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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第四章  決闘 百人クイズ編
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「……というわけじゃ」

「我らはその後、物別れのように足早にその場を去った」


ぱしりと扇子を畳み、双王が場を見渡す。


エイルマイルは昨夜のうちに要点のみ聞いていたが、それは彼女の姉に起こったと思われることが中心だった。今、ユーヤらの語った内容ではその点については表現を変えたり、大幅に省略したりする場面もあったが、それでも最低限のことを察せられる程度には話さざるを得なかった。


「アイルフィル様がそのような事に……」

「妖精の鏡を使っていたのか……では十年もの間、妖精の世界に……」


ズシオウとコゥナがそう呟く。


「やはりジウ王子は恐るべき強者……。ステレオクイズなどという初めての形式で、全問正解とは」

「クイズが嫌い……? あのような卓抜たるクイズ王が、何故そのような話を」


ガナシアやベニクギような人種は、ジウ王子の闘いに注目する。

メイドや、その場にいた執事らは話に加わりこそしないものの、その内容について小声で囁き交わしている。


「まあ昨夜の会合については色々と語るべき事もあるじゃろうが」

「まず1つ、重要な事実が明らかになったのう、ユーヤよ」


双王が中央のユーヤに向けて言い、ユーヤは神妙な顔をして、重大な秘密が露見したことを受け止める。

そう、それは、いつかはと覚悟していたこと。

そもそもの異端、初っ端からの不実、根っからの特異点。そんな存在である自分のことが、とうとう白日の下に晒された実感。果たして自分はどうなるのか、陽光に触れた瞬間に灰となっても不思議ではない、名前を知られた瞬間に骨となっても不自然ではない。そう自嘲的に思う。

せめてもの矜持として、最後まで堂々としておかねばなるまい、ユーヤはこころもち胸を張り、意を決したように言う。


「ああ、そうだな、僕は……」

「ユーヤは別に、セレノウのお手つきではなかったという事じゃ!!」



…………


……



「は?」


目を点にするユーヤ。

その周囲で、おお、という歓声が上がってくる。


「別にユーヤはセレノウの国民でもないし、エイルマイル殿との主従関係があるでもない、呼ばれただけの異邦人だったという訳じゃな。まあクイズ大会でセレノウを手伝うことは止めぬが、大会が終わってしまえばその身の振り方はユーヤの自由ということじゃ」

「よしユーヤよ、パルパシアに来るのじゃ。世にも麗しき双子都市。世界中の美味と歓楽を極めし極彩の街。紅灯緑酒の桃色吐息、世界中から富豪が集まって、全財産を快楽と引き換える街じゃ。もちろんクイズも盛んじゃぞ。お主は実に面白い、我らの王宮に置いておけば退屈しなさそうじゃ」

「いや何を言って……」

「ちょっと待ってください!」


と、立ち上がり主張するのはズシオウである。なぜか頬が紅潮している。


「ユーヤさんはヤオガミに招聘したいと思っていたのです! クイズについての知識もそうですが、出題形式や演出にも詳しい、ヤオガミではまだまだクイズが文化の中心とは言えない状況です。ユーヤさんのような人材に来ていただければ、きっとクイズを普及させる助けになるはずです!」

「左様、拙者もいつぞやの雷問の借りを返したいと思ってござった。ヤオガミに来て頂けるなら上に進言して仕官の道をご用意いたそう。いまヤオガミはクイズに関する文官を重用してござる。最低でも千石持地は確約いたす」

「あ、あのな、ズシオウ、分かると思うけど僕にはこの世界のクイズの知識は……」

「大丈夫です! 私もまだ学びの途上! 私と一緒に勉強しましょう! ユーヤ様ならきっと立派なクイズ戦士になれます! 数年後には私と一緒にクイズ大会に出場しましょう!」

「お前たち! 勝手なことばかり言うな!」


と、腕を組みつつ立ち上がるのはコゥナ。背中の弓が大きく揺れる。


「ユーヤはフォゾスに連れて帰ると決めておるのだ! クイズ大会でコゥナ様の右腕となって活躍してもらう! よしランジンバフの森の北西、グレモンゾナ周辺を50平方ダムミーキほどくれてやろう! 実りは多く、まるまると太った猪どもが住む豊かな森だぞ!」

「い、いや、森なんか貰っても」

「心配するな! 嫁もつけるぞ! 小物作りから大工仕事、料理に狩りに精通した人材を選ぼう、15歳から20歳まで40人やるぞ! 髪が白くなるまで子作りに励めば立派な村ができる!!」

「ずるいですそんなの!」


今度は誰だと思って左を見れば、そこにはメイドたちが全員集まっている。リボンが実に色鮮やかである。


「ユーヤ様は一般人ということですね! ならむしろ我々に近いはずです! 私と結婚しましょう!」

「結婚!?」

「はい! クイズ戦士は結婚したい男子一位なのです! 異世界人とか関係ありません! ユーヤさまならすぐにこちらのクイズも習得なされるはずです!」

「ユーヤ様、セレノウは住みやすいところですよ。静かでのどかで良い人ばかりです。私の村に行きましょう、住むところと職を世話して差し上げます」

「うふふ、それなら私がメイドの技術を付きっきりで教えて差し上げますわあ。この世界でも立派に生きていけますよお」

「ユーヤ様、結婚は役場に証書さえ出せばすぐなのでぇす、さあお選びくださいなのでぇす。さあ、さあ」

「ちょ、ちょっと待っ」




「すとーーーーーっぷ!!」




場の中央から、ひときわ大きな声が噴き上がる。


ばっ、と組んだ脚を頭の高さまで跳ね上げ、大袈裟な動作で立ち上がるのは睡蝶スイジエである。


「みんな気が早いネ、今はユーヤの身の振り方より、今年のクイズ大会のことを検討するべきネ」

「ふむ? しかし問題は手に入れておるのじゃろ? ならば負ける要素などあるまい。まあイントロクイズなどは問題を知っていてもどうしようもないが、それは我らパルパシアが取れば良い話じゃし」

「そうネ? 手に入れたラウ=カンが言うのもおかしいけれど、「塔の百人」に働きかけた三年に及ぶ工作、絶対にどこにもバレてないとは言い切れないネ。ラウ=カンの諺に、「三人知ること世のすべて知る」とあるネ」

「その諺は僕のいた世界にもあるな……。天知る地知る我知る人知る、ってやつだ。天の神と地の神、それに私と貴方は知っている、だからどのような秘密も、いずれ漏れると」

「もっと言うと、ジウ王子の側が先に「塔の百人」に働きかけていたとか、塔の百人の特定のために網を張っていた可能性は十分あるネ。それに、ジウ王子が無敵の強さを誇る現状、不覚を取る可能性があるとすれば問題の流出ぐらい。その可能性は常に警戒していても不思議はないはずで……」


「……ゆ、ユーヤ様」


と、そこに声がかかる。

それは薄紫色のリボンで髪をまとめたメイドだった。小柄で、前髪を目のあたりまで降ろしている。見覚えはあるが、気弱な性格なのか、あまり積極的に発言しない子だったはずだ。


そのメイドが、体の前でぎゅっと手を握り、わずかに震えている。


「どうした?」


その様子に不吉なものを感じ取り、ユーヤが問う。


「ラ、ラジオの音を、お聞きください……」


言われて、全員の意識が広間の片隅に向く。

そこには大使館に据え付けられている大型のラジオ。ずっと音は鳴っていたが、様々な話題が飛び交う賑わいの中で、誰もその音に注意を払わなかった。今はニュースが流れているようだ。


「――この逮捕について、シュテン大学広報部は詳細が分からないためコメントを控えるとしています。近年、シュテン大学の財務状況には不明瞭な点が指摘されており、今回の脱税疑惑についてどの程度に学長の関与があったかについて――」

「逮捕?」

「し、シュテン大学、学部理事長のリ・カウン氏が逮捕、されました。脱税、との、ことですが」

「それが……?」


「ユーヤ様」


と、発言するのは侍従長のカルデトロムである。その整えた口髭から、気を落ち着けるように息を漏らす。


「そのメイド……カヌディは時事情報に精通しております。発行されるすべての新聞に目を通し、ラジオでのほぼ全てのニュースを聞くのが仕事のうちなのです。そして彼女は今朝、言っておりました。パルパシアの農園王と言われるプラテッタ氏、それにハイアードの映画会社取締役、ミクシア女史が唐突に逮捕されたと」

「……その三人は、もしや」

「わ、私は……」


カヌディは気弱な己の性根を押さえつけるように、メイド服の胸元をぎゅっと掴みながら発言する。


「私は、政財界の要人を、た、多数知っております。そして、う、噂ではありますが、それらの人物、は、と「塔の百人」のメンバー、だと言われている、じ、人物です」

「……!」


そのメイドの発言を、ラジオの言葉が裏付ける。


「なお、先ほど、問題製作委員会「塔の百人」が公式声明を発表いたしました。シュテン大学学部理事長、リ・カウン氏が委員会の代表であると公表し、他にも代表者数名が立て続けに逮捕された事実を受け、本年度のクイズ大会への問題提供を取りやめる、と」

「な――」


エイルマイルが息を呑む。


場が騒然となり、何人もが立ち上がってラジオに群がる。


だが。


「……」


ユーヤは、頭の中が妙に冷めていくのを感じていた。

それはあるいは、カヌディというメイドが震える声で自分を呼んだときから、もしくはもっとずっと前から、こうなることが予想できていた気がする。


それは必然の帰結。


問題の入手によるクイズ大会の優勝、そんなことが本当に許されると思っていたのか。ユーヤ自身がその事を信じていたのか。100年以上も問題の流出を許さなかった大会で。そう自嘲の声が聞こえる。

もし何らかの道理を曲げて問題を手に入れたとしたら、すぐに別の道理が総動員されて傷口が修復される、そんな感覚がある。それはこの大陸の人々が愛し、守り、受け継いできたクイズという文化そのものへの挑戦なのだから。

ひとしきり喧騒の時間が過ぎ、全員がともかくも現状を把握しようと構えたのは15分後である。


睡蝶、コゥナ、双王らが場の中央に集まり、言葉を交わしている。

周囲ではメイドたちが大量の新聞を集め、早口で相談し合いながら記事を検討している、ここ数日で起きた逮捕劇、政財界の要人や文化人に起きた異変が、自然なものか、それとも「塔の百人」に関わるものか。


「確かに、ラウ=カンが問題の入手のために働きかけたのがリ・カウン学部理事長ネ。逮捕したのはラウ=カンの検察。どうも情報のリークがあったらしいネ。脱税が本当かどうかは分からないけど、逮捕されたことは事実、「塔の百人」を大会から降ろさせるには十分な理由ネ」

「コゥナ様もここ数日のニュースを洗ったが、フォゾスでも高名な文化人が逮捕されているらしい。それも「塔の百人」のメンバーだろう。犯罪の証拠を入手するか、あるいは偽造して。当該国の警察にリークしたということか。そのようなこと、なまなかな準備期間でできるとは思えん……ハイアードはそこまで本気ということか、このような切り札を用意しておったとはな」

「パルパシアのプラテッタという男は我ら双王も知っておる。大物じゃ。あやつが塔の百人のメンバーであったとは意外じゃが、逆に言えば、それほどの大人物である以上、塔の百人のメンバーであることを隠し切ることは不可能だったかも知れんのう」


「そのリ・カウン学部理事長という男……。問題のリークについて話すと思うか?」


ユーヤが切り込むように言う。まだ興奮の名残を残す睡蝶に対して、ユーヤの目は冷静さを宿している。


「うーん……仮にそうしたとしても、国と国とのことネ、ラウ=カンがとぼけたらそれで終わりネ」

「分かった、それはいい、ではクイズ大会はどうなると思う?」

「おそらく、クイズ会社が共同で問題を提供することになるでしょう」


エイルマイルが言う。


「どのクイズ会社、あるいはクイズを専門とする出版社にも、かるく1万問以上がストックされています。ステージや司会者などの大会運営自体は、ホスト国であるハイアードが務めるか、あるいは有名人を呼びますので、問題だけ調達すれば良いはずです」

「一度の大会で使う問題はせいぜい数百問だからな、クオリティについて目をつぶれば、何とでもなるか」


ユーヤは広間を何歩か歩き、それを王族やメイドたちの視線が追う。


「この時間から他の企業に働きかけるのも無理だろう。事実上、作戦は頓挫した。今ある問題は焼却しよう」


あえて感情を込めず、重大さを感じさせないような声で言う。双王がぽんと扇子を叩いて言う。


「では、どうするのじゃユーヤよ」

「……」


「うん、丁度いいネ」


と、押し黙りかけるのを破るのはまたも睡蝶。


「なんだ?」

「さっきは話の途中でニュースが入ったけど、ラウ=カンとしては予想の範囲のこと。そもそも問題の入手だけで勝てるとは思ってなかったネ。私は今日、その話をしようとして来たネ」

「その話というのは……」

「ラウ=カンは、数年前にハイアードに鏡を奪われて以降、ジウ王子の打倒のために研究を続けていたネ。そして分かった重大な事実がある、それをセレノウに提供する代わりに、ユーヤには虞人株ぐじんかぶを受けてほしいネ」

「ぐじんかぶ?」


「ダメです!」


いきなり肩を掴まれた。

背後に自分を引き寄せるのはエイルマイル。両手で背後から両肩を掴んで、抱き止めるような格好になる。


「虞人株など認められません!! ユーヤ様は今はセレノウの客人です! そ、それに貴方はゼンオウ様と結婚したばかりでしょう!」

「ユーヤはセレノウの国民じゃないはずネ。それに虞人株は法的にも認められてる権利であり、他国民がラウ=カンの女性と契約しても、男性側の国法で問題にされないという取り決めがあるはずネ。そう、確か60年も前の深盤冲シンバンチュウ合意でのことネ。見翁ゼンオウ様と私は80歳近く離れてる、条件も十分に満たすネ」

「で、ですが、あのようなこと、この時代に、倫理的に……」

「……」


ユーヤという、この鉄面皮で偏屈そうな、何を考えてるか分からないような男でも、ここまで来れば流石にそれとなく察せられる。

端の方にいるズシオウが顔を真っ赤にしていたり、メイドたちが妙にハイになった様子でひそひそと囁き交わすことも、何やら示唆的であった――。



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