22
なんで二千五百で終わってくれないのだろう?
『……ほう、始まりの街でそんな騒ぎを起こす、と……』
「はい……」
あの後、私は頭の中でこねくり回していた『計画』を洗いざらい百花に打ち明けました。私が話している間、相槌を打つだけで特に何も言わない百花が怖いのなんの……。もう私の精神はボドボドです。
さて、私の『計画』ですが……先程も言った通り、非人道的かつ外道まっしぐらなモノであり、とてもじゃありませんが人様の目に晒せるものではありません。
どのあたりが非人道的で外道かと言えば……まぁ、まったく関係ない一般NPCにも被害が出るでしょうね。始まりの街にはたくさん人が住んでいましたし、人的被害がどれほどのものになるかは私にも想像できません。
というか、計画を立てたのはゲームの中……つまり、悪役状態だったので、被害の規模とかは度外視……いえ、むしろ被害がどれだけ大きくなるかを喜んで考えていました。わぁお、我ながら擁護のしようもない。ひでぇですね。
それにしても……百花、何も言ってきませんね。画面の向こうで、何やら黙りこくっているようですけど……。
や、やっぱり怒ってるんですかね? それとも、呆れられている? ……どっちも嫌だなぁ。
心なしか雰囲気も重いような気がしますし……うぅ、とりあえず声を掛けてみましょうか。
「も、百花? あの……その……」
『……なんじゃ?』
ひぇ!? いつもより声のトーンが低い! あと、何より声音が呆れ果てた時に出るソレでした!!
こ、これはダメです。これ以上、百花に呆れられて、『コイツどうしようもねぇな』みたいに思われたら、私の心が持ちません……!
もうこうなったら、『計画』を全部破棄して、百花に平謝りするしかありません……! 私の目標達成が遠ざかりますけど、そんなことよりも百花に嫌われないことの方が何百倍も大事です!
そうと決まればまずは…………『誠意』を、見せなければなりません……!
私はスマホをベッドの隅に立てかけると、その前で正座し、両手をついて頭を下げました。マットレスに顔が沈むくらい、深く、深く、これでもかというくらいに深くです。
これが私の誠意。謝罪大国(勝手に命名)日本が誇る最高峰の謝罪、『土下座』です。
『……何しとるんじゃ、お主』
「見たままです」
『わらわにはお主がいきなり土下座し始めたようにしか見えんのじゃが?』
「ええ、いきなり土下座しました」
『な ぜ じゃ』
百花の多大な困惑を滲ませた声が聞こえてきました。あ、あれ? 私の誠意が伝わっていない……?
ちらり、と顔を上げて視線を向けてみれば、百花は本気で困ったような顔をしていました? ……おや?
『ど、どうしたのじゃ、朱音? ついに頭おかしなったのか?』
「誰がですか! わ、私は百花に許してもらおうと、こうして誠意を……」
『……おん? 許す?』
はて、と首を傾げてみせる百花。どうやら本気で私の行動を謎だと思っているご様子。……おやぁ?
待ってください、何かがおかしくないですか? 百花は私に対して大きな呆れと怒りを抱いているはずでは? 反応からそれが読み取れないのですが……と、取り合えず本人に確認にとってみましょう。
「あの、百花? お、怒ってないんですか?」
『怒る? わらわが? ……何故に?』
「だ、だって、百花がすごく楽しみにしてたゲームで、割とシャレにならない損害を出そうとしてますし……それに、百花ってゲームだろうと何だろうと、人が死ぬの嫌いでしょう?」
『いやまぁ、確かにそうじゃが……』
百花はかなりのゲーム好きですが、人が死ぬ系のヤツは苦手だったりします。銃撃戦で人を殺したりするゲームは絶対やりませんし、殺人鬼と一般人に別れて追いかけっこをする系のゲームでさえ顔をしかめます。私は血飛沫とか悲鳴とか好きなのですが……。
「ですので、私の『計画』にも反対してて……その、そんな計画を立てた私に対して、呆れたり怒ったりしているのかと……お、思いまして……」
『……それで、土下座を?』
こくり、と首を動かして百花の言葉を肯定します。
すると、画面の向こう側から、大きな……それはもう盛大なため息が聞こえてきました。わぁ、すごい呆れている感じが伝わってくるぅ……け、けど、何か私の想像していた呆れと違うような……?
『お主は……こう……なんでこう……頭はいいはずなんじゃがなぁ……』
スマホの画面に目をやれば、百花がやれやれといった感じの表情を浮かべながら、額に手を当てていました。
あれ? これは怒っているというよりも……馬鹿にしてます? というか私、何やら馬鹿にされていません?
私が首をひねっていると、百花がこちらに視線を向けてきます。なんというかこう……非常に優し気で、生温かい感じの視線です。
『朱音……お主、よもや阿呆なのか?』
「だ、誰が阿呆ですか! 百花、酷いです!」
『いや、酷いのはお主の思考回路じゃろ? お主は何故、天才的に頭が良いはずなのに、時折ものっそい馬鹿になるのじゃ?』
「こ、今度は馬鹿って……」
な、なんで私、こんなに純粋な呆れからくる罵倒をされているのでしょうか? 怒りからくる蔑みとかなら、準備していた分まだ受けるダメージは小さく済んだんでしょうけど……。
私が訳も分からず混乱していると、百花はこらえきれないと言ったように笑みを漏らしました。
『くははっ、あーほ、ばーか、あかねー』
「ちょっと、何ですか今の! まるで私の名前が罵倒か何かのように言いましたね!?」
『ちなみにじゃが、『あかね』というのは『ナイチチ』という意味の罵倒じゃ』
「ひ、人の名前になんて意味を持たせるんですかぁ! というか、その意味を当て嵌めるなら『ももか』の方が相応しいと思いますけど?」
『ソレは誤植じゃな。『ももか』という言葉には、きっと『可憐』とか『美少女』とかそういう意味があるに違いないの。それと、『あかね』にはほかにも、『性格の悪い女』という意味もあるぞ?』
「あー! あー! そ、それは流石に看過できませんよ! ライン超えましたー! 私のラインを軽々しく超えて来るとはいい度胸ですね!」
『いつもの自分の言動を考えてみよ。ライン超えまくっておるのはお主だからな?』
「そんなの知りませ…………あ、あれ?」
そんな風に言葉の応酬をしていて、はたと気づきました。
何時の間にか、さっきまでの暗い雰囲気はきれいさっぱり無くなっていました。今のやり取りも、いつも通りの私たちのものでした。
ふとスマホの画面を見てみると、こらえきれない笑いを零している百花と、画面の端の小さな枠の中に、キョトンとした顔をした私が映っています。
あれ? これはもしかして……百花、最初から怒っていなかったのですか? つまり……全部、私の勘違い?
『くっくっく……その様子だと、ようやく気付いたようじゃの?』
「ど、どういうことですか、百花……? ちょっとよく分からないのですが……?」
『はぁ、だからお主は馬鹿なのじゃ。ばーか、ばーか』
「うぐっ……」
からかうように言う百花に物申したくなりますが、どう考えても私が悪いようなので何も言えません……。
私が口を閉じると、百花は声音を真剣なモノに変え、こちらに語りかけてきます。
『お主はわらわが怒っておると言ったな? 確かに、今のわらわはお主に対して軽い憤りを抱いておるよ。だが、それはお主がとんちきな計画を立てたからでも、それを誤魔化そうとしていたからでも……まぁ、素直に言ってくれなかったのは多少頭に来ておるが……とにかく、そのあたりは関係ないのじゃ』
「ええと、なら何に怒っているんでしょうか……?」
恐る恐るといった感じで尋ねた私に、百花の「ぎろり」という鋭い視線が突き刺さりました。あぅ……そ、そんな目で見ないでください……。
『お主が! わらわが怒ると決めつけておったことに怒っておるのじゃ! 仮にも親友なんじゃし、そのくらい、信じてくれてもよかったじゃろ!!』
「あっ……」
そ、それは…………はい、そうです。まったくもって百花の言う通りです。
まっすぐな視線でこちらを見つめる百花の顔が直視できず、私はそっと顔を伏せました。
『朱音がわらわのことを考えてくれていたのは分かっとる。じゃがな、変に気を遣われるよりか、信じて話してくれる方が、わらわは嬉しいのじゃ』
「……はい」
バレたら怒られるんじゃないか? 嫌な思いをするんじゃないか? そんな私の考えは、一見すれば相手に配慮したものだったのかもしれません。
百花は親友ですが、『親しき中にも礼儀あり』という言葉もあります。けれど、それがすべての人、すべての場合に当てはまるわけじゃない。百花は仲の良い人にはあまり気を遣ってほしくないタイプなんですね。……あはは、百花の親友を名乗っておきながら、そんなことも知らなかったんですね、私。
「……百花、ごめんなさい。そんな、百花の気持ちも考えずに……」
『まったくその通りじゃな。あまりわらわを舐めてくれるなよ?』
「……はい、反省します」
今の私は、漫画ならば無数の縦線が引かれ、『ズーン』という文字が暗いフォントで書かれていることでしょう。そのくらいへこんでます。ガチへこみです。
……それでも、表情筋はピクリとも動かないんですけどね。我ながら嫌になりますよ。
百花を信じ切れなかった罪悪感と自己嫌悪が相まって、私のテンションは急降下し、地面を貫いて地中深くまで潜っていきました。そう簡単には回復しそうにありません。
そんな風に落ち込んでいると、スマホから百花の意外そうな声が聞こえてきました。
『……珍しいの。お主がそこまで沈むなんぞ、初めてではないか?』
「……そうでしたっけ?」
『ふむ、思い出せる範囲ではなかった気がするの。おぬしはとにかく図太いというか、メンタルがオリハルコン製というか……。それに、普段は学校で他人の相談に乗ったりしておるだろう? 実際、わらわも何度か優しく慰めて貰ったことがあるしのぅ……メンタルつよつよだったはずでは?』
「……なんでしょうね。自分でも驚くほど落ち込んでいます」
ううむ、テンションが下がりすぎて、さっきとは違う意味で毛布をかぶりたくなってきました。
落ち込んだ気分を少しでも紛らわすため、正座から体操座りになり、ベッドの隅っこに移動して毛布を頭に掛けます。あぁ……なんだか落ち着く……。
そうやっていて、心のざわめきが少しだけ小さくなると、私の口からはぽろぽろと言葉が漏れていきます。
「百花ぁ……私はダメですねぇ……これぽっちも百花の気持ちが分かっていなくて……あはは、やっぱり……私は人間をするのが苦手なんですねぇ……」
『人間をするのが苦手、のう……』
「だってそうでしょう? 親友の気持ち一つ察せないどころか、逆に怒らせてしまうなんて。こんな酷いコトする人間が何処にいるんでしょうね?」
膝に顔を埋めながら、そう自嘲するように、百花へ言葉を投げかけました。こんなこと、彼女に言っても何の意味もないのに……。
これは、本格的に呆れられちゃいますかね? 自業自得ですけれど、それは……嫌、ですね。
ずっと言っていますけど、百花は親友なんです。それも、私に出来た初めての親友。
それも、私でも私でもなく、千寿朱音を友人と呼んでくれる、唯一の存在です。
私の中で、百花は非常に特別な存在だと言っていいでしょう。そうじゃなかったら、こんなに悩んだりしませんし、彼女を傷付けてしまったかどうかで心を乱すこともありません。
だからこそ、そんな存在すら理解できない私自身が、本当に嫌になる。
……百花は、今どんな顔をしているんでしょうか? 変なことを言い出した私を訝しんでいる? それとも、人になり切れない私を見て哀れだと嗤っている? ……どちらにせよ、私の心は砕け散ってしまうかもしれませんね。
けれど、このままずっと黙りこくっているわけにもいきませんし……確認、しますか。
そう思って、顔を上げてスマホの画面を見ると――そこには、きょとんとした表情を浮かべた百花がいました。
「もも、か……?」
『なんつぅか……お主って、本当に面倒くさいの』
はぁ、とため息を吐いた百花は、ジトォとした視線で私を見てきました。
「め、めんどくさい……?」
『面倒じゃな。ああ、とっても面倒じゃ』
「ち、ちなみにですが、どのあたりが?」
『全体的にじゃの』
「ぜんっ……!?」
ぜ、全体的に……め、面倒くさい……ですって?
あっ、なんでしょう。すごく心が痛いです。具体的には、思わず胸を抑えてその場に倒れ込んでしまうくらいにはダメージがありました。
『あ、朱音? な、何故にそこまでダメージを受けておるのじゃ?? この程度、いつもの軽口じゃろ……?』
「…………がっちがちに落ち込んだクソ雑魚メンタルを舐めちゃいけませんよ? 今の私の心はちょっとしたことで簡単に崩れる砂上の楼閣です」
『これは本格的に面倒じゃの……はぁ……。すぅ……朱音!!』
「ひゃ、ひゃい!!」
い、いきなり大きな声出さないでください、びっくりするじゃないですかぁ!?
びくっ、としながら視線を上げると、百花はとても真剣な顔でこちらを見ていました。
『わらわの話を聞け、朱音!』
「は、はい……」
『お主は馬鹿じゃし、どうしようもない阿呆でもある。だがの、今しがた言った『人間をするのが下手』というのは多いに間違っておる!』
「…………でも、私は……」
『ふんっ、わらわの気持ちがわからんとでも言うつもりか? そんなのは当たり前じゃ! 人は人の心が分かるようには出来ておらん! それが普通なのじゃ! というか、完全に人の心を把握できるようなやつがおったら、そいつの方がよっぽどのヒトデナシじゃぞ?』
「そう、なのですか?」
『そうじゃ! ……だから、その程度のことで落ち込むでないわ。朱音らしくもない』
「私らしいってなんですか、私らしいって」
『いついかなる時も傍若無人。我こそがこの世の王だと言って憚らない。座右の銘は天上天下唯我独尊のやべぇヤツじゃろ?』
「百花の中の私、暴君すぎやしませんか!?」
思わず被っていた毛布を放り捨ててそう叫ぶと、カラカラと笑う百花と目が合います。
私と視線がかち合った百花は、笑みをニヤリと悪戯っぽいものに変えました。
『くくっ、随分と調子が出てきたようではないか。やはりお主にはそちらの方がよく似合う』
「…………ふんっ、だ」
……別に、照れてなんていませんからね? ちょっと百花がカッコいいなーとか思っていませんからね? 本当ですよ?
けれど、百花の言葉のおかげで、先程までの暗い気持ちはどこかに行ってしまったようです。代わりに、暖かな何かが胸の奥に宿ったような気がします。
気分的には口角が吊り上がって、口元に笑みが浮かんでいるんですが……はい、まったくもってそんなことはありませんでしたね。
流石は私の表情筋です。『人のふり』をしないと、本当にぴくりともしてくれないんですから、すごいもんですよ。……まぁ、そんな筋金入った無表情状態で接している百花だからこそ、私はあんなにも落ち込んだり、心を乱したりするのでしょうね。
はぁ、こういう時くらい融通を効かせてくれてもいいような気がするんですけどねぇ? そんなことを思いながら、スマホを手にベッドに転がります。
……けど、今はこれでいいのかもしれません。例え人の心が分からなくても、人になり切れなくても。
『ん? 今度はなんだか上機嫌じゃのう? まったく、落ち込んだかと思いきや。忙しいやつじゃな』
「ふーん、何でもないですー。別に上機嫌になんてなっていませんー」
『はいはい、そうじゃなそうじゃな』
少なくともここに一人、私のことを理解してくれる人がいるんですから。
難産だったなぁ……
読んでくれてありがとうございます!
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