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第七十九話「驚愕」

 


 私は目をつぶりながら体を強張らせている。

 脳裏には絶望の二文字。


 トスン…


 背後で軽い音が響く。


 トスン?

 ん……?


 すぐにでもズシャンと物凄い轟音とともに押し潰されるかと思ったけど………トスン?


「イオン、あれ見てよ?!」


 銀一の声。

 良かった。

 銀一も無事みたい。


 顔を上げると銀一と目が合った。

 しっとりふわふわなシルバーグレーの銀一。

 本当に無事で良かった……。


「ギギっ! 良かった……」

「ちょ…わ、わかったから、とにかくあれを見てみてよ?」


 銀一が駆け寄ってきたので、思わず抱きしめてグリグリしてしまった。

 銀一は前足でルザーナさんの方を指し示す。


 でも、あまり見たくないんだよね……。


 なんか花火みたいに血が飛び散ってたし、流石にグロいことになってそうだもん。

 見た目ドラゴンだけど、流石に間近で見るのはキツイよ……。


 と思いつつも、銀一の肉球が私の頬をグイグイ押して、顔を無理矢理アレな方へと向けられる。


「…………」


 嘘でしょ……。

 なんでよ……。


 なんで子供がいるのよ……。


 そこには小さな子供がうつ伏せに倒れていた。


 背中には大きな穴が開いていて、真っ赤な血で染まっている。


 私は子供を殺してしまったの……?

 うわうわうわうわうわ……。


 どうしよ……。


「ギギ、行くわよ!」


 私は銀一を下ろして駆け出した。


「こ、これ、ルザーナさん……なのよね?」

「みたいだね?

 エンシェントドラゴンが人型してるなんて知らなかったよ!」


 確かに人型してる。

 しかもこんな小さな女の子の……。


「それにしてもイオンは凄いよ!

 エンシェントドラゴンを倒したんだからね!

 これでナンバーワン決まりだね、最強の群れ長だよ!」


 いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ……。


「こんな顔してたんだねー?」

「……ッ!!」


 銀一が下を向いていた子供の顔を押して、こちらに向けてくる。


 可愛らしい顔の顎がえぐれていて、ちょうグロいことになっている……。


 正直吐きそう……。


 とか言ってられない!

 私はすぐに思い直し、目をつぶってグロいのを見ないようにして、全力で治癒魔術を行使。


「な、な、な、な、なにやってんだよイオン!」

「治癒に決まってるじゃない!」


 ドドドドドドドドっと音がしそうなほどに魔力が流れていく。

 いや、吸い取られると言ってもいいくらいの感覚。

 銀一を治癒した時に比べたら破格の魔力量だ。


 手応えを感じて薄っすらと目を開けると、女の子の顎はメリメリと骨が形成され、みるみるうちにその表面に肉が盛り上がっていく。

 背中の大きな穴も同じように背骨が形成されていき、そこへ肉がせり出し塞いでいく。


 これはこれでかなりグロい光景だけど、治癒していることを考えれば希望の目で見れる。


「うぅぅううううう……」


 女の子から唸り声。

 子供らしい可愛らしい声だ。

 良かった。

 殺さなくて済んだよ……。


 女の子がパチリと大きな目を開ける。

 黄緑色の眼球に黒い縦長の瞳孔。

 ルザーナさんだ。


 ただ、すぐに縦長の瞳孔は楕円に近い丸になった。

 少しお転婆そうな表情だけど、整った可愛らしい顔をしている。

 長い黒髪とは対照的に肌は抜けるように白い。

 子供特有の線の細い体を覆っているのは、鱗模様の黒いチューブトップにホットパンツ。

 そして同じく鱗模様の黒いリストバンドにロングブーツ。

 子供だから元気っ子に見えなくもないけど、いくらなんでも露出しすぎよね……。


 親に怒られないのかしら……。


「我は死んだみたいだな……?」

「いや、治癒魔術が効いたってことは死んでなかったんじゃないかな?」


 失敗した。

 言ってしまってから思い出した。

 勝負はどちらかが死ぬまで続く、と。


「いや、我は一度死んだ。お前の勝ちだ……」


 悔しそうに言って口を尖らせる。


「あのダメージだと、こうして治癒してもらわなければ、再生するのに10日やそこらかかっただろう……」


 悔しそうに続けるルザーナ少女。

 再生ってことは、放っておいても良かったってこと?

 いやいや、そんなこと知らなかったし、あの状況で放っておくことなんてできなかった。

 とにかく早く助かったんだし、良しとしよう。


「イオンが魔力比べに勝ったんだから、ルザーナはイオンの手下ってことだね?

 悪いけど、お前はボクとレムの下だからね!」

「ッ!!」


 銀一の言葉にハッとするルザーナ少女。

 見た目7歳くらいだろうか、あのドラゴン姿が嘘みたいに思える。


「我はエンシェントドラゴンだぞ!

 ホーバキャット如きの下なぞになるものか!」

「そう言うの、魔力比べに勝ってから言うんだね?」

「キッ!!」


 グルルルと喉を鳴らすルザーナ少女。

 なんとも言えない可愛らしさがある。


「まあ、下とか上とかいいじゃない?

 それより、こんなことで喧嘩しちゃダメよ?」

「はーい。でもボクはイオンの相棒だよね?」

「そうよ。ギギは私の大事な相棒よ」

「イオン、レム、イル、レム、イル、ワス、レナ、イデ…」

「うん、レムも頼りになる仲間よ!」


 レムまでピコピコアピールしてきた。

 なんだかこう面と向かって言われると、嬉しい反面むず痒くもある。


「ほらね。ボクはイオンの相棒だから、この群れでは最上位なんだよ?

 レムだって頼りにされてるんだから、やっぱりルザーナはレムの下だね?」

「………わかった」


 悔しそうに口を尖らせながらも、思いのほか素直に認めるルザーナ少女。

 しかし銀一くん、勝手に群れ認定するのはどうかと思うよ……。


「じゃあ早速ルザーナに仕事してもらおうかな?」

「な、なんだっ! なにをすればいいのだ!?」


 銀一の言葉にギクっとしながらも、少女の目はウキウキしている。

 なんか変な展開になってきたな……。


「言わなくてもわかるでしょ?」

「ん?」

「もう……鈍感だなぁ……」

「ッ!!」

「この状況を考えればわかるでしょ?」

「あ、我が皆をここから連れ出すのか?」

「そう! 連れ出すだけじゃなくて、王都まで飛んでね?」

「任せろっ!」


 なんだか銀一、完全にルザーナ少女をコントロールしてるわね……。

 それにしても、あの少女の正体はドラゴンなのよね?

 でも可愛いネコと戯れる少女って感じで、見ててヤケにほっこりする……。


 なんて思いながら目を細めてたら、急激に少女の体がムクムクと巨大化して、たちまち巨大な漆黒のドラゴンに姿を変えた。


 やっぱり立派なドラゴンなのよね……。


『イオン、我の背中に乗るのだ!

 あっという間に王都まで連れてくぞ!

 我はギギやレムには負けてないぞっ!』


 脳に直接響くようなルザーナさんの声。

 ヤケに銀一達に対抗心を燃やしてるんだけど……。


 ルザーナさんは翼を下ろしてスロープを作ってくれる。


「あ、ありがとう……。

 じゃ、じゃあよろしくね?」


 一声かけた私は、翼のスロープを渡って背中へ移動する。

 銀一も私に続き、嬉しそうに飛び跳ねながらついてくる。


「よし! ルザーナ、出発だ!」


 銀一の晴れやかな声が響き渡った。


 なんだろコレ……。


 本当にこれでいいんだろうか……?



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