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大きな課題であった百花の説得が上手くいったので、さっそく計画に着手していきましょう。
……なんですか? 『いや、説得出来てへんやろ?』とでも言いたげですね?
た、確かに私は何もしてないというか、始終おろおろしたり落ち込んだりしてただけですけど、結果的に上手くいったんですからそれでいいんですよ。何も問題はありません、モーマンタイです。
「さてと、まずは……この街の詳しい地理を見ておこうかしら?」
百花と通話であれやこれやした翌日、私は『神話世界』にログインし、始まりの街を散策していました。今は南の大通りをふらふらしています。
始まりの街は、プレイヤーたちが最初にログインする広場……『門の神結晶』が設置されている通称、『結晶広場』を中心に、八つの通りが四方八方に伸びています。
『始まりの草原』に向かう北門とは正反対に位置する街の南側は、領主館がある貴族や有力な商人が住まう場所。高級住宅街みたいな場所です。
人通りは少なく、閑静で上品な雰囲気が漂っています。たまにすれ違う人も、着ている服が上等だったり、お付きを連れていたりと金持ち感が出てますね。トーリさんにこの場所を教えてもらった時に、『金持ち通り』と言っていたのも納得です。
なお、私の標的たるダハゴイラン商店もこのエリアに店を構えているようです。一応見ておきましょうか。とはいえ、場所が分からないことには何とも……そこら辺の人に聞いてみますかね?
金持ち連中に声を掛けると面倒なことになりそうなので……あっ、あの衛兵さんとかいいかもしれません。いい感じに普通っぽいオーラが出ています。
「ねぇ、そこのあなた。ちょっといいかしら?」
「僕……いえ、私ですか? はい、なんでしょう?」
さっそく彼の背後から声を掛けると、振り返った衛兵さんはにこやかに対応してくれました。
そこで初めて彼の顔を見ましたが……ふむ、何でしょう。切り揃えられた亜麻色の短髪、平均以上に整った純朴そうな顔立ち、衛兵の制服の上からでもわかる鍛え抜かれた体。普通っぽく見えましたが、なかなかの好青年ではありませんか。
そして、こうして近づくことで初めて理解できる――――この人、強いです。上手く隠しているようですが、私には通用しません。普通っぽさに隠れて、強者オーラがにじみ出ています。ふふんっ、猫を被ることに関して私に勝てると思わないように。
そんな風に衛兵さんを観察していると、彼は困ったような表情を浮かべました。どうして……って、声を掛けてきた相手にじっと観察されたら、そりゃ困りますよね。
僅かに頬が赤いのは、私の美貌にやられちゃいましたか? まっ、それは仕方ないですね。私は可愛いですし。こんな美少女に見つめられて、赤くならないわけがないですよねぇ。
「?? ……お嬢さん? どうかしましたか?」
「……あら、ごめんなさい。お兄さんがカッコよかったから、思わず見とれてしまっていたわ」
「なぁ……! か、からかわないでくださいっ! ……こほん、それで何か御用ですか?」
「うーん、お兄さんとお話したかった……とか?」
「……それ、今ここで考えましたよね? まったくもってそんなこと思っていませんよねぇ……」
「あら、バレちゃったかしら?」
くすくすと悪戯っぽく笑った私に、衛兵さんは大きなため息を吐きました。けれど、頬の赤みが増したのは誤魔化せませんよ? 純粋なのは見た目通りみたいですね。
さて、ふざけるのはこのくらいにして、当初の目的と……気になったことを聞いてみましょうか。
「冗談よ、冗談。本当は、ダハゴイラン商店の場所を聞こうと思ったの。このあたりにあることは知っていたのだけど、詳しい場所が分からなくて困っていたのよ」
「ダハゴイラン商店ですか? ……失礼ながら、何の目的があってのことか、お伺いしてもよろしいですか?」
……おや? なんだか訝しがられてますか? ふむ、金持ち通りに貧乏人が何しに来たんだオラァ! ……という感じではないですね。
僅かに目が細められ、顔が強ばっています。僅かな変化ですが、それが警戒を示しているのは明白でした。
何をそんなに警戒しているのかは分かりませんが……とりあえず、それっぽいことを言って誤魔化しましょう。異界人という立場を利用すれば、大きな商店があると聞いたので観光しに来たんです~とでも言っておけばいいでしょう。
さぁ、私のリアル【言いくるめ】技能が試される時です。まぁ、猫かぶりをはじめ、演じることに関しては常日頃から行っている私ですから? この程度の誤魔化しに失敗するわけありませんよ。
……百花には通じてなかったって? アレは百花の方のリアル目星がクリティカルしていただけなので、ノーカンです。……そう言うことにしておいてください。
というわけで、そんな感じのことをさも真実かのように語ってみました。
さぁ、私の華麗な詐術に引っかりなさい、衛兵さん……!
少女言いくるめ中……。
「……観光、ですか? 間違っていたら大変申し訳ないのですが………………それ、嘘じゃありませんか?」
あれぇーー??? なんで失敗してるんですか????
おかしい……口調、表情、視線、仕草に至るまで、不自然なところなんてどこにも無かったはずなのに……もしや、判定がファンブったんですか?
こ、こんなところでファンブってどうするんですか、私ー! 計画はまだ準備段階なんですよー!!?
と、とにかくどうにかしてここを切り抜けないと……平常心、平常心……。
「嘘なんてついていないのだけど……私、そんなに怪しく見える? それはちょっとショックなんだけど?」
「いえ、貴女の受け答えに怪しいところがあったわけでも、見た目で判断したわけでもありません。……ですが私の勘が伝えているんです。貴女は『危険だ』、と」
「な……」
なんですかそれぇええええ!? 強者特有の勘ってヤツなんですか? 戦士の第六感で判断されたら、演技なんて意味ないじゃないですかぁ!
……ゲーム的に言うなら、カルマ値的な隠しステータスがあって、それの高低を見極めるスキルを所持している……とか? わーお、なんか英雄みたい……言ってる場合ですか! 彼がもし英雄だとしたら、退治される悪役は間違いなくこの私なんですよ!?
「それに、貴女は他の異界人の方々に比べて……血の匂いが強すぎる。魔物の血ではなく、人族の血の匂いが」
で、でたー!? 強者特有の勘其の二! 大量殺人者に対して『血の匂いがするな(キリッ)』ってやるやつぅー!? ……って、誰が大量殺人者ですか! 私はただ、一日一度人をコロコロしないといけない身体なだけで、ちょっとこの街で多大な人的被害がでそうな計画を企てているだけの悪役ですよ!? 今まで殺したのだって、ナンパ野郎とアホ二人と盗賊団の五~六人ですよ? ほらっ、ぜんぜん!
…………説得力皆無ですね。やっべ、どうしましょう。
いやぁ、さっきの『危険な気配がする……(キリッ)』もそうですが、リアルにこの目で見ると謎の感動がありますね。いや、ヴァーチャルゲームだからリアルではない? いやでもこうして実際に目にしているわけで……。
………………だから、現実逃避をしている暇はないんですよ? 分かってますか、私!?
とりあえず、黙り込むという選択肢はナシですね。ただでさえ怪しまれているというのに、不自然な行動を取るなんて自殺行為もいいところです。
ですので、私にとれる手段は……。
「あら、酷い。女の子に向かって匂うとか言わないで欲しいわ。傷つくじゃない」
ある程度自然に振舞って、この場から一旦離れる……! 商店の場所は、後で情報屋さんにでも教えてもらいましょう。この場に警戒され、今後街で動きにくくなるなんて真っ平御免です。
私が少し怒ったような表情でそう答えると、衛兵さんは未だに警戒を解かず、こちらを見つめています。
「白を切るんですか?」
「無罪を主張しているだけよ。私はただの観光客。それ以上でもそれ以下でもないわ。あと、血の匂いって言ったけど、それはきっと昨日ころ……倒した盗賊さんのモノだと思うんだけど?」
「盗賊…………ですか?」
「ええ、とっても悪い盗賊さんたち。襲い掛かってきたから返り討ちにしたの。私、美少女だけど強いのよ?」
「何故そこで美少女を強調したのかは分かりませんが……。…………(僕の勘違いか? いや、ならば彼女から感じるこの途方もなく邪悪な雰囲気は一体……?)」
おや? 今、衛兵さんが小声でつぶやいた言葉聞こえるはずのない声量だったのに、何て言ったのか分かりましたね? 【聞き耳】が発動したんでしょうか?
それにしても、邪悪な気配……え、何ですか? 私、そんなよく分からない……多分ドロドロしているモノを全身から垂れ流してるんですか? これでも一応乙女なので、ドロドロとかそういうのは勘弁願いたいのですが……。
邪悪な気配ねぇ……まぁ、マリスにも悪役の貫禄が出てきたということにしておきましょう。
さて、そんなことより、なんとか衛兵さんの疑いをかいくぐらないとなりません。さぁ、唸りなさい、私のリアル言いくるめスキル……!
と、私が気合を入れ直していると、背後に人が近づいてくる気配を感じました。
むむっ、何奴……! と、私が振り返るより先に、その人物はこちらに声を掛けてきました。
「――――なぁ、そこのお二人さん。こんな往来の真ん中で、なにしてんだ?」
聞こえてきた声には、覚えがありました。
この声は、つい数日前にフレンドになった――。
「《黒閃の剣帝》さん?」
「イオリだ! 二つ名で呼ぶのは勘弁してくれって言っただろう!?」
振り返った先には、全身を黒色の装備で固めた黒髪の少年――βテスター最強のプレイヤー、イオリが立っていました。……何故?




