第七十八話「決着」
「ギギっ!!」
もう一度呼びかけるも銀一からの返事は返ってこない。
それどころか銀一はピクリとも動かない。
すぐにでも駆けつけたいけど、今は魔法の手を休める訳にいかない……。
溢れる涙が瞬時に蒸発する。
鋭い痛みとともにチリチリと肌が焼け焦げる感覚。
そして傷は無意識のうちに瞬時に治癒されていく。
気がつかなかった……。
自分だけ治癒してたんだ……。
銀一………ごめんね………。
『久々に骨のあるヤツと魔力比べができて嬉しいぞ!』
「……ッ!!」
許せない……。
絶対に許せない!
目端に動かない銀一を捉えながら、私の体は憤怒で震えていた。
銀一があんなことになってるのに、嬉しいぞとか言ってんじゃないわよ!
ブワッと体が熱くなる。
魔素が核融合でも起こしたかのように爆発的に増大し、今までにない熱量で体内を駆け巡る。
同時に大地から堰を切ったように魔素が大量に流れ込んでくる感覚。
火炎球の火力が増し、オレンジ色だった火炎球がたちまち眩い白熱と化していく。
連射の手は緩めない。
『うおおっ』
完全に火炎放射を押し返し、火炎球はルザーナさんの下顎を捉えてその巨体ごと吹き飛ばした。
ドラゴンの巨体がゆっくりと後ろに倒れていく。
ゴォガァアアアッ!
地響きとともに轟音が耳をつんざき、空高く砂塵が舞い上がる。
「ギギっ!」
私はすぐさま銀一に駆け寄る。
「目を開けてギギ……」
銀一の体毛は焼けてなくなり、ケロイド状の皮膚がむき出しになっている。
あのしっとりふわふわの毛並みは、今は見る影もない。
べとついた銀一に触れながら、全力で治癒魔術を行使。
レムの魔力注入以上に、一気に大量の魔力が銀一へ流れていく感覚。
ーー助かって……。
『こ、これは驚いたぞ!』
背後でゴガガガと岩が崩れる音とともにルザーナさんの声。
心なし楽しげなのが不気味だ。
振り返ると、下顎のえぐれた漆黒のドラゴンが聳え立っていた。
そんな……。
『ここまでのダメージは、ここ千年はなかったぞ!
フハハハハハッ! 面白くなってきたっ!
まだ我は死んでないから負けではないからなっ!』
私はレムを作った時の土魔法で巨大な弾丸を作り出す。
胸の前にかざした両手の間に、フワリと巨大な弾丸が浮かんでいる。
アートネートル戦の後に考えた魔法だ。
これならばあの硬い甲羅も貫通するだろうと、次に襲われた時に試してみるつもりだった。
私はフワリと浮かんだ弾丸に集中する。
更に魔力を込め、先端を鋭く尖らせると同時に極限まで硬度を上げていく。
硬度を上げるにつれ、弾丸は青白く発光しだした。
シュ、シュ、シュ、シュ、シュシュシュシュシュシュ……
巨大な弾丸は徐々にスピードを上げて回転し、猛烈なスピンの乱気流で私の前髪を揺らした。
『なんだそれは?』
「私の渾身の弾岩よ!」
叫び声と同時に渾身の弾岩がフヒュンと飛んでいく。
ズバァンッ!
発射と同時に短い破裂音。
次の瞬間、巨大なドラゴンの背中から赤黒いものが放射状に飛び散った。
まるで背後に黒い花火が上がったみたいだ。
明らかに目の光を失ったドラゴンが、ゆっくりとこちらに倒れてくる。
「スゴーーーーッ!!」
銀一?
見るとすっかり元の姿に戻った銀一が、目をまんまるにして叫んでいた。
よ、良かった……。
「わわわわわっ……イオン危ないっ!」
「え?」
銀一の声で振り返ると視界いっぱいが真っ黒だった。
ルザーナさんの巨体がすぐそこまで迫っていたのだ。
私は反射的に頭を抱えながらしゃがんだ。
無意味。もうダメ……。
私はしゃがみながらも、頭では迫り来る巨体に押し潰されるとわかっていた。
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【ニーナ視点】
なんでこうなるのよ……。
じゃあ、イオンは空賊の船もろとも……。
ヴィンツェント様の話が途中から全く頭に入って来ない。
今もルークが何かヴィンツェント様に言っているようだけど、無音でやり取りしているように見える。
その代わり金属音のようなキーンとした耳鳴りが、絶望の音階のように鳴り響いている。
「ニーナ、そんな顔してんじゃねぇ。まだ希望はあるぜ?
イオンの治癒魔術の凄さはお前も良く知ってるじゃねぇか?」
「そうニャ! イオンは墜落したくらいじゃ死なないニャ!」
そうだ。
イオンは無意識のうちに治癒魔術を行使するのだ。
ちょっとやそっとで命を落とす事はない!
「じゃあ今からその墜落現場へ?」
「ああ。今はドラゴンも見当たらねぇし、急ぎ向かう事にする」
「しっかし、こぉ〜んなとこでドラゴンとは驚きだよなぁ〜?
も〜しかして、イオンが召喚でもしたのかねぇ〜?」
「イオンは召喚術にも長けているのか?」
ジョシュの軽口にヴィンツェント様が驚きの声を上げる。
考えられなくはないけど、全くジョシュは余計なことを……。
「いくらなんでもそれはねぇだろ?
とにかく急ぎ船を出してくれ!」
「あ、ああ…そうだったな……」
ルークが上手いこと誤魔化してくれた。
しかしその発想は無かった。
確かにイオンほどの魔力量だったら、ドラゴンクラスの召喚も可能かも知れない。
しかしヴィンツェント様が見たと言うドラゴンは、あまりにも大き過ぎる。
見間違いでなければ、伝説のエンシェントドラゴンの可能性も……。
もしもエンシェントドラゴンを召喚したとなると、ますます魔王クラスの魔力量との疑惑が濃厚になってしまう。
イオン……。
「そう心配すんな? きっとイオンは無事だ。
それに、殿下がイオンを一目見れば、今お前が考えてる事も杞憂に終わるんだろうしな?」
「そうね……」
確かにルークの言う通りかも知れない。
殿下がイオンを認めてしまえば、何も心配はいらない。
殿下だってイオンの為人を知れば、まさかイオンを魔王だとは思わないだろう。
そうよ。
そうに決まってる。
早くイオンを見つけだして、無事に王都へ送り届けなくては。




