながらそんな妙な会話を続けていると、だんだんと街が見覚えのない風景に変わっていった。現代的でない。しかし、アメリカらしい、そんな感じ。総一郎は、遠い昔、こんな風景を見た事がある気がした。これは――某、夢の国というべきか?


「禁酒法時代のアメリカ。アーカムには、古い街並みを壊さないまま保っている旧市街と、どんどん時代の先を進む新市街に分かれてるのよ。今のミスカトニック大学は新市街にあるけど、昔はミスカトニック川近くの、旧市街の中でも中心に位置していた。今でも図書館なんかはそこに残されてるわ」


 彼女の土地への知識に感心させられ、「詳しいんだね」と褒めた。すると彼女はきょとんとしてから少し赤面して、照れ臭そうに「で、ここが今回の“心当たり”」と手で指し示す。


「……映画館か」


 そこは、随分と古い建物だった。何とも恐ろしげな雰囲気がある。何と表現していい物かと戸惑っていると「まるでホラーハウスみたいって思ったでしょ?」とヴィーににやりとされる。後ろ頭を掻いて、「どうして分かったのさ」と言った。


「これでも私、人の事はちゃんと見てる方よ? 特に、気に入った人の事とかね」


 目を細めて、微笑と共に言う。それに、少しドキリとさせられた。「まいったな」というと、「本当に参ったみたいな顔で言わないでよ。傷つくじゃない」と唇を尖らせて文句を言われる。しかし、困るものは困るのだ。自分には、操を立てた相手が居るのだから。


「ま、いいわよ。そこまで深い意図はないしね。ひとまずはお友達。それならいいでしょ?」


「それなら、構わないけど」


「私だって、いやがる相手を無理に、なんてこと考えないもの。どちらかというと、がつがつした男子を断る側だったし。……けど、ちょっと残念ね。少しいいなって思ってたのに」


「気が変わったら教えるよ」


「うわ、キープするつもりだ。サイテー」


「あはは。面目ない」


「仕方ないわね、許してあげるわ。あなただけ、特別よ?」


 言いながら、二人でくつくつと笑う。そうだ、この距離感だ。古いラブロマンス映画の真似をして、共に笑っているくらいがちょうどいい。何処から何処までが本音で、何処から何処までが嘘か分からない。そんな腹の探り合いの様で、結局はただのじゃれ合いに過ぎない。そのくらいの関係性の方が、気楽でよかった。


 映画館のドアに手を当て、力を込めた。ギィ、と錆びた音。新市街の映画館はすべて自動ドアだというのに、と少し思うが、反面、何となく面白味を感じている自分もいた。


 壁際で今やっている映画を眺める。だが、ヴィーはすぐに総一郎の手を掴んで、「これ、一緒に見ましょ?」と指を差した。白黒映画で、ラブロマンスで、しかもこの館限定のそれ。心を、奪われるような気分になった。この館で、この相手と見るなら、まさにこれだ。


「そうだね、それが一番ふさわしい」


 総一郎の賛同に、「あなたならそう言ってくれると思った」とにっこり笑ってカウンターでチケットを二枚買うヴィー。受付の暗がりに座る館員のしわがれた声に、おや、と思わせられながらも、それを口にするより前に、彼女に引きずられて行かれた。


「ねぇヴィー。今の人って……」


「イッちゃん」


 人差し指を口に当て、無声音で『静かに』のジェスチャー。総一郎は変な顔をして、結局黙り込んだ。


 扉を通ってシアターに座ると、誰一人として観客は居なかった。「やっぱり」と思わず言うと、「これがいいのよ、これが」と楽しそうに返される。


「……ヴィー」


「あなたの考えはきっと正しい。でもね、真実でさえ、沈黙は金と同価値を持つのよ」


「……了解」


 総一郎は、微笑んで頷いた。アメリカにおける、原住亜人の在り方。人目を忍んで、それでも人の敷いたレールに乗らねば生きていけない苦しみ。ふと、思うのだ。ヴィーがここを好む理由は、もしかして。


「ほら、始まる」


 喜色に跳んだ声で、彼女は言った。古めかしい演出で、③、②、①、と映像が切り替わり、映画が始まった。白黒映画。無声映画。まるで、旧市街の雰囲気に合わせて時代をさかのぼらせたような印象を受ける。


 それは、みすぼらしい男が、花売りをする盲目の女性に恋をする話だった。無償の愛。彼女の目、そして幸せの為に、男は金を稼ぐべく奔走する。てっきりラブロマンスのつもりで見ていたから、ボクシングだの何だので笑わされて、びっくりした。コテコテだか、懐かしい気もしてしまう。それでも泣ける要素はあって、ほろりとさせられた。笑いと切なさ、その二つに涙した。


 見終わって、深い満足感に包まれていた。最後の目の見えるようになった女性の、風采の上がらない主人公の姿に幻滅しているとも、その行動に感動しているとも取れる表情。傑作だ、と思うと同時に、本当にこの映画館だけなのか、と訝った。あの主人公の俳優。どこかで見たような気がするのだ。あのちょび髭の、剽軽な人物。


 それを問うべくヴィーに目を向けると、ハンカチで目元をぬぐっていた。総一郎の視線に気づいて、少し恥ずかしそうに、手早く畳んでポケットに戻す。


「面白かった?」


「それは、もう。俺、昔は結構映画とか見てたんだけど、こんな映画があるなんて知らなかったよ。本当、最高だった。特に」


「最後の表情でしょ。イッちゃん、そこで少し震えてた」


「見られてたのか、恥ずかしいな」


「ううん、素直に感動できる人って、素敵だと思う」


 そこで褒めるのは少し卑怯だ、と総一郎は僅かに顔を赤くする。それを見てヴィーがクスリとしたのが癪で、総一郎も反撃する。


「そうだね。映画で泣くほど感動できる人って、素敵だよ」


 むぐっ、とヴィーは黙り込む。それにニヤリと総一郎は笑い、その意図をくみ取って、「なかなかやるわね」と彼女も悪い顔をした。


 立ち上がって身支度をしながら、ヴィーは「結局どっちだったと思う?」と聞いてくる。


「えっと、それは『幻滅』か『感動』かってこと?」


「うん。盲目という遮りを失って再会できた後、二人はどうなったのかって。何度も見てる映画だけど、私、今でもどちらかに決められないの」


「何度も見てるんだ」


「一応言っておくけど、アレ、ベスト版が何度も出てる名作よ? 知らないの?」


 喜劇王の名が出てきて、総一郎は驚愕と納得にどよめいた。何故ここでと聞けば、そういう昔の名作が専門な一風変わった映画館であるのだという。


 話題を戻されて、総一郎はふむと、顎に手を当てて考え込んだ。


「好きな方でいいと思うけどね。感動して、二人で幸せになったって」


「そんな言い方をするってことは、イッちゃんは違うのかしら」


「俺は――何故だろうね。幻滅しているようにしか見えなかった。主人公の剽軽な顔すら、それを読み取ってなお笑顔を貫こうとしている風に見えて、切なかったなぁ」


 そう告げると「そっか」とだけ言ってヴィーは肩を竦めた。少し気分を害してしまったかな。と映画の真似をして被ってもない帽子を上げるジェスチャー。ぷふっ、と彼女は口を押える。


 帰り、映画館を出る頃には大分日も傾いていた。「きれいな夕焼け」と言った彼女に総一郎が噴き出すと「今のは狙ったんじゃないんだけど……」と文句を言われる。


「ごめんごめん。君と二人で居ると、まるで古典アメリカ映画の中に、迷い込んだような気がしてきてしまうんだ。でもそれを客観視している自分も居て、だからそれらしい台詞が出てくるとどうしても、ね」


「……。まぁ、仕方がないわね。私も『マドモアゼル』で随分と笑わせてもらったし」


 総一郎、ぎくりとなる。時間が経ってから“狙い過ぎ”な言葉を掘り返されると、中々キツイ。


「えっと、それはちょっと調子に乗りすぎただけだから、ぜひとも忘れていただけると」


 下手に出て総一郎は頼み込む。ヴィーは夕日が真っ直ぐに差し込む一本道でくるりと回って、「どうしようかしら?」と可笑しそうに微笑んでいた。


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