第七十三話「襲撃」
【ニーナ視点】
いきなり群れのアートネートルに出くわすだなんて、あまり聞いたことないわね。
アートネートルは単独で行動するのが常で、よほど危険が迫らない限り群れたりなどしないはず。
それに、アートネートルの群れを倒すには、Bランクのパーティでも難儀するだろう。
群れの規模によっては、Aランクパーティでも厳しいかも知れない。
ただ、こんな見通しが悪い場所だと単体でも厄介だ。
やはりAランク以上の実力が必要だろう。
まあ、ここには私の他にルークとジジがいる。
間違っても遅れをとることはない。
そんな事を考えていると、私たちの周りが葉音と足音で騒々しくなった。
おそらく直径4、50メートルの円を描きながら、アートネートルが猛スピードで走り回っている。
「囲まれたぞ、ニーナ。とりあえずお前は氷槍で威嚇射撃だ。
ジーニャ、油断すんなよ!」
「ニャニャ!!」
アートネートルはもう少し距離を詰めると、甲羅を分離させて攻撃してくる。
この距離のうちに攻撃魔法を連射するのが効果的なのだ。
それは言われなくてもわかっている。
私はルークが声を上げる前から詠唱を唱え始めていたのだ。
「…………槍となりて我から出でよ、氷槍!」
シュン、シュンと風を切りながら、二筋の氷槍が茂みの中に見え隠れするアートネートルへ飛んでいく。
一度の詠唱で発射できるのは、左右の手から一筋ずつの二筋。
私はすぐさま詠唱を繰り返す。
「我が身に宿りし凍てつく魔素よ、貫く槍となりて我から出でよ、氷槍!」
「よし、ニーナ続けろ!
ジーニャ! お前はニーナを援護しながら、ヤツらが攻撃して来たところをぶった斬れ!」
「任せるニャ!!」
俺は斬り込むぜっ! ニーナ、俺に当てんじゃねーぞ!」
ルークは言い放つや、剣を抜いて茂みの中へ飛び込んで行く。
速い。目で追いきれずにルークの体が歪んでて見える。
昔のままのスピードだ。
それじゃ当てようにも当たらないわ。
どうやら体のキレは衰えてないようね。
そんな風に思いながら、私は絶え間なく詠唱を唱えて氷槍を連射する。
「ニャっ!」
ジジが跳躍しながら剣を一閃させた。
その次の瞬間、何かが私の頬をかすめていく。
見ると口を大きく開けたアートネートルの頭が転がっていた。
鬣のところからスパッと切断されている。
「ニーナ、安心して詠唱するのにゃ!」
ジジに言われて詠唱を中断していた事に気づく。
私はすぐさま詠唱を再開。
心なしアートネートルの足音が減った気がする。
見えないながらも、ルークが確実に一匹一匹減らしてくれているのだろう。
シュン、シュンと風を切りながら飛んでいく氷槍。
木々の間から、茂みの中から氷槍が弾かれる甲高い音が聞こえてくる。
アートネートルの甲羅の硬度を考えれば、やはり氷槍では威嚇射撃にしかならない……。
ここは氷結乱舞のような範囲魔法の方が手っ取り早いのかも知れない。
一人ならば迷わず行使するところだけど、他の動植物を巻き添えにしてしまう手前、出来るだけ避けたいところだ。
今はルークやジジが仕留めてくれるのを手助けするだけだ。
バサっと茂みの中からルークが飛び出してきた。
四匹のアートネートルに、いや、厳密には四匹と四枚の甲羅、八体に追われて囲まれつつある。
ルークがピタリと立ち止まって振り返る。
その瞬間、四匹ほぼ同時に首が伸びて甲羅の端に頭を衝突させた。
その勢いで甲羅が猛スピードで回転しながらルークへ向け突進、中身はそのまま甲羅の陰に隠れる位置へ移動、また移動を繰り返し、一つの生き物のようにルークへ襲いかかる。速い。
もはやアートネートルの姿は一筋の線のようしか見えない。
突如ルークの周りに浮かんだ円が、瞬時に口を塞ぐように縮まる感じだ。しかもここまでの動きは一瞬でしかない。
瞬間、ルークの姿が消えた。そして破裂音。
いや、ルークの残像はある。
ルークの残像に四方から甲羅が衝突し、甲羅同士で激しく衝突しあって弾け飛んだのだ。
破裂音に一瞬遅れ、アートネートルの首が次々に宙を舞う。
四つめの首が宙を舞った時、ルークが下から上へ剣を振り抜いた態勢で姿を現した。
ふわりと最後に舞った首が弧を描いて落ちてくる。
ルークは右手で剣に血振りをしながら、空いた左手で、その最後の一つの鬣部分を無造作に掴む。
「ジーニャ、退屈だと思って二匹ほど残してやったぜ?」
「やったニャ!」
ルークの言葉でジジが飛び跳ねた時、カサッと微かな葉音とともに、首を伸ばしたアートネートルが茂みの中から飛び出してきた。
瞬時に狙いを変えて氷槍を発射。
シュンとの風切り音とブワンと剣の振られる音が重なる。
アートネートルに氷槍が突き刺さるのと同時にルークの剣が首を刎ねたのだ。
頭部は氷槍が突き刺さったまま後方に吹き飛び、長く伸びた首は伸ばした勢いのまま地面に落下し、ドドドドっと地響きを上げた。
「あと一匹になっちまったな?
急がねぇと終わっちまうぜ?」
「ニャニャニャ!!」
ジジが慌てて葉音のする茂みへと飛び出していく。
その顔は殊更に楽しそうだ。
ジジらしいと言えばそうだけど、そこまで張り切ることでもないと思う。
飛行船では暫く軟禁されていたので、流石にストレスが溜まっていたのだろう。
「これを見てみろニーナ」
ギギの嬉々とした後ろ姿を眺めていたらルークから声がかかった。
見ると、ルークは左手に持ったアートネートルの生首を掲げている。
「歯が折れてるわね?」
「そうだ。おかしいだろ?」
確かにおかしいのだ。
アートネートルの歯は、ドラゴンの皮膚をも貫通させると言われるほど、鋭利で頑丈なのだ。
「これはあれじゃねぇか?
ジーニャが言っていた、イオンの作ったゴーレムの仕業なんじゃねぇか?
きっと、ミスリルの剣を折ったってゴーレムの話は本当だったんだ」
「ああ……」
するとジーニャは本当にゴーレムを確かめる為に剣を振るったって事になるわよね。
「刺客の線は消えたって事?」
「まあ、まだ完全には消えきらねぇが、少しは信用してやってもいいかも知れねぇな?」
それならそれで喜ばしい事だ。
正直なところ、あのジジがイオンを殺そうとしたなんて考えたくない。
バザバザバザバサっとの激しい葉音が聞こえた次の瞬間、
「獲ったニャー!!」
との嬉しそうなジジの雄叫びが聞こえた。
どうやら最後のアートネートルを仕留めたみたいね。
心なしかジジの声に安堵を覚えた。
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「メシだイオン。だが、キンゲスカーデじゃねぇぞ?
まあ、晩メシにはキンゲスカーデの肉を食わしてやるから、今はこれで我慢してくれ」
マッドさんが部屋に入ってきた。
何かの肉の塊が入ったスープと食サンロールだ。
カーニャロウズの類いだろう。
「あ、ありがとうございます…」
「まあ、これはこれでそこそこイケるから食ってみろ?」
「はい…」
私がマッドさんからトレーを受け取った時、
「キャプテン、昨日のヤツらが出やがった!」
右目に黒い眼帯をした船員さんが慌てて駆け込んできた。
昨日のヤツらって言うと、御子息くんの飛行船ってこと?
ルークさんたちはまだこの辺にいたんだ!
「なに!
今は船が万全じゃねぇ。出来るだけ山側へ回避するんだ!」
マッドさんはそう叫ぶと、自らも大急ぎで部屋から出て行った。
どうしよ。
私がこの飛行船に乗ってるって、どうやって知らせればいいんだろう……。




