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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第三章  虎闘 一問多答クイズ編
53/82

53(一問多答クイズ 4)




エイルマイルの前で扉が開き、立方体の部屋が見える。石張りの床に撒かれたパネルは7枚。


・七つの鍵の物語

・風葬の島

・忘れじの焼き菓子

・「不確定の国境で」シリーズ

・初代将軍(ヤマハチ・作)

・「パンサー・サーガ」シリーズ

・「殺戮者たち」シリーズ


そして、生徒に対する引率教師のようにも見える、問題文の記された大きめのパネルが1枚である。


問題、これらのタイトルはハイアード・メーリック社より出版されている長編小説である。このうち、文字数が1000万字を越えるものを答えよ。ただし、基準はハイアード・メーリック社より出版されている共通語版とし、シリーズ作品は同社の出版目録に明記されている範囲すべての合算とする。


「これはかなりの難問です」


言うのはズシオウである。幼少より数多くの書籍に触れているが、思い出せる知識の中では明確な答えは出せない。

なお、出題時には八枚目のパネルとして。


・「砂の王国」シリーズ


が加えられている。これは第一解答者であったゼンオウが拾った。


「いずれも大長編ですが、読んでいて文字数など意識するはずがありません。あえて言うなら、世界一の長編小説と言われる「パンサー・サーガ」シリーズ、それに数十人の作家による連作小説、「砂の王国」シリーズは間違いありません。しかし、それ以外はとても……」


(……わかる)


視点は下り、下層二階。

エイルマイルの心に、奇妙な万能感のようなものが降りている。脳の内側に、無数の部屋を持つ巨大な城があり、その全てのドアが開け放たれて、部屋の中身が溢れ出てくるような感覚。辞書のように雑多に詰まっていた情報が、心の中で並列に処理され、ものの見事に連想によって結びついていく。


(通常の版型において、共通語ならば文字数はおよそ25~30万文字。1000万文字とは、つまり書籍ならば33~40巻分。「殺戮者たち」シリーズは正伝11巻、外伝18巻。設定資料集など副読本が2巻、しかし一巻あたりの文字数がやや少ない作風なので、おそらく届かない)


目だけを動かす。そこに記されたタイトルに関する情報が、光の速さで引き出される。


(「忘れじの焼き菓子」はものの本で数えられているのを見たことがある。全十六巻で10807ページ、文字数は966万字。元が共通語で書かれている作品ですので揺れはないはず。ヤオガミの国策として書かれた「初代将軍」は全八巻、ヤオガミの言語では220万字。共通語に訳された場合、文字数はおよそ2.8~3.3倍になる。これも届かない。「風葬の島」はシュネス以外でほとんど知られていない作品ですが、文庫版がシュネスのドニー&シュラップ社より全41巻で出ている。ハイアード・メーリック社はこれに書き下ろし短編集を加えて刊行していたはず。一巻あたりの密度が濃いため、おそらく届く)


情報が組み合わさって形として把握できる。それほどに明朗な思考。残った七枚のパネルのうち、正答は4つ。得点状況が変化していないため、おそらく第一解答者はエイルマイルの前、ゼンオウと推測する。


「……」


エイルマイルは一枚を拾い、部屋に戻る。当然のごとく正解。


問題は進み、睡蝶も正解、そしてユーヤの扉が開く。

この痩身で若く、どことなく風采の上がらない印象の男。この男の正体を観客達も測りかねている。あのガナシアに代わり、クイズ大会に出場することになった男だとは聞いているが、ではガナシアよりも優れたクイズ戦士ということか。それにしては、今まで一問も答えていないが。


そして会場に進み出たユーヤは。


「!」


目に見えて、狼狽した。


(――これは、まさか)


その目は左右に勢いをつけて振られ、あてどなく全体を彷徨い、口元を手で覆って小刻みに震える。奥歯は砕けんばかりに噛み締められ、膝までが震えている。


「おやあ? ユーヤ選手、様子がおかしいですねえ。問題が難しすぎたのでしょうかあ?」


司会者の大物歌手としては、それは半ば冗談の発言ではあった。しかし誰かにそう言われてしまうと、本当にそうなのではないか、という空気が観客の間に流れる。それほどに、その態度ははっきりと動揺を示していた。この感情の起伏をあまり見せず、謎めいた印象の男が、いっそ怯えているとまで言えそうなほど変容している。


「ユーヤさん、どうしたんでしょう……?」

「まあ難問じゃからなあ、残り三点でもあるし、万一にも誤答は掴めぬ。追い詰められておるのじゃろう」


双王は皮肉げにそう言う。このボディコン服の二人だけは元々、鏡のことに興味が薄いこともあり、一歩離れた位置から試合を見ていた。何やら困っているユーヤの様子には、小気味いいものを感じなくもない。屋根の上で人間の喧嘩を眺めるカラスのようだな、という例えがズシオウの脳裏に浮かぶが、失礼すぎるので黙っていた。


「ひょっひょっ、まあユーヤが負けたら我ら双王が仇をとってやろうかのう」

「あんな皺でしゃべっておるような老人、我らの若さがあれば一捻りじゃ」


その二人を振り返り、ズシオウが首をかしげる。


「え? でも双王のお二人ではゼンオウ様に勝てないのでは?」

「……」

「……」


そこまで真正面から言われるとは思ってなかったのか、反応に困って硬直する。


「それに去年の大会、イントロクイズを取った以外はほぼ全面的に負けてたような」

「……おぬし、意外と性格悪いのう」

「これでも国府代行ですから、あと私のほうが若いですよ」

「それは本当に言わんでよいわっ!」


「おおっと、ユーヤ選手、パスのようです、これで三連続パスですねえ」


これは単純に問題の難しさのためと受け止められたのか、周囲の観客からも憐憫のような生暖かい視線が飛ぶ。

もしやこの勝負、思ったよりずっと早く終わるのだろうか。それもまた決闘の妙味とはいえ、せっかく集まってそれではと、観客たちにも居心地の悪いような、汚れた綿のような困惑が漂っている。


そして東の扉が閉まり、南の扉からゼンオウ。


「……」


ゼンオウはしばらく部屋内を歩き回り、そこに書かれたタイトルを眺めつつ。岩のように佇む。


(……ふ。睡蝶め)


そして一枚を拾い、自分の部屋へ。


瞬間。

ブザー音が、ガラスの天板を突き抜けて鳴り響く。


「ゼンオウ様! 不正解です!!」





「なっ……」


この齢百年にならんとする王が、愕然とした顔を見せる。ここに数万人の臣下が居並んでいたとしても同じ顔をしただろう、それほどに慮外の事態。


「馬鹿な、あのパネルには、たしかに睡蝶の」


パネルの片隅、虫ずれのような、あるいは砂粒のようにしか見えない微細な汚れがあった。あれはラウ=カンの古代王朝でのみ使われていた言葉である。

風虎文字、あるいは金砂文字と呼ばれる線文字にて「蝶」と。

古典の真髄に通じるものしか知らぬような、忘れ去られし書体。ゼンオウですら記憶の片隅にしかない。


「あれはまさか、あのユーヤとかいう男か、あるいはエイルマイル、どちらかの仕掛けた罠だというのか」


ゼンオウに知るすべはないが、ユーヤはパネルに手も触れていない。エイルマイルの仕掛けである。

もはや油駄鹿ヒラルジの香料が通じぬと分かると、第二王女はすぐさま次の手を打った。ユーヤに向けてもあれこれとヒントを配置していたが、その中に一つ、ラウ=カンの人間にしか理解できないような誤答のヒントも織り込んでいたものである。


確かに、自分はその印を認めた後、特に悩むでもなくパネルを手に取った。

より正確に言うならば、悩むことができなかったというのが正確である。なぜか思考がまとまらず、目についたパネルの印に飛びついた格好だが、ゼンオウは己のそのような思考の流れを記憶していない。自分がものを考えていない状態だった、ということが理解できない。行住坐臥、生きているすべてを知の収集に振り向けてきたような己が。


視点を上に引き上げれば、驚愕するのはおよそ会場にいた全員。

確かに難問ではあったが、あの大陸の知の象徴、博覧強記の怪物が、こんな中盤で誤答を。


「なんじゃと、あのゼンオウ殿が……」


双王は、その妖怪じみた強さを間近で何度も見ている。だから肌感覚として分かる。この試合で、最初に誤答を犯すのが彼であるはずがない。

ズシオウもその異様な光景に動揺する。


「何が起こっているのでしょう……?」

「……」


その背後、王族たち全員を守れる位置に立っていたベニクギが呟く。


「拙者は、ずっと考えてござった」

「何をですか? ベニクギ」

「この一問多答クイズ。いかにエイルマイル様とユーヤどのでも、まともに四つに組み合えばゼンオウ様に勝てるはずがない。単に正解を積み重ねるだけではなく、何らかの手段で、ラウ=カンの二人に誤答をさせる・・・・・・必要があるのでは、と」

「誤答をさせる? ど、どうやってですか?」

「分かりませぬ……」


振り返るならば、ヤオガミの国屋敷でのこと。

ユーヤはあの時、エイルマイルと自分のボタンを交換するという作戦をやってのけた。あれはおそらく、早押しの技術に優れたユーヤが押し、知識に優れるエイルマイルが答える、という作戦だったのだろう。ベニクギはかろうじてそのように考えた。しかし群盲の象を撫でるの例えのごとく。一面的な理解でしか無いとも分かっている。


ではこれも、そのような奇策の現れなのか。

しかし、全てのパネルを見て、じっくり考えられるこの状況で、どうやって誤答をさせるというのか。

それに、さっきのユーヤの狼狽したような様子は一体何なのか。


「そう、蓄えられた知識を総動員して、1分間じっくりと考えられるなら、ゼンオウ様に負けはない」


赤く火照る頬を動かし、エイルマイルが己の部屋で呟く。


「ならば、思考力を奪えば・・・・・・・いい……」


その部屋の片隅。会場の誰からも見えない位置で、火が燃えている。

四方を石で囲まれた空間の中で、蜂蜜と一掴みの石炭で呼び出せる赤煉精ルビニスが、ごうごうと火焔を生み出している。


その炎は空気中の酸素を奪い、貧酸素となった空気が鉄扉の隙間から試合場のそれと混ざっていく。さらに言えば鉄扉の隙間には小石をかませ、完全には閉じきらないようにしている。扉の開閉を担当しているスタッフからは感知できない隙間。水密構造だというこの十字架型の空間で、エイルマイルの部屋を起点として酸素が食いつぶされている。


エイルマイルは熱に浮かされるような表情で後方に移動し、壁の片隅に開けられた換気口に顔を近づけ、短く浅く呼吸している。もしエイルマイルのいる部屋の空気を直に吸えば、即座に意識を失いかねないほど酸素濃度が下がっている。妖精の噴き出す火はわずかに煤を生み出し、酸素不足の環境の中でオレンジ色に近くなっている。赤煉精ルビニスがどのように炎を生み出しているのか、解明した人間はまだいない。しかし炎である以上、空気中の酸素と無縁であるはずもない。あるいは赤煉精ルビニスを呼び出す供物とは、蜂蜜といくらかの素材に加えて、この世に存在する酸素そのものではないか、などと語る学者もいる。


それぞれの部屋に換気口があるはずだが、今はそれが機能しておらず、中央の試合場で確実に酸素が失われつつある。


「これで二箇所……」


ガナシアが呟き、廊下にある吸気口の前で息をつく。


歩きまわって探していたもの、それはゼンオウと睡蝶の部屋に繋がる吸気口。その奥にはすでに布切れが詰められ、空気の流れを抑制している。


「エイルマイル様、このガナシア・バルジナフ、金文字の家名を受け継ぐ衛士長として、このような行為は決して本意ではありません。ですが……」


あの第二王女からこの作戦を聞いた時、ガナシアは何か大きなうねりのようなものを感じた。昼が夕刻になるような、気温とも空気の質ともいえる大いなる変遷。

もはやガナシアの知るエイルマイルはどこにもいない。ガナシアの知るクイズの世界はどこにもないのではないか、そのように思う。クイズはただの娯楽、決闘とは言え賭けるのは互いの名誉だけだったはずが、今は考えうるあらゆる手段に手を染め、命よりも大事なもの、国家の至宝である鏡までもを奪い合っている。

それはいつから?

パルパシアやヤオガミとの決闘から、あるいはユーヤがこの世界に来たときから、それとも第一王女、アイルフィルに起こった何らかの異変から?

あるいはもっとずっと昔、ハイアードがクイズ大会を利用して鏡を集めようとしたときからだろうか。


「私は、貴方を守れなかった。本来は、貴方をあらゆるこの世の憂いから守ってあげたかった。そのためなら貴方が壁の花に甘んじることも良しとせねばならなかった。ですが、世界は貴方の殻を砕き、その身を包む亜麻布を野蛮に引き裂いてしまった。貴方が生まれ変わらねばならないのなら、私はそれを見守りましょう。今のこの一瞬、僅か数日の間に貴方の可能性のすべてがある。蝶となってサロンの主になるのか、鬼となってクイズの世界に君臨するのか、私はその全ての世界においてあなたの側にいましょう、私はあなたの意思であり、あなたの騎士なのですから……」


独り言を口中で呟き、ガナシアは幽鬼のように歩む。自分は泣いているのかも知れない。あるいは何かに憤っているのだろうか。もはや何もわからない。自分の感情でさえも――。



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