18
こっちもお久しぶりです。
久ぶりの投稿だが、すまない。今回の主役はマリスちゃんじゃなくてモブの盗賊くんなんだ。
盗賊君の頑張りをぜひ見ていってほしい。
side:盗賊A
俺を真っ先に見つけたのは、拠点の前で見張りをしていた仲間だった。
森への探索に出かける前に、今夜は遊戯札でもしながら酒を飲もうと約束したソイツは、俺の姿を見つけると気さくに話しかけてきて……そして、俺の姿を見て驚いた顔をした。
まぁ、無理もない。今の俺は、どこからどう見てもボロボロだ。着ているモノは破れまくっているし、顔だって真っ赤に腫れて、鼻がへし折られている。今だって、全身が痛い。
……容赦がないにもほどがある。あの悪魔にやられた数々の仕打ちを思い出して俺は思わず身震いをした。
「おう、なんだ。遅かった……って、どうしたんだよその傷!? てか、他の二人はどうした!?」
「……冒険者だ。森に入ってきた冒険者にやられた」
「何……? ということは、アイツらは……!?」
俺は、仲間の言葉に首を振った。さぞ無念そうに、悔しさと怒りを表情に乗せて。……心にもないことを、口にする。
……俺とよくチームを組んでいた二人は、あの悪魔の手によってただの肉塊になった。俺の心を折るためだけに、死体を玩具のように扱われていた。
それを思い出しても、すでに俺の心は欠片も動かなかった。
「……あいつらは……! あいつらは……! 俺を、俺を逃がそうとしてくれて……! それで……!」
「……もういい。それ以上はやめろ。俺がお頭に報告してくるから、少し休んでいろ」
俺の演技をころりと信じた仲間はそう言うと、拠点の中に入っていった。おいおい、見張りが見張りの役目を放棄してどうするよ……。
もしこの瞬間、敵が攻めてきたらどうするんだ?
「……って、それは今の俺だよな……くそっ……!」
本当は、こんなことしたくない。仲間を、お頭を裏切るような真似なんて……!
……だけど、仕方がない。仕方ないんだ。これまで積み上げてきた絆も、拾ってもらった恩義も。
『――――死にたくなかったら、私に従いなさい』
あの、悪魔のような女によって刻まれた恐怖の前では、ゴミ屑になってしまう。
すみません、お頭。すまない、皆。
俺は、俺の命惜しさに、貴方たちを殺します。
その後、簡易的な治療を施された俺は、お頭に森であったことを報告した。
といっても、俺の口から出るのはすべてが出まかせ。あの悪魔に言われたことをそのまま口にするだけ。
「……ふむ、複数人の冒険者か。それは、確かなんだな?」
「はい……。俺たちを見るなり襲い掛かってきて……こっちも応戦したんですけど、冒険者の方が数が多くて……それで、あいつらはそのことをお頭に伝えろっていって、俺を逃がして……俺は……俺は……!」
「いや、いい。良く伝えてくれた。あいつらのことは残念だったが……全滅するよりはるかにましだ。お前だけでも生きて帰ってきてくれて良かった」
「お頭……! すいやせん……! 本当に、すいやせんでした……!」
地べたに手をついて、額を擦り付ける。ボロボロと瞳からは涙がこぼれた。
お頭はやっぱりすげぇいい人だ。なんで盗賊なんてやってるのか分からないくらいに。作戦に失敗して、仲間を見捨てて逃げてきた俺にも、こんなに優しい言葉をかけてくれる。
俺は、そんな人を裏切る。心臓が千切れんばかりに痛んだ。
「おいおい、大の男がボロボロ泣いてんじゃねぇーよ。まだ傷が痛むか?」
ああ、お頭。やめてくれ。
その優しさが、今の俺には何よりも痛い。
お頭への報告が終わった俺は、その日の夕食当番を仲間に代わってもらっていた。
『お頭は許してくれたけど、このくらいの償いはしたい』って言ったら、すぐに変わってくれた。……そういえば、この仲間はあの悪魔に殺された内の一人と仲が良かったような。
仲が良かったヤツが死んで、ソイツを見捨てて一人逃げてきたゴミ屑が目の前にいるってのに、こいつは文句一つ言わず、笑顔で俺を迎え入れてくれた。
……ははっ、やっぱりこの盗賊団は、おかしい。盗賊団の癖に、なんでこんなに暖かいんだよ。なんでこんなに、好きにしかならせてくれないんだよ。
トップもメンバーも、皆が皆いい人過ぎて、その分、俺のやろうとしていることがとんでもなく邪悪に思えてしまう。
「…………」
俺は、煮えるスープを前にして、懐から小瓶を一つ取り出した。
こんなことしたくない。そう思っても、俺の手は勝手に動き出す。
小瓶の中身は、『罠肉』を作るときに使う睡眠薬。フォレストベアのような中型の魔物にも効く薬だ。この小瓶に入っている量でも『盗賊団の全員を眠らせるには』十分すぎるくらいだった。
俺は小瓶の中の液体を、全て鍋の中に注ぎ込んだ。そして、空になった小瓶を懐にしまいこみ、何食わぬ顔でスープを混ぜる作業を再開する。
――ああ、やってしまった。もう、戻ることが出来ないところまで来てしまった。
そして、夕食の時間になった。
天幕の一つに盗賊団のメンバー全員が集まり、輪を作るようにして座っている。
彼らの目の前には、俺の作った食事が置かれている。
…………無論、あのスープもだ。
「よし、お前らよく聞け! 何でも、この森にも冒険者が出るようになったそうだ! 魔物の補充が出来ていねぇが、明日にでも拠点を移す! いいか、明日は大仕事だ。今日はしっかりと食べて明日に備えろ!」
「「「「「おうっ!」」」」」
お頭の号令で、食事が始まった。
ここにいる全員が、お頭の言葉をなんら変だと思っていない。きっと、明日の仕事について考えているんだと思う。
……明日なんてもう、来ないというのに。
「……あ?」
「…………ん?」
「な……ん……だ……ぁ?」
「ねみ……な……ど……して……」
「…………」
ばたり、ばたり。
天幕の中に、人が倒れる音が響く。
これから、人じゃなくなる者たちの倒れる音が、いくつも重なった。
俺はそれを、ただ見つめていた。何も言わず、何もせず、ただ、見ているだけ。
「お…まえ……ど……して……? うら……った……の…………か…………?」
お頭は、最後まで眠気に抵抗しているようだった。
一人だけ無事な俺を見て、信じられないようなものを見る瞳をしている。
すみません、ごめんなさい、仕方なかったんです。
そんな言葉さえも、今の俺からは出てこない。もう、何も考えたくなかった。
今の俺にあるのは、生き残れたこと……そして、あの悪魔から解放されたことに対する安堵。
これでもう安心だ。悪魔にかけられた『呪い』も解ける。
どさりと、お頭が倒れたのを最後に、天幕の中には静寂が訪れた。
しばらく……おそらくは、三十分くらい。俺は、自分の中で渦巻く数多の感情に、何もできずにぼーっとしていた。
「…………ぁ、そうだ……。報告……しなきゃ……」
全てが終わったら、悪魔のもとに行き報告を行う。そうすれば、俺にかけられた『呪い』……『死の契約』は解除される。
悪魔と交わしたのは、そんな内容の約束だ。
……約束、だった。
「…………なんで?」
「さぁ? なんでかしら?」
クスクス、クスクス。
もう二度と聞きたくなかった声が。
もう二度と会いたくなかった者の笑い声が。
俺の背後から、這いよるかのように、聞こえてきた。
それと同時に、背中に焼けるような痛みを感じた。
藻掻こうとしても、何故か体が動かない。これは……『麻痺』?
わずかに動く口を何とか動かして、背後の悪魔に問う。
「や……くそく……は……? みの……がす……って……。みん……なを……うらぎ……れ……ば……ころさ……ない……って…………?」
俺の言葉に、悪魔は「……ああ、あれね」となんでもなさそうに言った。
そして、わざわざ固まる俺の目の前にやってくる。
こんな状況じゃなきゃ、見惚れていた。幼くも蠱惑的な肢体。動きに合わせて揺れる赤髪。天幕の照明に照らされて、妖しげに輝く紅玉の瞳。
そして、天使のような美貌には、悪魔よりも邪悪な笑みが浮かんでいた。
悪魔は、伸ばした人差し指を顔の隣に持ってくると、二回、左右に振った。
それに合わせて、憎たらしいほどに艶やかな悪魔の唇が、小さく動く。
「ウ・ソ」
「…………ぁあ」
「なんで私が、わざわざお前との約束を守らなくちゃいけないのかしら? というか、本当に私が約束を守るって思っていたのね、お前。……バカみたい」
じゃ、じゃあ……俺は……何のために……こんな……?
「あと、お前に呪いをかけたってのも嘘。お前みたいなビビりさんなら信じてくれるかなーって思ってやってみたのだけれど……あっさり引っかかっちゃって」
……やめろ。もう、やめてくれ。
これ以上はもう……。
「ふふっ、ばぁか。本当に愚かね。ここの盗賊団が可哀そうだわ。お前みたいな無能で愚図な裏切り者なんて仲間にしたせいで、こんな目に合うなんて……ねぇ?」
悪魔が嗤う。
何よりも美しく、どこまでも残酷な笑みを、俺に向ける。
「お前、今どんな気持ち? 自分のせいでこれから仲間がひどい目にあうのって、どんな気持ち? くだらない約束や嘘に踊らされて仲間を裏切るのって、どんな気持ち? ねぇ、教えなさいよ」
…………あぁ。
…………もう……お…れ……は……。
………………。
「あら? ……壊れちゃったのかしら。つまらないわねぇ……」
………………。
「もういいわ、お前の相手をするのにも飽きちゃったし……えいっ」
ザシュッ! ……ドサッ。
……意識が朦朧としてきた。
体がどんどん冷たくなっていく。
命が流れていって、死が近づいてくるのが分かった。
……ああ、本当に。馬鹿だなぁ、俺。
ごめんなさい、お頭。ごめん、皆。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……。
ただひたすらに、俺のせいで死んだ仲間と、これから死ぬであろうお頭たちへ謝り続ける。
そうしているうちに、俺の意識は完全に……。
「あら? まだ死んでないの? めんどくさいわねぇ……もう少し、やっときましょうか」
薄れゆく意識に、そんな声が届いた。
『ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!』
え?
『ドスッ、グチャグチャ、グチャグチャ……』
なんで?
『……グシャッ!』
あ……。
…………。
………………。
………………………………。
「よし、これだけやっておけば完全に死んだでしょ。さーて、後は他の連中なんだけど……。あっ、そうだわ。これ、せっかくだし脅しに使いましょうか。きっといい反応をしてくれるに違いないわ。……ふふっ、死んでなお私の役に立てることを誇りに思いなさい、盗賊Aさん……って、今は違うわね。えっと……
――――『挽肉』さん♪」
容赦ないマリスちゃんカワイイヤッター




