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更新でーす
「ふぅ……今日の仕事はこれで終わりか……」
息を吐きながらしみじみとそう口にしたのは、衛兵服に身を包んだ純朴そうな青年――アランだった。
時刻はすでに夕刻。昼間の街の警備が仕事であるアランは、仕事の引継ぎをするために詰所に向かって歩いていた。
詰所のある北の大通りは夕飯の買い物をする主婦や仕事を終え街に戻ってきた冒険者たちで賑わっていた。
冒険者が今日の成果を大声で自慢していたり、おしゃべりなご婦人たちが集まって井戸端会議をしていたり、屋台が並ぶ場所ではいささか早めの酒盛りが始まっていたりと、夕暮れに染まる通りはかなりの賑わいを見せていた。
そんな場所を、アランは笑みを浮かべながら進んで行く。すると、アランに気付いた街の住人たちが、次々と声を掛けてくる。
「おっ、アランじゃないか。もう仕事は終わりなのかい?」
「アランさん、いつもお疲れ様!」
「よう、アラン! また一緒に飲もうぜ~! お前の英雄譚を聞かせてくれよ!」
「あっ、あらんだ! あらん~~!!」
老若男女問わず、アランに声を掛ける者たちは、皆が皆笑顔だった。その中にはプレイヤーも複数人存在している。
声を掛けてくる者たちに対して、丁寧に受け答えを行いつつ、アランは北門付近にある詰所の近くまでたどり着いた。
そんな時、アランの背後から彼の名を呼ぶ声が聞こえてくる。その声の主に覚えがあったアランは立ち止まり、声の方向へと振り返った。
「よっ! ア~ラ~ン~! お前さんも上がりかい?」
「ジョゼフか。ああ、そうだよ」
親し気な態度でアランに近付き、彼の肩に腕を回したのは、アランと同い年くらいの青年だった。アランと同じように衛兵服を身に着けている。
「はぁ、今日も一日暇な仕事だったぜ。何度サボって酒場で一杯やろうと思ったことか……。この街の衛兵は仕事がなさすぎる! そこいらのガキの方がまだ忙しそうにしてるぜ?」
「衛兵と医療魔法士が暇なのはいいことじゃないか。平和な証拠だよ」
いきなり肩を汲んできた青年――ジョゼフに、アランは苦笑を浮かべてみせる。それは先程まで住人の前で浮かべていた笑顔よりも、幾分か力の抜けたものだった。
「けどよぉ、こうもやることがねぇと、腕が錆びついちまいそうなんだよなぁ」
「だったら、休日に僕と訓練をしよう。僕も丁度、模擬戦の相手を探していたところなんだ」
「げっ、藪蛇だったか……。お前の訓練キツ過ぎて、一部で『拷問』って呼ばれてんだぜ? まぁ、言ったからには付き合うけどよ……」
「ははっ、楽しみだなぁ」
「けっ、嫌味なく笑いやがって……質の悪いヤツだぜ、お前はよぉ」
軽口を叩き合う二人は、まさに気の置けない間柄という感じだった。
アランとジョセフはそんなやり取りを続けながら詰所に入る。今日の分の仕事が終わったことを上司に告げ、二人は制服を着替えに更衣室へ向かった。
更衣室にて、衛兵の制服を脱ぎ捨てた二人は、下着一枚のだらしない姿で、備え付けの長椅子に腰かけていた。
「あ゛~~……なぁ、アラン。この後どーする? 一杯飲みに行くか?」
「んー……確かに、ちょっと飲みたい気分かもしれないなぁ」
「……おっ、珍しいじゃねぇか。二つ返事なんてよ」
「あははっ、僕にもそう言う気分になるときがあるんだよ。それに、今日は少し疲れることがあってね」
言葉の通り、疲れを滲ませた笑みを浮かべながら言うアラン。
「へぇ、体力馬鹿のお前さんがねぇ」
「体力的なモノというより、どっちかって言えば気疲れかな?」
「ふぅん……なぁ、アラン?」
「ん? ……な、何だい?」
ニヤリ、と悪戯っぽい笑みを浮かべ、アランに声を掛けるジョゼフ。アランは友の表情に「あっ、これろくでもないことを言う寸前の顔だ」と気づき、ひくっ、と頬を引き攣らせる。
そんなアランの反応に構わず、ジョゼフはずいっとアランに顔を近づけた。
「その気疲れってやつだけどよぉ……もしかして、ナンパに失敗したのが原因だったりするのか?」
「は? ………………はぁ!? な、ナンパぁ!?」
ジョゼフから放たれた言葉に、アランは慌てた様子で立ち上がり、驚きと困惑の混じり合った表情を浮かべてみせた。
「い、一体どこからそんな話が出てきたんだ……!?」
「いやぁ、たまたま耳に挟んだんだけどよぉ。お前さんがとびっきりのカワイコチャンと二人で話しているところを見たってヤツがいてさ、しかもアランの方が顔を赤らめてたって言うじゃねぇか。こりゃあもしかしてって思ったんだが……お前のその反応を見るに、違うみてぇだな。ちぇ、ツマンねぇの」
ジョゼフの話を聞いたアランの脳裏に浮かび上がったのは、真紅の髪を靡かせる一人の少女の姿だった。
「あ、あの時のアレを見られていたのか……。いや、それにしてもナンパって……」
「お? なんか心当たりがあんのか? それとも、マジでナンパしてたり?」
「それはない」
「お、おお……力強い否定だな」
きっぱりと言い切ったアランに、ジョセフは少し引いたように返事をした。だが、すぐに興味津々と瞳を輝かせ、アランに詰め寄る。
「で? で? そのとんでもねぇカワイコチャンってのはいったいぜったいどこのお嬢さんなんだ? 仕事中は真面目で堅物で融通の利かないお前さんを赤面させるんだ、そんじょそこらの女じゃねぇだろ?」
「……お前が僕をどう思っているのか、小一時間ほど問い詰めたいが……まぁ、でも、確かに彼女は普通じゃなかったよ」
アランはため息を吐くと、昼頃に出会った少女――マリスについて思い出す。
最初は、ただの……というには存在感がありすぎる、妖しいまでの美しい少女だと思った。
人を堕落させる悪魔がこの世に現れる時にとる姿がこれだと言われても納得してしまうほど、人でないモノでなければ有することが出来ないであろう美しさであった。
だが、次第に彼女から漂ってくる気配が気になりだした。
鮮烈なまでに美しい少女には似つかわしくないにもほどがある、邪念と悪徳に満ち満ちた気配。
己の戦士としての勘が全力で警鐘を鳴らすほどのそれは、コソ泥や盗賊、暴力団といった闇の住人たちに比べても、各段に大きく濃かった。
それこそ、かつてこの街を襲った『邪悪なるモノ』と同じくらいに……。
強烈な血の匂いを漂わせていたことも加えて、彼女が良き存在だとはとても思えなかった。
そんな彼女が向かいたいといったのは、黒い噂が耐えないダハゴイラン商店である。絶対に何かがある、と彼の勘が叫びを上げていた。
だから、多少強引であろうとも、その正体を探ろうとしたのだが……。
「……結局、お前さんの勘違いだったってことか?」
「ああ、その少女はイオリ様のお知り合いだったからね。彼が邪悪な存在を見逃すとは思えない」
「なにっ!? じゃあその女の子は、《黒閃の剣帝》の女ってことか!?」
「……下品な言い方はやめろよ。それに、あの二人の関係は恋人とかそういうのじゃなかったと思うぞ。これからどうなるかは分からないけど……」
「はー……やっぱり英雄サマになると、侍らせてる女の格も違うんだろうなぁ。かぁー! うらやましいぜー!」
「聞けよ、オイ」
ジト目を向けるアランに、まったく反省していなさそうな表情で「悪い悪い」と軽すぎる謝罪をするジョセフ。
そんな友の姿にため息を吐いたアランは、再び脳裏にマリスの姿を映し出す。
(……一応、釘は差した。だが、あれほどの悪を醸し出す存在が、その程度であきらめるとは思えない……)
想像の中で、マリスが口元を歪ませ、アランを睥睨した。鮮血の如き瞳が、妖しい輝きを放っていた。
――――まるで、『ご名答』とでもうそぶくように。
そんな想像を振り払うように、アランは強く拳を握りしめ、キッと虚空を強く睨みつける。
(……いいだろう。お前がどんなことを企んでいようが、その全てを僕が打ち砕いてやる。この街の平和は、僕が護るッ!)
強く強く、何よりも強い使命と決意を胸に抱いたアランは、とりあえず未だに「羨ましー羨ましー」と五月蠅い友の頭に、握りしめた拳を叩き込むのだった。
男二人が半裸で会話する回とか誰得なのか……いやまぁ、イケメン二人だから私得なんだが
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