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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第四章  決闘 百人クイズ編
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睡蝶は外に待機させていた馬車から荷物を持ってこさせ、メイドや従業員も含めて全員にそれを振る舞う。メイドはと言うとてきぱきと動き回ってテーブルをセッティングし、飲み物やサラダを用意したり、王たちの髪や爪を手入れしたりと動きに余念がない。

饅魚マンユイというパンは、それは見た目はたい焼きに近かった。真っ白な生地であり、魚の形をしている。壺の中にぎっしりと収められており、壺の底には焼き石が置かれて保温されている。


「ふむ……蒸してるから真っ白だな。たい焼きみたいだけど、たい焼きの生地よりモチモチしてる、中華まんの生地、あるいは老面のような中華風パンに近い……」


しかし、これは今まで見てきたパンの中ではさほど目を引くとは言えなかった。ようは生地の中に詰め物をした料理だろう。


頭からかぶりつく。中身は甘い豆餡ではなく、中華の風味がするトロみのある餡である。味は五目野菜炒めというところか、シャキシャキする食感の葉物、かりこりと程よい歯ごたえの若竹、ぷりぷりと口腔をくすぐるうずらの卵、他にもキノコや鳥肉など様々なものが入っている。ジューシーで旨味が十分であり、朝からエネルギーが全身にみなぎる思いがする。


「うーん素晴らしい、贅沢な味だな。ちょっと塩気が強すぎるけど、まあ好みの問題か」

「あれ? ユーヤ、何してるネ」


と、後ろから声をかけるのは睡蝶である。持っているのは竹のせいろ。そこにパンを乗せて給仕していると、何かのアニメに出てくる中華料理屋の娘のように見える。


「何って」

「そのまま食べたらダメ。塩辛いネ」

「?」


見れば、睡蝶の後ろにセレノウのメイドがおり、大きめのヤカンを持っている。そしてご飯茶碗ほどの容器を差し出す。


「この中に入れるネ」

「……ま、まさか」


ヤカンから注がれるのは金色の液体である。濃厚な甘い匂いが室内全体にふわりと広がる。白くモチモチとした生地が、液体を吸ってボワンと魔法のように膨張し、表面は溶け崩れてワンタンのような質感になる。


「これは、餡を具材、皮をご飯に見立ててのお茶漬け……? いや、お茶じゃないぞ、何だこれ」

「見たことないネ? これは錦雲花蜜ジンユンファミン。純粋な蜂蜜ネ。粘性は水より低くて、平らなところに落ちても球体にならないネ」

「しかし何という甘い匂い……こ、これは背徳的だな、塩辛い具材を蜂蜜のお茶漬けにするとは」


さじを渡される。それはまさに黄金の海に浮かぶ未開の島。翠の具材が白くくずれた生地の上に散らばり、むせ返るような甘い匂いの奥に塩気が感じられる。たまらず啜り上げればそれは味覚の爆発。五感を一斉に刺激するような暴力的な味わい、胃の腑に流れ込んでいく滋養。目の奥で火花が散るような背徳の官能。


「かっ……!」


口が固まって声にならない。下から悦楽のしびれが脊髄を駆け上り、駆け下り、全身の隅々にまで広がっていく。


「祭りの疲れにはこれが一番ネ。目もぱっちりと覚めるネ」

「確かに、消化も良さそうだし、こんなにサラサラだけど蜂蜜らしい濃厚な甘さはしっかりとある……。エイルマイルやメイドたちは徹夜で作業してたからな、ちょうど良かったよ」

「ユーヤよ、そろそろ話してくれ、昨日は何があったのだ」


コゥナが袖を掴んで言う。ユーヤは白いドレスシャツと部屋履きのズボンという姿であったが、メイドたちの身支度によって髪はきっちりとオールバックにまとめられている。


「……そうだな、その事を話しておかないとな」


ようやく官能のしびれが治まってきたユーヤは食器を置き、ハンカチで口元を拭う。ユーヤが話し出す気配に散らばっていた人間が集まってくる。パルパシアの双王はなぜかユーヤの左右隣の立ち位置をキープする。


「話をする前に……この話の主要な部分についてはすでにエイルマイルに話している」


座の中央にいたエイルマイルは胸の中央に拳を置く、それは自らの意思や感情に蓋をするような動きであり、ユーヤはそれを瞬間だけ見て先を続ける。


「この話には酸鼻を極めるようなひどい内容が含まれていて、それは可能な限り省略したり表現を変えたりするが、どうしてもある程度は聞くに堪えないような事態を察してしまうことと思う。だがこの大陸の王たちには、この話、今日の明け方に起きたことは共有されるべきだと思う、だから話す」


周囲の王とその側近たちは、その大時代的な、しかしそのような態度も必要なことだと思わせるユーヤの重々しい切り出し方に、我知らず身を強張らせるかに思えた。

ユーヤはいちど肺から息を吐き、地を這うように言う。


「まず最初に、僕はこの世界の人間じゃないんだ」


エイルマイルが、はっと目を見開く。


「異なる世界から来たんだよ」







「拷問だと……!」

「そうです。といっても王族が相手のこと、かつての大乱期に行われたという、身の毛もよだつ嗜虐の宴に比べれば、笑い話にも足らないような些末なものです。

アイルフィル王女は私と親交がありましてね、何度も逢瀬を重ね、じっくりと時間をかけて鏡のことを聞き出したのです。セレノウには鏡の効果についての記録が残っていた。過去に何度か使用されたことについてもね。私は鏡の効果について記録が残っていることを知ると、アイルフィル王女を王宮の地下牢に引き込み、4時間近い尋問にかけて知る限りの記録を引き出したのです。それはほんの四日ほど前のことです」

「貴様、何てことを」


ユーヤが歯噛みして言う。背後に居並ぶ双王は少し首を傾げ、ジウ王子に問いかける。


「なぜそんなことを聞き出す? セレノウの鏡というのは美術品として知られておる、セレノウフェムにて一般公開もされておる有名なものじゃ。つまり所在は明白。欲しければクイズで奪えばよいじゃろう」

「過去に使用されたときの情報などそんなに大層なものかの? そんなに知りたければ、情報もまた決闘にかけて聞き出せばよいではないか。拷問までする必要はあるまい」


ジウ王子は薄く笑い、壁の燭台が揺らめくのを見てから言う。


「拷問というのはですね。魂に格差をつける作業なのですよ」

「何じゃと?」

「アイルフィル王女は素晴らしい方でした。およそ大陸でも指折りのクイズ戦士であり、聡明にて高潔、その美しさは大陸の華であり、孤高の知性は詩人の語り草だった。その気高さはいかなる王に並んでも見劣りしない。あの方を王と崇める国民は幸福なことでしょう。だからこそ彼女は屈辱に耐えられなかった。あるいは痛みだけなら耐えられたかも知れない。しかしその体を蹂躙され、未知なる痛みと恐怖にまみれ、生物としての必然的な反応を漏らしてしまう己自身に耐えられなかった。拷問する側の私と、される側の王女との間に生まれるどうしようもないほどの格差。無遠慮に繰り返される侮蔑、嘲弄、翻弄。そんなものに耐えられないことは分かっていたのです」

「……お主、もしや拷問それ自体が目的、拷問がアイルフィルどのに与える効果それ自体が目的だったと言うのか?」

「その通り、そして狙い通りの効果がもたらされた。足を痛めて国元に帰ったなどと公布されていますが、それが偽りであることはすでに分かっています。アイルフィル王女は間違いなく鏡を使った、そして妖精の世界に連れ去られたのです。10年の間、世界から身を隠したのですよ。ユーヤ様、あなたという人間と引き換えにね」

「……外道め」


ユーヤは一言だけ言う。感情を見せぬように心を強く縛っていても、その言葉を吐き捨てることだけは止められなかった。


しかし、

その毒々しいまでの悪意に満ちた話を、どこか予想していた自分もまた認識していた。


自分はなぜ召喚されたのか。

ハイアードによる鏡の奪取、それが国難とまで言えるかには疑問が残る。

ではなぜ自分を召喚したのか。それは自分の召喚という効果は勿論として、世界から消え失せるという、その代償自体が目的・・・・・・・だったのではないか。

だからこそ、エイルマイルとジウ王子が二人きりになる事態を恐れていた。何が起こるのかユーヤにも予想がつかなかったから。


ジウ王子は首をもたげて、話を続けるという気配を見せる。


「胡蝶の国、セレノウは小さな国です。経済基盤が限られているために、過去に不漁や凶作の年が続き、国民が飢える事態が何度か起きた。国難とまでは言えぬ規模のものもあったようですが、セレノウ王室は遺伝なのか、自己犠牲的精神の強い御方がおられたようですね。己の身を犠牲に、異世界から人材を呼び寄せたのですよ。セレノウでは何度か鏡が使われ、そのたびに異世界から優れた技術者が齎されたと伺いました。セレノウが職人の国として知られ、現代でも優れた美術品、工芸品を生み出しているのはそのあたりに起源があるのやも知れませんね。私はその話を聞いて、どうしても見てみたくなったのですよ。異世界の人間というものを」

「……」

「あなたは想像したことがありますか? 妖精の存在する・・・・・・・世界というものを。様々な用を為してくれる妖精ではありますが、そのために人々の進化が押さえられているのではないか、私は先ほどの映像、あれに刻まれた様々な器物を見て、ある考えが浮かんだのです。どこかに妖精の存在しない・・・・・・・・世界というものがあり、その世界では何か別のものが、例えば薬物同士の反応、工芸的な技術のようなものが妖精の力に匹敵するほど進歩しているのではないか、と考えたのですよ。赤煉精ルビニスに頼らずに火をおこすことは我々でもできますが、我々の知らないどこかの世界では、銀写精シルベジアに匹敵するほどの精度で画像を焼き付ける道具があり、灰気精アッシズメテオに頼らずとも天候を操ることができるのではないか。その世界のことを知りたい、そしてその世界の力を手に入れたいと考えることは、それは自然なこととは思いませんか。そのような時に私はセレノウの鏡のことを知った、あるいは海の果ての大陸より、8000ダムミーキの果てよりも遠くから、人間を呼び寄せる手段があることを」

「買いかぶりだ。僕の世界でも妖精にはとても太刀打ちできない。あれは人間に許された領域を超えた力だ」

「仮にそうだとしても、異なる文化、異なる言語、異なる歴史に異なる物語の知識、それは何ものにも代えがたい価値でしょう。自覚はありますか? あなたはまさに凝集された情報の塊であり、この世界に莫大な富を、数百年分の進歩と発展をもたらす可能性があるのですよ」

「僕が君なんかに協力すると思っているのか。殺されたって御免だな」

「……」


ジウ王子は、その反応は心外だとでも言いたげに、首を傾ける。


「我々に協力いただけるなら、それなりの便宜は図ります。金銭で解決できることなら、いくらでも希望のままに」

「これまでに奪った鏡をすべて返還し、今後、クイズ大会で鏡を要求しないことを約束できるか」

「それは余りに無体というものです。言ったはずです。我々は将来の不安のために鏡を必要としている。あれは我々ハイアードの技術のもとに管理されるべきなのです。しかし、まあ、セレノウの鏡だけは残しておいても構わないかも知れませんが」


ジウ王子は、それは部屋が暗いためだけではなかっただろう、目に闇を宿してくすくすと笑う。


「妖精の世界に連れ去られた人間は、その間のすべての記憶を失い、10年後に同じ場所に戻ってくる。すなわち、10年後、アイルフィル王女にまた鏡を使っていただける可能性が」

「もういい!」


声をナイフに変えてぶつけるように、するどく言う。


「交渉は決裂だ。帰らせてもらおう」

「ふむ……仕方ありませんね」


ジウ王子は、言葉でいうほど残念そうでもない声音で言い、ついと視線をそらして右方を見る。


「その前に、少し面白いものを見ていきませんか」

「君の見せるものが面白いわけがない」

「そう気を焦らずに……実はこの屋敷に、もう一人客人が来ているのですよ」

「……?」


ジウ王子は手を叩く。すると扉の開く音がして、部屋にさっと光が生まれる。ユーヤも何度か見た光を生み出す妖精、それが天井付近まで飛び上がって、部屋の四隅に張り付く。途端に部屋の中が燃えがるように感じられ、発光が全ての人間から影を奪う。

扉がすいと開き、そこから現れるのは、黒い外套で全身を包んだ数人の男。


「さっきの連中と違うな……」

「ユーヤよ、おぬしあんな連中の顔を覚えておったのか?」

「それらは余の私兵だ」


その人物たちの奥から登場するのは、白いスーツ姿の男性。仕立ての良い柔らかな印象のスーツから、浅黒い手と首が見える。その顔は細く引き締まった印象の細面で、青みがかった金髪は短く刈り揃えられ、左右の耳に3つづつ、さらに唇、眉、顎を金のピアスで装飾している。黒い肌の中でその黄金の印象が鮮烈である。


見れば手首にはじゃらじゃらと多数の腕輪がはめられ、襟の奥にも金のチェーンが何本か下がっている。スーツのボタンも金、カフスも金。およそ素肌の黒、衣服の白、装飾の金色をいかに調和させるかという課題に挑むような装いであった。


見た目の印象は若さと眉目秀麗さ、精悍で力強く堂々とした印象の男。ジウ王子とはまた違う方向性の色男と言えるだろう。年齢は20代前半というところか。


「ジウ王子よ、随分と待たせるものだな、それとも余を恐れるがゆえの小賢しい引き伸ばしか」

「滅相もない。そのようなことがあろうはずもありません」


彼も王か、とユーヤはごく自然に理解する。それは王だけが持つ独特の傲慢さのようなもの。人々が自分に従うことに疑問を持たず、そこに優越すら感じていない、体質のように自然なエゴイズム。それが言葉の一つ一つ、態度の一つ一つ、もっと言うなれば顔立ちのようなものにも現れている。他の王よりもだいぶ分かりやすい形で。


「ユーヤ様はご存知ありませんね。ご紹介いたしましょう」



「こちらは赤蛇国シュネスの王子、アテム=バッハパテラ様です」



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