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第六十五話「はぐれイオン出会い係」(はぐれシリーズ完結編)

 


「本当に食べないの?」

「……ッ!!」

「ボク一人じゃ食べきれないからさ…」


 ちょっとコロンと可愛く腕を置いてかないでよー!

 しかも黒い血がべったりと……。


 流石にコレは無理だよ……。


「騙されたと思って食べてみなよ? 美味しいよ?」

「いやいや、騙されるもなにも、この見た目じゃ食べる気になれないって……」


 言い終えるや否や、私は一瞬のうちに土を凹ませ腕を穴に落として蓋をした。

 まるで手品みたいに一瞬にして腕が消えた感じ。

 銀一なんか「あっ!」って目をまんまるくして驚いてくれた。

 これがマジックショーだったら、銀一は可愛いサクラとして引っ張りだこね。ネコだけど。


 とにかく目の前からグロいのが無くなって良かった。


「これって土魔法?」

「うん……」

「うんって……。

 イオンの魔法が凄いのは誇らしいけど、食べ物を粗末にしちゃダメだよ?」

「…………」


 だから見た目が食べ物じゃないんだってば……。


「いーい、イオン。ここは町とは違うんだよ?

 そんな風に好き嫌いしてたら、この森では生き残れないんだからね?」

「でも、やっぱり見た目が無理だよ…」

「見た目ねえ……」

「…………」


 目を細めて呆れる銀一。

 てか口元が黒いんですけど。

 泥棒ヒゲみたいで面白いけど、アイツの血だと思うと笑えない……。

 想像するとアレだから、食事時だけでも毛を黒くしてくれないかしら。


 なんてことを考えてたら、銀一は「しょうがないなぁ」と言って、ニョキンと手の爪を一本だけ伸ばした。

 白い爪は木漏れ日を反射してキラキラチカチカ光っている。

 20センチくらいの長さに伸びた爪は、先端部分が湾曲して鋭く尖っていて、爪の内側も鋭利な刃物みたいになっているから、木漏れ日のキラチカ光る反射がやけに不気味に見えてしまう。

 物凄く切れ味が良さそう。


 銀一の爪ってあんな攻撃的な恐ろしい爪をしてたんだ。

 可愛らしい見た目とのギャップが半端ないんだけど。

 泥棒ヒゲがますます笑えなくなってきたよ……。


「ちょっと待っててね?」

「……ッ!!」


 私は咄嗟に斜めがけバッグを顔の前に引き寄せた。

 銀一の蛮行クッキングに目を覆ったのだ。

 トコトコッとアイツを咥えてきた銀一が、ドサッと置いたかと思ったら鋭い爪でスパッと首を落としてススッとお腹を捌く……とこまで見ちゃった。


 まさに匠の技と言うべきなのか、あまりにも流れるような手捌きすぎて、思わず魅入っちゃうところだったじゃないのよ……。


「シーラスカイマンは美味しいから、イオンも一度食べたら絶対に気にいると思うよ?

 それにヴィッギーマウスの3倍は魔力があるんだよ?

 そうだそうだ。魔力量の多いイオンにはぴったりな食材じゃない?

 日ごろの食事からもちゃんと魔力補給しないとね?」

「…………」


 銀一おしゃべりクッキング。

 悪いけど深夜枠でも放送は無理ね……。

 って言うか、なんだか魔力と栄養がイコールみたいな言い回しなんだけど……。

 魔力至上主義の銀一ならではなのかしらね?

 こっちの世界の人はみんな、魔力バランスを考えた食事をしてるってこと??


「これだったら食べられる?」


 間近で銀一の声が聞こえた。

 いつの間にか顔の前にかざしたバッグの上にのってたみたい。


 見るとあの鋭い爪の先っぽに、半透明の白い小さな塊が刺さっている。


 アイツのお肉よね、コレ……。


 でも、コレならなんかイケるかも。

 だってアレに似てる。アレ……。


 フグのお刺し身。


 銀一の切り方のせいか、これが絵柄のついた大皿にお花みたいに並んでたら、きっと本物と見わけがつかないだろう。

 私の場合はフグを食べたことがないから、食べても違いがわからないけどね。


「ほら、食べてみなよ?」

「う、うん……」


 銀一に促され、恐る恐る手を伸ばす。

 鋭い爪に気をつけながら手に取ると、触った感じもお刺し身みたい。


 コレはフグに違いない。


 そう自分に言い聞かせて口へと運ぶ。


 ん………?


 まさにお刺し身。

 あっさりした白身魚だよ、コレ。

 臭みもないし、ほんのり甘みがあってなかなかイケる。


 フグってこんな味だったんだ。

 意外とタイに似てるのね……。


「お、美味しい……」

「でしょー! ちょっと待っててね、今もっと切ってあげるからっ!」


 銀一は嬉しそうに言うと、ぴょんと飛び下りて再び続きの蛮行クッキングに取りかかる。

 こればかりは見てられないわ……。


 それにしても驚いた。

 まんま、お刺し身なんだもん。

 ただ、これだけお刺し身に似てると、やっぱりお醤油が欲しくなってくる。

 そして白いご飯。あと焼き海苔。

 大根のツマやシソの葉っぱもあるといいね。

 焼き海苔の上にあったかいご飯をのせて、シソの葉っぱや大根のツマとフグのお刺し身をくるんで、チョンとお醤油をつけて食べたい。


 まあ、それが無理なのはわかってる。

 だけど、せめて塩くらいは欲しい。


 そのままでも美味しいは美味しいけど、流石に何切れも食べたら飽きると思う。

 きっと気持ち悪くなってくるよ……。

 やっぱり塩味くらいは効かせたい。

 塩焼きにもできるしね。


「あっ、いいとこにいたレム。

 手をこのくらいの大きさにして、お皿代わりになってくれる?」

「ハイ、ギギ、レム、オサ、ラ、ナル…」


 銀一の蛮行クッキングに興味がわいたのか、レムがチョコチョコ歩いて覗きに行ったと思ったら、銀一からとんでもない命令を受けているのが聞こえた。

 銀一、いくらレムが後輩だからって、お皿代わりはないでしょうよ……。


「これでよし。レム、もうイオンのとこ持ってっていいよ」

「ハイ、ギギ、レム、イオ、ン、モッ、テク…」


 なんだか銀一の使いっぱじゃない、レム……。


「イオ、ン、ドウ、ゾ…」

「………ッ!!」


 見ると、手をフライパンくらいの大きさにしたレムが、器用にバランスをとりながらチョコチョコ歩いてきた。

 今のレムの体は500mlのペットボトルくらいなので、バランスがヘンテコで可愛らしい。

 それにしても、レムは手だけ大きくすることができるのね。

 そっちに驚いてしまうよ。


 ただ、フライパンに綺麗に並ぶフグの薄造りにもっと驚いてしまったのと、もう片方のフライパンに薄く溜まった黒い液体に度肝を抜かれてしまった。


 アレ、血だよね?

 シーラスカイマンとか言う半魚人の血だよね?!


「イオン、今度は血につけて食べてみてよ?」

「…………」


 私を見上げる銀一の顔には、「美味しいから食べてみなよ!」って書いてある。

 あれは美味しいものを人に勧める時のワクワクドキドキ顔だ。


 無下に断れない雰囲気……。


 相棒がこれだけ勧めてくれるのに「無理」とか言えない。


 私は『コレはフグ!』と思いながら薄造りを摘み上げ、『アレはお醤油なのよ!』と自己暗示にかけると、思い切ってレムのフライパンに入ったショウユにチョンとつけた。


 これも相棒のためだ!


 目をつぶって口に入れる。


 ん?


 この心にしみわたる懐かしい塩気。

 鼻に抜ける芳醇かつ純和風な香り。

 お刺し身を極上の味に引き上げてくれる調味料。

 うん。まさにお刺し身の相棒。


 お醤油じゃないのっ!


 私は驚きで目を見開き、咀嚼とともにその顔をとろけるような笑みに変えていった。


「でしょでしょー! だから美味しいって言ったでしょー!」


 銀一が嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。

 ありがとう、銀一。

 私も飛び跳ねるくらい嬉しいよ。



 私は今日、異世界でお醤油と出会った。



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