65 (競馬クイズ 2)
舞台は整い観客も入る。
場所はセレノウ大使館、ロビーの広間である。奥には広めの階段があり二階へ繋がり、左右からは食堂であるとか、意図のよく分からない小部屋にいくつか連結している。本来はこの時期、来客用に展示会のようなものを開くのだとか。
観客は大使館詰めの使用人たち。
メイドに侍従、コックに御者。ほか煙突掃除夫やガラス屋など、なぜか出入りの業者までこっそりと並んでいる。
さらにはパルパシアやフォゾスの人間、小間使いのメイドに、正装した身分の高そうな人間も多い。ラウ=カンやヤオガミふうの衣服を着た人間もいるが、ここまで来るとユーヤにもその全員は把握しきれていない。総数はおおよそ60名というところか。王族がこれだけ集まっているのだから、人知れず付き添いの人間も増えていくものだろう。この妖精王祭儀の時期には様々な外交的行事が行われるとのことだが、おそらくは各国大使館や役所は、予定の調整に追われていることだろう。当の王族たちにそんな気苦労は微塵もないが。
ホールの手前側、つまり扉を背にして四人が並ぶ。それぞれ50リズルミーキほどの高さの台に乗り、手には黒板。恥ずかしそうに身を捩らせるものもいれば、静かに佇むだけのエイルマイルのような者もいる。司会進行のパルパシア第一王女、ユギが声を張る。
「さあさあ、準備は万端整った。これより行なわれるはセレノウとラウ=カンとの正格なる決闘。世にも珍しき競馬クイズじゃ。クイズ大会などでブックメーカーが賭けを打つことはあるが、それを決闘の競技として利用するという発想、これはありそうでなかったのう。しかも出題されるのはちょっとアダルトでオトナな問題ばかり。可憐で高貴なる各国の姫君が、あるいは公爵令嬢にして武勇の誉れ高き衛士長どのが、己の脳に潜って桃色の箱をまさぐる知的遊戯。身悶えながら胸震わせて、頬を染めつつ背伸びな単語を書き示す。大陸で誰も見たことのない奇観絶景であろう。決闘を行う二人もさることながら、四人の淑女がどのような解答を見せるかが注目されるのう。お主ら! せいぜい楽しんでいくが良いぞ!」
うおおおお、と観客から声援が上がる、声量は男が8、女が2というところか。女性陣も盛り上がってはいるが、男どもの興奮は異様に高まっている。髭を蓄えた恰幅の良い料理人が、老練そうな細身の掃除夫が声を枯らして叫んでいる。
「なんで双王はあんなにノリノリなんだ? いま大変な時期だと言うのに」
ユーヤが冷淡な目をして呟く。
解答席として用意されたのは二つのソファー。後ろの人間に見えやすいという配慮のために低めのものが用意され、ユーヤと睡蝶はそれに深く腰掛けて足を組んでいる。
「双王は憂いとか心配事とは無縁ネ。それにイベントは楽しくやるべきネ」
「それはまあ分かるが……」
アイルフィルのこと、鏡のこと、ジウ王子の策略、海の向こうの未知の大陸、ユーヤのもといた世界。
どれ一つとっても重大な関心事であり、ユーヤなどは考えに気を取られると頭が削れそうなほどだが、この世界の人々はどこまで考えているのか、あるいは心配事とクイズを切り離して考えられるのか、世界が異なれば人の考え方も違って当然という事なのか、それともユーヤのほうが心配事を抱えすぎる性格なのか。
「まあいいか、じゃあ早速……」
「ちょっと待つネ」
すいと手を上げ、睡蝶が大きめの声で言う。
「む、どうしたのじゃ、ラウ=カンの若奥様」
「その言い方やめるネ。チップを賭けるタイミングを決めてないネ」
「タイミングじゃと? そんなもの四人が書いてからでいいじゃろ」
「だめネ。問題を最初に私達に耳打ちしてもらうネ、その時点でこちらは掛け金と賭ける相手を決めて書き、その後で四人に向けて出題してもらうネ」
「ほう、まあ別にそれでも良いがの」
双王は早く始めたいとばかりに簡単に了解する。ユーヤの同意など確認もしない。
睡蝶はにやりと薄く笑い、ユーヤを横から盗み見る。
「……いろいろ考えてるんだな」
「雪辱戦だと言ったはずネ。ユーヤが異世界人なのになぜクイズに勝てるのか、それは観察力や策略で勝つタイプだからネ。問題を全員が聞いた後では、書き込む様子で誰が正解したのか見抜いてしまうネ」
「別にそんなことをするつもりは無かったが、君が安心できる形式があるなら、自由にやればいい」
「ずいぶん余裕ネ。勝負がどちらに転んでも損はないとでも考えているネ? 虞人株を甘く見てると――」
「そうじゃない。負ける気づかいのない勝負に緊張するわけがない」
はた、と睡蝶の動きが止まる。
そして、そのうなじのあたりで丸くまとめた菫色の髪から、ぴんと毛が跳ねてくる。
「……どうしてそんなに自信があるネ? 問題はユーヤが知らない知識のはずネ。観察が使えない以上。ユーヤが圧倒的に不利……」
「経験の差だ。競馬クイズは16年続いた人気番組、似たような形式の番組も数多くあった。僕がどれだけの番組を見てきたと思ってる。異世界だろうと素人には負けない」
「私を素人と言うネ!」
「違うと言うなら、こちらも賭け金を上乗せするか?」
「上乗せ?」
「情報のやりとりは当然行うとして、僕が勝ったら、君は僕に協力してもらう」
「最初から、ラウ=カンはセレノウに協力すると決めてるネ」
「それは利害の一致に過ぎない。ラウ=カンも己の鏡を奪還するために、とりあえずはハイアードの動きを封じ込めることに協力しているだけだ。協力関係としては薄い」
「何が言いたいネ」
「……ただ誓えばいい。何があっても僕たちに協力すると、僕の言うことを何よりも優先し、僕の言葉を信じて従うと。勿論それは、最終的にラウ=カンの利益にも通じる範囲だ、国を裏切れなどとは言わない」
「……」
睡蝶は、この猫のように掴みどころのない女性はユーヤの横顔を見て、そこに何の意思が隠れているのか見極めようとする。
事態は混乱しており、そして時間はない。クイズ大会の開会まで、もはや6時間もないのだ。
ラウ=カンの握っている情報を渡したとしても、事態が劇的に変わるとは限らない。
あるいはこの異世界人は、さらに先の手を考えているのか。そのために睡蝶という切り札を手に入れたいのだろうか、そのように思う。
「……私の体を賭けるなら、私が勝ったときの見返りも増やしてもらうネ」
「どうすればいい?」
「私が勝ったらユーヤの虞人株に加えて、50億ディスケット払ってもらうネ」
は、と、ユーヤは露骨なほどに笑う。
「君の肉体の価値は50億か。王族とは言え吹っかけるもんだな。シュネスの王は妖精の鏡に500億出したが、君は一個の人間だぞ。しかも生死を左右するほどの契約でもないだろう」
「高すぎると言いたいネ? これでもラウ=カンの七武芸を修め、七十七書に精通した……」
「すべて了解した」
ユーヤが、それで話は打ち切る、という気配をにじませて言う。
「ゲーム開始だ」
そこで、睡蝶ははたと気付く。
なぜか、目の前で巨大な門が閉ざされる感覚がある。
いや、門は己の後方で閉まっている。いつの間にか後戻りのできない場所に来てしまったという感覚。敵陣深く切り込んでいたはずが、気づけば敵の城内で孤立してしまったような。
ユーヤの話術にずるずると引き込まれ、己のすべてをチップ置き場に乗せてしまったような錯覚がある。
睡蝶がそれをしっかりと自覚するより早く。双王の声が飛んだ。
「ではゆくぞ! 第一問じゃ!」
ユギ王女の声と同時に、ユゼ王女のほうが二人に駆け寄り、その耳の間でひそひそと耳打ちする。
「……ブラジャーには大きく分けて3つの形式がある、プレゾンテフ、ノッチジャック、あと一つは?」
問題を聞き、ユーヤは考えに沈む。時間にすればごく数瞬だが、衆人環視の中で引き伸ばされて感じられる時間。
(……ブラの種類、元いた世界では、定義にもよるが軽く十種類はある)
(この世界でもデザインや素材の定義で言えば3種類ということはないだろう、つまり大まかな形状での話。双王は「形式」と言っていたしな)
(例えば背中のホックとフロントホック、この場合、もう一つとなればスポーツブラ、あるいはロングラインブラのように衣服と一体化しているブラだろう。ヌーブラがあるとは思えない)
ユーヤはカリカリとチョークを走らせ、手元の黒板に記入しはじめる。
ここまでの思考。
時間にすれば1.7秒ほど。
ぎりぎりだった、とユーヤは思う。
これ以上に時間をかければ、隣の睡蝶に「熟考した」と思われてしまうところだった。
睡蝶は隣のユーヤをちらと見て、人差し指で下の唇をいじりながら考える。
(……ユーヤは即座に書いてるネ。この程度の問題ならエイルマイル王女はおそらく安牌。そちらに賭けるつもりネ)
(ならば私は……)
睡蝶も手元に記入し、それを見て司会のユギ王女が全員に同じ出題をする。
「ええっ……」
「うぐ……」
解答者の何人かが動揺を見せ、観客は沸騰する直前の鍋のような賑わいを見せる。
ちなみに言うならば、エイルマイルはシンプルなドレス。ガナシアは礼装の軽鎧。ズシオウは白装束に木の面、コゥナはいつものビキニのような姿である。ズシオウは木の面の奥で、誰の目にも明らかなほど狼狽する。
「あ、あうう……」
頭から湯気を上げながらチョークを動かす。
「全員書けたな! 答えを示すのじゃ!」
解答は以下のようになる。
エイルマイル『ピューピングタイプ(潜衣式)』
ガナシア『ピューピング』
ズシオウ『ピューピング』
コゥナ『着るやつ』
「エイルマイルどの、ガナシアどの、ズシオウどのが正解じゃ!」
うおおおお、と喝采なのか何なのかよく分からない歓声が飛ぶ。いつの間にか広間の周囲が風船や紙の鎖で飾られている。生花だとか、紙で包んだ小銭などが投げられる。
「ブラのタイプには前で留めるプレゾンテフ、後ろで留めるノッチジャック、そして衣服と一体化しておるピューピングタイプがある! これは主に胸の小さな女子が使うものじゃの、ズシオウどのなどはさすがの見識じゃのう」
「へ、変なこと言わないでください、私は白無粧なんです、性別はないんです」
黒板で顔を隠しつつ湯気を上げる。
「さあ、ではユーヤと睡蝶どのの賭けはいかに!」
決闘を行っている二人が、このタイミングで黒板を裏返す。当然のことではあるが、途中で解答を書き換える動きは不可能である。
ユーヤ『ズシオウに5チップ』持ち点10→35
睡蝶『ガナシアに5チップ』持ち点10→25
「む……」
睡蝶が眉をしかめる。
「……ずいぶん強気ネ。西方圏の問題が苦手なはずのズシオウに賭けるなんて」
「別に……」
ユーヤは何でもないことのように言う。
「ズシオウはこちらに住んで何年にもなるし、妖精王祭儀の時期にはお忍びで祭りを見物してると聞いたしな、ある程度のクイズ知識も持っていると踏んだ」
「なるほどネ、まあ次の問題いくネ」
そして決闘は進む。
第二問、パルパシアでは女性に贈ってはいけないと言われるイタチの毛皮、それはイタチが何を暗示するとされているから?
解、色情(発情期が長いため)
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エイルマイル『色情』
ガナシア『色情狂』
ズシオウ『よく食べる?』
コゥナ『くさい』
ユーヤ『ガナシアに15チップ』持ち点35→80
睡蝶『ガナシアに15チップ』持ち点25→70
第三問、「風吹く丘」「ギャレット・アミューの生涯」「灰色の蜜」などと言えば、どのような恋愛形式をテーマにした小説?
解、隣人との不倫
※
※
エイルマイル『メジェルティック(隣人との不倫)』
ガナシア『不倫』
ズシオウ『結婚している人が、隣に住んでる人と恋愛すること』
コゥナ『読んだことない』
ユーヤ『コゥナに10チップ』持ち点80→70
睡蝶『エイルマイルに40チップ』持ち点70→110
「ガナシアどの! 不倫だけでは不十分じゃ! これはパルパシアでメジェルティックと呼ばれるジャンル、隣人との不倫だけで一大勢力となっておるのじゃ!」
「む、そ、そうですか……」
ロボットのようなぎくしゃくとした動きで黒板を消す衛士長。
観客であるメイドたちがざわめく。
「でも不倫なことは当てましたわ。意外ですわ、ガナシア様ってそんなもの読まないと言ってましたのに」
「古典と学術書しか読まないと言ってたでぇす。きっとこっそり読んでたでぇす」
「ち、違うぞお前たち! これはあくまでクイズの知識として知っていただけだ!」
そう言われ、メイドたちは一度ガナシアのほうを見て、それからさらに密集してひそひそ言い合う。
「でもそれならジャンル名で答えるはずですわ」
「うふふ、不倫とだけ書いたのなら確実に読んでますわねえ」
「実はすっっごく恋愛とか興味あるのでは?」
「う、うぐぐ」
衛士長は脚をがくがくと震わせ、すでに消された黒板を何度も何度も消すのだった。




