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第八十八話「ブランチとイケメン」

 


「おじさん、ご馳走さまでした。どれも美味しかったです!」

「おお、そいつはなによりだ。これを機に贔屓にしておくれ?

 でも今度はちゃんと金持って来るんだぜ?」


 満面の笑みで答えるおじさんは、最後に目を細めて釘を刺すのを忘れない。

 確かに危うく無銭飲食されるとこだったんだもんね……。

 とは言いつつおじさんは、私が払おうとしてもさっきのお客さんから貰ったからと、お金は受け取ってくれなかったんだけどね。


 出された料理は本当に美味しくて、キッシュみたいなものはヤトティールと言って、味はまさにキッシュだった。

 というかパイ生地のないキッシュって感じで、ホクっとした食感のジャガイモみたいな野菜や、ブリンと歯ごたえの楽しいキノコ、ジューシーで香りの良い燻製肉なんかが入っていて、ボリューム満点で凄く美味しかった。

 ステーキみたいなものはメナンデスーマと言って、豆で形成されたお肉って感じで、最初はお肉だと思って食べたから、豆の香りがガツンときてビックリしたけど、外側がカリッとしていて中がホクホクの食感が中々病みつきになる一品だった。

 それに軽く塩胡椒をしただけのシンプルな味付けなので、どんな料理にも合いそうだし、何より飽きがこない感じで、初めて食べたけど懐かしさすら感じる味わいなのよ。

 そこにヨーグルトっぽいスープのダビデスヒースがついて、もう大満足のブランチ。

 ダビデスヒースは少しスパイシーで、酸味と辛味が絶妙なバランスの思いのほかさっぱりした冷静スープ。

 特にメナンデスーマとの相性が抜群だった。

 最後はメナンデスーマで拭き取るようにして食べたくらい。

 最初の外食が当たりだと、この先の王都での食事が楽しみでならない。


 それに、なんと言っても被害者ゼロ。

 これが食事をより美味しいものにしてくれた。


 ルルの話では多少の揉め事はあったみたいだけど、今日のところは死傷者は出ていないとの事だった。

 昨日ルルに散々言っといた甲斐があったよ。


 ルルは朝から市場を見て回っていたそうで、そこでも色々な物を食べていたみたいなのよ。

 本当、良く食べること……。

 その中でいざこざがあったみたいなんだけど、所詮は試食程度の量だし、相手の見た目が可愛らしい子供とあっては、向こうも折れるしかなかったみたい。

 ただ同じくらいの歳の子が店番していたお店では、そんな慈悲の心が生まれる訳もなく、取っ組み合いになったらしい。

 ルルは見た目が可愛らしい子供でも中身はあのエンシェントドラゴン。

 その子とは圧倒的な力の差があっただけに、ルルも流石に手を抜いて軽くあしらったそう。

 軽くあしらったと言っても、顔に火炎球ファイアボールを近づけて脅したらしいんだけどね……。

 自分が摘み食いしといて酷すぎだよね?

 全く、チンピラじゃないんだから……。


 ルルは私が食べてる間中、ずっとそんな話を自慢気に話してた。


 まあそんな訳で、ルル的にはそこそこ楽しんでたみたいなのよ。

 ただ、その恐喝紛いの振る舞いはどうかと思うので、これからその子のお店へ行って謝りに行きがてら、ルルが摘み食いした分の支払いをすることにした。



「勿論お金持ってまた寄らせていただきます!」

「おう、そん時は目一杯サービスするぜ?」


 おじさんは最初とは打って変わって満面の笑みで答えてくれる。


「ほう、サービスとな? 楽しみにしておるぞ!」

「ありがとうございましたっ」


 私は横で偉そうに腕を組みながら仁王立ちしているルルの頭を下げ、慌ててお礼を言って定食屋を後にした。

 ルルには人間界の教育が必要ね……。


「ルル、群れ長のイオンがお礼言ってんだから、下っ端のお前がちゃんとお礼しなきゃダメじゃないか?

 それにここは人間の町なんだから、そんな野山のごとく振る舞っちゃイオンが迷惑するんだぞ?」

「下っ端って言うなっ!」


 店を出た途端にいがみ合う銀一とルル。

 群れ長はアレだけど、銀一くん、よく言った。


「下っ端は下っ端だよ。それが嫌なら、さっさと山へ帰るんだね?」

「ぐっ……」


 ルルの教育は銀一に任せよう。うん。


「ここからその子のお店は遠いいの?」


 プクッとふくれっ面になったルルに問いかける。

 とにかく、さっさと用事を済ませてギルドに戻りたい。

 流石にこの外出は後ろめたいからね……。


「う〜ん……。バザール自体は遠くはないけど、沢山店を回ったから何処だかもう覚えてない……かな?」

「…………」


 用事はサクッと済ませられそうにないな……。

 ルルの言葉にガックリきてると、


「イオン、後ろの男を見て?」


 銀一が私の肩に飛びのって耳打ちしてきた。


「気づかれないようにそっとだよ」

「あ、うん……」


 なんだかわからないけど、言われたままさり気なく後ろを振り返る。

 すると20メートルほど離れたところに男の人がいた。

 さっと視線を外したように感じたからあの人だろう。


 ただ、一瞬だけ見る事ができた顔はかなりイケメン。

 その男の人は、少しウェーブがかったミディアムヘアの金髪に、涼し気な碧い瞳が印象的で、そんなに背が高い訳ではないけど、茶色の皮鎧の上に纏ったマントがスラリとした痩身に良く似合っていた。

 そうね。タイタニックなイケメンと言った感じ?


 もしかして銀一ってば、「イケメンがいるよ」って教えてくれた?


「あの男、さっき店に入る前にも見かけたんだよね?」


 いかにも疑わし気に囁く銀一。

 イケメンセンサーが働いた訳じゃないみたい……。


「まあ、街中だからそう言う事もあるわよ?」

「そうかなぁ……」


 一瞬目にした涼し気な瞳は優しく微笑んでいたようにも見えたし、なんだか懐かしさすら感じた。

 どう見ても悪そうな人には見えなかった。

 せいぜい賭けポーカーをする程度だと思う。


「そうよ。ここは人が大勢いる王都なんだし、そんな事いちいち気にしてたら街歩きなんてできないわよ?」

「う〜ん……」


 銀一は納得できないと言った様子で首をかしげる。

 そんな銀一の頭をひと撫でして、


「とにかくバザールまで案内して?」


 と、私はルルの手を引いて歩みを早めた。

 そして少し歩いたところでもう一度振り返ると、もうさっき男の人の姿はなかった。

 やっぱりただのイケメンだったみたい。


 でも、こう言うことは用心するに越したことないわよね?

 何だかんだ今までイケメンには痛い目に遭ってるんだし。

 あ、一人は臭い目か!


 なんだか嫌な臭いが蘇ってきたよ……。


 せっかく美味しいものを食べた後なのに最悪だよ。

 クサピめ……。


「どうした?」


 ルルが目をパチクリさせて見上げてきた。


「ごめんごめん。何でもないの……」


 ルルの手を握る手に力が入っちゃったみたい……。


 とにかく、もうあんな臭い目に遭うのはごめんだ。

 イケメンには気をつけよう。うん。



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