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お久しぶりです
『北東の森』から始まりの街へと戻った私は、一旦ログアウトし、現実世界へと舞い戻りました。VRヘッドギアを外し、外を見ればもう真っ暗。時間は十時を回っていました。え? 盗賊さんたちがどうなったか、ですか? ……ふふっ、それは秘密です。
慌てておゆはんを食べ、入浴に明日の課題と寝る前の準備を終わらせます。明日も普通に学校ですからね。ゲームにかまけて日常生活を疎かにするわけにはいきませんし。ゲームは一日一時間……とは言いませんが、それなりに弁えることも重要だと思います。
とはいえ、一日中ゲームをしていたり、最早『生きる=ゲーム』みたいになっている、いわゆる『廃人』と呼ばれる方々を否定する気はありません。それだけ一つのことに熱中できるというのは素直にすごいと思いますし、それだって立派な才能の一つ。少なくとも、私には真似できませんもん。
どんなことであろうと、自分に出来ないことを出来る人をすごいと思うのって普通じゃないですかね?
まぁ、それはさておき。寝る前にやることを終わらせた私は、パジャマ姿でベッドに寝転ぶと、手にしたスマホを操作し、百花に通話を掛けました。
待機音の後、画面が切り替わり、百花の顔が映し出されます。
うーん、フランの姿も可愛かったですが、百花は百花のままでも十二分に可愛いですねぇ……。
そんな内心をこれぽっちも顔に出さず、百花に話しかけます。
「もしもし、百花ですか?」
『おお、朱音か。どうしたー?』
「いえ、寝る前に少しお話をしようと思いまして。今、大丈夫ですか?」
『ええぞ? ちゅむったーで画像漁ってただけだしのう』
「……誘った私が言うのもアレですけど、もう十二時過ぎてますよ? そうやって夜更かしばっかりしているから、発育が悪いのでは?」
『流れるように喧嘩売ってきたなお主。それにじゃ、発育うんぬんに関してはお主にだけは言われたくないんじゃが? じゃが?』
「あ? 私のパーフェクトボディに何か文句でも?」
『パーフェクトボディ(薄)』
「ミニマムボディ&女子力皆無のおこちゃまが何か言いましたか?」
『なんじゃぁ……お主……?』
「百花、キレた……!」
『キレさしたのはお主じゃぞ! お主!』
そんないつも通りのじゃれ合いをしつつ、話題は自然と神話世界のことに移り変わっていきます。
百花は『百花繚乱』のメンバーと訪れたフィールドで、どんなモンスターとどんな風に戦ったか、どんなハプニングがあったのかなど、いろんな話を嬉しそうにしています。時折身振り手振りを加えながら、弾んだ声音で語る姿は、百花の愛らしい容姿も相まって非常にキュートでした。
私はそんな百花の話を聞き、適切な相槌を打ちながら、百花に話したかったことをどう話したものか、と考えていました。
うーん、なかなか良い案が浮かびませんねぇ。話す内容が話す内容なだけに、なかなか切り出し方が難しいのですよ。
『近日中に始まりの街で襲撃事件を起こすから、その間は街にいない方がいい』なんて、どう伝えればいいのでしょうか?
まず間違いなく詳しいコトを教えろと言われます。そして、詳細を知った百花は十中八九、私を止めようとするでしょう。
私の計画は『悪役』の私を全力全開にした、非人道的かつ残酷残虐、想定される物的被害に人的被害は甚大なモノになると思われます。
百花は、それを許してくれるでしょうか? ……難しいですねぇ。百花はなんだかんだで正義感が強いですし。
それに、始まりの街はまだリリースしたばかりの神話世界に置いて、プレイヤーたちの拠点になっている町です。そこで騒ぎを起こし、被害をもたらすということは、『神話世界』を心から楽しんでいる百花の邪魔をするのと同義ではないでしょうか?
いやまぁ、最終的には許してくれる……というか、百花が折れてくれるだろうという予感はありますが、それでも彼女に嫌な思いを少しでもさせてしまうのは間違いないわけでして……。うごごご、百花に悲しい顔とかされたら、普通に死ねます。
あー、もう……。なーんでゲーム内の私はこんな計画を嬉々として立てたのでしょうか? 我ながら理解に苦しみます。たとえ、現実の私と神話世界の私とでは、ほぼ別人であると言っても差し支えないとは言え、です。
『での、そこでサツキが……のう、朱音?』
「ん? どうかしましたか、百花。サツキちゃんがどうしたんです?」
『いや、サツキのことはひとまず置いておいてじゃな……お主、何か言いたいことでもあるのかのう?』
ぎくっ。
『今度はぎくっ、ってしたの。やっぱり何か言い淀んでおるの』
ひぇ、な、なんでバレたのでしょう? 私のピクリとも動かないスーパーポーカーフェイスは健在なはずですし、会話にも不自然なところはなかったはずですが……。
と、とにかくまだ無難な話の切り出し方が思いついていないので、ここは誤魔化しの一手を……。
「なんのことでしょう、百花。言いたいことなんてまったくこれぽっちもありませんよ? 変なこと言わないでください、まったく」
『いつもより声のトーンが高い、話すテンポも若干速いの。眼球が微妙に泳いでおるし、頬も少しだけ引きつっておるぞ? それに、スマホを持つ手に僅かな力が入ったの? 画面が一瞬だけぶれたのじゃ。お主にしては本当に珍しいことじゃが、動揺を隠しきれていないのう』
「……ぇえ」
まって、待ってください。ちょっと待って?(混乱)。なんで私、日常会話内で微表情読み取られてるんですか? ちょっと言われたことに頭が追い付かないのですが……?
わ、私の親友って、こんなに怖かったですか? 画面の向こうで、まったくもっていつも通りの表情を浮かべている百花が、何かえたいのしれないモノに見えてくるんですが……わ、私の精神は無事ですか? 正気が削れたりしていませんか?
『朱音? どうしたのじゃ? ほれ、言いたいことがあるなら遠慮せずに言うのじゃ』
「あ、あの……百花?」
『ん? どうしたのじゃ?』
「え、えっとですね……ど、どうして私が、その……何か話したいことがあると?」
『いやまぁ、何となくじゃが? けれども、まぁ……お主のことなら、大抵何でも分かるからの』
スゥーーーーーーーーー(血の気が引く音)。
画面の向こうで、満面の笑みを浮かべる百花。思わずほぅ、とため息を吐きたくなるほど可愛らしい笑顔でしたが、何でしょうね? どこか目が笑っていないような?
あれ、なんだか寒気がしてきましたよ? エアコンを入れた覚えはないのですが……ちょ、ちょっと毛布を被っておきましょうか。
『おん? どうしたのじゃ、いきなり毛布なんて被りおって』
「な、なんだか少し寒くてですね……」
『湯冷めでもしたのかのう? まっ、風邪をひかんようにな。……お主が病気で寝込んでいるところとか、ちょっと想像できんがの。というか朱音って病気に罹るのかのう? ありとあらゆるウイルスが体内に入った瞬間に死滅しそうなんじゃが……』
「百花? 少し耳が遠くなったみたいなのですが、何か言いましたか?」
『んう? 別に何も言っておらんぞー?』
くっ、しらばっくれおってぇ……。私みたいな可憐な乙女に対して何ですか。私は体内に最強のウイルスでも飼っていると? 『千寿菌が付いたー!』『うわっ、きたねー!』『ターッチ!』『バリアー!』『千寿菌にバリアは効きませーん!』ってことですか? ……やられことないですけど、非常に頭に来ますね、これ。
けど、何とか話は逸らせましたね。よしよし、このまま無難で誤魔化しの効く伝え方を考える時間を稼ぎましょう。
『でじゃ、お主の話したいことについてそろそろ聞かせていただこうかのう』
ガッデム! まったく話逸らせていないじゃないですか!? くぅ……おのれ百花! 私を苦しめて楽しいですか!? ええ!? それともアレですか! ギルドに入らなかったことに対する腹いせですか!? もしくは撫でまわしたことに対する仕返し!?
けど残念! 百花をなでなでして愛でたおすのは私の使命のようなモノなので、やめる気はさらさらありません! ざまぁみろ!
『……なんじゃろうなぁ。わらわも若干寒気がしてきたのじゃが?』
「風邪ですか? 早く寝た方がいいのでは?」
『うむ、お主の話を聞いたら寝るとしようかの』
「なんでですかぁ!」
『いやぁ、言いたくないことなんだろうなぁと思うと、何が何でも言わせたくなるじゃろ? それじゃよ』
そう言って、けたけたと笑う百花。わ、私の百花が性格わるわるになってしまいました……! 一体誰のせいなの……!
『ほれほれ、話してみるのじゃ。それともアレかのう? 何かわらわに言えぬようなことをしでかすつもりか? ん?』
「ぐっ、実際にその通りだから否定が出来ない……!」
『……はぁ、やっぱり何かやらかすつもりだったんじゃな』
「………………あ゛」
か、語るに落ちてしまいました……! くっ、焦りのあまり、いつもはやらないような失態をしてしまうとは……!
どうしましょうか? ここからどうやって挽回するか……と、考えますが、流石にもう誤魔化しは効かないでしょう。
はぁ、とため息を吐き、被っていた毛布を取ると、私はベッドの上に正座しました。
そして、スマホの画面に映る百花の顔を見つめます。
「百花、実はですね――」




