76 (百人唯一解クイズ 3)+ コラムその8
※
「私たちは、サグナリム霊廟の奥に忍び込みました。そこは不自然なほど警備が厳重で、ベニクギも峰打ちながら大勢を昏倒させる必要がありましたが……少なくとも死人や重傷者だけは出しておりません。
そして、私達はそこで保管されていた大量の文書を調べました。ジウ王子の実母について、同時期に静養地の離宮にいた側妻について、そして書簡や公文書、王室への日用品などの要請とその返答、医師の応診記録の写しなどもありました。そして見つけたのです、出生記録を」
ステージの舞台袖、変装した姿のズシオウは、やや興奮ぎみに話している。
「出生記録か」
「はい、やはりジウ王子以前にも、現王グラゾ様のご子息を身ごもった方がいたようです。その人物は離宮において大勢の家庭教師によって育てられ、書類の上では13歳で亡くなっています」
そこでズシオウは一度大きく息を調え、ユーヤの目を見つめ直して言う。
「しかし」
「一人ではないのです」
※
(百人唯一解クイズ……あの異世界人の持ち込んだクイズか)
ステージ上、ジウ王子は、心の奥がざわつくのを感じていた。
あの壁の花か、あるいは床下の猫のようだった第二王女が、獰猛にも牙をむいて襲いかかろうとしている。
それだけならともかく、己の力を侮辱した。軽んじた――。
(このようなアンケート形式のクイズならば、運の勝負に持ち込めると考えたわけか、浅知恵を)
(……このクイズの要旨は、すなわち該当する解答をいくつ想定できるかにある)
(第二問は兄弟、姉妹の有名人、双子の出生率が異常に高いパルパシアのために該当者が多い、出現しうる答えはおそらく百以上)
(ならば知識量がものを言う。さあ、頼むぞ――)
ステージの解答台にて、背筋を伸ばして佇むジウ王子。
もし、この時。
人間のそれではない、超越的な視界を持つ者がいたならば、その周囲にぼうっと佇立する人々を目撃したやも知れぬ。
それは、青い炎を纏った幽鬼。
それが、六人。
男もいれば女もいる、背の高いもの、低いもの、髪の長い乙女、あるいは痩せぎすで不健康そうな男、共通しているのは、その全てが少年少女であるということ。
姿は煙のような水のような、青く透き通った体は表情が乏しい。それらは親しげにジウ王子の腕にまとわりつき、耳元で何かを囁くが、だが声は発しておらず、意思だけが伝わっていた。さらに言うなら正確には触れることもできず、絡めようとした腕はジウ王子の腕と溶け合って揺らめいている。その喜怒哀楽の表情はひどく表面的で、面を被っているかのようだ。ジウ王子にすら彼らが何を考えているのか正確には分からない。
ジウ王子は、彼らをこう理解していた。
人と妖精の、狭間の存在と。
※
「なっ――」
その言葉に、さしもユーヤも絶句する。
「十二人だって……?」
「そうです」
ズシオウが背後のベニクギを振り向く、それについて深く調べていたのは彼女のようだ。説明を引き継いだベニクギが、神妙な様子で言う。
「間違いござらぬ。三人の側室だけではない、さらに民間の娘と交わり、子を生ませた記録が残ってござる。その子は王室が預かることとなり、相手の娘には莫大な金銭を与えて因果を含める……。二度と会うことは許されず、その子が将来的にどうなったかも秘匿されたのでござる。
万が一、王の血統が途絶えた際の保険として、妾腹の子を囲っておく、という構図にござるな。まあ、それだけならよくある話。それに関わった王宮の兵士や文官たちもそのように理解していたようでござる。そのような子が12人、ジウ王子を入れれば13人いたようでござる」
「だが、その計画には真の目的があった」
「左様――」
ベニクギが声を潜める。周囲の王たちも身を屈め、火を囲うように集まる。これはおそらく、大陸でも史上最大規模のスキャンダルであり、計画的な妖精の鏡の利用。
すなわち、妖精王の作った世界への破壊行為、超越者への反逆ともなりかねない事態――。
「ここからは過分に推測が入り申す。それぞれは優秀な家庭教師によって教育されてござったが、とても奇妙なことに、そうして生まれたすべての出生者が時期を揃えて亡くなってござる。年齢は当時で10歳から15歳。それらの死亡記録は別個に管理され、そのような庶子が何人いたのかを把握している人間はほとんどいない……そもそも王子だと知らぬ者が大半だったようでござる」
「10歳……」
「ある時期、ジウ王子が12歳になった頃、すべての王子が身罷られてござる。それらの子は王家の霊廟であるサグナリム霊廟に安置された記録がござるが、記録だけで、石室は空でござった」
「そうか……すまない、墓荒らしのようなマネまでさせて」
「気になされるな、全ては大陸の安寧のため」
ユーヤは、以前に聞いたジウ王子の経歴を思い出す。確か、10歳で大学相当の学問を修了し、12歳から王宮で政務に着いていると聞いた。
「……その時期に、選抜が行われたな」
「選抜……」
脇にいたコゥナが眉をしかめる。その何でもない言葉が、ひどく苦々しいものに思える。横の睡蝶らも同様である。パルパシアの双王は服を変えるとかで己の控え室にいるが、あの明るさがこの場にないのが辛かった。
ユーヤが続けて言う。
「おそらく、ハイアードに伝わる妖精の鏡とは、守護霊を生み出す鏡」
「守護霊……兵鬼のことネ? 貴人が亡くなるとき、その魂を守るために兵士の人形を棺に入れるネ」
「兵馬俑みたいだな。そういう風習は僕の世界でもたくさんあるけど、これはもっと実際的な、人間を霊的存在に変える力だと思う」
「し、しかしユーヤよ、確かにフォゾスにも祖先の霊だとか、白猿の霊が猟師を守るとかの考えはあるが、そんな存在にクイズなどできるのか?」
「できる、のだろう……おそらくその王子たちは、12歳前後まであらゆる分野の知識を蓄えた。そして選抜が行われたのか、あるいは最初からジウ王子だけが選ばれる予定だったのかは分からないが、その子たちは鏡に捧げられたんだ。鏡の基本的なルールに従うならば、六人が生け贄に捧げられて妖精の世界へ行き、六人がジウ王子の守護霊となった……最初から、そのために育てられた王子たちなんだ」
さしものユーヤでも、己の想像に身震いがする。
この計画が、いったいどれほどの犠牲を生むのか、数え上げることすら恐ろしい。
鏡に捧げられた六人は10年後に帰ってくる、しかし若い貴重な時期を失った上に、果たして帰ってきた後に居場所などあるのかどうか。
守護霊になってしまった六人は果たして元に戻れるのか、それとも半永久的にそのままなのか。
そして王族ではない人間もだ。人生を大きく歪めた者、我知らず計画に荷担した者、これだけの計画であれば、それを知ってしまった人間が秘密裏に始末されていても何の不思議もない。
夜のごとく、巨大で、闇一色の悪意。
「いかれてる……」
ふさわしい悪態をつくことすら困難なほど、その闇は深い。大勢の人生を、生命の尊厳を、そして大陸の人々の愛するクイズを汚す行為――。
「この計画は大きすぎる。中心であるジウ王子も、これを考えて完遂させようとした誰かも、おそらく精神が耐えられない。これは世界を壊し、ハイアードを壊し、関わるあらゆる人間を壊す計画なのだと、なぜ分からなかったんだ……」
(僕に)
(僕にこんな巨大な毒を、どうしろと言うんだ、妖精王よ、超越者よ――)
毒をもって、毒を制す。
では、この夜の海にも似た黒々とした毒の海。
それを打ち消すほどの毒とは。
※
(ユーヤ様)
そのような舞台袖のことを知るよしもなく。
ステージ上で、エイルマイルは黒板を見つめている。そしてユーヤのことを想う。
(ユーヤ様、今なら分かります、この百人唯一解クイズとはまさに知の極致)
そしてチョークを走らせ、解答を刻む。
(負けるはずがない)
(ジウ王子がたとえ超常なる存在に守られていても、いえ、だからこそ負けはしない)
(人間の智恵こそが、あらゆるものを凌駕し、世界を変えるのだから……)
※
コラムその8 妖精について、その2
フォゾス白猿国、コゥナのコメント
「今日も妖精について教えてやろう。いきなりだが、世界で最も多種多様な妖精に通じているのは我らフォゾスだ。それというのも蜂蜜の生産が盛んだからだな。フォゾスの森に住む蜂は平野には住み着かず、密林の奥にある希少な花からしか蜜を取らないものが多い。世界には数百種の蜂がいるが、その七割以上がフォゾスの固有種なのだ」
ラウ=カン伏虎国、睡蝶のコメント
「今日はおもに宝石を使って呼び出す希少な妖精についてですネ、頑張ってお手伝いしますネ♪」
・灰気精
コゥナ「気象を操る精霊だ、灰色をしており12枚の長い羽を持つ。呼び出すために指の先ほどのアクアマリンが必要で、しかも濁りのない宝石としての価値が高い石でなければ呼び出せない。これは希少な妖精にはよく見られることで、濁っていたり中にクラック(ヒビ)やインクルージョン(内雑物)が含まれているものでは呼び出せないことが多い。灰気精の場合、金銭的価値に直すと200万ディスケット以上のアクアマリンが必要なのだ。
能力としては天候を操る。雨や雪を降らせたり、風を吹かせることもできる。この妖精はおよそ1時間ほどで妖精の世界に帰ってしまうため、雨を降らせた場合、得られる水の量としてはおよそ25メーキのプール一杯分ぐらいだな、割に合うかどうかは意見が分かれるところだ。
睡蝶「農業に使うのはあまり現実的ではなく、おもにクイズイベントなどでの演出によく使われますネ、風の強さや雨の量など、細かい要求に正確に応えてくれるので、妖精の中でも知能が高いほうだと言われてますネ、けど妖精に知性があるのかどうかは今も議論が分かれていますネ。お金持ちが家の裏庭をスキー場に変えたりしてますネ」
コゥナ「ちなみに200万ディスケットとは、フォゾスの名産、焼きキノコで風呂を一杯にしたぐらいの価値だな」
睡蝶「焼きキノコ高い……いや安い……き、基準が分からないネ」
・蝋読精
コゥナ「ラジオの中に入っている妖精だ。七彩謡精は発信專門だが、これは受信專門、ラジオの中には必ずこの妖精が一匹入っている。音量の調節や受信するチャンネルなどは体の色々な場所に触れて行う。この仕組は覚えるのが結構面倒なのだが、今ではラジオの機械が代わりにやってくれるので楽になったな。
ラジオの機構としては他に拡声、チャンネルサーチなどがある。呼び出すためには蜂蜜に加えてトパーズが必要だ。ラジオの再生だけなら通常のトパーズでよいが、ピンクトパーズなど希少な石を使うと録音と再生が可能な蝋読精を呼べる」
睡蝶「形状が同じなのに、能力が微妙に異なる妖精は「階能種」と呼ばれますネ。基本的にはより希少な宝石のほうが優れた能力の妖精が呼べますネ」
コゥナ「貴重な妖精を呼べるから値段が高いのか、それとも妖精が人間の宝石の価値を理解しているのか、議論が分かれるところだが、妖精の能力と宝石の市場価値は見事にリンクしており、例外はほとんどないのだ。一番安いので8000ディスケットぐらいのトパーズでも呼び出せるが、どの番組も中年男の甘えた赤ちゃん声に聞こえてしまうらしい」
睡蝶「拷問かな?」
・翠想巨精
コゥナ「数ある妖精の中でも風変わりなものの一つだ。エメラルドに蜂蜜を塗ることで呼び出せる。その体はゴマのように小さく、ほとんど視認できない。「棘となれ」「大きくなれ」などと叫ぶことでエメラルドを巨大化させる、という変わった力を持っている」
睡蝶「拡大の比率はおおよそ100倍、つまり直径1リズルミーキのエメラルドが1メーキの大きさになりますネ。しかしエメラルドが0.6リズルミーキ以下の大きさでは呼び出せないことが分かっていますネ。市場価値は30万ディスケット以上というところですネ」
コゥナ「巨大化したエメラルドは一時間ほどで消えてしまう。この拡大しようとする力は非常に大きく、岩の中に埋め込んで岩を砕いたり、建物を解体したりできる。工事現場などで稀に使われるな。ちなみに巨大化したエメラルドを細かく砕き、宝石店に持ち込む詐欺は後を絶たない。エメラルドは長話をしてから買え、という諺もあるほどだ」
睡蝶「パルパシアのパーティーではエメラルドを巨大化させて、みんなでハンマーで打ち砕く遊びがあるそうですネ、あの国は何というか、ホントに度しがたいネ……」
・まとめ
コゥナ「今回は宝石を使って呼び出す妖精を紹介したが、妖精の中ではそのようなものは少数派だ。水を浄化する妖精、肉を腐らせない妖精、夜道を照らす妖精、そのようなものの方がずっと大事なのだ」
睡蝶「せっかくの宝石なら、身に付けた方が有意義ですネ」
ユーヤ「なお、1ディスケットは約1円と考えていただければ目安となるでしょう」
ガナシア「急にどうした」




