77 (百人唯一解クイズ 4)
※
「百人にアンケートをして、ただ一人だけが答えた言葉を当てる……」
エイルマイルはそう呟き、そのシンプルなルールを心で何度も繰り返す。
「ユーヤ様の世界では、よく行われていたのですか?」
「いいや」
ユーヤは首を振る。
「このクイズはある番組で行われていたものだが、その番組の放送回数はさほど多くなかった。そしてこのクイズに臨んだのも、クイズ戦士ではなく芸能人ばかりだった。これは僕たちの世界でも、運任せの余興のクイズとされていたんだ」
「それは……しかしこのクイズ、かなり奥深いように思えます」
「その通り、君なら分かってくれると思っていた」
周囲に誰もいない大使館の食堂、あるいはその話を共有できるのは世界でこの二人だけとでも言うかのように、周囲では時が止まり、音が止まり、二人だけが互いの言葉に没入していく。
「このクイズ、十数年という期間の中で何度か同じ問題も出題された。そしてごく一部のマニアたちが気づいた、なぜか高確率で一票を取る言葉があると」
「……」
「このクイズ、決して運任せではない。必ずある、高確率で一票を取る選択肢が、そして、それは僕にも教えられない」
そのユーヤの言葉を聞いて。
エイルマイルは、柔らかく笑う。
「よく分かります、すべて理解できます、ユーヤ様」
エイルマイルの目の奥に、なぜか喜の感情が流れている。
「つまり、その言葉を見つけ出す理屈を、理論を、私が考えればよいのですね」
あらゆることが、若く才能に溢れ、血潮にみなぎるエイルマイルの脳になだれ込んでくる。新たな世界を知る喜び、未知のクイズを掘り下げていくことが脳内物質を分泌させている。
それは、目もくらむようなクイズ・ハイ。
ユーヤは何度も繰り返した言葉を改めて確認するかのように、ゆっくりと言う。
「考えるべきことは無数にある。まずは想像しうる選択肢、人名を挙げる問題ならばその知名度、アンケートに答える人々の顔ぶれ、それまでの問題でどのような解答があったか、誰がどんな答えを挙げたか、観客の盛り上がりの程度、司会者の一言一句さえもアンケートに影響する。
検討すべき情報を詳細にリストアップしたならば、それは人間の手には負えない量になる、だが……」
だが、と、ユーヤは一本指を立て、エイルマイルの目を見据える。
「真なるクイズ王ならば、あるいはこれを理詰めで解くことが可能なのかも知れない。誰一人やってのけたことはなく、誰も見たことはない思考の極地、それを僕に見せてほしい」
「はい」
「君なら証明できるかもしれない、クイズ王とは、人間を超えた存在なのだと――」
※
「さあ第二問、どうでしょうかねこの問題、もちろん双子も解答に入りますよー」
司会者が軽快に歩きながらそう呼ばわる中。貴賓席からは数多くのチョークの音が流れてくる。
「ふふん、照れるのう、予期せぬところで一位を取ってしまうではないか」
舞台袖、そう言いつつ現れるのは双王である。スカイブルーとモスグリーンのタイトワンピース、それに羽扇子というスタイルで、ハイヒールをかつかつと鳴らしている。
ユーヤは首をかしげる。
「服を変えるんじゃなかったのか?」
「むろん変えておる。刺繍が全然違うじゃろ、一着で庭付きの邸宅が買えるプルニッチ刺繍じゃぞ」
そう言えば蒼と翠の服には、金糸で細かな刺繍が入っている。大輪の華やら四足の獣やらであるが、目が細かい割に主張は控えめである。ラメかと思ったものはすべて細緻な刺繍であり、獣の体毛まで、華の表面に積もる花粉まで再現するかのようだ。
しかし、なぜ急に着替えを? という疑問が浮かぶ。
よく見れば化粧もやり直したのか、目鼻立ちがさらにぱっちりと明確になっている。ユギ王女は得意気に腰をひねるようなポーズを取り、ボディコン服の裾をつまむ。
「スカートも若干短くなっておる。助平なユーヤが俺はミニスカが好きだ、もっとミニスカにしてくれと言って聞かんかったからのう」
すると、睡蝶、ズシオウ、コゥナの三人の王族が。
「ユーヤがそんなこと言うわけないネ、嘘はよくないネ」
「双王さま、そんなことばかり言ってると信用が得られませんよ」
「お前たちの股下の丈がどうなろうと今さら似たようなものだ。ときどき思いきりパンツ見えるのがむしろうざい」
総スカンを浴びせる。
「おのれら空気読まんかあああ! ここはジト目で責めてユーヤが汗だくで否定するとゆーギャグの流れじゃろーがあああ!」
ひとしきり叫んで後、
後ろにいたユゼ王女が、ぱしりと扇子を閉じる。
「まあ良い、ともかくこの問題なら一位は我ら双王で決まりじゃの、よく見ておれユーヤよ」
「はあ……」
双王の名前が多く上がったからといって、だから何? という疑問がその辺をぷかぷか漂っていたが、さすがにそれを口に出す者はいなかった。
ズシオウが空気を変えようと口を開く。
「では一票は何でしょうか? オルレオー兄弟とか、リュミールとナーヤンシャとか」
「サクラヨカゼとファーミットのボーカルは姉妹だったはずじゃぞ」
「それ中々いいところネ」
わいのわいのと、王族が増えたために舞台袖も賑やかになってきた。ガナシアやベニクギなどは後ろの方に控えている。
ユーヤはついとステージのほうに目を向け、そこにいるセレノウの姫君を見る。
眼球がやや上を向き、鼻で深く呼吸している。これは彼女の深い思考を現すサイン。よく集中できている。
その意識は問題の深みに沈んでいき、もはや何者も見ていないように思える。
もし、彼女の思考を視覚化し、その背後に表示できたならば。
そこを凄まじい勢いで落ちていく言葉を、思考の大瀑布を見ただろうか。
そして、二人が解答を提示し、貴賓席の百人も黒板を裏返す。
「おおっと、やはりパルパシアの双王が多いですね、22票。続いてニールセン兄弟7票、リロッタとマーブル姉妹、同じく7票……」
今回は一問目に比べると答えがバラけているようだ。三票、二票まで読み上げてもまだ10人ほど残っている。
「さあここからが唯一解答です! おっと、いました! 虎牢と虎鏈の兄弟! エイルマイル様、正解です! いやあこれも懐かしい、あの映画面白かったですねえ」
「映画なのか。カンフー……いや、格闘技のアクション映画のキャラクターとかか?」
舞台袖のユーヤが呟き、睡蝶がいいやと首を振る。
「本物の虎の兄弟ネ、猛獣使いにさらわれた母親を探すために、虎の兄弟がシュネスの砂漠を横断するって映画ネ。小さな村で野盗を追い払ったり、バザールで芸を見せたりして食べ物を貰って旅をするネ、本物の虎を調教して撮影されたネ」
「その映画ものすごく見たいな」
「えー残りは、モンダガセオ兄弟、マリューナとロブル、はいそこ! ありました! ルセとルッシの姉妹、ジウ王子も正解です!」
拍手が飛ぶ、そのように息の合った拍手からも、観客たちのこれまでの観戦歴が窺えようか。
「当ててきたか……ジウ王子の解答した人物はどんな人なのかな」
「たしか古典ダンスの世界の人ネ、古典ダンスはかなりマイナーだから普通の人は知らないネ」
「……そうか」
その時、ステージ上。
(予想通り……)
口の端に笑みを浮かべるのはジウ王子である。
(このクイズ、狙うべきは経歴と強くリンクしている回答)
(貴賓席の百人はすべて名士、その全員の経歴は把握できている)
それはユーヤからルールを聞かされたとき、真っ先に調べるべきと思ったことである。貴賓席の全員をリストアップし、その経歴を紙にまとめる。そして幽鬼たちとそれを覚える。
ジウ王子の周囲の幽鬼たちは、新たに情報を蓄積することにも使える。経歴の紙を床一面に敷き詰めれば、即座にその全てが幽鬼たちに蓄積され、必要に応じてジウ王子とも共有できるのである。
その青白い炎を纏った六人は一流のクイズ戦士であり、それぞれに特化した分野の専門家であり、記録と記憶の補佐をする情報端末であるとも言えた。
(貴賓席の右上、ノルジェミラ卿、古典ダンスの評論家であり、ルセとルッシ姉妹を育て上げた人物でもある、必ずそれを答えると思っていた)
(この要領ならば、正解も容易い)
「さあ続けて参りましょう、第三問! 一度は行ってみたい観光名所と言えば? 地名ではなくなるべくピンポイントにお答えください。
さあエイルマイル様2ポイントに対し、ジウ王子1ポイント、ここで一気に勝負を決められるか!?」
「観光名所か、コゥナ様のフォゾスだけでも数えきれん程あるぞ、かなり答えがバラけそうだな」
そう呟くコゥナに、ユーヤが一人ごちるような声で答える。
「いや、おそらく……この問題の少数回答はそこまで多くない」
「む、なぜだ?」
「二問目はかなり答えが分かれた。おそらく、参加者のテンションが上がったためにヒネった答えが増えたんだ。そのせいで答えの読み上げに時間がかかり、若干番組のテンポが悪くなってしまった。参加者も何となくそれを感じている、次はおそらく無難な答えが増えるはずだ」
「そこまで考えるのか!?」
「そう、この百人唯一解クイズは生きている。繰り返すたびに回答の収束率が変わり、その様相を変えていく。スタジオの気温や、収録の季節すらも影響する」
「むむ、なるほど……しかしまあ、セレノウの姫君がリーチしている状態だ、なんとか勝てそうだな」
「……そうだな」
(そう、確かに貴重なリードだ。だがジウ王子も何かしらの要領を掴む頃だろう、油断はできない)
(このクイズ、とにかく思考の量が正解率に影響する。どれだけ深く推理できるかが肝要)
(そして、思考力とはスタミナ、それを産み出すものが、クイズに取り組む強烈な動機)
(ジウ王子には、おそらく動機があるのだろう)
(あらゆるクイズに勝利し、あらゆるクイズを制覇し)
(そして、クイズの世界を壊したい、という動機が……)
ステージ上で、舞台袖で、様々な人間が思いを巡らす。
――しかし
「ありました! ナンス・ベイレイン大灯台! エイルマイル様3ポイント獲得! これで勝利決定です!!」
「――え」
我知らず、ユーヤも呆けたような声を出す。
一瞬、何かの間違いではないか、とすら思った。
あまりにも、無体なほどにあっさりとした結末。
もちろん観客は熱狂し、惜しみ無い拍手と喝采が飛び、その鮮やかな三連取は酒場の語り草になることだろう。
しかし、この百人唯一解クイズの深淵。その難易度と思考の量、それをおおよそでも量れていたものはほとんどいない。観客としても、思ったより当たるものだな、というぐらいの認識だろう。
「ユーヤ様」
エイルマイルは舞台袖に小走りで駆けてきて、異世界人の胸に額を当てる。
「楽しいクイズでした、本当に」
「ああ、そうだな、見てて分かった……」
頭にそっと手を置く、驚くほど熱い。知恵熱で顔が赤らみ、意識も若干ハイになっている。おそらくはステージに出ていってから今まで、ずっと全速力で駆け続けたほどに消耗しているはずだ。
「少し休むといい、脳が疲れているから、誰か甘い飲み物を」
「うむ、コゥナ様が頼んでこよう」
その頭を撫でて、速い呼吸が少しづつ穏やかになっていくのを意識すると。
ようやく、その勝利を実感できてくる。
(これでいい)
(……そうだ、これでいいんだ、これこそが)
何事もなく勝負が終わり、何も危なげなく勝利する。
それこそが、クイズ王の勝ちかたというものだろう。
小賢しい計略、取っ組み合うような駆け引き、
そんなものと無縁のところに、王は存在するのだから。
「ありがとうエイルマイル。見せてもらったよ、本当のクイズ王の試合を」
「ユーヤ様……あとは、よろしくお願いします」
「ああ……」
一方、ステージ上では。
「ふむ……仕方ない、運とやらが味方したということか」
一ラウンドだけとはいえ、ジウ王子には極めて珍しい敗北。
しかしジウ王子は、少なくとも表面上は精神を乱していない。一旦、懐中時計を確認し、次のラウンドの準備をしていた司会者を呼ばわる。
「10分ほど休憩にしましょう。観客もそろそろ歌を欲している頃でしょう」
「おっと……そうですね、盛り上がってたので忘れてましたが、そろそろ一曲目行ってみましょう! 一曲目は皆さんご存知の通り、昨年度のセールス第一位の曲となります!! ミュージック・スタート!」
妖精王祭儀でのクイズ大会とは、総合エンターテインメントである。
その幕間を彩るのは超一流の歌手と演奏家たちであり、この広大なホールの右側面に、いつの間にかフルオーケストラなみの楽団が控えている。
そして波のように音楽が押し寄せる。
その第一音は、多少アレンジされているがユーヤも判別できた。
「……お、これは確か、ポップリップの「ラビリンス☆ラビット」だな」
「よし、行くぞユゼよ」
「うむ、びしっと決めて見せようぞ」
「えっ?」
一瞬、ユーヤの目が点になり、その脇を双王が駆け抜けていく。
そして黒い目が見開かれる。
「――あ、あの二人がポップリップなのか!?」
「そうですよ? だから着替えてたんじゃないですか、あれはステージ衣装ですよ。プルニッチ刺繍の服は高価すぎて、双王でも普段使いにはできないんです」
後ろのズシオウが当たり前のように答える。そしてはたと首をかしげる。
「ユーヤさんは異世界の人ですから知らなくても当然ですが、でも曲は知ってるのに、双王だと分からなかったんですか?」
「最初の一音しか覚えてないからな……」
「?」
ステージには多種多様な妖精によって光の乱舞が起きている。花園のような豊かな音。妖精の光を受けて輝く双王たちのボディコン服、あるいは双王それ自身も。
「……本当に、いい世界だ、ここは」
「はい?」
「豊かで、知的で、驚きに溢れている。そこに住む人々も、みな青春の最盛期のように輝いてるよ」
「そ、そうですか? 普通だと思いますが」
ズシオウはどう答えていいのか分からず、そんな何の変哲もない言葉を返すだけだった。
「さて、10分の休憩か、それが終われば僕の番か」
「そうですね、応援してます」
「ありがとう」
(そう、これが最後)
(最後ぐらいは、いさぎよく、堂々と)
(敗北してくるか)
※更新のお知らせ
次の戦いを途中で切りたくないので、次の更新でエピローグまで含めてすべて上げます、つまり次が最後の更新となると思います。何話になるかはまだ分かりませんが、鋭意製作中です。
また、次回作についての予告などもその時にできればと思っています。
足かけ五ヶ月、ようやく完結できると思うと感慨深いです、どうかもうしばらくお付き合いください。
4.21追記 現在鋭意製作中、おそらく24日か25日には何とか……




