第七十七話「狂騒」
「え?」
私は思わず聞き返してしまった。
正直、ルザーナさんの言葉に脳がついていけなかった。
殺気漂うピリピリした沈黙を破って飛び出した言葉が……
『だから魔力比べするぞ!』
やっぱり聞き間違いじゃないみたい……。
魔力比べ?
意味わかんないよ……。
私がポカンとしてると、ルザーナさんはぐんぐん高度を上げていき、あっという間に雲をすり抜け更に加速。
それは物凄いスピードで、遠くに見えた山はぼやけてしまって何がなんだかわからない。
「凄いねイオン、エンシェントドラゴンと魔力比べだよ!
これに勝ったら、きっとナンバーワンの群れ長だよ!」
なんだか興奮気味の銀一。
群れ長とか言ってる場合じゃないと思うんだけど……。
タイムトラベルでもしそうなくらいに周りの景色が歪んで見える。
よほどのスピードで飛んでるみたいだ。
その割に風の抵抗や揺れはまるで感じない。
「いやぁ〜、エンシェントドラゴンと遭遇できるなんて、夢にも思ってなかったよぉ!
しかもエンシェントドラゴンから魔力比べを挑んでくるだなんて、さっすがイオンだよねー?!」
興奮冷めやらぬ様子の銀一くん。
だからそんな呑気なこと言ってる場合じゃ……。
などと思いつつ、グゥワァアンと歪んだ景色にだんだん気持ちが悪くなってきた。
完全に車酔いだよ……。
ちょっとダメかも……。
バッグを開けるとレムがピコピコしている。
流石にココにアレするのは可哀想だよな……。
私は景色を見ないように目をつぶってうずくまった。
「どうしたのイオン? 大丈夫?」
「イオ、ン、グア、イ、ワル、イ、レム、シン、パイ…」
「ありがと……。
でもちょっと…このまま……そっとさせて……」
シーラスカイマンがでてきそう……。
……ッ!!
オエってしたら、クルンと華麗に着地してガッツポーズするシーラスカイマンの絵面が浮かんじゃったよ……。
魚眼がやけに誇らしげに見えて、食べてしまったことを後悔する。
余計なことを考えるのはよそう……。
そうだ。
こんな車酔いの時は遠くの景色を見るのがいいんだっけ?
わわっ、ダメだ。
景色に問題あるんだったよ……。
とりあえず深呼吸で落ちつこう。
ゆっくりスーハースーハーしてたら幾分マシになってきた。
そうこうしてたら急にフワリと体が浮いた。
目を開けると、ゴツゴツした岩肌に薄っすら雪が降り積もった寒々しい景色。
そのままふんわりゴツゴツの岩の上に着地する。
見渡すと低い位置に雲から顔を出した山の頂。
どうやらここは一際高い山の山頂みたい。
しかも極寒の山頂。
でもここが何処のなんて山なのか全くわからない。
ただ言えるのは、ちょう高い山。
そしてちょう寒い。
ブルブル震える私と銀一。
そして山頂で山のように聳えるルザーナさん。
4、50メートルはあるかも……。
その距離20メートルほど。
こうして改めて見上げると凄くでっかい。
ずっと見上げてると首が痛くなるよ……。
『ここなら邪魔は入らないだろう?』
「…………」
ルザーナさんの自慢げな声が脳に響く。
この人…いや、ドラゴンさんは、完全に面白がってる……。
『死んだら負けだぞ?』
「へ?」
意味わかんないよ……。
魔力比べって生き死にを賭けてするものなの?
そんなの最初に言って欲しい。
ま、有無も言わさず連れて来られたんだけど……。
「いや、死んだら負……ッ!!」
反論する間もなく、ルザーナさんの大きな口からボワワワァーと炎が上がった。
私は咄嗟に火炎球を連射する。
全く考える余地がなかったけど、一番慣れた魔法だからか勝手に手が動いていた。
ルザーナさんの火炎放射と私の放った火炎球が衝突した瞬間、直視できない強烈な閃光とともに轟音が耳をつんざく。
熱い。
一瞬にして周りの雪が溶け霧に包まれる。
それも一瞬のこと。
今までの極寒が嘘のように一気に灼熱の世界へと変わった。
次第に火炎放射に押され気味になり、特大の火炎球を連射する。
押されれば押されるほど、その分炎が近づき熱さが半端ない。
『ほう、やはりなかなかやるな?』
いやいや、感心してる場合じゃないでしょ?
てか、なんでこうなるのよ……。
「…って、もうやめません?」
『何を言っているのだ、まだ始まったばかりだぞ?』
口から火を吐いてるくせに、楽しげな口調で返してくるルザーナさん。
どうなってるのよ、声帯。
「イ、イオン……ボ、ボク………」
「ギギっ!!」
硬直した銀一がパタリと倒れるところだった。
銀一の体は無惨にも全身焼けただれていた。




